米国の大手企業で、在宅勤務からオフィス勤務へ回帰する動きが広がっています。
新型コロナウイルスの感染拡大を契機として普及した在宅勤務ですが、近年は従業員に週5日の出社を求める企業も現れています。
一方、日本企業でも週3回以上の出社や原則出社へ勤務制度を変更する動きがみられます。
こうした変化は、世界的に在宅勤務が後退していることを意味するのでしょうか。
また、米国企業が週5日出社を求める背景には、どのような経営上の判断があるのでしょうか。
米国と日本では、雇用契約や人事管理、労働市場の仕組みが異なります。
そのため、同じ出社回帰であっても、企業が制度変更を進める方法や従業員が受ける影響には違いがあります。
今回は、米国企業の出社回帰の背景を整理し、日本企業との比較を通じて、これからの働き方改革の方向性について考えます。
米国企業で進む週5日出社への回帰
米国では、在宅勤務を積極的に導入してきた企業の一部が、出社日数を増やしています。
代表的な事例がアマゾンです。
アマゾンは2025年1月から、原則として週5日のオフィス勤務へ移行しました。
それまでは原則週3日の出社を求めていましたが、さらに出社日数を増やす方針へ転換しました。
同社は、対面での協働や企業文化の維持、従業員の学習機会などを重視しています。
また、米国の大手金融機関でも、オフィス勤務を重視する姿勢がみられます。
金融機関では、顧客対応や情報管理、若手社員の育成などを理由として、対面勤務を重視する場合があります。
ただし、米国企業のすべてが週5日出社へ移行しているわけではありません。
在宅勤務と出社勤務を組み合わせるハイブリッド勤務を継続する企業もあります。
企業の業種や職務内容、経営方針によって、勤務制度には違いがあるのです。
米国企業が出社を重視する理由
米国企業が出社回帰を進める理由の一つは、組織内のコミュニケーションを改善することです。
在宅勤務では、オンライン会議やチャットなどを通じて業務を進めることができます。
一方、従業員同士の偶然の会話や、部門を超えた非公式な情報交換は減少する可能性があります。
特に、新規事業の企画や研究開発などでは、異なる専門分野の従業員が意見を交換することが重要になります。
また、若手従業員の育成も出社回帰の理由となっています。
経験の浅い従業員は、上司や先輩社員の仕事を観察しながら業務を習得する場合があります。
対面勤務であれば、疑問点をその場で確認しやすく、上司も部下の理解度を把握しやすくなります。
さらに、企業文化の維持も重要な要素です。
従業員が共通の価値観や仕事の進め方を理解するためには、日常的な交流が役立つ場合があります。
ただし、これらの効果が週5日出社を必要とするかどうかは、企業や業務によって異なります。
出社日数を増やすことと、生産性が向上することは必ずしも同じではありません。
米国の雇用契約と企業の裁量
米国企業の出社回帰を理解するうえでは、雇用制度の違いが重要です。
米国では、多くの州で随意雇用と呼ばれる雇用慣行が広く採用されています。
随意雇用とは、原則として使用者と労働者の双方が、一定の制約のもとで雇用関係を終了できる仕組みです。
ただし、差別禁止法や報復禁止規定、雇用契約、労働協約などによる制約があります。
また、州によって法制度が異なるため、米国全体を一律に説明することはできません。
それでも、日本と比較すると、企業が雇用条件や人員構成を変更する際の制度的な枠組みには違いがあります。
日本では、労働契約法によって労働条件の不利益変更や解雇について一定の制約が設けられています。
特に、就業規則の変更によって労働条件を不利益に変更する場合には、労働契約法第9条と第10条が問題となります。
一方、米国では、個別の雇用契約や州法、企業の方針などによって判断が異なります。
そのため、米国企業の出社回帰を日本企業がそのまま導入できるとは限りません。
日本企業では労働契約との関係が重要になる
日本企業が出社回帰を進める場合、労働契約の内容を確認する必要があります。
例えば、在宅勤務が会社の裁量による一時的な措置として認められていた場合には、出社を求めることが既存の労働契約の範囲内と判断される可能性があります。
一方、完全在宅勤務を前提に採用された従業員については、勤務場所に関する個別合意が成立している場合があります。
そのような場合、企業が一方的に出社勤務へ変更できるとは限りません。
また、就業規則の変更によって従業員に不利益が生じる場合には、変更の必要性や合理性が問題となります。
さらに、育児や介護を担う従業員については、育児介護休業法に基づく権利や配慮義務も確認する必要があります。
日本企業は、米国企業の事例を参考にする場合でも、自社の労働契約や就業規則、法令上の制約を踏まえて制度を設計する必要があります。
米国と日本では転職市場も異なる
出社回帰が従業員に与える影響を考える際には、労働市場の違いも重要です。
米国では、職務内容や専門能力を基準とした採用が広く行われています。
従業員は、自らの専門性や経験を生かして転職することがあります。
一方、日本では、長期雇用を前提とした人事制度や、企業内での配置転換、職務の変更などが広くみられます。
ただし、日本でも専門職採用や転職市場の拡大が進んでおり、両国の違いは一様ではありません。
出社回帰によって働き方が合わなくなった従業員は、転職を検討する可能性があります。
特に、IT技術者や高度な専門知識を持つ人材は、勤務場所の柔軟性を重視して転職先を選ぶ場合があります。
企業にとっては、出社回帰によって組織運営の効率化を目指す一方、人材流出のリスクにも対応する必要があります。
日本企業でも、専門人材の採用競争が激しくなるなか、勤務制度が人材確保に与える影響は大きくなっています。
オフィス勤務と企業文化の関係
米国企業が出社回帰を進める理由として、企業文化の維持が挙げられます。
