育児や介護を理由に出社を拒否できるのか 仕事と家庭の両立を巡る法律問題

人生100年時代
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在宅勤務から出社勤務へ回帰する企業が増えるなか、育児や介護を担う従業員にとって、働き方の変更が大きな問題となっています。

在宅勤務であれば、通勤時間を削減し、子どもの送迎や親の介護などと仕事を両立しやすくなる場合があります。

しかし、企業が週3回や週5回の出社を求めるようになれば、従来の生活を維持することが難しくなる従業員も出てきます。

企業には労働契約に基づく業務命令権がありますが、育児や介護を理由に出社を拒否することはできるのでしょうか。

また、企業にはどこまで従業員の家庭事情に配慮する義務があるのでしょうか。

今回は、育児介護休業法を中心に、出社命令と従業員の権利、企業の配慮義務、仕事と家庭生活を両立するための制度設計について考えます。

出社回帰が育児や介護に与える影響

在宅勤務の普及は、育児や介護を担う従業員の働き方に大きな変化をもたらしました。

例えば、片道1時間の通勤が必要な従業員の場合、在宅勤務によって往復2時間の移動時間を削減できます。

週5日であれば10時間、年間240日勤務すると仮定すれば480時間に相当します。

この時間を育児や介護、家事などに活用できることは、家庭生活にとって大きな意味があります。

特に、保育園への送迎や小学校低学年の子どもの帰宅時間に対応する必要がある家庭では、勤務場所の柔軟性が重要になります。

また、高齢の親を介護している従業員にとっても、在宅勤務は通院への付き添いや介護サービスの利用調整などを行いやすくする場合があります。

ただし、在宅勤務は育児や介護そのものを行うための休暇制度ではありません。

勤務時間中は労働契約に基づいて業務を遂行する必要があり、育児や介護との両立には適切な勤務時間管理や外部サービスの活用も必要です。

それでも、通勤時間を削減できる効果は大きく、出社回帰によって生活上の負担が増える可能性があります。

育児や介護を理由に出社を拒否できるのか

育児や介護をしているという理由だけで、従業員がすべての出社命令を拒否できるわけではありません。

企業には、労働契約の範囲内で勤務場所や業務内容を指示する権限があります。

そのため、労働契約上の勤務場所が会社の事業所とされており、在宅勤務に限定する個別合意が存在しない場合には、企業が出社を求めることができる場合があります。

しかし、育児や介護に関する法令上の権利が認められる場合には、その内容を確認する必要があります。

例えば、育児介護休業法に基づく短時間勤務制度や所定外労働の制限などを利用している従業員については、企業がその権利を尊重しなければなりません。

また、勤務場所を変更することで育児や介護が困難になる場合には、法律上の配慮義務が問題となることがあります。

したがって、出社命令の有効性は、労働契約の内容、業務上の必要性、育児や介護に関する制度の適用状況などを踏まえて判断する必要があります。

重要なのは、育児や介護を理由に出社を一律に拒否できるわけではない一方、企業も従業員の事情を無視して自由に命令できるわけではないという点です。

育児介護休業法が保障する働き方

育児介護休業法は、育児や家族の介護を行う労働者が仕事を継続できるよう、さまざまな制度を設けています。

育児については、育児休業、子の看護等休暇、所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限、短時間勤務制度などがあります。

介護についても、介護休業、介護休暇、所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限、所定労働時間の短縮等の措置などが設けられています。

