日本では、高齢者が保有する金融資産の割合が高まっています。長寿化が進む一方で、認知機能の低下や介護、相続、資産の取り崩しといった問題も身近になりました。
こうした高齢化とお金の問題を総合的に考える学問が、金融ジェロントロジーです。
金融商品の選び方だけを考えるのではなく、加齢による心身の変化や家族関係、医療、介護、法律なども含めて、高齢期の資産管理を研究します。
今回は、金融ジェロントロジーとは何か、なぜ今注目されているのかを分かりやすく解説します。
金融と老年学を組み合わせた考え方
ジェロントロジーとは、加齢や高齢社会について幅広く研究する学問です。日本語では老年学や加齢学と呼ばれます。
医学だけでなく、心理学、社会学、経済学、福祉、法律などを横断して、高齢者の生活や社会のあり方を考えます。
金融ジェロントロジーは、このジェロントロジーと金融を組み合わせた分野です。
高齢になると、現役時代とはお金を取り巻く環境が変わります。給与収入が年金収入に変わり、それまで蓄えた資産を使いながら生活する時期に入ります。
同時に、健康状態や認知機能、家族構成も変化します。金融ジェロントロジーは、こうした変化を前提として、高齢者の資産形成、運用、管理、取り崩しを考えるものです。
高齢者の資産は長期間管理する必要がある
長寿化によって、退職後の期間は以前より長くなっています。
60歳や65歳で仕事を退いた後も、20年から30年以上にわたって生活が続く可能性があります。そのため、老後資金をすべて預金に置いておくだけでは、物価上昇によって実質的な価値が目減りすることも考えなければなりません。
一方で、高齢期に大きな投資損失を出すと、働いて取り戻すことが難しくなります。
金融ジェロントロジーでは、単に資産を増やすことではなく、生活費、医療費、介護費、住居費などを見据えながら、資産を長持ちさせることを重視します。
どれだけ運用益を得られるかではなく、本人が安心して生活を続けられるかが中心的な課題になります。
認知機能の変化と金融判断
高齢者の金融取引を考えるうえで、認知機能の変化は避けて通れません。
認知機能が低下すると、金融商品の仕組みやリスクを理解しにくくなったり、複数の選択肢を比較することが難しくなったりする場合があります。
また、判断力が弱まることで、特殊詐欺や悪質商法の被害に遭いやすくなる可能性もあります。
ただし、年齢だけで一律に判断することは適切ではありません。同じ年齢でも、認知機能や健康状態には大きな個人差があります。
そのため金融ジェロントロジーでは、年齢だけで取引を制限するのではなく、本人の理解力や判断力に応じた支援が必要だと考えます。
AIによる認知機能評価も、その支援策の一つとして期待されています。
本人の自立と保護の両立
高齢者の金融取引では、本人を守ることと、本人の意思を尊重することの両立が重要です。
認知機能の低下を心配して取引を過度に制限すれば、十分な判断能力を持つ高齢者まで自由に資産を管理できなくなります。
反対に、本人の意思を尊重することだけを重視すると、理解が不十分なまま高額な金融商品を購入したり、詐欺被害に遭ったりする危険があります。
金融ジェロントロジーでは、この2つを対立するものとして考えません。
本人ができることは本人に任せ、支援が必要な部分だけを家族や金融機関、専門家が補うという考え方が基本になります。
高齢者を一律に保護の対象とするのではなく、自立を支える仕組みを整えることが大切です。
家族による支援にも難しさがある
高齢者の資産管理では、家族の協力が必要になる場面があります。
しかし、家族が関われば必ず安心とは限りません。親子の考え方が異なったり、兄弟姉妹の間で財産管理を巡る不信感が生じたりすることがあります。
高齢者本人が、家族に資産状況を知られたくないと考える場合もあります。
また、家族が本人の利益ではなく、自分の将来の相続を優先してしまう可能性も否定できません。
そのため、金融ジェロントロジーでは、家族だけに任せるのではなく、金融機関、医師、弁護士、司法書士、税理士などが連携することを重視します。
複数の立場から本人を支えることで、財産の不適切な利用や家族間の争いを防ぎやすくなります。
成年後見制度や家族信託との関係
認知機能が大きく低下すると、本人だけで金融取引を行うことが難しくなる場合があります。
そのときに利用される制度の一つが成年後見制度です。家庭裁判所が選任した後見人などが、本人に代わって財産を管理します。
ただし、成年後見制度は財産を守ることを重視するため、柔軟な資産運用や積極的な財産活用が難しくなることがあります。
そこで、判断能力が十分にあるうちに家族信託や任意後見契約、財産管理委任契約などを準備する考え方も広がっています。
金融ジェロントロジーでは、どの制度が優れているかを一律に決めるのではなく、本人の健康状態、家族関係、財産の内容、生活上の希望に応じて選ぶことが重要だと考えます。
金融機関にも対応の変化が求められる
これまで金融機関では、高齢者への商品販売に年齢基準を設ける対応が多く見られました。
一定の年齢を超えると家族の同席を求めたり、複雑な商品の販売を制限したりする方法です。
こうした対応は消費者保護の面では意味がありますが、年齢だけで能力を判断するという問題もあります。
今後は、本人が商品内容を理解しているか、リスクを把握しているか、生活資金に無理がないかといった点を丁寧に確認する必要があります。
金融機関の担当者には、商品知識だけでなく、高齢者の心理や認知機能、家族関係への理解も求められるでしょう。
高齢者に商品を販売することよりも、高齢者の生活を支えることが金融サービスの中心になっていくと考えられます。
老後資産は増やすだけでは足りない
現役世代の資産形成では、どのようにお金を増やすかが注目されます。
しかし、高齢期には、増やすことに加えて、どのように使うか、誰に管理を任せるか、最後にどう引き継ぐかまで考える必要があります。
生活費として計画的に取り崩すのか、医療や介護に備えて現金を多めに持つのか、子や孫に生前贈与するのかによって、資産管理の方法は異なります。
認知機能が低下した後に備え、金融機関の口座や保険、不動産の情報を整理しておくことも重要です。
金融ジェロントロジーは、資産形成から資産承継までを一つの流れとして捉える学問だといえます。
結論
金融ジェロントロジーとは、加齢による心身の変化を踏まえながら、高齢期の資産管理や金融取引を考える学問です。
超高齢社会では、老後資産を増やすことだけでなく、長く使い続けること、認知機能の変化に備えること、本人の意思を尊重しながら財産を守ることが重要になります。
年齢だけを基準に高齢者の取引を制限するのではなく、一人ひとりの状態に応じた支援を行うことが求められます。
金融ジェロントロジーは、金融機関だけの専門分野ではありません。老後の生活設計、介護、成年後見、家族信託、相続にも関わる、これからの社会に欠かせない考え方といえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年7月23日 朝刊
高齢者の投資、AIが動かす 厚労省、認知力に合う取引支援 運用資産320億円増へ