企業文化とは、従業員が共有する価値観や行動様式、仕事の進め方などを意味します。
例えば、迅速な意思決定を重視する企業では、従業員同士が直接意見を交換できる環境を重要視する場合があります。
また、創造性や挑戦を重視する企業では、部門を超えた交流が新しい事業の創出につながると考えられています。
しかし、企業文化は従業員が同じオフィスにいるだけで形成されるものではありません。
経営理念の共有、適切な人事評価、上司と部下の信頼関係なども重要です。
在宅勤務を中心とする企業でも、オンラインでの情報共有や定期的な対面交流を通じて、企業文化を維持することは可能です。
企業は、出社日数を増やすことだけに依存せず、組織運営の仕組みそのものを見直す必要があります。
欧州では柔軟な働き方を重視する動きもある
海外の働き方を考える場合、米国だけでなく欧州の動向にも目を向ける必要があります。
欧州では、仕事と私生活の両立を重視する制度が整備されている国があります。
例えば、英国では2024年4月から、対象となる従業員が雇用開始時点から柔軟な働き方を申請できる制度が導入されました。
ただし、申請できることと、希望する働き方が必ず認められることは異なります。
企業は法令に定められた理由などに基づいて申請を拒否できる場合があります。
また、オランダなどでも、勤務時間や勤務場所に関する柔軟な働き方を支援する制度が設けられています。
ただし、適用条件や企業側の拒否理由などは国によって異なります。
欧州でも企業による出社回帰の動きはありますが、労働者の権利や労使協議を重視する制度との調整が必要になります。
このように、海外の働き方改革は一つの方向に進んでいるわけではありません。
国ごとの労働法制や企業文化、産業構造によって異なるのです。
週5日出社は本当に必要なのか
企業が出社回帰を進める際に検討すべきなのは、週5日の出社が本当に必要なのかという点です。
例えば、研究開発や製造現場などでは、設備や実験施設を利用するために出社が必要な場合があります。
一方、資料作成やデータ分析、プログラミングなどの業務では、在宅勤務でも十分な成果を上げられる場合があります。
また、部門間の会議や若手従業員の研修などは、特定の日に出社することで目的を達成できる可能性があります。
2024年に科学誌ネイチャーに掲載された研究では、週2日の在宅勤務を認めるハイブリッド勤務によって、従業員の離職率が約3分の1低下した一方、業績評価などに統計的に有意な悪影響は確認されませんでした。
ただし、この研究結果をすべての企業や職種に当てはめることはできません。
それでも、在宅勤務と出社勤務を組み合わせることで、生産性と人材定着を両立できる可能性を示しています。
企業は、週5日出社を前提とするのではなく、業務上の必要性に応じて勤務制度を設計することが重要です。
日本企業が米国企業から学ぶべきこと
日本企業が米国企業の出社回帰から学ぶべきことは、週5日出社という制度そのものではありません。
重要なのは、勤務制度を経営戦略の一部として位置付けていることです。
企業が出社回帰を進めるのであれば、何を改善したいのかを明確にする必要があります。
例えば、若手従業員の育成を重視するのであれば、対面での指導体制を整備することが重要です。
部門間の連携を改善したいのであれば、関係者が同じ日に出社する仕組みを設けることが考えられます。
一方、従業員の集中力や専門性を生かす業務では、在宅勤務を活用する方法もあります。
また、制度変更によって人材流出が増加する場合には、その影響を検証する必要があります。
企業は、出社率だけでなく、生産性や人材育成、従業員の定着率などを総合的に評価することが求められます。
米国企業の事例を参考にしながらも、日本の雇用慣行や労働法制、従業員の生活環境に適した制度を構築することが重要です。
結論
米国企業が週5日出社へ回帰する背景には、対面でのコミュニケーション、人材育成、企業文化の維持、生産性向上などを重視する経営判断があります。
しかし、米国企業のすべてが出社回帰を進めているわけではありません。
在宅勤務と出社勤務を組み合わせるハイブリッド勤務を継続する企業もあります。
また、米国と日本では雇用契約や労働法制、転職市場などの仕組みが異なります。
そのため、日本企業が米国企業の制度をそのまま導入することは適切とは限りません。
日本企業は、労働契約や就業規則との関係を確認し、従業員が受ける不利益にも配慮する必要があります。
さらに、出社回帰によって期待する効果と、人材流出や従業員の負担増加による影響を比較することが重要です。
これからの働き方改革に求められるのは、出社勤務か在宅勤務かという単純な二者択一ではありません。
企業の業務特性や人材戦略に応じて、最も合理的な勤務制度を設計することです。
海外企業の動向を参考にしながらも、日本企業は自社の経営課題と従業員の事情に適した働き方を追求する必要があります。
出社回帰の本質は、従業員をオフィスに戻すことではなく、企業がどのような組織を目指し、どのように生産性を高めていくのかという経営戦略そのものにあるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月26日朝刊 出社回帰トラブル回避には従業員の納得重要 往復10時間で悩む人も
Amazon 2024年9月16日 CEO Andy Jassyから従業員への勤務方針に関するメッセージ
Nature 2024年6月12日 Hybrid working from home improves retention without damaging performance
英国政府 2024年4月 柔軟な働き方に関する法制度の改正
労働契約法 第8条から第10条
厚生労働省 テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン