転職によって給与が増えても、退職金が減少するのであれば、本当に有利な転職といえるのでしょうか。
日本企業では長年にわたり、勤続年数が長くなるほど退職金が増える制度が一般的でした。
そのため、40代・50代で転職を考える場合、現在の給与だけでなく、将来受け取る退職金への影響も重要な判断材料になります。
三井住友信託銀行は、退職金と企業年金の勤続年数による加算を廃止し、能力や役職を重視する制度へ移行しました。
こうした改革は、長期勤務を前提とする日本型雇用から、能力や専門性を重視する雇用への転換を象徴しています。
しかし、退職金制度が変わっても、転職による経済的な影響がなくなるわけではありません。
転職先の給与水準、退職給付制度、企業年金、定年年齢、福利厚生などによって、生涯収入は大きく変わります。
税理士・FPの視点から、転職と退職金の関係を整理し、キャリア選択を経済的に判断する方法について考えます。
長期勤続ほど退職金が増える日本型制度
日本の退職金制度は、終身雇用と密接に結びついて発展してきました。
中央労働委員会の2025年の調査によると、大卒総合職のモデル退職金額は勤続15年で601万円、勤続30年で2,009万円となっています。
15年間の違いによって、退職金額には1,408万円の差が生じています。
この調査は主要企業を対象としたモデル退職金であり、すべての企業の平均額ではありません。
それでも、勤続年数が退職金に大きく影響することが分かります。
年功型退職金制度では、若い時期に退職すると支給額が少なく、定年まで勤務すると支給額が大きく増える仕組みが採用されてきました。
企業にとっては、従業員の長期定着を促す効果があります。
一方、従業員にとっては、転職によって退職金の増加機会を失う可能性があります。
こうした仕組みが、転職をためらわせる経済的な要因となってきました。
45歳で転職すると退職金はどう変わるのか
具体的な例で考えてみます。
大学卒業後、同じ会社に勤務してきた45歳の会社員が、65歳まで働く予定だとします。
現在の会社に勤務し続けた場合、65歳時点の退職金見込額は2,500万円です。
一方、45歳で転職する場合、現在の会社から退職金800万円を受け取り、転職先で65歳まで20年間勤務して退職金1,000万円を受け取ると仮定します。
この場合、退職金の合計額は1,800万円です。
転職しなかった場合の2,500万円と比較すると、700万円少なくなります。
ただし、これは制度の違いを理解するための仮定です。
実際の退職金額は、勤務先の規程、役職、給与、退職理由などによって異なります。
また、45歳で受け取った800万円は、その時点から運用することもできます。
したがって、65歳時点の金額を比較する場合には、受取時期の違いも考慮する必要があります。
給与増加が退職金の減少を上回る場合
転職によって退職金が減少しても、給与が増加すれば、生涯収入が増える可能性があります。
先ほどの45歳の会社員が、転職によって年間給与を100万円増やせたとします。
65歳まで20年間勤務した場合、給与の増加額は次のようになります。
100万円×20年=2,000万円
退職金の減少額700万円を差し引くと、額面上の増加額は1,300万円です。
ただし、給与の増加分には所得税、住民税、社会保険料が関係します。
一方、退職金には退職所得控除などの税制上の優遇があります。
そのため、給与2,000万円の増加と退職金700万円の減少を、そのまま比較することはできません。
また、転職先で給与が一定水準を維持できる保証もありません。
昇給、賞与、役職、雇用継続の可能性などを考慮する必要があります。
転職の経済的な有利不利は、給与と退職金を合わせた税引後の生涯収入で判断することが重要です。
退職所得控除と勤続年数の関係
転職を考える際には、退職金に対する税制も重要です。
退職所得控除は、原則として勤続年数に応じて計算されます。
勤続年数20年以下の場合は、1年当たり40万円です。
20年を超える場合は、20年までの800万円に、超過年数1年当たり70万円を加算します。
例えば、勤続20年の場合、退職所得控除額は800万円です。
勤続35年の場合は、1,850万円となります。
退職金を受け取る際には、この退職所得控除を適用し、一般的な退職手当等では控除後の金額の2分の1を課税対象とします。
ただし、転職によって複数回退職金を受け取る場合には注意が必要です。
過去に受け取った退職金や確定拠出年金の一時金との関係で、退職所得控除の重複調整が必要になる場合があります。
退職金を複数回受け取れば、その都度無条件に満額の退職所得控除を利用できるわけではありません。
転職時には、退職金の受取額だけでなく、将来の退職所得課税への影響も確認する必要があります。
企業型DCは転職先へ持ち運べる
転職時に重要になるのが、企業型確定拠出年金(DC)の資産移換です。
企業型DCでは、企業が拠出した掛金を従業員自身が運用します。
転職によって企業型DCの加入資格を失った場合には、原則として一定期間内に資産の移換手続きを行う必要があります。
転職先に企業型DCがある場合には、その制度へ資産を移換できることがあります。
転職先に企業型DCがない場合などには、加入資格に応じてiDeCoなどへの移換を検討します。
注意したいのは、手続きを放置した場合です。
所定の期間内に移換手続きを行わないと、資産が国民年金基金連合会へ自動移換される場合があります。
