パートで働く人にとって、「扶養内で働く」という言葉は身近なものです。
社会保険料の負担を避けるため、年収や勤務時間を調整している人も少なくありません。
2026年4月から6月には、年収の壁を意識して働く時間を抑えている短時間労働者が408万人いると推計されています。
扶養内で働けば、現在の社会保険料負担を抑えることができます。
そのため、目先の手取りだけを見れば有利に感じる場合があります。
しかし、働き方を10年、20年という長い期間で考えると見え方は変わります。
扶養内で働き続けることが本当に得なのかは、現在の手取りだけでは判断できません。
扶養には税と社会保険がある
まず整理しておきたいのが、扶養という言葉には異なる制度が含まれていることです。
税制上の配偶者控除などに関係する扶養と、健康保険や年金に関係する社会保険上の扶養は別の制度です。
年収の壁という言葉でまとめて語られるため混同されやすいのですが、基準も影響も異なります。
特に働き控えとの関係で重要なのが社会保険です。
会社員などの配偶者の扶養に入り一定の要件を満たしている場合、自分で社会保険料を負担せずに健康保険の被扶養者となり、国民年金では第3号被保険者となる仕組みがあります。
この保険料負担がないことが、扶養内勤務の大きな特徴です。
扶養内勤務には明確なメリットがある
扶養内で働くことにはメリットがあります。
最大のものは、現在の社会保険料負担を抑えられることです。
限られた時間だけ働きたい人にとって、このメリットは小さくありません。
子育てや介護、家事、本人の学習など、仕事以外に時間を使いたい事情もあります。
働く時間を長くすることだけが正解ではありません。
自分や家族の生活に合わせて短時間勤務を選び、その結果として扶養内になるのであれば、合理的な選択になる場合があります。
問題は、もっと働きたいにもかかわらず、壁を超えることだけを避けるために勤務時間を減らしているケースです。
目先では保険料負担が気になる
扶養から外れて勤務先の社会保険に加入すると、給与から健康保険料や厚生年金保険料などが差し引かれます。
それまで直接負担していなかった保険料が発生するため、給与明細を見ると負担が大きく増えたように感じます。
年収が壁を少し超えただけでは、額面収入が増えても手取りの伸びが小さくなる場合があります。
そのため、壁を超えるくらいなら扶養内に収めた方がよいと考えやすくなります。
ここだけを切り取れば、扶養内勤務には確かに経済的なメリットがあります。
しかし、比較する期間を長くすると別の要素が出てきます。
厚生年金に加入すると将来の年金が増える
勤務先の厚生年金に加入すれば、保険料を負担する一方で、将来受け取る年金も増えます。
第3号被保険者として扶養に入っている期間は、老齢基礎年金の計算上は保険料納付済期間として扱われます。
一方、自分で厚生年金に加入すると、基礎年金に加えて報酬と加入期間に応じた老齢厚生年金が上乗せされます。
したがって、現在の手取りだけを比較して扶養内の方が得だと結論づけるのは早計です。
現在支払う社会保険料と、将来増える年金の両方を見る必要があります。
健康保険の保障も変わる
社会保険加入の意味は老後の年金だけではありません。
勤務先の健康保険の被保険者になることで、一定の要件を満たせば傷病手当金などの給付を受けられます。
病気やけがで仕事を休み、給与を受けられない場合の所得保障です。
社会保険料というと老後のための負担という印象が強いかもしれませんが、現役時代の生活保障という役割もあります。
単純に毎月いくら差し引かれるかだけで社会保険の価値を判断することはできません。
最大の差は収入そのものかもしれない
扶養内勤務を長期で考えると、社会保険料以上に大きな差になる可能性があるのが給与収入です。
年収130万円程度に収入を抑える働き方を長期間続ける場合と、壁を超えて勤務時間を増やす場合では、毎年の給与収入に差が生じます。
その差が10年、20年と積み重なれば、生涯所得では大きな違いになります。
さらに勤務時間を増やすことで、昇給や役職、正社員への転換などにつながるケースもあります。
反対に、労働時間を長期間抑え続ければ、仕事の経験やキャリア形成の機会が限定される場合があります。
年収の壁の本当のコストは、社会保険料ではなく、壁を意識して得られなかった収入やキャリアにある可能性もあります。
最低賃金上昇で扶養内の時間は短くなる
2026年度の最低賃金の全国加重平均は1,177円です。
仮に年収130万円を目安として単純計算すると、年間に働ける時間は約1,104時間です。
52週で割ると週平均約21時間になります。
今後さらに時給が上昇すれば、同じ年収以内に収めるために働ける時間はもっと短くなります。
つまり、扶養内という金額を固定したまま賃金だけが上昇すると、働く時間を徐々に減らさなければならない状況が生まれます。
これは長期的に考えると重要な問題です。
扶養内勤務が悪いわけではない
ここで注意したいのは、扶養内勤務そのものを否定する必要はないということです。
働き方は金銭的な損得だけで決めるものではありません。
育児、介護、健康、学習、家事など、それぞれの家庭には事情があります。
短時間勤務によって得られる時間にも価値があります。
そのため、扶養内か扶養外かを一律にどちらが得と決めることはできません。
重要なのは、自分が勤務時間を抑えている理由を確認することです。
生活上必要だから短時間で働いているのか。
それとも、年収の壁を超えると損だと思っているためだけに働く時間を減らしているのか。
この2つは大きく異なります。
比較すべきは手取りだけではない
働き方を考えるときには、少なくとも現在の手取り、将来の年金、社会保険の保障、年間の給与収入、長期的な生涯所得、仕事に使う時間、家庭で必要な時間などを総合的に考える必要があります。
特に年収の壁については、壁を少し超えた直後だけを比較すると扶養内勤務が有利に見えることがあります。
しかし、壁を大きく超えて収入を増やした場合まで比較すると結果は変わります。
130万円以内か131万円かという比較だけではなく、その先まで働いた場合を含めて考えることが重要です。
これからは自分の働き方を選ぶ時代
106万円の賃金要件が撤廃され、最低賃金も上昇しています。
これまでのように、何となく扶養内で働くという考え方では対応しにくくなっています。
時給が上がるほど、扶養内に収めるための勤務時間は短くなるからです。
一方、人手不足を背景に、より長く働いてほしいと考える企業も増えています。
働く側にとっては、制度に合わせて勤務時間を決めるのではなく、自分や家族にとってどの程度働くことが適切なのかを考え、そのうえで税や社会保険制度を確認することが重要になります。
結論
扶養内で働けば、現在の社会保険料負担を抑えられるという明確なメリットがあります。
しかし、それだけで扶養内勤務が長期的にも得だとは判断できません。
厚生年金に加入すれば将来の年金が増えます。
健康保険の保障もあります。
さらに勤務時間を増やせば、給与収入そのものが増え、生涯所得やキャリアにも影響します。
一方で、育児や介護などのために短時間勤務を選ぶことには、金額では測れない価値があります。
大切なのは、130万円という数字だけで働き方を決めないことです。
現在の手取りだけでなく、将来の年金、生涯所得、社会保障、そして自分の時間まで含めて考える。
年収の壁が変わり始めた今こそ、扶養内で働くことの意味を改めて考える必要があります。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 労働臨界「働き控え」なお400万人超 「年収の壁」106万円撤廃