会社員などが加入する健康保険の扶養制度について、厚生労働省が見直しに向けた議論を始めます。現在の制度では、一定の条件を満たせば配偶者や子どもだけでなく、3親等以内の親族まで追加の保険料を負担せずに医療保険の給付を受けられます。
一方、自営業者などが加入する国民健康保険には扶養という仕組みがなく、家族の人数などに応じて保険料が増える構造になっています。
さらに、国民年金の第3号被保険者制度では、保険料を直接負担しない対象者が原則として会社員などに扶養される配偶者に限られており、健康保険との制度上の違いもあります。
少子高齢化が進み、共働き世帯や単身世帯が増えるなか、家族の形を前提とした社会保障制度の公平性が改めて問われています。
今回の見直しは、単なる扶養親族の範囲の問題ではありません。日本の社会保障制度が、家族単位の保障から個人単位の負担と給付へ転換するかどうかを考える重要な議論です。
健康保険では3親等以内の親族まで扶養できる
会社員などが加入する健康保険には、被保険者が生計を維持している家族を被扶養者として認定する制度があります。
被扶養者として認定されれば、本人が追加の健康保険料を負担することなく医療保険の給付を受けられます。
扶養対象となる親族の範囲は、1957年の健康保険法改正によって3親等以内と定められました。
現在の制度では、配偶者、子ども、孫、兄弟姉妹、父母、祖父母、曽祖父母などは、同居していなくても生計維持などの条件を満たせば扶養対象になります。
一方、おじ、おば、おい、めいなどは、原則として同居していることも必要です。
また、被扶養者には収入要件があります。
原則として年間収入130万円未満、60歳以上または一定の障害者については180万円未満が基準となります。
ただし、収入要件だけで扶養が認められるわけではありません。被保険者による生計維持の実態や、別居の場合の仕送りなども確認されます。
さらに、勤務先で社会保険の加入要件を満たす場合には、収入が扶養認定の基準未満であっても本人が被保険者になることがあります。
つまり、健康保険の扶養制度は、親族関係、収入、生計維持、就労状況などを組み合わせた複雑な仕組みになっています。
被扶養者は2500万人以上に達する
厚生労働省の調査などを基にした推計では、被用者保険の加入者約6800万人のうち、2500万人以上が被扶養者となっています。
その大部分は配偶者と子どもですが、父母や祖父母、曽祖父母、その他の親族も2024年時点で約60万人存在します。
この数字は、健康保険の扶養制度が依然として多くの家族の医療保障を支えていることを示しています。
一方で、被扶養者の人数が多いことは、制度の見直しが家計に大きな影響を及ぼす可能性も意味します。
仮に被扶養者の範囲が縮小されれば、従来は追加の保険料を負担していなかった人が、国民健康保険などに加入して保険料を支払うことになる可能性があります。
特に、高齢の親族を扶養している世帯や、収入の少ない家族を支えている世帯では、新たな負担が生活に影響することも考えられます。
そのため、制度の公平性だけでなく、扶養から外れる人の生活保障をどう確保するかも重要な論点となります。
国民健康保険には扶養制度が存在しない
健康保険の扶養制度を考えるうえで、最も大きな問題の一つが国民健康保険との違いです。
会社員などが加入する健康保険では、一定の条件を満たす家族について追加の保険料負担が生じません。
一方、自営業者や退職者などが加入する国民健康保険には、被扶養者という制度がありません。
国民健康保険では、世帯の所得などに応じた所得割に加え、加入者数に応じた均等割などによって保険料が計算されます。
自治体によって保険料の計算方法や金額は異なりますが、基本的には加入する家族の人数が増えると保険料負担も増える仕組みです。
例えば、同じ所得水準で家族を養っている場合でも、会社員世帯と自営業者世帯では医療保険料の負担構造が異なります。
もちろん、被用者保険と国民健康保険では保険料の算定方法や事業主負担の有無など、制度全体の仕組みが違います。
したがって、扶養制度の有無だけで負担の公平性を判断することはできません。
しかし、家族構成によって追加負担の発生方法が大きく異なることは、制度間の公平性を考えるうえで避けて通れない問題です。
年金の第3号被保険者制度との違い
健康保険の扶養制度と比較されるのが、国民年金の第3号被保険者制度です。
第3号被保険者は、原則として厚生年金に加入する第2号被保険者に扶養される20歳以上60歳未満の配偶者が対象です。
一定の要件を満たせば、本人が国民年金保険料を直接納付することなく、老齢基礎年金の受給資格につながる加入期間を確保できます。
ただし、第3号被保険者に該当する期間があれば無条件に満額の老齢基礎年金を受け取れるわけではなく、年金額は加入記録などによって決まります。
ここで注目したいのは、健康保険と年金で扶養対象の範囲が異なることです。
健康保険では一定の条件の下で3親等以内の親族まで扶養対象となりますが、国民年金の第3号被保険者制度では配偶者に限定されています。
つまり、同じ社会保険制度でありながら、医療と年金では扶養の考え方が異なっています。
もっとも、医療保険は病気やけがに対する保障であり、年金は老後などの所得保障です。制度の目的が違うため、扶養範囲を必ず一致させる必要があるわけではありません。
重要なのは、それぞれの制度で扶養を認める合理的な理由を説明できるかどうかです。
1957年の家族モデルが現在も残っている
健康保険の扶養範囲が3親等以内と定められた1957年当時、日本では3世代同居や専業主婦世帯が現在より一般的でした。
家族のなかで主に収入を得る人が、配偶者や子ども、高齢の親族などを支える生活形態が広く存在していました。
こうした社会では、家族単位で医療保障を確保する制度には一定の合理性がありました。
しかし、現在の日本では家族の形が大きく変化しています。
共働き世帯が増加し、単身世帯や高齢者のみの世帯も増えています。
親子が離れて暮らすことも珍しくなくなり、親族間の経済的な支援関係も多様化しています。
それにもかかわらず、健康保険の扶養範囲は約70年前に定められた基本的な枠組みを維持しています。
もちろん、制度が古いという理由だけで変更すべきではありません。
しかし、制度が想定する家族の姿と現実の生活実態に大きな違いが生じているのであれば、その合理性を検証する必要があります。
被扶養者の人数に応じた保険料負担は必要か
今回の議論では、被扶養者の人数や経済状況を踏まえて保険料負担を求める考え方も示されています。
例えば、被扶養者が1人の世帯と3人の世帯で、被保険者本人の所得が同じ場合、現在の健康保険では原則として扶養人数による保険料の違いはありません。
これに対し、扶養人数に応じた一定の保険料負担を導入すれば、国民健康保険との制度上の違いを縮小できる可能性があります。
ただし、こうした改革には慎重な検討が必要です。
子どもの人数が多い世帯ほど保険料が増える制度にすれば、少子化対策との整合性が問題になります。
また、収入の少ない高齢の親族を扶養している世帯に追加負担を求めれば、家族による生活支援を難しくする可能性もあります。
さらに、健康保険料は所得に応じて負担する仕組みを基本としており、扶養人数による負担を導入すると制度の性格も変わります。
公平性を高めるための改革が、結果として子育て世帯や介護世帯の負担を重くするのであれば、社会保障制度全体として望ましい改革とは限りません。
負担能力に応じた公平性と、家族を支える機能をどう両立させるかが重要になります。
働き控えと社会保険の扶養制度
健康保険の扶養制度は、働き方にも影響しています。
配偶者などが扶養の範囲にとどまろうとして就労時間や収入を調整する、いわゆる働き控えの問題です。
従来は年収106万円や130万円の壁が大きな論点となってきました。
2026年には短時間労働者の社会保険適用に関する賃金要件の見直しが進みましたが、勤務時間などの加入要件や健康保険の扶養認定に関する130万円の基準は、引き続き働き方に影響します。
扶養の範囲内で働けば、本人の社会保険料負担を抑えられる場合があります。
一方、扶養から外れて社会保険に加入すると、手取り収入が一時的に減少することがあります。
このため、労働時間を増やしたくても増やさないという選択につながる場合があります。
ただし、厚生年金や健康保険に本人が加入することには、将来の年金額の増加や傷病手当金などの保障を受けられるという利点もあります。
目先の手取り収入だけでなく、生涯所得や社会保障給付まで含めて判断する必要があります。
扶養制度の見直しは、労働参加の促進や社会保険の適用拡大と一体で考えることが重要です。
高齢者の扶養と医療保険制度の関係
高齢者の扶養についても、制度間の違いを整理する必要があります。
健康保険の被扶養者になれるのは、原則として75歳未満の人です。
75歳になると、原則として後期高齢者医療制度に加入するため、それまで家族の健康保険で扶養されていた人も制度を移ることになります。
後期高齢者医療制度には扶養という仕組みがなく、加入者本人に保険料負担が生じます。
一方、65歳から74歳までの人については、一定の条件を満たせば家族の健康保険の被扶養者となることができます。
このため、同じ高齢者でも、年齢や家族の加入する医療保険制度によって保険料負担が異なります。
今後、高齢者の医療費自己負担割合の見直しや金融所得の反映などが進めば、医療保険料と窓口負担の双方で負担能力をどう評価するかが重要になります。
ただし、健康保険の扶養認定、医療保険料の算定、医療機関での窓口負担割合は、それぞれ異なる制度です。
これらを混同せず、社会保障制度全体として負担の公平性を検証することが求められます。
家族単位から個人単位への転換は進むのか
今回の扶養制度の見直しには、日本の社会保障制度の基本的な考え方を問い直す意味があります。
これまでの日本では、家族が互いに支え合うことを前提として、税制や社会保険制度が設計されてきました。
配偶者控除、健康保険の被扶養者制度、国民年金の第3号被保険者制度などは、それぞれ制度の目的は異なるものの、家族関係が負担や給付に影響する仕組みです。
しかし、単身者や共働き世帯が増えるなか、家族構成によって社会保険料負担が異なることへの不公平感が高まっています。
今後の改革では、個人単位で負担能力を把握し、必要な保障を確保する方向が一つの選択肢となります。
ただし、完全な個人単位への移行には課題もあります。
収入のない子どもや高齢者、障害のある人などについては、本人の負担能力だけでは十分な保障を確保できない場合があります。
そのため、個人単位の公平性を重視する場合でも、低所得者への保険料軽減や公費負担などの仕組みが必要になります。
家族単位と個人単位のどちらか一方を選ぶというよりも、負担能力と生活保障の両面から制度を再設計することが現実的です。
結論
健康保険の扶養制度は、1957年に定められた3親等以内という基本的な枠組みを維持しながら、多くの家族の医療保障を支えてきました。
しかし、共働き世帯や単身世帯の増加、家族関係の多様化、国民健康保険との負担構造の違いなどによって、制度の公平性を改めて検証する必要が生じています。
特に重要なのは、健康保険の扶養制度だけを切り離して議論しないことです。
国民年金の第3号被保険者制度、社会保険の適用拡大、高齢者医療制度、子育て支援などとの整合性を確保しなければ、ある制度の不公平を解消しても、別の制度で新たな負担格差が生まれる可能性があります。
また、扶養制度の縮小によって新たに保険料負担が生じる世帯には、経過措置や低所得者対策などの配慮も必要です。
今後の制度改革で問われるのは、誰を扶養対象にするかという範囲の問題だけではありません。
誰が、どの程度の負担を担い、どのような保障を受けるべきなのかという社会保障制度の基本原則です。
家族の形が変わるなか、約70年前の制度を現在の社会に合わせて見直すことには意義があります。
一方で、負担の公平性を追求するあまり、子育てや高齢者扶養を支える機能が弱まっては本末転倒です。
これからの健康保険制度には、家族構成や働き方による不合理な格差を縮小しながら、必要な人に必要な医療保障を提供する仕組みが求められています。
参考
日本経済新聞 2026年10月27日朝刊 健保の扶養「同居3親等まで」は不公平? 年金と差、厚労省は範囲議論
厚生労働省 健康保険の被扶養者認定に関する制度資料
厚生労働省 社会保障審議会医療保険部会資料
日本年金機構 国民年金第3号被保険者制度に関する資料