定年退職時には2,000万円程度の退職金を受け取れる。こうしたイメージを持つ会社員は少なくありません。
しかし、退職金2,000万円は、すべての会社員に共通する金額ではありません。勤務先の企業規模、退職給付制度、勤続年数、役職、退職理由などによって、実際の支給額には大きな違いがあります。
厚生労働省の2023年の調査によると、退職給付制度を持つ企業は約75%です。裏を返せば、約25%の企業には退職給付制度がありません。
一方、大企業では退職一時金と企業年金を併用する制度も広く採用されています。
同じ年齢まで働いていても、勤務先によって老後に受け取る退職給付が大きく異なる可能性があります。
退職金は、公的年金と並んで老後生活を支える重要な資金です。しかし、その金額を正確に把握せず、漠然とした期待だけで老後資金計画を立てることにはリスクがあります。
税理士・FPの視点から、企業規模による退職金格差の実態と、退職金に過度に依存しない老後資金設計について考えます。
退職金2,000万円という数字の実態
中央労働委員会の「令和7年退職金、年金及び定年制事情調査」によると、大卒総合職のモデル退職金額は勤続15年で601万円、勤続30年で2,009万円となっています。
この数字を見ると、30年程度勤務すれば2,000万円の退職金を受け取れるように感じるかもしれません。
しかし、この調査は主要企業を対象としたものであり、日本のすべての企業の平均額を示しているわけではありません。
また、モデル退職金は一定の条件を設定して算出した金額であり、実際に退職した人の平均受取額とも異なります。
退職金の比較では、調査対象、学歴、職種、勤続年数、退職理由、退職一時金と企業年金の取り扱いを確認する必要があります。
例えば、企業年金を含む退職給付総額と、退職時に現金で受け取る退職一時金を同じものとして比較することは適切ではありません。
退職金2,000万円という数字だけを基準に、自分の老後資金が十分かどうかを判断することはできないのです。
退職給付制度がない企業は約25%
厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、退職給付制度を持つ企業の割合は74.9%でした。
2018年の80.5%から5.6ポイント低下しています。
つまり、退職給付制度を持たない企業の割合は25.1%となります。
退職金は法律によってすべての企業に支給が義務付けられているものではありません。
企業が退職給付制度を設けるかどうかは、原則として企業の判断によります。
ただし、就業規則や労働契約などで退職金の支給条件が定められている場合には、その内容に従った支給義務が生じます。
退職給付制度がない企業では、従業員自身が老後資金を準備する必要性が高くなります。
また、退職金制度がある企業でも、勤続年数が一定期間に満たない場合には支給されないことがあります。
退職金の有無だけでなく、支給条件まで確認することが重要です。
大企業ほど充実する退職一時金と企業年金
企業規模による退職給付制度の違いも見逃せません。
従業員1,000人以上の企業では、退職一時金と企業年金を併用する企業が5割弱を占めています。
退職一時金は、退職時にまとまった金額を受け取る仕組みです。
企業年金は、退職後に一定期間または終身にわたって年金を受け取る仕組みであり、制度によっては一時金で受け取ることもできます。
両方の制度がある企業では、退職時のまとまった資金と、退職後の継続的な収入を組み合わせることが可能です。
一方、中小企業では退職一時金のみを採用する企業や、退職給付制度を設けていない企業もあります。
もっとも、中小企業でも中小企業退職金共済制度などを活用して、退職金を準備している企業があります。
企業規模だけで退職給付の充実度を決めつけることはできませんが、一般的には大企業の方が制度の選択肢が多い傾向にあります。
退職金格差が老後生活に与える影響
退職金の違いが老後生活にどの程度影響するのか、簡単な例で考えてみます。
65歳で退職する会社員Aさんは、退職金2,000万円を受け取ります。
一方、同じ65歳で退職するBさんは、退職金500万円を受け取ります。
両者の退職金格差は1,500万円です。
仮に65歳から90歳までの25年間で、この差額を均等に取り崩すとします。
1,500万円÷25年÷12カ月=5万円
退職金の差額1,500万円は、25年間にわたり毎月5万円を使えるかどうかの違いに相当します。
もちろん、この計算では運用益、物価上昇、税金などを考慮していません。
それでも、退職金格差が老後の生活水準に与える影響の大きさを理解できます。
毎月5万円の違いは、旅行、趣味、住宅修繕、医療・介護への備えなどに影響します。
老後資金を考える際には、退職金の総額だけでなく、毎月の生活費に換算して考えることが有効です。
公的年金が同じでも老後資金に差が生じる
公的年金は、老後生活の基本的な収入源です。
会社員の場合、原則として老齢基礎年金と老齢厚生年金を受け取ります。
老齢厚生年金の金額は、主に加入期間や現役時代の報酬によって決まります。
したがって、同じ会社員でも、賃金水準や加入期間が異なれば公的年金額にも差が生じます。
さらに、退職給付制度の違いが加わることで、老後資金の格差が広がる可能性があります。
例えば、公的年金の手取り収入が毎月20万円、生活費が毎月25万円の場合、毎月5万円の不足が生じます。
