女性管理職の登用を進めるために、企業が具体的な数値目標を設定する動きが広がっています。
女性管理職比率を一定水準まで引き上げる目標を掲げ、経営陣や各部門の責任者に達成を求める方法です。
一方で、数値目標を設定すると、能力や実績よりも性別が優先されるのではないかという懸念もあります。
女性管理職の人数を増やすことが目的になれば、本人の能力や適性を十分に考慮しない登用が行われる可能性もあります。
それでは、女性管理職の数値目標は本当に必要なのでしょうか。
2026年10月26日の日本経済新聞では、大東建託が導入したクオータ制の取り組みが紹介されました。
同社では、女性管理職比率の数値目標を設定したことで、管理職候補者の発掘や育成に対する上司の意識が変わりました。
重要なのは、数値目標そのものではなく、それによって組織の行動がどのように変化したかという点です。
女性管理職の数値目標は、単なる人数合わせではなく、従来の人事制度を見直すための経営管理手法として考える必要があります。
大東建託が導入したクオータ制
大東建託は2021年に、女性管理職の登用目標を設定するクオータ制を導入しました。
クオータ制とは、特定の属性を持つ人材の登用について、一定の人数や割合を目標または枠として設定する仕組みです。
ただし、法令によって登用枠を義務づける制度と、企業が自主的に数値目標を設定する制度では、その性格が異なります。
大東建託の取り組みは、女性管理職比率の目標を設定し、その達成を各部門に求めるものです。
制度導入当時の女性管理職比率は4.6%でした。
一方、女性社員比率は14.8%であり、管理職に占める女性の割合は相対的に低い状況でした。
そこで、2024年4月時点の女性管理職比率6.0%を目標に設定しました。
その結果、2024年には6.5%となり、当初の目標を達成しました。
現在は2030年に10.0%を目指しています。
この数字だけを見ると、女性管理職比率が4.6%から6.5%へ上昇したという結果になります。
しかし、より重要なのは、数値目標の導入によって管理職候補者の選定や育成方法に変化が生まれたことです。
数値目標が上司の意識を変える
従来の日本企業では、管理職候補者の選定を直属の上司の判断に委ねることが一般的でした。
上司が優秀だと評価した社員に重要な仕事を任せ、その経験や成果を踏まえて昇進を検討する仕組みです。
この方法には、日常業務をよく知る上司が社員の能力を評価できるという利点があります。
一方で、上司の価値観や経験によって、管理職候補者の選定に偏りが生じる可能性もあります。
例えば、女性社員は育児や家庭との両立が難しいため、管理職を希望しないだろうと考える上司がいるかもしれません。
本人の意向を確認せず、管理職候補者から外してしまえば、能力を発揮する機会が失われます。
大東建託では、数値目標を設定したことで、管理職候補者を育成する側の意識が変化しました。
それまで管理職候補として十分に検討されなかった女性社員についても、能力や将来性を積極的に確認するようになりました。
さらに、管理職に必要な経験や能力を逆算し、仕事を任せる取り組みが進みました。
つまり、数値目標が管理職候補者の発掘を促し、育成機会の拡大につながったのです。
数値目標は、組織の行動を変えるきっかけとして機能する場合があります。
女性社員が管理職を希望しない理由
女性管理職の登用を進める際には、本人が管理職を希望しないという問題に直面することがあります。
しかし、管理職になりたくないという意思表示だけで、昇進の可能性がないと判断するべきではありません。
重要なのは、その理由を確認することです。
例えば、管理職になると長時間労働が必要になると考えている場合があります。
育児や介護との両立が難しくなることを心配している社員もいるでしょう。
また、管理職として必要な能力や経験が不足していると感じ、自信を持てない場合もあります。
これらの問題は、本人の意欲だけでなく、企業の制度や支援体制によって改善できる可能性があります。
大東建託では、管理職になりたくないという女性社員に対しても、その理由を確認し、必要な対策を一緒に考えています。
例えば、家庭との両立に不安がある場合には、働き方や業務分担を見直すことが考えられます。
管理能力に不安がある場合には、研修や実務経験を通じて成長を支援することもできます。
ただし、本人の意思を尊重することも重要です。
