完璧主義とは何か 仕事も家事も100点を目指すほど働き続けることが難しくなる理由編

FP
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仕事はきちんとやりたい。家事も手を抜きたくない。子どものこともしっかり見てあげたい。

一つ一つを見ると、どれも決して悪い考えではありません。

ところが、仕事も家事も育児もすべて100点を目指そうとすると、話は変わってきます。

人が使える時間は1日24時間しかなく、体力や集中力にも限界があるからです。

特に仕事と家庭を両立する時期には、すべてを完璧にしようとする姿勢そのものが、長く働き続けることを難しくする場合があります。

そこで知っておきたいのが完璧主義です。

完璧主義とは何か

完璧主義とは、物事について非常に高い基準を設定し、その基準を満たそうとする傾向をいいます。

例えば仕事で資料を作るとします。

内容が十分に伝わり、意思決定に使える状態になっていても、

もっと文章を整えた方がよい。

もっと数字を確認した方がよい。

もっと見栄えをよくした方がよい。

と考えて、必要以上に時間をかけてしまうことがあります。

家事でも同じです。

毎日料理を手作りする。

部屋を常にきれいにしておく。

洗濯物をためない。

子どもの学校行事にもできる限り参加する。

それぞれは立派な行動ですが、すべてについて高い基準を設定すると、生活全体の負担は急激に大きくなります。

完璧主義の問題は、一つのことを丁寧に行うことではありません。

あらゆることについて、十分という地点を認めにくくなることにあります。

高い目標を持つこととは違う

完璧主義と高い目標を持つことは似ていますが、同じではありません。

例えば、ある仕事について90点を目標に努力している人がいるとします。

90点まで到達したところで、

これなら目的を十分達成できる。

と判断できれば、そこで仕事を終えることができます。

一方、完璧主義が強くなると、

100点でなければ意味がない。

小さなミスもあってはいけない。

周囲から悪く評価されたくない。

と考えるようになります。

すると90点から100点に近づけるために、さらに多くの時間を使うことになります。

しかし、90点から95点、95点から98点へと品質を高めるほど、必要な時間は増えていくことがあります。

これが仕事だけならまだ対応できるかもしれません。

問題は、家庭でも同じ基準を適用してしまうことです。

仕事と家庭の二重の完璧主義

共働き世帯では、仕事と家庭という二つの場所で役割を持つことになります。

職場では、

仕事で成果を出さなければならない。

同僚に迷惑をかけてはいけない。

昇進した以上は期待に応えなければならない。

と考えます。

家庭に戻れば、

きちんと料理を作らなければならない。

子どもとの時間を確保しなければならない。

掃除や洗濯もしなければならない。

と考えます。

すると、仕事でも100点、家庭でも100点を求めることになります。

ところが、仕事と家庭を合わせて200点を取るための時間が増えるわけではありません。

結局、足りない時間をどこかから持ってくる必要があります。

そこで削られやすいのが、自分自身の時間です。

睡眠を減らす。

休憩を減らす。

趣味をやめる。

休日にも仕事や家事をする。

短期間なら乗り切れるかもしれません。

しかし、それを何年も続けることは難しくなります。

頑張れることと続けられることは違う

キャリアを考えるうえでは、頑張れるかどうかと、続けられるかどうかを分けて考える必要があります。

例えば100メートル走なら、短時間に最大限の力を出すことが重要です。

しかし、マラソンで最初から全力疾走すれば、最後まで走ることはできません。

長い職業人生も似ています。

20代、30代だけで仕事が終わるわけではありません。

40代、50代、60代と働く期間が続きます。

その間には、育児、親の介護、自分自身の体力の変化なども起こります。

短期間なら可能な働き方でも、数十年間続けることを考えれば無理がある場合があります。

だからこそ、長いキャリアでは最高速度より巡航速度を考える必要があります。

毎日100点を出せるかではなく、無理なく続けられる水準はどこなのかを考えるのです。

80点で終えることが必要になる理由

そこで重要になるのが、あえて80点で終えるという考え方です。

もちろん、すべての仕事を80点でよいという意味ではありません。

人命や安全に関わる仕事、法律や税金に関する仕事など、高い正確性が求められるものもあります。

一方で、すべての仕事に同じ完成度が必要なわけではありません。

社内で簡単に共有する資料と、社外へ正式に提出する資料では、必要な品質が違います。

家庭でも同じです。

毎日の食事をすべて手作りしなくても、健康的な食生活を維持する方法はあります。

毎日部屋を完璧に片付けなくても、生活に支障がなければ問題ない場合もあります。

大切なのは、何でも80点にすることではありません。

100点が必要なものと、80点で十分なものを区別することです。

完璧主義には時間というコストがある

完璧を目指すとき、見落とされやすいのが時間のコストです。

例えば、ある資料を80点まで仕上げるのに2時間かかるとします。

そこから100点に近づけるために、さらに2時間必要だとします。

追加した2時間によって資料の品質は上がります。

しかし、その2時間は別のことには使えません。

子どもと過ごす時間かもしれません。

睡眠時間かもしれません。

勉強する時間かもしれません。

あるいは何もしないで休む時間かもしれません。

完璧主義では、完成度が上がったことには目が向きますが、そのために失った時間には目が向きにくくなります。

だからこそ、何かを完璧にする前に、

この追加の時間を使うだけの価値があるのか。

と考える必要があります。

手を抜くのではなく力を配分する

80点で終えるというと、手抜きのように聞こえるかもしれません。

しかし、本来は逆です。

限られた時間や体力を、重要なことへ重点的に配分する考え方です。

例えば仕事で、

重要な顧客への提案には100点を目指す。

通常の社内資料は80点で終える。

定型業務は仕組み化する。

自分でなくてもできる仕事は人に任せる。

というように分けます。

家庭でも、

家族との会話は大切にする。

料理は総菜も利用する。

掃除は毎日しない。

必要なら家事代行も利用する。

と考えることができます。

すべてに同じ力を注ぐのではなく、重要度によって力の入れ方を変えるのです。

長いキャリアでは完璧より持続可能性が重要になる

若い頃は多少無理をしても働けることがあります。

しかし、職業人生が長くなるほど、無理を続けることの影響は大きくなります。

育児が始まることもあります。

親の介護が必要になることもあります。

管理職になって仕事の責任が重くなることもあります。

自分自身の体力も変化します。

そのたびに、以前と同じ水準ですべてをこなそうとすれば、負担は積み上がっていきます。

必要なのは、自分の置かれた環境に合わせて基準を変えることです。

今まで100点を目指していたものを80点にする。

自分でしていたことを人に任せる。

やらなくても困らないことをやめる。

こうした引き算が、結果としてキャリアを長くすることがあります。

結論

完璧主義とは、物事に高い基準を設定し、その基準を満たそうとする傾向です。

高い目標を持つこと自体は悪いことではありません。

しかし、仕事も家事も育児もすべて100点を目指せば、時間と体力が足りなくなります。

特に長い職業人生を考える場合、大切なのは一時的にどれだけ頑張れるかではありません。

無理なく働き続けられるかです。

100点が必要な仕事には力を注ぐ。

80点で十分な仕事はそこで終える。

自分でなくてもよいことは人や仕組みに任せる。

そして、やらなくてもよいことは手放す。

これは手を抜くことではありません。

限られた時間と体力を、本当に大切なものへ振り向けるための選択です。

長く働く時代には、何でも完璧にできる人よりも、どこまでやれば十分なのかを判断できる人の方が、持続可能なキャリアを築きやすいのかもしれません。

参考

日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 働き続けるため「手放す」選択も

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