これらの制度には、それぞれ対象となる労働者や利用条件があります。

企業は、法律上の要件を満たす従業員から適法な申出があった場合、原則として制度の利用を認める必要があります。

ただし、こうした制度が存在することと、従業員が自由に在宅勤務を選択できることは同じではありません。

法律上の休業や労働時間に関する権利と、勤務場所に関する権利は区別して考える必要があります。

2025年の法改正で柔軟な働き方が拡充

2025年には、改正育児介護休業法が段階的に施行され、仕事と育児の両立を支援する制度が拡充されました。

2025年4月からは、3歳未満の子どもを養育する労働者について、テレワークを選択できるようにすることが事業主の努力義務となりました。

また、育児のための所定外労働の制限について、対象となる子どもの年齢が小学校就学前まで拡大されました。

さらに、2025年10月からは、3歳から小学校就学前の子どもを養育する労働者に対して、柔軟な働き方を実現するための措置を講じることが事業主に義務付けられました。

企業は、始業時刻等の変更、テレワーク等、保育施設の設置運営等、新たな休暇の付与、短時間勤務制度という5つの措置から2つ以上を選択して整備する必要があります。

対象となる従業員は、企業が用意した措置の中から1つを選択して利用する仕組みです。

したがって、企業が必ずテレワークを選択肢として用意しなければならないわけではありません。

また、制度の利用には法令上の要件や労使協定による適用除外などが関係する場合があります。

出社回帰を進める企業は、こうした法改正との整合性を確認する必要があります。

介護を担う従業員への対応

高齢化が進む日本では、親の介護を担いながら働く従業員への対応も重要になっています。

特に、40代から60代の従業員は、企業の中核的な役割を担う一方で、親の介護に直面する可能性があります。

介護のために離職することになれば、従業員本人だけでなく、企業にとっても大きな損失となります。

育児介護休業法では、対象家族1人につき通算93日まで、原則3回に分けて取得できる介護休業制度が設けられています。

また、介護休暇や所定労働時間の短縮等の措置なども利用できます。

2025年4月からは、介護離職を防止するため、企業に対して介護休業や介護両立支援制度等に関する個別周知と意向確認、雇用環境の整備などが義務付けられました。

さらに、家族を介護する労働者がテレワークを選択できるようにすることも、事業主の努力義務となっています。

ただし、介護を理由に常に在宅勤務を請求できる一般的な権利が設けられたわけではありません。

企業は、法律上の制度を整備するとともに、従業員の介護状況に応じた柔軟な働き方を検討することが望まれます。

勤務場所の変更に伴う配慮義務

育児介護休業法第26条は、企業が労働者の配置を変更し、その結果として就業場所が変更される場合について、一定の配慮義務を定めています。

具体的には、就業場所の変更によって子どもの養育や家族の介護が困難になる労働者について、その状況に配慮しなければならないとされています。

例えば、育児や介護を担う従業員を遠方の事業所へ転勤させる場合には、家庭事情を把握し、必要な配慮を行うことが求められます。

ただし、この規定は就業場所の変更を伴う配置変更を対象としています。

在宅勤務を認められていた従業員に対して、もともとの勤務先への出社を求める場合に、当然に同条が適用されるとは限りません。

そのため、出社回帰については、労働契約の内容や個別合意、業務命令権の濫用の有無なども含めて判断する必要があります。

また、労働契約法第3条第5項は権利の濫用を禁止しています。

企業が育児や介護の事情を知りながら、合理的な必要性を欠く出社命令を行う場合には、法的な問題が生じる可能性があります。

出社回帰と不利益取扱いの問題

育児や介護に関する制度を利用する従業員については、不利益取扱いの禁止にも注意する必要があります。

育児介護休業法では、育児休業や介護休業などの申出や取得を理由とする解雇その他の不利益取扱いが禁止されています。

例えば、法令に基づく育児休業を取得したことを理由に、不利益な人事評価を行うことは認められません。

また、短時間勤務制度などの利用を理由とする不利益取扱いについても、法令上の規制があります。

一方、企業が全従業員を対象として合理的な出社回帰を実施することが、直ちに違法な不利益取扱いになるわけではありません。

重要なのは、出社回帰の目的や制度内容、個別の従業員への対応を確認することです。

育児や介護に関する法令上の権利を行使した従業員だけを不合理に不利な扱いとする場合には、特に慎重な検討が必要です。

企業は、出社回帰の運用と育児介護休業法上の権利保障を明確に区別し、適切に対応する必要があります。

企業にとっても柔軟な働き方にはメリットがある

