認知症の親を支える働く子世代――財産管理・成年後見・家族信託の備え

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親の介護が始まったとき、身体的な介護と同じくらい重要になるのが財産管理の問題です。

特に認知症によって親の判断能力が低下すると、預貯金の引き出し、不動産の売却、介護施設への入所契約などが難しくなる場合があります。

親に十分な預貯金や不動産があっても、必要な手続きを進められなければ、介護費用の確保に支障が生じる可能性があります。

一方、50代・60代の働く子世代は、仕事を続けながら親の介護や財産管理に対応しなければならないことがあります。

親の財産を適切に管理できなければ、子どもが一時的に介護費用を負担することになり、自分自身の老後資金にも影響しかねません。

人生100年時代には、親の判断能力が十分にある段階から、財産管理と介護の仕組みを整えることが重要です。

認知症によって生じる財産管理の問題

認知症になると、すべての法律行為が直ちにできなくなるわけではありません。

判断能力の程度は人によって異なり、認知症の診断を受けたことだけで、預貯金の管理や契約が一律にできなくなるものではありません。

しかし、本人が取引の内容や結果を理解できない状態では、有効な契約を結ぶことが難しくなります。

例えば、介護施設への入所費用を確保するために自宅を売却しようとしても、本人に必要な意思能力がなければ、売買契約の有効性が問題になります。

また、金融機関で預貯金を引き出す際にも、本人の意思確認が必要になる場合があります。

こうした問題は、親の財産が少ない家庭だけでなく、十分な資産を保有している家庭でも生じます。

重要なのは、財産があることと、その財産を必要なときに利用できることは別の問題だという点です。

預貯金があっても介護費用を支払えない場合

親が認知症になった場合、子どもが親名義の預貯金を自由に引き出せるとは限りません。

親子関係があることだけで、子どもに預金の払戻しや契約変更を行う権限が生じるわけではないためです。

金融機関では、本人の意思確認や代理権の確認が必要になります。

本人の判断能力が低下している場合には、金融機関の対応方針や具体的な事情によって、手続きが制限されることがあります。

一部の金融機関では、認知症の人の生活費や医療費などについて、一定の確認を行ったうえで対応する仕組みもあります。

ただし、すべての金融機関で同じ取り扱いが認められるわけではありません。

そのため、親が元気なうちに、利用している金融機関や預貯金の状況を把握しておくことが重要です。

また、介護費用の支払い方法や、緊急時に誰が金融機関へ相談するのかについても、家族で確認しておく必要があります。

任意後見制度は判断能力があるうちに備える

親の財産管理に備える方法の一つが任意後見制度です。

任意後見制度は、本人の判断能力が十分にあるうちに、将来判断能力が低下した場合に備えて、財産管理や身上保護に関する事務を任せる人を契約によって決めておく仕組みです。

任意後見契約は、公正証書によって締結する必要があります。

また、契約を締結しただけで、任意後見人としての権限が直ちに発生するわけではありません。

本人の判断能力が不十分になった後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで、任意後見契約の効力が生じます。

任意後見人は、契約で定められた代理権の範囲内で、財産管理や必要な契約手続きなどを行います。

ただし、本人の生活全般について無制限の権限を持つわけではありません。

任意後見制度を利用する際には、将来どのような支援が必要になるかを考え、代理権の範囲を適切に定めることが重要です。

法定後見制度は判断能力が低下した後の選択肢

すでに親の判断能力が低下している場合には、法定後見制度の利用を検討することがあります。

法定後見制度には、本人の判断能力の程度に応じて、後見、保佐、補助の3つの類型があります。

家庭裁判所が本人の状態や事情を踏まえて、成年後見人、保佐人、補助人などを選任します。

成年後見人等は、与えられた権限の範囲内で、本人の財産管理や必要な法律行為を支援します。

例えば、介護サービスの契約、施設入所に関する手続き、預貯金の管理などが対象になる場合があります。

ただし、成年後見人等は、本人の利益を守る立場で行動する必要があります。

家族の都合によって親の財産を自由に利用できる制度ではありません。

また、家庭裁判所が専門職を選任する場合もあり、必ずしも子どもが成年後見人になるとは限りません。

専門職が選任された場合などには、報酬が発生することもあります。

制度の利用に当たっては、費用や手続き、権限の範囲を事前に確認することが重要です。

成年後見制度と相続対策の違い

成年後見制度について、注意したいのが相続対策との関係です。

成年後見制度は、本人の財産や権利を保護するための制度です。

そのため、将来の相続税を減らすことや、相続人に財産を移転することを主な目的として利用するものではありません。

例えば、親が認知症になった後、相続税対策として子どもに多額の贈与を行いたいと考えても、成年後見人が自由に実行できるわけではありません。

成年後見人は、本人の利益を基準に判断する必要があります。

また、本人が居住する不動産を処分する場合には、成年後見人による処分について家庭裁判所の許可が必要になるなど、一定の制約があります。

相続対策と財産管理は、目的が異なることを理解しておく必要があります。

親の判断能力が十分にあるうちに、将来の生活費や介護費用、相続について整理しておくことが望まれます。

家族信託で財産管理を託す方法

親の財産管理に備える方法として、家族信託が検討されることもあります。

家族信託は、信託契約などに基づいて、財産を管理する受託者に財産を託し、受益者のために管理・処分する仕組みです。

例えば、親を委託者兼受益者、子どもを受託者とする信託を設定する方法があります。

この場合、信託契約で定めた範囲内で、子どもが信託財産を管理することになります。

親が所有する賃貸不動産について、家賃収入の管理や修繕費用の支払いを継続するために活用される場合もあります。

また、信託契約の内容によっては、将来の介護費用を確保するために、不動産の売却などを行える仕組みを設けることも考えられます。

ただし、家族信託は万能な制度ではありません。

信託財産に含まれない財産の管理や、本人に代わる医療同意など、家族信託だけでは対応できない問題があります。

また、契約内容や財産の種類によって、手続きや税務上の取り扱いが異なります。

家族信託を利用する際の税務上の注意点

税理士の視点からは、家族信託の税務上の取り扱いを確認することが重要です。

信託を設定した場合でも、受託者の名義になったという理由だけで、すべての財産が受託者のものになるわけではありません。

信託財産から生じる経済的な利益を誰が受けるのかによって、課税関係が異なります。

例えば、親が委託者兼受益者となる自益信託では、信託設定時に受益者が変わらないため、通常は受益者への贈与が生じません。

一方、信託設定によって子どもが新たに受益権を取得する場合には、贈与税の課税関係が問題になることがあります。

また、親が死亡した場合には、信託契約の内容に応じて相続税の課税関係を確認する必要があります。

不動産を信託する場合には、登記手続きや関連費用にも注意が必要です。

家族信託は財産管理の仕組みであり、設定すれば相続税が減少するという制度ではありません。

税務上の効果だけを目的とせず、親の生活と財産を守るために必要な仕組みかどうかを検討することが重要です。

任意後見と家族信託をどう使い分けるか

任意後見と家族信託は、どちらも将来の判断能力低下に備える方法ですが、役割が異なります。

任意後見は、本人の判断能力が低下した後に、契約で定めた範囲の財産管理や身上保護に関する法律行為を支援する制度です。

一方、家族信託は、特定の財産について、信託契約に基づく管理や処分を行う仕組みです。

例えば、親が賃貸不動産を所有している場合には、家族信託による管理が適していることがあります。

一方、介護施設への入所契約や生活全般に関する法律行為については、任意後見などの制度が必要になる場合があります。

両者を組み合わせることも考えられますが、費用や管理の負担が増える可能性があります。