自動移換中は原則として運用できず、手数料が発生するほか、受給開始可能年齢に関係する通算加入者等期間に算入されない場合があります。
転職時には、給与や退職金だけでなく、企業型DCの資産移換も忘れずに確認する必要があります。
DBの転職時の取り扱いにも注意
確定給付企業年金(DB)がある企業から転職する場合には、DCとは異なる確認が必要です。
DBでは、制度規約に基づいて将来の給付額が決まります。
転職によって加入資格を失った場合、脱退一時金を受け取れることがあります。
また、一定の要件を満たせば、企業年金連合会や転職先の企業年金制度などへ給付原資を移換できる場合があります。
ただし、すべての制度間で自由に移換できるわけではありません。
移換の可否や手続きは、転職元と転職先の制度内容によって異なります。
また、一時金として受け取る場合と将来の年金として受け取る場合では、税制や資金計画への影響も異なります。
転職時には、DBの受給権、脱退一時金、移換制度について勤務先に確認することが重要です。
40代と50代では転職判断が異なる
転職の経済的な判断は、年齢によっても変わります。
40代では、定年までの勤務期間が比較的長く、転職後の給与増加や昇進による効果を得られる可能性があります。
例えば、45歳から65歳まで20年間働く場合、年間給与が100万円増えれば、額面上の累計増加額は2,000万円です。
一方、55歳から65歳まで10年間の場合には、同じ年間100万円の給与増加でも累計1,000万円となります。
また、50代では、現在の勤務先で積み上げた退職給付が大きくなっている場合があります。
転職によって退職金が減少する一方、転職後の給与増加を享受できる期間は短くなります。
そのため、50代の転職では、退職給付を含めた比較が特に重要になります。
ただし、専門性を活用して70歳まで働ける場合などには、転職によって就労期間が延びる可能性もあります。
年齢だけで転職の有利不利を判断することは適切ではありません。
転職先の定年制度と再雇用条件
転職時には、定年年齢や再雇用制度も確認する必要があります。
例えば、現在の会社では65歳まで給与水準が維持される一方、転職先では60歳以降に給与が大きく減少する場合があります。
この場合、転職時点の給与が高くても、60歳以降の収入減少によって生涯収入が少なくなる可能性があります。
また、65歳以降も働ける制度があるかどうかによって、老後資金計画は変わります。
高年齢者雇用安定法では、企業に65歳までの雇用確保措置が義務付けられています。
さらに、70歳までの就業機会確保措置については努力義務が設けられています。
ただし、70歳までの雇用や従来と同じ給与水準が保証されているわけではありません。
転職先の定年制度、再雇用条件、給与水準を確認することが重要です。
転職判断では生涯の手取り収入を比較する
転職の経済的な有利不利を判断する際には、現在の給与だけでなく、生涯の手取り収入を比較する必要があります。
具体的には、転職しない場合と転職する場合について、将来の給与、賞与、退職金、企業年金をそれぞれ見積もります。
そのうえで、所得税、住民税、社会保険料などを考慮します。
また、退職金の受取時期が異なる場合には、資金を早く受け取ることによる運用機会も考慮する必要があります。
さらに、転職先の業績悪化や雇用継続の不確実性なども重要です。
給与が増えることだけを理由に転職するのではなく、退職後まで含めた資金計画を作成することが望まれます。
一方、転職には収入以外の価値もあります。
専門性を高める機会、働きがい、健康、家族との時間なども、長期的な生活の質に影響します。
経済的な合理性と人生全体の満足度を組み合わせて判断することが重要です。
結論
転職によって退職金が減少する可能性があることは、日本型雇用制度の大きな特徴でした。
長期勤続ほど退職金が増える制度では、転職によって将来の退職給付を失うことがありました。
一方、能力や役職を重視する退職給付制度が広がれば、勤続年数による不利益が縮小する可能性があります。
ただし、転職による経済的な影響は、退職金だけで決まるものではありません。
給与、賞与、企業年金、税金、社会保険料、定年年齢、再雇用条件などを総合的に比較する必要があります。
特に40代・50代では、転職後の勤務期間と退職給付の変化が生涯収入に大きく影響します。
また、企業型DCやDBの資産移換、退職所得控除の取り扱いにも注意が必要です。
人生100年時代には、同じ会社に長く勤務することだけが合理的な選択とは限りません。
重要なのは、現在の給与や退職金の金額だけでなく、将来の働き方と老後資金まで見通してキャリアを選択することです。
転職するかどうかを判断する際には、目先の年収ではなく、生涯の手取り収入と生活の質を基準に考えることが求められます。
参考
日本経済新聞 2026/10/28 朝刊「三井住友信託銀行、退職金・年金の年功廃止 長く勤めても増額なし」
日本経済新聞 2026/10/28 朝刊「退職給付とは 大企業ほど充実、25%は制度なし」
中央労働委員会「令和7年退職金、年金及び定年制事情調査」
厚生労働省「確定拠出年金制度の概要」
厚生労働省「確定給付企業年金制度について」
厚生労働省「高年齢者雇用安定法の概要」
国税庁「退職金を受け取ったとき(退職所得)」
国民年金基金連合会「iDeCo公式サイト」