育児や介護を担う従業員への配慮は、単なる福利厚生ではありません。

企業の人材確保や生産性向上にも関わる経営課題です。

例えば、経験豊富な従業員が親の介護を理由に離職すれば、企業はその従業員が蓄積してきた専門知識や取引先との関係を失う可能性があります。

新たな人材を採用し、教育するための費用も必要になります。

また、育児と仕事の両立が難しい企業では、従業員の定着率が低下するおそれがあります。

一方、柔軟な勤務制度を整備すれば、従業員が長期的に働き続けやすくなります。

特に、専門職や管理職など、経験や知識の蓄積が重要な職種では、人材の継続的な活用が企業の競争力につながります。

出社回帰によって対面でのコミュニケーションを重視することと、育児や介護を担う従業員に柔軟な働き方を認めることは、必ずしも対立するものではありません。

企業は、業務の性質や従業員の事情に応じて、両者を組み合わせることができます。

一律の出社命令ではなく個別事情への配慮を

出社回帰を進める企業にとって、制度の公平性は重要です。

すべての従業員に同じ出社日数を求めれば、形式的には公平な制度となります。

しかし、育児や介護を担う従業員と、そうした事情のない従業員では、出社による負担が異なる場合があります。

例えば、子どもの送迎が必要な従業員については、出社時間を調整することで仕事との両立が可能になることがあります。

また、親の介護を担う従業員については、特定の曜日だけ在宅勤務を認める方法も考えられます。

企業は、全従業員に共通する基本的な勤務制度を設けながら、法令上の制度や個別事情に応じた例外措置を組み合わせることが望まれます。

ただし、例外措置の運用が不透明であれば、他の従業員との間で不公平感が生じる可能性があります。

そのため、例外を認める基準や申請手続き、判断方法を明確にすることが重要です。

また、従業員の家庭事情は個人情報に関わるため、必要な範囲で把握し、適切に管理する必要があります。

出社回帰を進める企業の実務対応

企業が出社回帰を進める際には、まず育児介護休業法に基づく制度が適切に整備されているか確認する必要があります。

特に、2025年の法改正によって追加された柔軟な働き方を実現するための措置や、介護離職防止に関する義務への対応が重要です。

次に、出社回帰によって育児や介護との両立が困難になる従業員がいないかを確認します。

従業員からの申出を受け付ける相談窓口を設置し、個別事情を把握することが考えられます。

そのうえで、業務上の必要性を踏まえながら、出社日数や勤務時間の調整、在宅勤務の併用などを検討します。

また、制度変更によって労働条件の不利益変更が生じる場合には、労働契約法上の問題についても確認する必要があります。

企業は、出社回帰の必要性を説明するだけでなく、従業員が仕事を継続できる環境を整備することが求められます。

出社回帰を単なる勤務制度の変更として扱うのではなく、人材確保や従業員の定着を含めた経営課題として考えることが重要です。

結論

育児や介護を担っているという理由だけで、従業員がすべての出社命令を拒否できるわけではありません。

企業には労働契約に基づく業務命令権があり、合理的な必要性があれば出社を求めることができる場合があります。

一方、育児介護休業法は、育児や介護と仕事を両立するためのさまざまな権利や制度を保障しています。

企業は、こうした法令上の権利を尊重し、勤務場所の変更や出社回帰による影響を慎重に検討する必要があります。

特に、2025年の法改正によって、柔軟な働き方の整備や介護離職防止に関する企業の役割は拡大しています。

これからの企業に求められるのは、出社か在宅かという単純な二者択一ではありません。

業務上の必要性を踏まえながら、育児や介護を担う従業員が働き続けられる制度を構築することです。

少子高齢化が進む日本では、育児や介護を理由とする離職を防ぐことが、企業の人材戦略にとって一層重要になります。

従業員の家庭事情に配慮することは、企業の競争力を弱めるものではありません。

むしろ、経験や専門知識を持つ人材が働き続けられる環境を整えることが、中長期的な生産性向上につながります。

出社回帰の成否は、企業がどれだけ従業員を出社させられるかではなく、従業員が安心して働き続けられる環境を維持できるかによって判断されるべきではないでしょうか。

参考

日本経済新聞 2026年10月26日朝刊 出社回帰トラブル回避には従業員の納得重要 往復10時間で悩む人も

厚生労働省 育児介護休業法について

厚生労働省 2025年4月及び10月施行 改正育児介護休業法の概要

育児介護休業法 第16条の8 第23条 第23条の2 第26条

労働契約法 第3条 第5条

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