認知機能が低下してくると、買い物や預金の引き出し、公共料金の支払い、福祉サービスの契約など、これまで自分で行っていた日常的な手続きが難しくなることがあります。
こうした人を支援する制度としてよく知られているのが成年後見制度ですが、判断能力が低下したからといって、すぐに成年後見制度を利用するとは限りません。
本人が契約内容を理解できる程度の判断能力を持っている段階から、福祉サービスの利用や日常的な金銭管理を支援する仕組みがあります。
それが日常生活自立支援事業です。
金融機関と福祉機関の連携が進めば、銀行などが高齢者の異変に気付き、この事業を含む適切な支援につなげることも重要になります。
日常生活自立支援事業の仕組み
日常生活自立支援事業は、認知症高齢者や知的障害者、精神障害者などのうち、判断能力が十分ではない人が地域で自立した生活を送れるよう支援する仕組みです。
都道府県や指定都市の社会福祉協議会を実施主体として、地域の社会福祉協議会などが具体的な支援を担います。
特徴は、本人との契約に基づいて支援することです。
支援を受ける人と社会福祉協議会などが話し合い、どのような援助が必要なのかを整理して支援計画を作成します。
そのうえで契約を結び、定期的な訪問などを通じて生活を支えていきます。
本人が自分だけですべてを判断することは難しくなっていても、制度の内容を理解し、契約する意思を確認できることが利用するうえで重要になります。
福祉サービスを利用する手続きを支援する
日常生活自立支援事業の中心となる支援の一つが、福祉サービスを利用するための援助です。
高齢になると、介護保険サービスをはじめ、さまざまな福祉サービスを利用する機会が増えます。
しかし、どのサービスを利用すればよいのか分からなかったり、契約内容を理解することが難しくなったりすることがあります。
そこで、福祉サービスについての情報提供を受けたり、利用手続きを手伝ってもらったり、利用しているサービスについて苦情がある場合の手続きを支援してもらったりします。
本人に代わってすべてを決めるのではなく、本人が自分の生活について決められるよう手助けすることが基本です。
制度の名称にある自立支援という言葉には、この考え方が表れています。
日常的な金銭管理とは何か
高齢者にとって特に重要なのが日常的な金銭管理の支援です。
認知機能が低下すると、毎月どの程度のお金を使っているのか分からなくなったり、公共料金の支払いを忘れたりすることがあります。
預金通帳をどこに置いたのか分からなくなり、何度も再発行するようなケースも考えられます。
日常生活自立支援事業では、日常生活に必要なお金について支援を受けることができます。
例えば、年金などの受領に必要な手続き、税金や社会保険料、公共料金、医療費、家賃などの支払い、預金の払い戻しや預け入れなどです。
生活費を銀行から引き出す手続きを支援してもらうこともあります。
自分のお金を自分の生活のために適切に使えるように支援する仕組みと考えると分かりやすいでしょう。
通帳や重要書類の管理も支援する
高齢者の財産を守るためには、お金そのものだけでなく、通帳や証書などの管理も重要です。
日常生活自立支援事業では、必要に応じて預金通帳などの重要な書類を預かる支援も行われます。
認知機能が低下すると、通帳や印鑑などの保管場所が分からなくなることがあります。
また、訪問販売などで不要な契約を繰り返したり、周囲の人に財産を不適切に利用されたりする危険もあります。
重要書類を適切に管理することは、こうした財産上のトラブルを防ぐことにもつながります。
さらに、定期的に支援者が本人と接すること自体が見守りになります。
生活状況に大きな変化がないか、金銭管理が以前より難しくなっていないかなどを継続的に確認できるからです。
成年後見制度との違い
日常生活自立支援事業と成年後見制度は、判断能力が十分ではない人を支援するという点では共通しています。
しかし、仕組みは大きく異なります。
日常生活自立支援事業は、本人と社会福祉協議会などとの契約によって利用します。
そのため、本人が制度の内容を理解し、契約を結べる程度の判断能力を持っていることが前提になります。
一方、成年後見制度のうち法定後見制度は、本人の判断能力が不十分になった場合に家庭裁判所の手続きを通じて後見人などを選ぶ仕組みです。
