介護現場の人手不足が深刻になっています。
高齢化が進めば介護サービスを必要とする人は増える一方、働き手となる現役世代は減っていきます。賃上げによる処遇改善、外国人材の受け入れ、介護ロボットやICTによる生産性向上など、様々な対策が進められています。
しかし、もう一つ大きな人材の供給源があります。
介護福祉士の資格を持ちながら、現在は介護の仕事に就いていない「潜在介護福祉士」です。
すでに専門知識や経験を持つ人に再び介護現場へ戻ってもらうことができれば、人材不足を補う有力な手段になります。
そこで注目したいのが、スポットワークです。
単に人手が足りない時間を埋めるだけではなく、離職した介護人材が「いきなり正社員として復職するのは不安だが、まず数時間なら働いてみたい」と考えたときの、お試し復帰の仕組みとして活用できる可能性があります。
潜在介護福祉士とは何か
介護福祉士は、介護に関する専門的な知識や技術を持つ国家資格です。
ところが、資格を取得した人が全員、介護現場で働き続けているわけではありません。
結婚や出産、育児、家族の介護、本人の体力面の問題、勤務時間、夜勤、人間関係など、様々な事情によって介護職を離れる人がいます。
資格を持ちながら介護職として働いていない人は、一般に潜在介護福祉士と呼ばれます。
参考記事では、介護福祉士資格保有者のうち介護職に従事している人は約6割にとどまるとされています。
裏返せば、すでに専門教育を受けた人材が相当数、介護現場の外にいることになります。
介護人材政策を考える場合、新しく人を育成することだけでなく、こうした人たちに戻ってもらう仕組みを考えることが重要になります。
なぜ資格を持っていても戻れないのか
ここで注意したいのは、「資格を持っているなら介護現場に戻ればいい」というほど単純ではないことです。
例えば、5年間介護現場から離れていた人を考えてみます。
本人には介護福祉士として働いた経験があります。しかし、「以前と介護の方法が変わっているのではないか」「新しい機器を使えるだろうか」「体力的についていけるだろうか」「いきなり夜勤を任されたら困る」「職場の人間関係が合わなかったらどうしよう」といった不安が生じます。
さらに、育児や家族の介護などが離職理由だった場合、フルタイム勤務そのものが難しいこともあります。
つまり、復職の問題は賃金だけではありません。
知識、技術、体力、勤務時間、家庭事情、職場環境など、複数の壁が重なっています。
だからこそ、「復職する意思がありますか」と尋ねるだけではなく、「どのような条件なら復職できますか」という発想が必要になります。
スポットワークが復職のハードルを下げる
そこで興味深いのが、介護業界で広がっているスポットワークです。
スポットワークとは、数時間や1日など短い単位で働く仕組みです。
介護事業所から見れば、繁忙時間帯など必要な時間だけ人員を確保できます。
しかし、潜在介護福祉士から見ると別の意味を持ちます。
本格的に復職する前に、実際の介護現場で働いてみることができるからです。
例えば、まず4時間だけ働き、翌週もう一度働いてみる。何度か経験して続けられそうだと感じれば、短時間勤務や正規雇用を検討するという段階的な復帰が可能になります。
いきなり週5日の正社員になる場合と比べると、心理的なハードルはかなり低くなります。
企業にとっても採用前のお試し期間になる
メリットは働く側だけではありません。
介護事業者にとっても、採用前にその人の働き方を見ることができます。
通常の採用では、履歴書と面接を中心に判断します。しかし介護では、利用者との接し方、職員とのコミュニケーション、仕事への姿勢など、書類だけでは分からない部分が少なくありません。
スポットワークなら、実際に働いている姿を見ることができます。
一方、働く人も職場の雰囲気を見ることができます。上司はどのような人なのか、職員同士の関係はどうなのか、忙しさはどの程度なのか、利用者への接し方は自分の考え方と合っているのかなどを確認できます。
双方が実際の仕事を経験してから長期雇用へ移れるわけです。
参考記事では、スポットワークを利用した経験のある介護事業所の28.0パーセントが、スポットワーカーを正社員などとして雇用したことがあるとされています。
単なる一時的な労働力ではなく、採用経路としても機能し始めていることが分かります。
介護では誰でもスポット化すればよいわけではない
ただし、介護と一般的なスポットワークには大きな違いがあります。
介護サービスの相手は人だからです。
特に認知症の利用者の場合、毎日のように介助者が変われば混乱する可能性があります。
昨日まで知らなかった人が突然、食事や入浴、排せつなどの介助を担当することには慎重さが求められます。
また、スポットワーカーが来るたびに常勤職員が施設のルールや利用者の状態を説明していては、常勤職員の負担が逆に増えてしまいます。
人手不足を解消するためにスポットワーカーを入れたのに、説明やフォローで仕事が増えたのでは本末転倒です。
そこで重要になるのが業務の切り分けです。
専門業務と周辺業務を分ける
介護現場の仕事をすべて同じように考える必要はありません。
例えば、利用者の身体状況を把握したうえで行う身体介助などは、継続的に利用者とかかわっている常勤職員が中心になった方がよい場合があります。
一方、清掃や配膳、ベッド周辺の整理、備品補充などの周辺業務は、比較的スポットワーカーへ切り出しやすいでしょう。
常勤職員が専門的なケアへ集中できれば、単純に人数を増やすだけではない効果が生まれます。
介護現場の人手不足対策では、「介護職員を何人増やすか」だけでなく、「介護職員に何をしてもらうか」という仕事の再設計が重要になります。
復職を一かゼロで考えない
潜在介護福祉士の活用で最も重要なのは、復職を一かゼロで考えないことではないでしょうか。
これまで、離職しているか、フルタイムで復職するかという二択になりがちでした。
しかし実際には、その間に多くの働き方をつくることができます。
スポットワークから始める。短時間勤務へ移る。週2日勤務にする。日勤だけ担当する。徐々に勤務日数を増やす。そして最終的に正社員になる。
このような段階的復帰ができれば、「働きたいけれど、いきなり以前と同じ働き方には戻れない」という人を取り込めます。
スポットワークを単なる人手不足の穴埋めではなく、介護職への復帰ルートとして制度設計する意味はここにあります。
養成から再就業までを一本につなぐ
さらに必要なのは、介護人材政策そのものを一本の流れとして考えることです。
介護福祉士を養成する。介護現場で働く。何らかの事情で離職する。離職中も情報を届ける。必要なら学び直す。スポットワークなどで職場を体験する。短時間勤務で復帰する。本格的な再就業につなげる。
この流れがつながれば、一度離職しただけで介護業界との関係が切れてしまうことを防げます。
離職した介護福祉士には福祉人材センターへの届け出制度があり、再就職準備金などの支援策も用意されています。
重要なのは、制度を個別に用意するだけではなく、離職した人が自然に次の支援へつながる仕組みにすることです。
介護人材を増やすというと、どうしても新しい人を採用する話に目が向きます。
しかし、すでに資格を持ち、経験まで持っている人に再び働いてもらうことも立派な人材確保です。
離職した瞬間から復職支援を始める
さらに一歩進めるなら、再就職支援は「本人が戻りたいと思ってから始める」のでは遅いのかもしれません。
離職した時点から、将来の復職を見据えた接点を残しておくことが重要です。
例えば、離職時に福祉人材センターへの届け出や支援制度を案内し、その後も研修や短時間求人、職場体験などの情報を届ける仕組みです。
数年間現場を離れていても、学び直しの機会があり、短時間から復帰できると分かっていれば、介護業界との心理的な距離は縮まります。
資格取得を入口、就職をゴールと考えるのではなく、離職や再就業まで含めた長期的な人材政策へ変えていく必要があります。
結論
介護人材不足への対策は、新規採用だけではありません。
いま働いている人に長く働いてもらうこと、新しく介護職を目指す人を増やすこと、そして一度介護現場を離れた有資格者に戻ってもらうこと。この三つを同時に進める必要があります。
そのなかでスポットワークは、単なる隙間時間の労働という役割を超え、潜在介護福祉士の「お試し復帰」の入り口になる可能性があります。
数時間働いてみる。職場を知る。自信を取り戻す。短時間勤務へ進む。そして、本格的な復職につなげる。
介護人材不足を考えるとき、新しい人材をどこから連れてくるかだけではなく、すでに育成した人材が「戻れる道」をどうつくるかという視点が重要です。
離職した介護福祉士を「失われた人材」と考えるのではなく、「もう一度活躍できる人材」と捉え直す。
離職者に戻る意思だけを求めるのではなく、戻れる条件をつくることこそ、これからの介護人材政策に求められているのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年9月4日朝刊 離職した介護人材の復職
日本経済新聞 2026年9月4日朝刊 介護、スポットワーク拡大 人手不足補う