管理職への昇進を希望しない社員に対して、数値目標の達成を理由に過度な圧力をかけることは適切ではありません。
企業は昇進を強制するのではなく、本人が納得して挑戦できる環境を整える必要があります。
マミートラックからの再挑戦を可能にする
女性管理職の登用を考える際には、育児休業後のキャリア形成が重要な課題になります。
育児と仕事の両立を優先するため、一時的に責任の軽い仕事へ異動したり、勤務時間を短縮したりする社員もいます。
こうした働き方の変更が、その後の昇進機会を制限する場合があります。
一般にマミートラックと呼ばれる問題です。
大東建託では、かつて管理職手前まで昇進しながら、子育てとの両立が難しくなり、仕事の負担を軽くした女性社員がいました。
本人は、その後の昇進を諦めていたといいます。
しかし、女性管理職の登用を進めるなかで、再び管理職を目指す機会が生まれ、2025年に課長へ昇進しました。
この事例は、数値目標が過去に昇進を諦めた社員の可能性を見直す契機になったことを示しています。
育児や介護によって、一時的に仕事の負担を軽くすること自体は問題ではありません。
重要なのは、その選択が将来の昇進機会を永久に失わせるものにならないことです。
家庭の状況が変化すれば、再び責任のある仕事に挑戦したいと考える社員もいます。
企業は、過去の働き方だけで将来の可能性を判断するのではなく、現在の能力や本人の希望を踏まえて評価する必要があります。
数値目標は人事評価の公平性を損なうのか
女性管理職の数値目標には、能力や実績よりも性別が優先されるのではないかという懸念があります。
例えば、同じ能力や実績を持つ男性社員と女性社員がいた場合、女性管理職比率の目標を達成するために女性社員が優先されるのではないかという問題です。
こうした懸念を放置すれば、人事評価に対する社員の納得感が低下する可能性があります。
企業にとって、昇進制度の公平性は組織運営の基盤です。
ただし、従来の人事制度が本当に公平だったのかという視点も必要です。
管理職候補者に必要な経験を積む機会が、男性社員に偏っていた可能性があります。
転勤や長時間労働を重視する評価制度によって、育児や介護を担う社員が不利になっていた場合も考えられます。
こうした構造的な問題を見直さず、昇進時点の実績だけを比較しても、実質的な公平性が確保されているとは限りません。
重要なのは、数値目標を設定しながらも、登用基準を明確にすることです。
管理職に必要な能力や経験を定義し、男女を問わず同じ基準で評価する必要があります。
さらに、昇進に必要な経験を積む機会が公平に提供されているかを確認することが重要です。
数値目標と能力評価の公平性は、制度設計によって両立させることが可能です。
登用後の支援体制が制度の成否を左右する
女性管理職の人数を増やしても、登用された社員が十分に能力を発揮できなければ、制度の目的を達成したとはいえません。
管理職になると、部下の育成、業務の進捗管理、組織目標の達成など、新たな責任が生じます。
これまで個人として優れた成果を上げていた社員であっても、管理職としての能力が十分とは限りません。
そのため、登用後の支援体制が重要になります。
大東建託では、昇進から半年後にヒアリングを実施しています。
管理職としての役割に悩んでいる場合には、指南役を付けるなどして、個別に能力向上を支援しています。
この取り組みは、数値目標を達成した後の人材育成を重視している点で注目されます。
管理職への登用は、人材育成の終了ではありません。
むしろ、新たな能力を身につけるための出発点と考える必要があります。
特に、早期登用や積極登用によって管理職になった社員には、必要な知識や経験を補う支援が求められます。
数値目標を設定する企業ほど、登用後の育成制度を充実させることが重要になります。
数値目標の達成だけでは不十分
女性管理職比率が上昇すれば、女性活躍推進の成果として評価されます。
しかし、数値目標の達成だけで、人材育成が成功したと判断することはできません。
例えば、女性管理職比率が上昇しても、登用された社員の離職率が高まっていれば、制度に問題がある可能性があります。
また、管理職としての権限や責任が十分に与えられていなければ、形式的な登用にとどまることになります。
さらに、女性管理職の人数が増えても、その下の世代の管理職候補者が育っていなければ、継続的な登用は難しくなります。
