親の介護が始まったとき、仕事を続けることが難しくなり、退職を考える人がいます。
特に50代は、親の介護が本格化する一方、自分自身の定年退職や老後生活が近づく年代です。
介護のために仕事を辞めれば、目の前の時間的な負担は軽減されるかもしれません。
しかし、給与収入が失われるだけでなく、厚生年金、退職金、再就職後の収入などにも影響する可能性があります。
さらに、介護が長期化すれば、親の介護費用を負担しながら、自分自身の老後資金も取り崩すことになりかねません。
人生100年時代には、50代での退職から90代まで、40年以上の生活が続く可能性があります。
介護離職を考える際には、目先の介護負担だけでなく、生涯にわたる家計への影響を確認することが重要です。
介護離職は年間10万人規模の社会問題
仕事と介護の両立は、日本社会の大きな課題となっています。
総務省の就業構造基本調査によると、2021年10月から2022年9月までの1年間に、介護・看護を理由に前職を離れた人は約10万6,000人でした。
介護離職は、特定の家庭だけの問題ではありません。
働く人の高齢化、共働き世帯の増加、家族の人数の減少などによって、今後も多くの人が直面する可能性があります。
経済産業省は、2030年に働きながら介護を担うワーキングケアラーが約318万人に達すると推計しています。
また、介護離職や仕事と介護の両立に伴う労働生産性の低下などによる経済損失は、約9兆円に上ると見込んでいます。
企業にとっては人材流出の問題ですが、個人にとっては生活基盤そのものに関わる問題です。
特に50代での介護離職は、その後の収入回復が難しくなる場合があるため、慎重な判断が必要です。
55歳で退職すると給与収入はいくら減るのか
介護離職による影響を考えるため、具体的なモデルケースを設定します。
55歳の会社員で、年収600万円、60歳まで現在の勤務先で働く予定だった人を想定します。
55歳で介護離職し、その後60歳まで再就職しなかった場合、失われる給与収入は単純計算で3,000万円です。
年収600万円に5年間を乗じた金額になります。
これは税金や社会保険料を控除する前の金額であり、実際の手取り収入の減少額とは異なります。
また、昇給や賞与の変動、退職後の収入なども考慮していません。
それでも、介護離職による経済的な影響が大きいことは分かります。
仮に55歳で退職した後、年収300万円の仕事に再就職できた場合でも、従来の年収600万円との差額は年間300万円です。
この状態が5年間続けば、給与収入の差は1,500万円になります。
介護離職を検討する際には、退職後に再就職できるかどうかだけでなく、どの程度の収入を確保できるかを考える必要があります。
厚生年金の加入期間が短くなる影響
介護離職は、将来受け取る厚生年金にも影響する可能性があります。
厚生年金の報酬比例部分は、加入期間や標準報酬などに応じて計算されます。
会社員として働く期間が短くなれば、その分だけ将来の年金額が減少する場合があります。
例えば、55歳から60歳までの5年間について、標準報酬額を賞与込みで月額50万円相当と仮定します。
2003年4月以降の加入期間に適用される基本的な報酬比例部分の計算率5.481/1,000を使うと、5年間の加入による老齢厚生年金の増加額は、概算で年間約16万4,000円となります。
計算式は、50万円×5.481/1,000×60カ月です。
実際の年金額は、標準報酬の履歴、再評価率、制度上の調整などによって異なります。
また、退職後に厚生年金の適用事業所へ再就職すれば、その期間の加入実績も反映されます。
重要なのは、介護離職による影響が退職時点の収入だけで終わらないことです。
年金額の減少は、老後の生活が続く限り影響する可能性があります。
年金減少が20年間続いた場合の試算
先ほどのモデルケースでは、55歳から60歳までの厚生年金加入による年金増加額を、概算で年間約16万4,000円としました。
仮に65歳から85歳までの20年間にわたり、この年金額の差が続いた場合、累計では約328万円になります。
65歳から95歳までの30年間であれば、約493万円です。
