会社に言えない「隠れ介護」が増える日本――仕事と親の介護を両立するために必要な制度と職場改革

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親の介護は、ある日突然始まります。病気や転倒による入院、認知症の発症などをきっかけに、それまでの生活が一変することがあります。

特に深刻なのは、働きながら親などの介護を担う「ワーキングケアラー」の問題です。

仕事を続けたいという思いがある一方で、介護の負担を会社に伝えることができず、一人で抱え込んでしまう人も少なくありません。

日本経済新聞が報じた事例では、両親を介護していた50代女性が、母親の認知症について約7年間も会社に打ち明けられず、「隠れ介護」を続けていました。

背景には、昇進への影響、仕事を任されなくなる不安、同僚への遠慮などがあります。

人生100年時代を迎える日本では、仕事と介護の両立は一部の社員だけの問題ではありません。企業経営、社会保障、家計、そして高齢期の生活設計に関わる重要な課題となっています。

ワーキングケアラー318万人時代の到来

経済産業省の推計によると、働きながら家族の介護を担うワーキングケアラーは2030年に318万人に達する見通しです。

2020年と比較して50万人以上増える計算になります。

背景には、人口の高齢化だけでなく、家族構成や働き方の変化があります。

かつては専業主婦などが家庭内で介護を担うことも多くありました。しかし、共働き世帯の増加、未婚者の増加、子どもの数の減少などによって、家族だけで介護を支えることが難しくなっています。