年間では60万円、25年間では1,500万円です。
この不足額を退職金で補う場合、退職金2,000万円の人と500万円の人では、資金の持続可能性が大きく異なります。
ただし、公的年金の受給額や生活費は世帯ごとに異なるため、実際には個別の試算が必要です。
退職金が少ない人ほど早期の資産形成が重要
退職給付制度がない場合や退職金が少ない場合には、現役時代からの資産形成が重要になります。
例えば、35歳から65歳までの30年間、毎月3万円を積み立てるとします。
運用益を考慮しなければ、積立元本は1,080万円です。
仮に年率3%で毎月積み立て、複利運用できた場合、30年後の資産額は約1,748万円となります。
ただし、これは一定の利回りを仮定した試算であり、将来の運用成果を保証するものではありません。税金や手数料も考慮していません。
実際の資産運用では、価格変動によって元本割れが生じる可能性もあります。
それでも、長期間にわたる積立が老後資金形成に大きく寄与することが分かります。
重要なのは、退職金が少ないことを定年間際に知るのではなく、早い段階で把握して準備を始めることです。
NISAとiDeCoを活用した自助努力
老後資金形成の手段として、NISAとiDeCoがあります。
NISAは、対象となる金融商品の運用益が非課税となる制度です。
2024年からの制度では、年間投資枠が最大360万円、非課税保有限度額が1,800万円となっています。
資金の引き出しに原則として年齢制限がないため、老後資金だけでなく、住宅修繕や教育費など幅広い目的に活用できます。
一方、iDeCoは私的年金制度であり、掛金が原則として全額所得控除の対象となります。
運用益も非課税で再投資され、受取時には一定の税制優遇があります。
ただし、原則として60歳まで資産を引き出せず、加入期間などによって受給開始可能年齢が異なります。
また、加入資格や掛金上限は、勤務先の企業年金制度などによって異なります。
NISAは資金の流動性、iDeCoは所得控除による節税効果が特徴です。
両制度の違いを理解し、家計の余裕資金や将来の資金需要に応じて使い分けることが大切です。
50代からでも必要な退職金の確認
50代になると、定年までの期間が短くなり、老後資金の見通しを具体的に立てる必要があります。
まず確認したいのは、勤務先の退職給付制度です。
退職一時金、確定給付企業年金(DB)、確定拠出年金(DC)について、それぞれの見込額を把握します。
企業年金がある場合には、年金形式と一時金形式のどちらで受け取れるかも確認します。
次に、公的年金の受給見込額を確認します。
ねんきん定期便やねんきんネットなどを活用することで、将来の年金額を把握できます。
そのうえで、預貯金、有価証券、住宅ローン残高などを整理します。
退職金が想定より少ない場合には、生活費の見直し、就労期間の延長、積立額の増加などを検討します。
50代からの資産形成では、運用期間が比較的短くなるため、大きなリスクを取って不足額を一度に取り戻そうとすることは避けるべきです。
退職金格差を生涯収入で考える視点
退職金が多い企業が、必ずしも従業員にとって最も有利とは限りません。
退職金が少なくても、現役時代の給与が高い企業もあります。
例えば、A社は退職金2,000万円、B社は退職金500万円とします。
一方、B社の給与がA社より年間100万円高く、その差が20年間続けば、税金や社会保険料を考慮する前の給与差額は2,000万円になります。
退職金の差額1,500万円を上回る計算です。
ただし、給与と退職金では税制が異なるため、単純な額面比較だけでは判断できません。
また、給与を現役時代に消費してしまえば、老後資金として残るとは限りません。
企業の処遇を比較する際には、給与、賞与、退職給付、福利厚生、働ける期間などを含めた生涯収入を考える必要があります。
退職金だけで勤務先の有利不利を判断する時代ではなくなっているのです。
結論
退職金2,000万円は、すべての会社員に共通する標準的な金額ではありません。
退職給付制度を持たない企業は約25%あり、制度がある企業でも企業規模や勤続年数、役職などによって支給額は異なります。
大企業では退職一時金と企業年金を併用するケースが多い一方、中小企業では制度の内容に大きな違いがあります。
退職金格差は、老後の生活費、住宅修繕、医療・介護への備えなどに影響します。
しかし、退職金が少ないからといって、必ずしも老後生活が不安定になるわけではありません。
現役時代の給与、公的年金、預貯金、NISA、iDeCo、退職後の就労収入などを組み合わせることで、必要な資金を準備することは可能です。
人生100年時代には、退職金の金額を他人と比較することよりも、自分自身の老後生活に必要な資金を把握することが重要です。
勤務先の退職給付制度を正確に理解し、早い段階から資産形成を進めることが、企業規模による退職金格差に左右されない老後生活につながります。
参考
日本経済新聞 2026/10/28 朝刊「三井住友信託銀行、退職金・年金の年功廃止 長く勤めても増額なし」
日本経済新聞 2026/10/28 朝刊「退職給付とは 大企業ほど充実、25%は制度なし」
中央労働委員会「令和7年退職金、年金及び定年制事情調査」
厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」
金融庁「NISAを知る」
国民年金基金連合会「iDeCo公式サイト」