中小企業の退職金制度はどうあるべきか――人材確保と経営負担の両立

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大企業で退職金制度の見直しが進む一方、中小企業では退職金制度そのものを設けていない企業も少なくありません。

厚生労働省の2023年就労条件総合調査によると、退職給付制度がある企業の割合は74.9%です。裏を返せば、約25%の企業には退職給付制度がありません。

また、退職給付制度の導入割合は企業規模によって異なり、一般に大企業ほど高くなっています。

三井住友信託銀行が退職金と企業年金の年功的な仕組みを見直したことは、大企業の人事制度改革として注目されています。

しかし、中小企業にとって重要なのは、退職金を年功型から成果型へ変更することだけではありません。

そもそも退職金制度を設けるべきか、設ける場合にはどのような仕組みが適切かという問題があります。

人材不足が深刻化する中で、退職金制度は従業員の安心感や企業への定着を支える役割を持ちます。

一方、経営者にとっては、将来の退職金支払いが資金繰りを圧迫するリスクがあります。

税理士・FPの視点から、中小企業が検討したい退職給付制度と、経営負担を抑えながら従業員の老後資金を支える方法について考えます。

退職金制度がない企業は約4社に1社

退職金制度は、すべての企業に法律上の設置義務があるものではありません。

そのため、企業ごとに制度の有無や内容が異なります。

厚生労働省の2023年就労条件総合調査では、退職給付制度がある企業の割合は74.9%でした。

企業規模別に見ると、従業員1,000人以上の企業では90.1%、30〜99人の企業では70.1%となっています。

この数字から、大企業と中小企業の間には退職給付制度の導入状況に差があることが分かります。

退職金制度がない企業では、従業員が老後資金を自ら準備する必要性が高まります。

一方、制度を設ける企業では、従業員の安心感を高め、人材採用や定着につなげることが期待できます。

ただし、退職金制度があるというだけで、採用競争力が高まるとは限りません。

給与水準、働きやすさ、福利厚生、成長機会などと組み合わせた総合的な待遇設計が重要です。

中小企業が退職金制度を導入する3つの方法

中小企業が退職給付制度を設ける場合、主な選択肢として退職一時金制度、中小企業退職金共済制度、企業型確定拠出年金があります。

退職一時金制度は、企業が退職金規程などに基づいて従業員へ退職金を支払う仕組みです。

企業が支給条件を比較的柔軟に設計できる一方、将来の支払いに備えた資金管理が必要になります。

中小企業退職金共済制度は、国の制度に基づき、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する仕組みです。

企業が毎月掛金を納付し、従業員の退職時に共済制度から退職金が支払われます。

企業型DCは、企業が掛金を拠出し、従業員自身が運用する制度です。

将来の受取額は掛金と運用成果によって変動します。

いずれの制度にもメリットと注意点があり、企業規模や財務状況、従業員の年齢構成に応じた選択が必要です。

中小企業退職金共済の仕組みと特徴

中小企業退職金共済制度は、中小企業が比較的導入しやすい退職金制度の一つです。

原則として、企業が従業員ごとに毎月の掛金を設定し、共済制度へ納付します。

掛金月額は原則として5,000円から3万円までの範囲で選択できます。

短時間労働者については、一定の要件のもとで2,000円、3,000円、4,000円の特例掛金も利用できます。

掛金は全額事業主負担であり、従業員に負担させることはできません。

また、新規加入時や掛金増額時には、一定の要件のもとで国の助成制度があります。

企業が掛金を計画的に納付することで、退職時に多額の資金を一度に用意する負担を抑えられます。

ただし、掛金納付期間が短い場合には、退職金が掛金総額を下回ることがあります。

また、制度上の退職金額は掛金月額や納付月数などによって決まり、企業が自由に変更できるわけではありません。

中退共を導入した場合の企業負担

例えば、従業員20人の中小企業が、全員について毎月1万円の掛金を納付する場合を考えます。

毎月の企業負担は20万円です。

年間では240万円となります。

10年間では、掛金総額は2,400万円です。

従業員1人当たりでは、10年間で120万円の掛金を積み立てる計算になります。

実際に支払われる退職金額は、中退共の制度に基づいて計算されるため、掛金総額と必ず一致するわけではありません。

この例では、企業は年間240万円を継続して負担できるかどうかを検討する必要があります。

一方、将来の退職時に数百万円単位の資金を突然用意する必要性を抑えられることは、経営上のメリットです。

中小企業では、退職金制度の導入時に掛金負担の継続可能性を確認することが重要です。

企業型DCを導入する場合のメリットと課題

企業型DCは、企業が掛金を拠出し、従業員が運用商品を選択する制度です。

企業にとっては、毎月の拠出額を予測しやすく、将来の運用損失に対する追加拠出リスクを原則として負わないという特徴があります。

一方、従業員にとっては、運用成果によって将来の受取額が増減します。

例えば、毎月1万円を30年間拠出した場合、掛金総額は360万円です。

仮に年率3%で運用できた場合、毎月末の積立てを前提とした将来資産額は約583万円となります。

ただし、運用成果は保証されず、元本割れが生じる可能性もあります。

また、企業型DCの導入には、制度設計、運営管理機関との契約、従業員への投資教育、管理費用などが関係します。

小規模な企業では、こうした管理負担も考慮する必要があります。

なお、一定の要件を満たす中小企業向けには、簡易型DCやiDeCo+(中小事業主掛金納付制度)といった選択肢もあります。

退職一時金制度の資金繰りリスク

企業が独自に退職一時金制度を設ける場合、退職金の支給額や算定方法を柔軟に設計できます。

例えば、勤続年数や役職、評価などに応じて退職金額を決定することができます。

一方、退職時に必要な資金を企業が確保しなければなりません。

例えば、退職金1,000万円の従業員が同じ年度に3人退職する場合、企業は合計3,000万円を支払う必要があります。

業績が悪化している時期に退職者が集中すると、資金繰りへの影響が大きくなります。

また、退職給付引当金を会計上計上していても、その金額に相当する現金が確保されているとは限りません。

退職給付引当金は会計上の負債であり、資金の積立てそのものではないためです。

中小企業では、退職給付制度の設計と同時に、将来の支払いに備えた資金計画が必要です。

退職給付制度の税制上の取り扱い

退職給付制度を比較する際には、税制上の取り扱いも重要です。

中退共の掛金は、法人の場合、原則として損金算入の対象となります。

個人事業主の場合も、事業所得の計算上、原則として必要経費に算入できます。

企業型DCの事業主掛金についても、法令上の要件を満たすものは原則として損金算入されます。

一方、企業が独自に退職一時金制度を設ける場合、将来の退職金支払いに備えて会計上の引当金を計上しても、その引当額がそのまま税務上の損金になるわけではありません。

原則として、退職金の支給が確定する時期など、税務上の損金算入要件を確認する必要があります。

また、従業員が退職一時金を受け取る場合には、退職所得控除などの税制上の優遇が関係します。

ただし、制度の種類や受取方法によって課税関係が異なるため、個別の確認が必要です。

人材確保につながる退職給付制度の設計

退職給付制度は、単なる老後資金の準備ではなく、人材確保のための経営戦略でもあります。

例えば、若手社員にとっては、将来の退職金よりも現在の給与水準が重要な場合があります。

一方、40代・50代の従業員にとっては、退職金や企業年金が老後資金計画の重要な要素になります。

そのため、すべての従業員に同じ制度を提供することが、必ずしも最適とは限りません。

企業は、従業員の年齢構成や働き方を踏まえ、給与、賞与、退職金、企業年金を組み合わせた制度設計を検討する必要があります。

また、退職給付制度を導入する場合には、従業員が制度内容を理解できるように説明することが重要です。

制度があっても、従業員が将来の受取額を把握できなければ、安心感や定着効果につながりにくくなります。

中小企業経営者が確認したい導入前の条件

退職給付制度を導入する前には、企業の財務状況を確認する必要があります。

特に重要なのは、掛金や退職金支払いを継続できるかどうかです。

例えば、業績が好調な年度だけ掛金を負担できても、不況時に継続できなければ制度の安定性が損なわれます。

また、従業員の年齢構成によって、将来の退職者数や必要資金が変わります。

高齢の従業員が多い企業では、退職金支払いが短期間に集中する可能性があります。

一方、若手社員が多い企業では、長期的な掛金負担を見通すことが重要です。

さらに、既存の退職金制度を変更する場合には、労働条件の不利益変更に関する法的な問題にも注意が必要です。

企業は、制度導入時の費用だけでなく、長期間にわたる経営負担を検討する必要があります。

結論

中小企業にとって、退職給付制度は人材確保と経営負担の両立が求められる重要な経営課題です。

退職金制度がない企業も少なくありませんが、人材不足が進む中で、従業員の老後資金を支える仕組みの重要性は高まっています。

中退共は、比較的導入しやすく、掛金を計画的に負担できる制度です。

企業型DCは、企業の拠出負担を予測しやすい一方、従業員に運用リスクが生じます。

独自の退職一時金制度は、柔軟な設計が可能ですが、将来の資金繰りリスクに注意が必要です。

いずれの制度にも特徴があり、すべての中小企業に共通する最適解があるわけではありません。

重要なのは、企業の財務状況、従業員の年齢構成、人材採用方針、税制上の取り扱いなどを総合的に検討することです。

人生100年時代には、中小企業においても従業員の老後資金形成を支える仕組みが求められます。

退職給付制度を単なる福利厚生費用として考えるのではなく、企業の持続的な成長と従業員の安心を両立させる経営投資として位置付けることが重要です。

参考

日本経済新聞 2026/10/28 朝刊「三井住友信託銀行、退職金・年金の年功廃止 長く勤めても増額なし」

日本経済新聞 2026/10/28 朝刊「退職給付とは 大企業ほど充実、25%は制度なし」

厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」

独立行政法人勤労者退職金共済機構「中小企業退職金共済制度の概要」

厚生労働省「確定拠出年金制度の概要」

国税庁「退職金を受け取ったとき(退職所得)」

国税庁「退職給与の損金算入時期」

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