退職金2,000万円を受け取ることができれば、老後生活は安心なのでしょうか。
一方、退職金制度がない会社に勤務している人は、十分な老後資金を準備できないのでしょうか。
人生100年時代の老後資金設計を考える際には、退職金の金額だけで将来の生活を判断することは適切ではありません。
三井住友信託銀行は、退職金と企業年金の勤続年数による加算を廃止し、能力や役職を重視する制度へ移行しました。
また、退職金の原資を現役時代の給与や賞与として前払いする企業も現れています。
こうした動きは、長く勤めれば退職金が増えるという従来の考え方が変化していることを示しています。
一方、退職給付制度がない企業も約25%あります。
今後は、勤務先の退職金制度だけに老後資金を依存するのではなく、公的年金、企業年金、NISA、iDeCo、預貯金、就労収入を組み合わせることが重要になります。
税理士・FPの視点から、人生100年時代に必要な老後資金設計の考え方を整理します。
老後資金の基本は公的年金と生活費の差額
老後資金を考える際には、最初に毎月の生活費と公的年金の受取額を確認する必要があります。
例えば、65歳以降の夫婦の生活費が毎月30万円、公的年金の手取り額が毎月24万円の場合を考えます。
この場合、毎月の不足額は6万円です。
年間では72万円となります。
65歳から95歳までの30年間では、次の金額になります。
72万円×30年=2,160万円
つまり、この例では、生活費と公的年金の差額を補うために約2,160万円が必要になります。
ただし、この試算では物価上昇、運用益、税金や社会保険料の変化、医療・介護費などを考慮していません。
また、公的年金の受取額は加入履歴や受給開始年齢によって異なります。
重要なのは、老後資金として一律に2,000万円が必要と考えるのではなく、自分の生活費と公的年金の差額から必要額を計算することです。
退職金2,000万円があっても安心とは限らない理由
退職金2,000万円を受け取ったとしても、老後の生活費が大きければ資金が不足する可能性があります。
例えば、毎月の不足額が10万円の場合、年間の不足額は120万円です。
20年間では2,400万円、30年間では3,600万円となります。
退職金2,000万円だけでは、30年間の不足額を補うことはできません。
一方、毎月の不足額が3万円であれば、年間36万円です。
30年間でも1,080万円となります。
この場合、退職金が2,000万円なくても、預貯金や積立投資などによって必要な資金を準備できる可能性があります。
つまり、老後資金の必要額は退職金の金額ではなく、生活費と公的年金の差額によって大きく変わります。
退職金の有無だけで老後の安心を判断することはできません。
公的年金を老後生活の土台として考える
老後資金設計の中心となるのは、公的年金です。
会社員は、原則として国民年金と厚生年金に加入しています。
老齢基礎年金は加入期間などに応じて計算され、老齢厚生年金は報酬や加入期間などによって金額が決まります。
公的年金の特徴は、原則として生涯にわたって受給できることです。
また、物価や賃金の変動を反映する仕組みがあります。
ただし、マクロ経済スライドなどによって、物価上昇と同じ割合で年金額が増えるとは限りません。
そのため、公的年金だけで将来の生活費をすべて賄えると考えることは適切ではありません。
まずは、ねんきんネットなどを利用して将来の年金見込額を確認し、不足する金額を把握することが重要です。
NISAは老後資金形成の有力な選択肢
NISAは、投資による運用益が非課税となる制度です。
2024年から始まった新しいNISAでは、年間投資枠がつみたて投資枠120万円、成長投資枠240万円の合計360万円となっています。
非課税保有限度額は1,800万円で、そのうち成長投資枠は1,200万円までです。
非課税保有期間は無期限です。
例えば、40歳から65歳まで25年間、毎月3万円を積み立てる場合を考えます。
積立元本は900万円です。
仮に年率3%で運用できた場合、毎月末の積立てを前提とした65歳時点の資産額は約1,338万円となります。
ただし、運用成果は保証されず、元本割れが生じる可能性があります。
NISAのメリットは、運用益が非課税になることに加え、必要に応じて資産を売却できることです。
老後資金だけでなく、住宅修繕費や医療費など、将来のさまざまな資金需要に対応しやすい制度です。
iDeCoは税負担の軽減と老後資金形成を両立する
iDeCoは、個人が掛金を拠出し、自分で運用する私的年金制度です。
掛金は原則として全額所得控除の対象となり、運用益も非課税で再投資されます。
例えば、毎月2万円を拠出する場合、年間の掛金は24万円です。
所得税と住民税を合わせた限界税率を仮に20%とすると、年間約4万8,000円の税負担軽減につながる計算です。
ただし、実際の税負担軽減額は所得や所得控除の状況によって異なります。
また、iDeCoには加入資格や掛金上限があり、原則として60歳まで資産を引き出すことができません。
さらに、受取時には一時金と年金で税制上の取り扱いが異なります。
勤務先の退職金や企業年金との関係によって、退職所得控除などの適用額が変わる場合があります。
そのため、iDeCoは掛金拠出時の税負担軽減だけでなく、将来の受取時の税負担まで考えて利用することが重要です。
NISAとiDeCoをどう使い分けるか
NISAとiDeCoは、どちらか一方を選ぶ制度ではありません。
それぞれの特徴を理解し、資金の目的に応じて使い分けることが重要です。