一人っ子の場合、両親の介護が同時に発生することもあります。

また、兄弟姉妹がいても、遠方に住んでいる、仕事の都合がつかない、家族関係が複雑であるなどの理由から、特定の人に負担が集中する場合があります。

介護は子育てと異なり、終了時期を予測しにくい特徴があります。

数カ月で終わることもあれば、10年以上続くこともあります。

そのため、短期間の休暇だけで対応するのではなく、長期間にわたって仕事と介護を両立できる仕組みが必要です。

介護経験者の半数以上が3年以上の長期介護

NTTデータ経営研究所が2025年に実施した調査では、働く30〜60代のうち、現在または過去に介護を経験した人は約2割でした。

介護期間では「5年以上」が31%と最も多く、3年以上の人が半数を超えています。

この数字は、介護が一時的な家庭事情ではなく、長期的な生活課題であることを示しています。

介護が長引くほど、仕事との調整は難しくなります。

通院への付き添い、介護サービスの契約、ケアマネジャーとの面談、入退院の手続き、施設探しなど、介護者が対応しなければならないことは多岐にわたります。

さらに、認知症の場合には、本人の行動を予測しにくく、突然の呼び出しや緊急対応が必要になることもあります。

こうした状況が続くと、仕事の予定を立てること自体が負担になります。

重要なのは、介護のすべてを家族が直接担う必要はないということです。

介護保険サービスや地域の支援機関を活用し、家族が担う役割を整理することが、長期的な両立の出発点となります。

なぜ会社に介護を打ち明けられないのか

仕事と介護の両立を難しくしている要因の一つが、職場への相談のしにくさです。

NTTデータ経営研究所の調査では、介護について職場に支援の必要性を伝えることは、出産・育児よりもハードルが高いと回答した人が47%に上りました。

介護を打ち明けることで、重要な仕事から外されるのではないかと不安になる人がいます。

昇進や評価への影響を懸念する人もいます。

管理職の場合には、自分が介護を理由に勤務時間を調整することによって、部下や同僚に負担をかけることを心配する場合もあります。

また、親の認知症や家族関係について、職場にどこまで説明すべきか分からないという問題もあります。

介護は個人情報や家族のプライバシーに深く関わるため、単純に情報共有を促すだけでは解決できません。

企業には、相談内容の秘密を守り、必要な範囲で勤務調整につなげる体制が求められます。

社員が安心して相談できることと、介護を理由に不利益な取り扱いを受けないことが、制度利用の前提となります。

2025年4月から強化された企業の介護離職防止義務

仕事と介護の両立を支援するため、2025年4月から改正育児・介護休業法に基づく企業の対応義務が強化されました。

企業は、介護に直面したことを申し出た社員に対して、介護休業制度や介護両立支援制度などを個別に周知し、利用意向を確認する必要があります。

また、介護に直面する前の早い段階で情報提供することも重要です。

法律では、社員が40歳に達する時期に、介護休業制度などに関する情報提供を行うことが義務付けられています。

さらに、相談窓口の設置や研修など、介護休業や介護両立支援制度を利用しやすい雇用環境の整備も求められます。

ただし、制度が存在することと、社員が実際に利用できることは別問題です。

NTTデータ経営研究所の調査では、勤務先に両立支援制度があると回答した介護経験者の42%が、制度を活用していませんでした。

制度の内容を知らない場合もあれば、職場に迷惑をかけたくないという理由で利用をためらう場合もあります。

企業には、制度を整えるだけでなく、利用することが特別扱いにならない職場風土をつくることが求められます。

介護休業93日間は介護を続けるための休暇ではない

介護休業制度については、目的を正しく理解する必要があります。

介護休業は、対象家族1人につき通算93日まで、3回を上限として分割取得できます。

しかし、この93日間は、家族が直接介護を続けるためだけに設けられた期間ではありません。

むしろ、仕事と介護を両立するための体制を整える期間として活用することが重要です。

例えば、要介護認定の申請、ケアマネジャーとの相談、介護サービスの調整、施設の検討、家族間の役割分担などが考えられます。

一定の要件を満たす雇用保険の被保険者には、介護休業給付金が支給される場合もあります。

給付額は、原則として休業開始時賃金日額に支給日数と67%を乗じた額を基本とし、上限などが設けられています。

また、介護休暇は対象家族が1人の場合に年5日、2人以上の場合に年10日まで取得でき、時間単位での取得も可能です。

介護休業と介護休暇は目的や取得条件が異なります。

年次有給休暇、短時間勤務制度、時差出勤、テレワークなども組み合わせながら、長期間働き続けられる体制を整えることが大切です。

企業が社員の異変に気づく仕組み

介護離職を防ぐためには、社員本人からの相談を待つだけでは十分ではありません。

突然の遅刻や早退が増える、休暇取得が不規則になる、業務への集中力が低下するなど、介護負担が勤務状況に表れることがあります。

企業はこうした変化に気づいた際、本人を責めるのではなく、働き方について相談できる機会を設けることが重要です。

日本経済新聞の記事では、チケット販売大手のぴあが、勤怠情報や面談などを通じて社員の悩みに気づき、人事部門が働き方の調整を支援する事例が紹介されています。

介護を理由に退職を申し出た社員に対し、在宅勤務などを提案することで就業継続につながったケースもあります。

こうした取り組みは、社員の生活を守るだけではありません。

企業にとっても、経験豊富な人材の流出を防ぎ、組織の生産性を維持する効果が期待できます。