重要なのは、制度を利用すること自体を目的にしないことです。

親がどのような生活を希望しているのか、どの財産を誰が管理する必要があるのかを整理したうえで、適切な制度を選ぶことが大切です。

親の意思を尊重する財産管理

財産管理を考える際には、親本人の意思を尊重することが基本です。

子どもが介護を担っているからといって、親の財産を自由に処分してよいわけではありません。

親が自宅で生活を続けたいと希望している場合、その意思を踏まえて介護体制を検討する必要があります。

また、預貯金や不動産をどのように利用するかについても、本人の希望を確認することが重要です。

認知症が進行していても、本人が理解し、意思を示せる事項はあります。

本人の意思決定を支援し、必要な範囲で代理や支援の仕組みを利用することが望まれます。

財産管理は、家族の負担を軽減するためだけでなく、親の生活と尊厳を守るための取り組みでもあります。

働く子世代が事前に確認したい財産情報

50代・60代の働く子世代にとって、親の財産情報を事前に把握しておくことは重要です。

例えば、利用している金融機関、年金の受取口座、不動産の所有状況、生命保険契約、借入金などを確認することが考えられます。

また、介護費用や医療費の支払い方法についても整理しておく必要があります。

ただし、親の財産情報は個人情報であり、本人の意思に反して無理に開示を求めることは適切ではありません。

親が元気なうちに、将来の介護や財産管理について話し合うことが重要です。

また、家族の中で誰が財産管理を担当するのか、兄弟姉妹とどのように情報共有するのかを決めておくことも望まれます。

財産管理の透明性を確保することは、将来の相続トラブルを防ぐことにもつながります。

介護費用と子どもの老後資金を守る

親の判断能力が低下し、預貯金を円滑に利用できなくなると、子どもが介護費用を立て替える場合があります。

例えば、親の介護費用として毎月10万円を子どもが立て替えれば、年間120万円になります。

この状態が3年間続けば、360万円です。

子どもが50代・60代であれば、自分自身の老後資金への影響も考えなければなりません。

そのため、親の財産を必要な介護費用に適切に利用できる仕組みを整えることが重要です。

ただし、親の財産と子どもの財産は明確に区分して管理する必要があります。

子どもが親の預貯金を管理する場合には、支出内容を記録し、必要に応じて家族間で共有することが望まれます。

介護費用の管理と相続対策を混同せず、親本人の利益を優先することが基本です。

人生100年時代に必要な事前の備え

人生100年時代には、親が90代になっても生活を続け、子どもが60代になってから財産管理を担う場合があります。

そのため、認知症への備えは、介護が始まってから考えるのでは遅いことがあります。

親の判断能力が十分にある段階で、財産管理の方法、介護費用の支払い、住まいの希望などについて話し合うことが重要です。

任意後見や家族信託などの制度は、そのための選択肢になります。

ただし、すべての家庭に同じ制度が適しているわけではありません。

親の資産状況、家族構成、生活上の希望、将来必要になる支援などを踏まえて判断する必要があります。

必要に応じて、司法書士、弁護士、税理士などの専門家に相談することが望まれます。

結論

認知症による判断能力の低下は、身体的な介護だけでなく、預貯金の管理、不動産の売却、介護施設への入所契約などにも影響する可能性があります。

親に十分な財産があっても、必要な手続きを進められなければ、介護費用の確保が難しくなる場合があります。

そのため、親の判断能力が十分にある段階から、財産管理の方法を検討することが重要です。

任意後見制度は、将来の判断能力低下に備えて、財産管理や身上保護に関する事務を任せる仕組みです。

法定後見制度は、すでに判断能力が低下している場合の重要な選択肢になります。

また、家族信託は、特定の財産について管理や処分の仕組みを整える方法として活用されることがあります。

ただし、いずれの制度も万能ではなく、費用や権限、税務上の取り扱いを確認する必要があります。

人生100年時代の認知症対策では、親の財産を相続する準備よりも、親が生きている間に必要な生活費や介護費用を適切に確保できる仕組みを整えることが重要です。

親の意思と財産を守りながら、働く子世代の生活や老後資金も守ることが、持続可能な介護と財産管理につながります。

参考

日本経済新聞 2026/10/27 会社に言えず7年間「隠れ介護」 ワーキングケアラーの孤立救うには

法務省 成年後見制度の概要

法務省 任意後見制度について

最高裁判所 成年後見関係事件の概況

国税庁 信託に関する課税関係

厚生労働省 認知症施策に関する取り組み

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