NISAは、運用益が非課税となり、必要に応じて資産を売却できます。
一方、iDeCoは掛金の所得控除というメリットがありますが、原則として60歳まで引き出せません。
例えば、40代で住宅ローンや教育費などの支出が見込まれる場合には、資金の流動性を確保することが重要です。
そのため、生活防衛資金を預貯金で確保したうえで、NISAを活用する方法があります。
一方、所得税や住民税の負担が大きく、老後まで使わない資金を準備できる場合には、iDeCoの活用も有力です。
ただし、投資に回す金額は、家計の余裕資金の範囲内にとどめる必要があります。
企業年金がある場合の資産配分
勤務先に企業年金がある場合には、その内容も老後資金設計に組み込む必要があります。
確定給付企業年金(DB)は、規約に基づいて給付額が決まるため、老後の収入見通しを立てやすい制度です。
一方、企業型確定拠出年金(DC)は、掛金と運用成果によって将来の受取額が変動します。
企業型DCで株式中心の運用を行っている場合、個人のNISAでも同じような資産に集中すると、金融市場の下落時に老後資産全体が大きく減少する可能性があります。
そのため、企業型DC、NISA、iDeCo、預貯金などを合算して、資産全体の配分を確認することが重要です。
制度ごとに運用商品を選ぶのではなく、家計全体でどの程度のリスクを負っているかを把握する必要があります。
65歳以降の就労収入が老後資金を支える
老後資金を増やす方法は、資産運用だけではありません。
65歳以降も働くことで、生活費の不足を補い、金融資産の取り崩しを抑えることができます。
例えば、65歳から70歳までの5年間、毎月10万円の手取り収入を得られる場合を考えます。
5年間の就労収入は600万円です。
この収入を生活費に充てることができれば、その分だけ金融資産の取り崩しを減らせる可能性があります。
また、厚生年金に加入して働く場合には、原則として加入期間に応じて将来の年金額が増えます。
ただし、在職老齢年金による支給停止や税金、社会保険料などへの影響も考慮する必要があります。
長く働くことは、老後資金を確保するための重要な選択肢ですが、健康状態や家族との時間なども含めた判断が必要です。
老後資金を3つに分けて管理する
老後資金を管理する際には、資金の使用時期に応じて分けて考える方法があります。
第1は、日常生活費や緊急支出に備える資金です。
預貯金など、必要なときに利用しやすい形で確保します。
第2は、今後5〜10年程度で使用する可能性がある資金です。
住宅修繕費、車の買い替え、医療・介護費などに備えます。
この部分については、大きな価格変動を避けることが重要です。
第3は、10年以上使用する予定のない長期資金です。
この部分については、リスク許容度に応じてNISAなどを活用した分散投資を検討できます。
資金を使用時期に応じて管理することで、市場が下落したときに生活費を確保するために投資資産を売却せざるを得ない状況を避けやすくなります。
老後資金計画は定期的な見直しが必要
老後資金計画は、一度作成すれば終わりではありません。
給与、退職金、年金、家族構成、健康状態、生活費などは時間とともに変化します。
また、税制や社会保障制度も改正される可能性があります。
そのため、少なくとも年1回程度は、金融資産残高、公的年金見込額、生活費、今後の大きな支出を確認することが望まれます。
特に50代以降は、退職時期や企業年金の受取方法など、重要な判断が増えます。
退職金の見込額が変更された場合にも、老後資金計画を修正する必要があります。
重要なのは、退職金が増えたか減ったかだけでなく、老後生活全体の資金収支が維持できるかを確認することです。
結論
人生100年時代の老後資金設計では、退職金の金額だけに依存しない考え方が重要です。
退職金2,000万円を受け取っても、生活費が大きければ資金が不足する可能性があります。
一方、退職金制度がない場合でも、公的年金、NISA、iDeCo、預貯金、就労収入を組み合わせることで、老後資金を準備することは可能です。
老後資金設計の出発点は、毎月の生活費と公的年金の手取り額との差額を把握することです。
そのうえで、企業年金や個人の金融資産を組み合わせ、不足額をどのように補うかを考えます。
NISAは運用益の非課税と資金の柔軟性、iDeCoは掛金の所得控除と老後資金形成に特徴があります。
また、65歳以降も働くことで、金融資産の取り崩しを遅らせることができます。
ただし、資産運用には価格変動リスクがあり、就労についても健康や生活の質への配慮が必要です。
退職金制度が変化する時代だからこそ、勤務先の制度に依存するのではなく、自分自身で老後の収入と支出を管理することが求められます。
人生100年時代の安心は、退職金の多さだけで決まるものではありません。
公的年金を土台とし、企業年金、NISA、iDeCo、預貯金、就労収入を適切に組み合わせることが、長寿社会に対応した持続可能な老後資金設計につながります。
参考
日本経済新聞 2026/10/28 朝刊「三井住友信託銀行、退職金・年金の年功廃止 長く勤めても増額なし」
日本経済新聞 2026/10/28 朝刊「退職給付とは 大企業ほど充実、25%は制度なし」
厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」
日本年金機構「ねんきんネット」
日本年金機構「年金の繰下げ受給」
金融庁「NISAを知る」
厚生労働省「確定拠出年金制度の概要」
国民年金基金連合会「iDeCo公式サイト」
国税庁「退職金を受け取ったとき(退職所得)」