日本基準からIFRSへ移行すると、企業のROEが大きく変化することがあります。
特に注目したいのが、IFRS移行によって純資産が減少した結果、ROEが上昇するケースです。
ROEは企業の資本効率を見る代表的な指標です。
そのためROEが上昇すると、企業の収益力や経営効率が改善したように見えることがあります。
しかし、IFRS移行によるROE上昇については注意が必要です。
事業が成長して利益が増えた結果としてROEが上昇した場合と、会計基準の変更によって自己資本が減少した結果としてROEが上昇した場合では、その意味が大きく異なるからです。
IFRS移行企業を見るときには、ROEという数字だけではなく、その変化の理由まで確認する必要があります。
ROEは利益と自己資本の関係を見る指標
ROEは自己資本利益率と呼ばれます。
一般的には、当期純利益を自己資本で割って計算します。
例えば、当期純利益が1,000億円、自己資本が2兆円なら、単純計算のROEは5%です。
企業が同じ自己資本を使いながら利益を1,500億円まで増やせば、ROEは7.5%になります。
これは利益の増加によるROE上昇です。
事業の収益性が改善した結果であれば、企業の稼ぐ力が高まったと考える材料になります。
しかしROEを上昇させる方法は、利益を増やすことだけではありません。
分母となる自己資本が減少してもROEは上昇します。
自己資本が減ればROEは上がる
先ほどと同じように、当期純利益が1,000億円の企業を考えます。
自己資本が2兆円ならROEは5%です。
ところが、自己資本が1兆5,000億円に減少すると、利益が同じ1,000億円でもROEは約6.7%になります。
利益は1円も増えていません。
それでもROEは5%から約6.7%へ上昇します。
ここにROEを見るときの重要なポイントがあります。
ROEが上昇したからといって、必ずしも企業の利益創出力が高まったとは限らないのです。
IFRS移行では純資産が大きく動くことがある
IFRS移行時には、資産や負債についてさまざまな調整が行われます。
減損による資産価値の引き下げ。
土地などに対するみなし原価の適用。
リースに関する資産や負債の認識。
退職給付に関する調整。
過去の会計処理の組み替え。
こうした調整の結果は、移行日時点の利益剰余金などに反映されることがあります。
そのため、企業の事業内容が突然変化していなくても、純資産が数千億円単位で増減する場合があります。
純資産が減少すれば、その後のROEを押し上げる方向に作用する可能性があります。
出光興産では純資産が約4,700億円減少
今回のIFRS移行で注目された企業の1つが出光興産です。
出光興産は2027年3月期第1四半期決算からIFRSを適用しました。
2025年4月1日の移行日時点では、資産が約2,300億円減少する一方、負債が約2,400億円増加し、純資産が約4,700億円減少しました。
土地評価の見直しやリース負債の計上などが要因とされています。
純資産がこれだけ大きく変化すれば、自己資本を分母とするROEにも影響する可能性があります。
しかし、それは必ずしも本業の収益力が同じ割合で改善したことを意味しません。
会計基準変更による影響と事業そのものの変化を分けて考える必要があります。
ROEを3つに分解すると理由が見えてくる
ROEを見るときには、数字をそのまま見るだけでなく、その構造を分解すると企業の状況が分かりやすくなります。
代表的なのがデュポン分析です。
ROEは大きく、売上高利益率、総資産回転率、財務レバレッジの3つに分解できます。
つまりROEが上昇した理由には、利益率が改善した場合、資産を効率的に使えるようになった場合、自己資本に対する資産の割合が高まった場合などがあります。
同じROE10%でも、その中身は企業によって異なります。
本業の利益率改善による10%と、自己資本減少による10%では意味が違います。
IFRS移行企業では、この違いを特に意識する必要があります。
純資産を減らせばよいわけではない
ROEを高めるだけなら、自己資本を小さくすることも1つの方法です。
例えば自社株買いを行えば、自己資本が減少してROEが上昇する場合があります。
多額の配当を行った場合も同様です。
IFRS移行時の会計調整によって純資産が減少した場合にも、計算上は似た効果が生じます。
しかし、自己資本は企業が損失を吸収するための重要な財務基盤でもあります。
自己資本を減らせば、財務レバレッジが高まり、企業の財務リスクが上昇する場合があります。
したがってROEは高ければ高いほど無条件に良いというものではありません。
資本効率と財務健全性の両方を見る必要があります。
ROE上昇と企業価値向上は同じではない
企業価値は、将来どれだけのキャッシュフローを生み出せるかという期待と深く関係しています。
一方、ROEは会計上の利益と自己資本から計算される指標です。
IFRS移行によって自己資本が減少し、ROEが上昇したとしても、それだけで将来のキャッシュフローが増えるわけではありません。
商品の競争力が高まったわけでもありません。
顧客が増えたわけでもありません。
新しい市場を獲得したわけでもありません。
したがって、会計上のROE上昇と企業価値の向上を同じものとして考えることには注意が必要です。
将来の減損リスクが低下する可能性はある
一方で、IFRS移行時に資産価値を厳しく見直すことには別の意味があります。
過去の投資について減損などを行い、帳簿価額を引き下げておけば、将来さらに大きな減損を計上する余地が小さくなる場合があります。
つまり移行時に純資産が大きく減少したとしても、その後の財務諸表が実態に近づき、将来の損失リスクが小さくなる可能性があります。
重要なのは、純資産減少そのものを良い悪いで判断することではありません。
どの資産をどのような理由で見直したのかを確認することです。
IFRS移行前後のROEを単純比較しない
企業分析では、数年間のROEを並べて推移を見ることがあります。
しかし、その途中で日本基準からIFRSへ変更している場合には注意が必要です。
会計基準の変更によって利益の計算方法や自己資本の金額が変化するからです。
例えばIFRSでは、のれんを原則として毎期規則的に償却しません。
日本基準では一定期間で償却するため、M&Aを積極的に行っている企業では利益の見え方が変わることがあります。
分子となる利益と分母となる自己資本の両方が変化する可能性があります。
そのため、IFRS移行前のROEと移行後のROEを単純に並べるだけでは、企業の収益力の変化を正確に捉えられない場合があります。
ROEと一緒に確認したい数字
IFRS移行企業を見る場合には、ROEだけで判断せず、複数の指標を組み合わせることが重要です。
営業利益が増えているのか。
営業キャッシュフローが増えているのか。
売上高利益率は改善しているのか。
自己資本比率はどう変化したのか。
有利子負債は増えていないか。
投下資本に対する利益はどう変化しているのか。
こうした数字を合わせて確認すると、ROE上昇が本業の改善によるものなのか、それとも会計上の分母の変化によるものなのかが見えやすくなります。
結論
IFRS移行によって純資産が減少すると、利益が変わらなくてもROEが上昇することがあります。
そのため、ROE上昇だけを見て企業の収益力が改善したと判断することには注意が必要です。
重要なのは、ROEがなぜ上昇したのかを確認することです。
利益が増えたのか。
利益率が改善したのか。
資産効率が高まったのか。
それともIFRS移行によって自己資本が減少したのか。
同じROE上昇でも、その意味は大きく異なります。
IFRS移行企業を分析するときには、会計基準変更による数字の変化と、企業の本当の稼ぐ力の変化を分けて見る必要があります。
ROEは重要な指標ですが、1つの数字だけでは企業価値を判断できません。
IFRS移行時の調整内容まで確認することで、ROEの数字の裏側にある企業の財務構造が見えてくるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 IFRS移行時の注目点