ただし、勤怠情報から介護の有無を決めつけたり、家庭事情を過度に詮索したりすることは避けなければなりません。

本人の意思とプライバシーを尊重した支援が必要です。

2030年に9兆円超と推計される経済損失

経済産業省は、仕事と介護の両立に伴う労働生産性の低下や介護離職による経済損失について、2030年には9兆円を超えると推計しています。

これは、介護問題が家庭内の問題にとどまらず、日本経済全体に影響することを意味しています。

特に企業にとって深刻なのは、管理職や専門職など、経験を積んだ社員が離職する可能性があることです。

40代から60代は、企業内で重要な役割を担う人が多い年代です。

この年代の社員が介護を理由に退職すれば、長年蓄積してきた知識や経験、人脈などが失われます。

新たな人材の採用や育成にも費用がかかります。

また、退職に至らなくても、介護負担によって業務効率が低下する場合があります。

企業は介護支援を福利厚生費としてだけでなく、人的資本への投資として考える必要があります。

仕事と介護を両立できる企業ほど、経験豊富な社員が長く働き続けられる可能性があります。

介護離職が家計と老後資金に与える影響

FPの視点から見逃せないのが、介護離職による家計への影響です。

50代で退職した場合、給与収入が失われるだけでなく、その後の厚生年金加入期間や退職給付にも影響する可能性があります。

例えば、年収600万円の社員が55歳で退職し、60歳まで働く予定だったと仮定すると、単純計算で5年間の給与収入3,000万円を失うことになります。

もちろん、税金や社会保険料、再就職による収入などを考慮する必要があるため、実際の家計への影響額は異なります。

それでも、介護を理由とする退職が老後の生活設計に大きな影響を及ぼすことは明らかです。

さらに、親の介護費用を子どもが負担する場合、自分自身の老後資金の準備が遅れる可能性もあります。

介護離職を検討する前に、勤務先の制度、介護保険サービス、家族の資産状況、今後の収入見通しなどを総合的に確認することが重要です。

親の介護を支えることと、自分自身の老後生活を守ることは、両立させなければならない課題です。

地域包括支援センターとケアマネジャーの活用

介護に直面した際、最初から家族だけで解決しようとする必要はありません。

高齢者の介護について相談する窓口として、地域包括支援センターがあります。

地域包括支援センターでは、高齢者本人や家族からの相談を受け、介護保険制度や地域の支援サービスについて案内しています。

また、要介護認定を受けた場合には、ケアマネジャーが介護サービスの利用計画を作成するなど、必要な支援の調整を行います。

介護者は、仕事の勤務時間や通勤時間、対応できる曜日などを具体的に伝えることが重要です。

介護サービスの利用時間と勤務時間が合わなければ、制度を利用していても仕事との両立が難しくなるためです。

企業の人事担当者も、介護に関する専門的な判断をすべて担う必要はありません。

社員を適切な相談窓口につなぐ役割を果たすことが重要です。

近年は、企業と社員の間に立って両立支援を助言する産業ケアマネジャーの活用も広がっています。

企業内の制度と地域の介護サービスを結び付ける仕組みが、今後さらに重要になります。

人生100年時代に求められる仕事と介護の新しい関係

人生100年時代には、親の介護と自分自身の高齢期が重なる可能性があります。

60代になっても働き続ける人が増えれば、仕事と介護の両立は定年前だけの課題ではなくなります。

一方で、介護を経験した社員が、介護終了後も能力を発揮できる環境を整えることも重要です。

介護のために勤務時間を調整した経験を、昇進や評価において一律に不利に扱うことは、企業にとっても人材活用の機会を失うことにつながります。

企業には、勤務時間の長さだけでなく、仕事の成果や役割に応じた評価制度が求められます。

社員側も、介護の事情をすべて説明する必要はありませんが、業務上必要な調整については具体的に伝えることが大切です。

例えば、週に1回の通院付き添いが必要であること、特定の時間帯には連絡を受ける可能性があること、在宅勤務が可能であれば業務を継続できることなどです。

何ができないかだけでなく、どのような条件なら働き続けられるかを共有することが、現実的な両立につながります。

結論

働きながら親を介護するワーキングケアラーは、今後ますます増えると予想されます。

その一方で、介護を会社に打ち明けられず、一人で負担を抱え込む「隠れ介護」の問題は深刻です。

介護離職を防ぐためには、企業が制度を整備するだけでは十分ではありません。

社員が安心して相談できる職場環境、柔軟な勤務制度、専門機関との連携、介護を理由に不利益を受けない評価の仕組みが必要です。

また、介護者自身も、家族だけで介護を抱え込まず、介護保険サービスや地域の支援機関を積極的に活用することが重要です。

特に50代以降の介護離職は、本人の収入、年金、老後資金に長期的な影響を与える可能性があります。

仕事を辞めるという判断は、利用可能な制度や支援策を確認したうえで慎重に行う必要があります。

人生100年時代において、親の介護を大切にすることと、自分自身の人生や仕事を守ることは対立するものではありません。

介護を個人の責任として抱え込ませる社会から、企業、家族、地域が役割を分担して支える社会へ転換することが求められています。

参考

日本経済新聞 2026/10/27 会社に言えず7年間「隠れ介護」 ワーキングケアラーの孤立救うには

厚生労働省 育児・介護休業法に基づく仕事と介護の両立支援制度

経済産業省 仕事と介護の両立支援に関する経済損失等の推計

NTTデータ経営研究所 2025年 仕事と介護の両立に関する調査

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