これは単純な累計額であり、将来の年金改定、税金、社会保険料、死亡時期などを反映したものではありません。
それでも、厚生年金の加入期間が短くなることによって、老後の収入に長期的な差が生じる可能性が分かります。
なお、55歳で会社を退職しても、60歳までは原則として国民年金への加入が必要です。
退職後の状況に応じて、第1号被保険者として保険料を納付する場合や、配偶者の扶養に入って第3号被保険者となる場合などがあります。
国民年金の保険料を納付すれば、老齢基礎年金の加入実績を維持できます。
一方、保険料の未納が続けば、老齢基礎年金にも影響する可能性があります。
退職後の年金手続きを適切に行うことも重要です。
退職金の減少にも注意が必要
介護離職を考える際には、退職金制度の確認も欠かせません。
企業によっては、退職時の年齢、勤続年数、退職理由などによって退職金の支給額が異なります。
例えば、60歳の定年退職時に2,000万円の退職金を受け取る予定だった人が、55歳で自己都合退職した場合、支給額が減少する可能性があります。
ただし、退職金制度は企業ごとに大きく異なるため、早期退職による減少額を一律に計算することはできません。
確定給付企業年金や企業型確定拠出年金を導入している企業では、退職時の取り扱いも確認する必要があります。
企業型確定拠出年金については、退職後の加入資格に応じて、資産移換などの手続きが必要になる場合があります。
また、退職所得控除は勤続年数などによって計算されるため、退職時期が税負担に影響する可能性もあります。
介護離職を検討する際には、退職金の見込額だけでなく、企業年金や税金も含めて確認することが大切です。
介護離職による経済損失を合算すると
55歳、年収600万円の会社員が60歳まで働く予定だったケースについて、介護離職の影響を整理します。
55歳で退職し、その後60歳まで働かず、65歳から85歳まで年金を受け取ると仮定します。
給与収入の減少額は3,000万円です。
厚生年金の減少額は、先ほどの概算では20年間で約328万円となります。
合計すると、約3,328万円です。
この金額には、退職金の減少額や再就職に伴う収入変化、税金、社会保険料などを含めていません。
また、給与収入の減少額は税引き前、年金額も概算であり、異なる時点の金額を単純に合算したものです。
したがって、約3,328万円は家計の純損失額ではなく、介護離職によって失われる可能性のある収入規模を示す参考値です。
実際の判断では、退職後の生活費、再就職の可能性、介護費用、保有資産などを踏まえた個別の試算が必要です。
介護離職後の再就職は簡単とは限らない
介護のために退職した後、介護が終了すれば再就職できると考える人もいます。
しかし、50代・60代での再就職は、それまでと同じ勤務条件や給与水準を確保できるとは限りません。
長期間仕事から離れた場合、業務知識やITスキルの更新が必要になることもあります。
また、管理職として働いていた人が、再就職先では一般職や短時間勤務となる場合も考えられます。
その結果、介護が終了しても、退職前の収入水準に戻らない可能性があります。
一方、介護休業や短時間勤務制度などを利用して雇用関係を維持できれば、介護終了後に勤務時間を戻すことも検討できます。
仕事を続けることは、現在の給与収入を守るだけでなく、将来の働き方の選択肢を残すことにもつながります。
親の介護費用を子どもが負担するリスク
介護離職による収入減少に加え、親の介護費用を子どもが負担する場合には、家計への影響がさらに大きくなります。
介護保険サービスには自己負担があり、施設の食費や居住費、日用品費など、別途負担が必要な費用もあります。
例えば、親の介護費用として子どもが毎月5万円を負担すると仮定します。
年間では60万円、5年間では300万円です。
毎月10万円であれば、5年間で600万円になります。
介護が長期化すれば、子ども自身の老後資金の準備に影響する可能性があります。
そのため、親の介護費用については、まず親自身の年金収入や預貯金などを確認することが重要です。
また、高額介護サービス費制度や高額医療・高額介護合算療養費制度など、利用できる負担軽減制度も確認する必要があります。