したがって、企業は女性管理職比率だけでなく、複数の指標を組み合わせて成果を評価する必要があります。
例えば、管理職候補者に占める女性比率、重要業務への参加状況、管理職登用後の定着率などが考えられます。
また、昇進した社員の業績評価や、部下の育成状況なども重要です。
数値目標は、組織改革の進捗を確認するための指標です。
その数字を達成すること自体が最終目的にならないよう、注意する必要があります。
数値目標は企業全体の人材育成にも応用できる
女性管理職の数値目標によって、管理職候補者の発掘や育成が進むのであれば、その仕組みは他の人材育成にも応用できます。
例えば、若手社員の管理職登用や、中途採用社員の幹部登用などです。
従来の日本企業では、新卒入社から長期間勤務した社員が昇進しやすい傾向がありました。
しかし、企業の成長には、多様な経験や専門能力を持つ人材の活用が重要です。
中途採用社員や専門人材が昇進しにくい制度であれば、優秀な人材の確保や定着に悪影響を及ぼす可能性があります。
また、中高年社員についても、年齢だけを理由に昇進機会や責任ある仕事から外す制度には見直しの余地があります。
女性登用をきっかけに、管理職候補者の選定方法や育成制度を改善すれば、組織全体の人材活用力が高まる可能性があります。
重要なのは、特定の属性を持つ社員を形式的に優遇することではありません。
従来の人事慣行によって見過ごされていた人材を発掘し、その能力を適切に評価することです。
女性管理職の数値目標は、こうした人事改革を進めるきっかけとして活用できます。
経営者は数値目標をどのように活用すべきか
女性管理職の数値目標を効果的に活用するためには、経営者の関与が欠かせません。
人事部門だけに目標達成を任せても、現場の管理職の行動が変わらなければ、十分な成果は期待できません。
管理職候補者の発掘や育成は、日常業務のなかで行われるからです。
そのため、経営者は女性管理職比率の目標を設定するだけでなく、各部門における育成状況を継続的に確認する必要があります。
また、目標達成が難しい部門については、その原因を分析することが重要です。
女性社員の人数が少ないのか、管理職候補者の育成が進んでいないのか、本人が昇進を希望しないのかによって、必要な対策は異なります。
一律に女性管理職比率の引き上げを求めるだけでは、実効性のある改革につながらない可能性があります。
さらに、管理職の評価において、人材育成への貢献を適切に反映することも考えられます。
ただし、女性管理職の登用人数だけで管理職を評価すると、形式的な昇進を誘発する恐れがあります。
候補者の育成状況や登用後の成果などを総合的に評価することが重要です。
数値目標は、経営者が組織の問題を発見し、改善を促すための手段として活用するべきです。
結論
女性管理職の数値目標には、メリットとデメリットがあります。
数値目標を設定することで、管理職候補者の発掘や育成が進み、従来の人事慣行を変えるきっかけになります。
一方で、目標達成を優先しすぎれば、能力や適性を十分に考慮しない登用が行われる可能性があります。
大東建託の取り組みは、数値目標が組織の行動を変える効果を持つことを示しています。
女性管理職比率は、制度導入当時の4.6%から2024年には6.5%へ上昇しました。
しかし、より重要なのは、従来は管理職候補として十分に検討されなかった女性社員にも、育成や昇進の機会が広がったことです。
また、育児との両立を理由に昇進を諦めていた社員が、再び管理職に挑戦できるようになったことも重要です。
女性管理職の数値目標は、単なる人数合わせではなく、人材育成の仕組みを変えるための経営管理手法として活用できます。
そのためには、登用基準の透明性、育成機会の公平性、登用後の支援体制を一体として整備する必要があります。
女性管理職比率という結果だけでなく、そこに至る過程と登用後の成果を評価することが重要です。
女性登用の最終目的は、女性管理職の人数を増やすことではありません。
性別にかかわらず、能力のある社員が適切に評価され、責任ある仕事に挑戦できる組織をつくることです。
数値目標を人事改革の出発点として活用し、企業全体の人材育成力を高めることが、これからの日本企業に求められているのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月26日朝刊 女性登用は「結果」か「機会」か 伊藤忠は課長から執行役員に