認知機能が低下した高齢者を特殊詐欺や悪質商法などから守るうえで、大きな課題となるのが個人情報の取り扱いです。
銀行などの金融機関は、顧客との取引を通じて異変に気付くことがあります。突然多額の預金を引き出そうとする、普段とは違う相手へ送金しようとする、職員との会話がかみ合わなくなるといったケースです。
しかし、金融機関が異変に気付いたとしても、顧客情報を自由に自治体や福祉機関へ伝えられるわけではありません。
そこで厚生労働省と金融庁が進めようとしているのが、一定の場合に本人の同意を得なくても金融機関から福祉機関へ情報をつなげられる仕組みです。
高齢者の財産を守ることと、本人のプライバシーを守ることをどのように両立させるのかが重要になります。
個人情報の第三者提供とは何か
銀行は顧客について多くの情報を保有しています。
氏名や住所、生年月日だけでなく、預金残高、振込先、入出金履歴など、生活や財産に深く関係する情報を取り扱っています。
こうした個人データを、本人や金融機関とは別の外部の者に提供することが第三者提供です。
例えば、銀行が高齢顧客について地域包括支援センターへ連絡し、氏名や生活上の異変などを伝える場合には、個人情報の第三者提供が問題になります。
個人情報保護法では、個人データを第三者へ提供する場合、原則としてあらかじめ本人の同意を得る仕組みになっています。
銀行が善意で行動する場合であっても、本人の情報を無制限に外部へ伝えてよいわけではありません。
本人同意が原則とされる理由
本人同意が原則とされるのは、個人情報を誰に提供するのかについて、本人自身が決められるようにするためです。
特に金融機関が保有する情報は、その人の財産や生活状況を推測できる重要な情報です。
例えば、預金残高や取引履歴が本人の知らないところで第三者に伝えられるようになれば、プライバシーを大きく損なう可能性があります。
高齢者だからという理由だけで、金融機関が家族や自治体などへ自由に情報を提供できる仕組みにすることにも問題があります。
年齢が高くても、自分で財産を管理し、自分の意思で金融取引を行っている人は大勢います。
そのため、高齢者保護という目的があっても、本人の意思を尊重することが基本になります。
本人同意なしで提供できる場合
一方、個人情報保護法には、本人の同意がなくても第三者へ個人データを提供できる例外があります。
代表的なのが、法令に基づく場合や、人の生命、身体または財産の保護のために必要があり、本人の同意を得ることが困難な場合などです。
例えば、特殊詐欺によって高齢者が多額の財産を失う危険が差し迫っているにもかかわらず、本人の認知機能が低下して意思確認が難しい場合が考えられます。
問題は、実際の金融機関の現場で、どこまでが本人同意なしの情報提供を認められるケースなのか判断しにくいことです。
顧客保護のために地域包括支援センターへ相談したいと思っても、個人情報保護法に抵触することを懸念して情報提供をためらう可能性があります。
そこで重要になるのが、金融機関がどのような場合に福祉機関へ情報を提供できるのかについて、具体的な考え方を明確にすることです。
認知機能の低下が情報共有を難しくする
認知機能が低下している高齢者の場合、本人同意を得るという通常の手続きそのものが難しくなることがあります。
金融機関の職員が福祉機関への相談を勧めても、本人が必要性を理解できない場合があります。
さらに特殊詐欺では、本人自身が詐欺に遭っていることを認識していないケースもあります。
犯人から銀行員や家族には話さないよう指示され、金融機関の職員による説得を拒否することも考えられます。
このような場合に本人同意を絶対的な条件とすると、被害を防ぐための支援につなげられない可能性があります。
本人の意思を尊重する原則を維持しながら、本人の財産を守るために必要な例外をどう設けるかが課題になります。
銀行はどこまで情報を提供するのか
本人同意なしの情報共有が認められるとしても、金融機関が保有するすべての情報を福祉機関へ提供するという意味ではありません。
重要になるのが必要最小限という考え方です。
例えば、地域包括支援センターへ相談するために必要なのが、本人の氏名や連絡先、金融機関の窓口で確認された異変などであれば、それを超えて詳細な預金残高や過去の取引履歴まで提供する必要があるのかを慎重に判断する必要があります。
情報を提供する目的も明確にしなければなりません。
特殊詐欺などから本人の財産を守るためなのか、認知機能の低下を踏まえて生活支援につなげるためなのかによって、必要となる情報は異なります。
情報共有を可能にすることと、情報を無制限に共有することは別の問題です。
金融機関だけでは高齢者を支えきれない
銀行員が認知機能の低下を疑ったとしても、銀行は医療機関や福祉機関ではありません。
認知症かどうかを診断することも、その人の日常生活を継続的に支援することも金融機関だけでは困難です。
だからこそ、金融機関が異変を発見する入口となり、地域包括支援センターなどの専門機関へつなぐ仕組みが重要になります。
福祉機関につながれば、本人の生活状況などを確認したうえで、必要に応じて成年後見制度や日常生活自立支援事業などの利用を検討できます。
金融機関が福祉サービスを提供するのではなく、金融機関が持つ情報をきっかけとして専門的な支援につなげるという役割分担です。
高齢者保護とプライバシーをどう両立するのか
今後の制度で最も重要になるのが、高齢者保護とプライバシーのバランスです。
情報共有の範囲を広げすぎれば、高齢者の自己決定権を損なう可能性があります。
反対に、個人情報保護を厳格に考えすぎれば、特殊詐欺などの被害を防げる場面でも金融機関が動けなくなります。
そのため、どのような状況なら本人同意なしの情報提供が認められるのか、提供先をどこまで認めるのか、提供できる情報をどこまでとするのかといった具体的なルールが重要になります。
さらに情報を受け取る自治体や福祉機関側にも、適切な情報管理が求められます。
情報を提供する側だけでなく、受け取る側まで含めた仕組みとして考える必要があります。
金融機関が地域の見守り役になる
今回の動きには、金融機関の役割そのものが変化しているという側面もあります。
銀行や信用金庫は、地域の高齢者と定期的に接点を持つ数少ない機関の一つです。
預金の引き出しや振り込みといった金融行動には、その人の生活の変化が表れることがあります。
これまでは金融機関内部で詐欺被害を防ぐことが中心でしたが、今後は異変を福祉機関へつなぎ、地域全体で高齢者を支える役割も期待されるようになります。
金融と福祉がそれぞれ保有する情報や専門性を適切につなげることが、超高齢社会における新しい見守りの仕組みになっていきます。
結論
個人情報の第三者提供では、本人の同意を得ることが原則です。
しかし、認知機能が低下した高齢者が特殊詐欺などによって財産を失う危険がある場合には、本人の同意を得ること自体が難しいケースがあります。
そこで金融機関が一定の場合に本人同意なしで地域包括支援センターなどへ情報をつなげられる仕組みを明確にすることが重要になります。
ただし、高齢者を守るという目的だけで無制限な情報共有が認められるわけではありません。
本人の意思をできる限り尊重しながら、必要な場合に、必要な相手へ、必要な範囲の情報だけを提供することが基本になります。
高齢者の財産を守ることと個人情報を守ることを対立させるのではなく、両方を実現するためのルールを整えることが、金融と福祉の連携を進めるうえで重要になります。
参考
日本経済新聞 2026年8月18日朝刊 高齢者の詐欺被害防止、金融機関と福祉連携 本人同意なしで情報共有