子どもが介護費用を負担する場合には、家族間で負担方法を話し合い、長期的に無理のない計画を立てることが大切です。
介護離職を防ぐための勤務制度の活用
介護離職を避けるためには、勤務先の支援制度を確認する必要があります。
育児・介護休業法では、対象家族1人につき通算93日まで、3回を上限として分割取得できる介護休業制度が設けられています。
また、介護休暇は対象家族が1人の場合に年5日、2人以上の場合に年10日まで取得できます。
介護休業とは別に、短時間勤務等の措置を利用できる仕組みもあります。
2025年4月からは、企業による介護休業制度などの個別周知や意向確認、雇用環境の整備などが義務付けられました。
介護休業は、家族が直接介護を続けるためだけではなく、介護サービスの利用体制を整えるために活用することが重要です。
地域包括支援センターやケアマネジャーと相談し、仕事を続けながら介護できる仕組みを検討する必要があります。
介護離職前に行いたい家計シミュレーション
FPの視点からは、介護離職を決断する前に、複数の選択肢を比較することが重要です。
例えば、現在の仕事を続ける場合、短時間勤務に変更する場合、介護休業を取得する場合、退職する場合について、それぞれ家計収支を試算します。
確認する項目には、給与収入、介護休業給付金、社会保険料、住民税、住宅ローン、生活費、親の介護費用などがあります。
さらに、退職金の見込額、厚生年金の受給見込額、預貯金や金融資産の残高も確認します。
重要なのは、現在の家計だけでなく、65歳以降の老後生活まで含めて考えることです。
例えば、介護離職によって年間200万円の貯蓄ができなくなれば、5年間で1,000万円の資産形成機会を失うことになります。
ただし、これは運用収益や税金などを考慮しない単純計算です。
こうした試算を行うことで、介護離職が将来の生活に与える影響を具体的に把握できます。
人生100年時代は自分自身の老後も守る必要がある
親の介護を大切にすることと、自分自身の老後生活を守ることは、どちらも重要です。
50代で親の介護が始まった場合、介護が終了する頃には本人も60代になっている可能性があります。
その時点で十分な老後資金を確保できていなければ、将来の生活に不安が生じます。
また、親の介護を優先するあまり、自分自身の健康を損なうことも避けなければなりません。
介護は家族だけで担うものではなく、介護保険制度や地域の支援機関を活用しながら続けるものです。
仕事を続けることは、収入を確保するだけでなく、社会とのつながりや生活のリズムを維持することにもつながります。
介護離職を検討する際には、親の生活と自分自身の将来を同時に考える必要があります。
結論
介護離職は、給与収入だけでなく、厚生年金、退職金、再就職後の収入、老後資金に長期的な影響を与える可能性があります。
55歳、年収600万円の会社員が60歳まで働く予定だった場合、5年間の給与収入は3,000万円になります。
さらに、厚生年金の加入期間が短くなれば、老後の年金収入にも影響する可能性があります。
介護離職による経済的な影響は、退職時点だけでは終わりません。
そのため、仕事を辞める前に、介護休業、介護休暇、短時間勤務等の措置、介護保険サービスなどを確認することが重要です。
また、親の介護費用については、親自身の年金や資産を基本に考え、子ども自身の老後資金を過度に取り崩さないようにする必要があります。
人生100年時代には、親の介護が終了した後も、自分自身の生活が長く続きます。
介護離職を考える際には、目先の介護負担だけでなく、その後30年、40年の生活設計まで見据えて判断することが重要です。
親の介護を支えながら、自分自身の経済的な自立を守ることが、持続可能な介護と老後生活につながります。
参考
日本経済新聞 2026/10/27 会社に言えず7年間「隠れ介護」 ワーキングケアラーの孤立救うには
総務省 令和4年就業構造基本調査
厚生労働省 育児・介護休業法のあらまし
厚生労働省 介護休業制度特設サイト
日本年金機構 老齢厚生年金の計算方法
経済産業省 仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン