海外子会社の経理管理において、現地の税務制度や証憑管理の仕組みを正しく理解することは欠かせません。
特に中国では、発票と呼ばれる税務上の証憑が、企業の経費精算や税務申告において重要な役割を果たしています。
2026年10月25日の日本経済新聞では、日本企業の中国現地法人で、第三者から購入した領収書を利用した不正経理が発覚し、関与した社員の懲戒解雇が裁判で争われた事件が報じられました。
社員側は、第三者が発行した領収書を使った経費精算は中国では慣例的に行われていたと主張しました。
しかし、大阪地裁は、そうした取扱いが一定程度存在していたとしても、中国で正当化されているわけではないと判断しました。
この事件は、中国の発票制度を理解することの重要性と、海外子会社における税務リスク管理の難しさを示しています。
今回は、中国の発票制度の基本的な仕組み、架空領収書による経費精算の問題点、企業所得税や増値税への影響、そして日本企業が実施すべき管理方法について解説します。
中国の発票制度とは何か
中国の発票は、商品販売やサービス提供などの取引に伴って発行される税務上の証憑です。
日本の領収書に似た役割を持っていますが、税務当局による管理の仕組みが整備されている点に特徴があります。
中国では、発票が企業の経費計上や税務申告における重要な証拠資料となります。
また、増値税と呼ばれる日本の消費税に相当する税制度においても、発票が重要な役割を果たします。
発票には、主に普通発票と増値税専用発票があります。
普通発票は、商品販売やサービス提供などの取引を証明するために利用されます。
一方、増値税専用発票は、一定の要件を満たす課税事業者が仕入税額控除を受ける際に重要となる証憑です。
ただし、すべての発票が仕入税額控除の対象となるわけではありません。
取引内容や納税者の区分、発票の種類などによって取扱いが異なります。
したがって、中国現地法人の経理担当者には、発票の形式だけでなく、その税務上の意味を理解することが求められます。
発票と日本の領収書は何が違うのか
日本では、経費精算に際して領収書や請求書などを保存することが一般的です。
法人税の計算では、支出の事実や事業との関連性を確認するため、帳簿や証憑が重要になります。
また、消費税ではインボイス制度に基づき、原則として一定の記載事項を備えた適格請求書などの保存が仕入税額控除の要件となります。
中国の発票制度も税務上の証憑管理という点では共通していますが、税務当局による発票情報の管理が制度の重要な特徴となっています。
中国では電子発票の普及も進んでおり、発票の発行情報を税務当局のシステムで確認する仕組みが整備されています。
そのため、発票に記載された情報が実際の発行記録と一致しているかを確認することが可能です。
ただし、発票が正式に発行されていることと、その取引が実際に行われたことは同じではありません。
例えば、実際には発生していない接待費について、別の取引を利用して発票を入手した場合、発票の形式が整っていても経費計上が適正になるわけではありません。
経理管理では、証憑の真正性と取引の実在性を区別して確認する必要があります。
架空領収書を購入する行為の問題点
今回の事件では、現地法人の社員が領収書の売買業者から証憑を入手していたことが明らかになりました。
本来、経費精算は実際に発生した業務上必要な支出について行うものです。
しかし、第三者から購入した領収書を利用すると、実際の支出内容とは異なる取引を会計帳簿に記録する危険があります。
例えば、現地法人の責任者が私的な飲食に10万円を支出したとします。
その支出を会社経費として処理するため、別の飲食店から発行された発票を購入し、取引先との接待費として精算した場合を考えます。
この場合、実際には業務上の接待が行われていないにもかかわらず、帳簿には接待交際費が計上されることになります。
結果として、会社の利益が過少に表示される可能性があります。
また、税務上も、本来認められない支出を損金として処理していれば、課税所得が過少に計算される可能性があります。
さらに、発票の種類や利用方法によっては、増値税の仕入税額控除にも問題が生じます。
発票を購入する行為は、単なる経費精算上の形式的な問題ではありません。
会計処理と税務申告の双方に影響する重大なリスクを伴うのです。
中国の企業所得税に与える影響
中国の企業所得税は、日本の法人税に相当する税制度です。
一般的な企業所得税率は25%ですが、一定の優遇要件を満たす企業には異なる税率や軽減措置が適用される場合があります。
企業所得税の計算では、収益から税務上認められる費用などを控除して課税所得を算定します。
このとき、経費として認められるためには、支出の実在性、事業との関連性、合理性などが重要になります。
例えば、業務上必要な出張費であれば、適切な証憑と出張の実態が確認できることが必要です。
一方、責任者の私的な飲食費や住居費を会社経費として処理していた場合、企業所得税の計算上、損金として認められない可能性があります。
仮に不適切な経費100万円が税務上否認され、25%の税率が適用される場合には、単純計算で25万円の企業所得税が追加発生します。
実際には、税務上の調整項目や適用税率などによって金額が異なります。
また、申告内容や不正の態様によっては、延滞金や行政上の制裁などが問題となる可能性もあります。
重要なのは、架空領収書を利用した経費計上が、会計上の利益だけでなく税務上の課税所得にも影響するという点です。
増値税の仕入税額控除にも注意が必要
中国の増値税は、日本の消費税と類似した仕組みを持つ税制度です。
一定の課税取引について売上に係る税額を計算し、要件を満たす仕入れに係る税額を控除する仕組みがあります。
この仕入税額控除において、増値税専用発票などの適格な証憑が重要な役割を果たします。
しかし、発票が存在するだけで仕入税額控除が認められるわけではありません。
実際の取引が存在しない場合や、発票の記載内容が取引実態と一致しない場合には、仕入税額控除が認められない可能性があります。
例えば、実際には商品を購入していないにもかかわらず、架空の仕入取引に関する増値税専用発票を入手した場合を考えます。
その発票に記載された税額を控除すれば、納付すべき増値税が不当に減少する可能性があります。
こうした行為は、中国の税務制度上、重大な問題となります。
なお、今回の新聞記事で明らかになったのは、架空領収書を利用した経費精算などの事実です。
実際に増値税の仕入税額控除が不正に行われたと認定されたわけではありません。
したがって、事件で確認された事実と、一般的に想定される税務リスクは区別して考える必要があります。
正式な発票でも不正経理は発生する
発票管理において注意したいのは、税務当局のシステムで確認できる発票であれば、必ず適正な経費になるわけではないことです。
例えば、実際に飲食店で食事をして正式な発票を受け取った場合でも、その飲食が業務とは無関係な私的支出であれば、会社経費として処理することは適切ではありません。
また、発票に記載された取引内容と実際の支出目的が異なる場合も問題になります。
つまり、経費精算では次の3つの確認が必要です。
第1は、証憑が真正なものであることです。
第2は、証憑に記載された取引が実際に存在することです。
第3は、その取引が会社の業務に関連し、会社が負担すべき支出であることです。
この3つの条件を区別して確認することで、形式的には証憑が整っていても、実態として不適切な経費を発見できる可能性が高まります。
海外子会社の経理管理では、証憑の有無だけを確認する形式的な管理から、取引実態を確認する実質的な管理へと発展させることが重要です。
日本本社にも税務リスクが波及する可能性
中国現地法人で不正経理が発生した場合、直接的には現地法人の会計処理や税務申告が問題となります。
しかし、その影響が日本本社に及ぶ可能性もあります。
例えば、現地法人が日本本社の連結子会社であれば、不適切な経費計上によって連結財務諸表に誤りが生じることがあります。
また、日本本社と現地法人との間で費用負担や立替精算が行われている場合には、その取引内容についても確認が必要です。
本社が負担すべきでない費用を負担していた場合には、日本側の会計処理や税務上の損金性が問題になる可能性があります。
ただし、中国現地法人の経費が税務上否認されたからといって、直ちに日本本社の法人税が増加するわけではありません。
日本本社への影響は、法人間の取引関係、費用負担の実態、連結会計上の処理などによって異なります。
海外子会社の税務問題を検討する際には、現地税務と日本本社の税務を区別したうえで、グループ全体への影響を確認する必要があります。
本社が整備すべき発票管理の仕組み
中国現地法人の発票管理を適正化するためには、現地任せにしない管理体制が重要です。
まず、発票の受領、確認、保存、経費精算に関する手続きを明文化する必要があります。
特に、第三者から購入した発票や、実際の取引内容と一致しない発票を経費精算に使用することを禁止する方針を明確にすべきです。
次に、発票情報の確認手続きを整備します。
税務当局が提供する確認手段を利用し、必要に応じて発行情報の真正性を検証します。
さらに、一定金額以上の経費や通常とは異なる取引については、契約書、注文書、出張記録、取引先との連絡記録などを併せて確認することが有効です。
現地法人の責任者自身が関係する経費については、日本本社の承認を求めることも考えられます。
また、内部監査では発票の形式だけでなく、実際の取引先への確認や支出目的の検証を実施する必要があります。
現地の税務制度に詳しい専門家と連携し、法令改正や税務当局の運用変更に対応することも重要です。
結論
今回の中国現地法人における架空領収書事件は、海外子会社の経理管理において、証憑の真正性と取引実態の確認がいかに重要であるかを示しています。
中国の発票制度は、企業の経費精算や税務申告を支える重要な仕組みです。
しかし、発票が存在することだけで、経費計上や税務上の損金算入が認められるわけではありません。
実際の取引が存在し、会社の業務に関連する支出であることを確認する必要があります。
また、現地で一定の慣行が存在していたとしても、それが法令上正当化されるとは限りません。
海外子会社の経理担当者には、現地の商習慣を理解するとともに、法令遵守を優先する姿勢が求められます。
日本本社としても、現地法人の発票管理を形式的な確認だけに任せず、取引実態を検証できる内部統制を整備することが重要です。
海外事業の拡大に伴い、現地税務への対応はますます複雑になります。
だからこそ、現地の税務制度を正しく理解し、会計処理と税務申告の両面からリスクを管理することが、企業グループ全体の健全な経営につながると考えられます。
参考
日本経済新聞 2026年10月25日 朝刊 海外法人で不正経理、使われた架空領収書 解雇の社員は「中国の慣例」
中国国家税務総局 発票管理に関する制度資料
中国企業所得税法
中国増値税法