成年後見人などには、本人の状況に応じて財産管理や法律行為について代理権などが与えられます。
日常生活自立支援事業は、本人の代わりに幅広い財産管理を行う制度ではありません。
日常生活に必要な範囲を中心として、本人自身が生活を続けられるよう支援する仕組みです。
成年後見を使う前から利用できる
両制度の違いを理解するうえで重要なのが、本人の判断能力です。
例えば、軽度の認知症によって公共料金の支払いを忘れるようになったものの、説明を受ければ支援内容を理解し、自分で契約する意思を示せる高齢者がいるとします。
この段階では、日常生活自立支援事業によって必要な支援を受けながら地域で生活を続けられる可能性があります。
その後、認知症が進行し、契約内容そのものを理解することが難しくなれば、日常生活自立支援事業だけでは対応できなくなる場合があります。
その場合には成年後見制度の利用を検討することになります。
日常生活自立支援事業と成年後見制度は単純な二者択一ではありません。
本人の判断能力や必要な支援の内容に応じて、適切な制度を選ぶことが重要です。
どのような高齢者が利用できるのか
日常生活自立支援事業は、認知症高齢者であれば誰でも利用する制度というわけではありません。
重要なのは、判断能力が十分ではないため日常生活に支援が必要である一方、事業の契約内容については理解できることです。
例えば、お金の管理に不安が出てきた一人暮らしの高齢者や、福祉サービスの利用手続きを自分だけで進めることが難しくなった人などが考えられます。
医学的に認知症と診断されていることだけで利用の可否が決まるものでもありません。
実際の生活でどのような困りごとがあり、本人が契約内容を理解できるかという点が重要になります。
利用を希望する場合には、地域の社会福祉協議会などへ相談し、本人の状況や必要な支援について確認していくことになります。
金融機関との連携が重要になる
日常生活自立支援事業と金融機関の連携は、高齢者の財産を守るうえで重要になります。
銀行や信用金庫は、高齢者のお金の使い方の変化に気付きやすい立場にあります。
突然多額の現金を引き出すようになった、公共料金の引き落としができなくなった、通帳を何度も紛失するようになったといった変化です。
こうした状況が必ず認知機能の低下を意味するわけではありません。
しかし、金融機関が異変に気付き、必要に応じて地域包括支援センターなどの福祉機関につなぐことができれば、日常生活自立支援事業の利用を検討するきっかけになります。
詐欺被害が起きてから対応するのではなく、日常的なお金の管理が難しくなった段階から支援につなげることに意味があります。
高齢者の自己決定を支える制度
日常生活自立支援事業で大切なのは、高齢者から財産管理の権限を取り上げることを目的とした制度ではないという点です。
本人ができることは本人が行い、難しい部分を支援します。
認知機能が少し低下しただけで、家族や第三者がすべてのお金を管理することになれば、本人の自己決定を必要以上に制限する可能性があります。
高齢者の財産を守ることと、高齢者自身が自分の生活を決めることは、どちらも重要です。
日常生活自立支援事業は、その両方を実現するための制度の一つといえます。
結論
日常生活自立支援事業は、認知症などによって判断能力が十分ではない人が、地域で自立した生活を続けられるよう支援する仕組みです。
福祉サービスの利用援助だけでなく、預金の払い戻しや公共料金の支払いなどの日常的な金銭管理、重要書類の管理、定期的な見守りなどを受けることができます。
成年後見制度との大きな違いは、本人との契約を基本としていることです。
本人が契約内容を理解できる段階であれば、成年後見制度を利用する前から必要な支援を受けられる可能性があります。
金融機関と福祉機関の連携が進めば、銀行などが高齢者のお金の使い方の変化に気付き、早い段階でこうした支援につなげることも可能になります。
高齢者の財産を守るためには、判断能力を完全に失ってから対応するだけではなく、日常的なお金の管理に不安が生じた段階から支えることが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年8月18日朝刊 高齢者の詐欺被害防止、金融機関と福祉連携 本人同意なしで情報共有