J REIT市場では、保有する不動産の価値に比べて投資口価格が低い状態が続いています。
9日時点では、上場する58銘柄すべてのNAV倍率が1倍を下回っていました。
これほど割安なのであれば、外部の投資家がREITを買収し、保有不動産の価値を実現しようと考えても不思議ではありません。
ところが、日本ではREITの買収や再編がそれほど活発ではありません。
その背景には、投資法人、資産運用会社、スポンサーというJ REIT特有の構造があります。
割安なREITはなぜ買収対象になるのか
NAV倍率は、REITの市場価格と純資産価値を比較する指標です。
NAV倍率が1倍を下回っていれば、市場では純資産価値より低い価格で評価されていることになります。
例えば、1口当たりNAVが10万円なのに投資口価格が8万円なら、NAV倍率は0.8倍です。
理論上は10万円の純資産価値があるものを市場では8万円で取得できる状態です。
この割安さが大きくなれば、投資家が投資口を大量に取得しようとする可能性があります。
株式会社であれば、資産価値や収益力に比べて株価が極端に低い企業が買収対象になることがあります。
同じ考え方はREITにもあります。
TOBとは何か
大量の投資口を取得する方法の1つがTOBです。
TOBは公開買い付けと呼ばれます。
買い手が価格や期間、取得予定数などの条件を示し、市場外で投資家から投資口を買い集める仕組みです。
通常は市場価格より高い価格を提示して、投資家に売却を促します。
この市場価格への上乗せ部分が買収プレミアムです。
投資家にとっては、現在の市場価格より高く売却できる可能性があります。
一方、買い手は多数の投資口をまとめて取得できます。
2025年に起きたREITへのTOB
2025年には、シンガポールの投資ファンドである3Dインベストメント・パートナーズが、NTT都市開発リート投資法人と阪急阪神リート投資法人へのTOBを相次いで発表しました。
目的は純投資とされました。
NAV倍率が低いREITに注目し、市場価格より高い価格で投資口を取得しようとした動きです。
しかし、買い付けはいずれも成立しませんでした。
買収プレミアムが6パーセントから7パーセント程度にとどまり、投資主にとって十分な価格ではないと受け止められた面があります。
それだけでなく、日本のREIT特有のスポンサー制度も大きく関係しました。
スポンサーが投資口を買うとどうなるのか
日本のREITでは、不動産会社や鉄道会社などのスポンサーが重要な役割を持っています。
スポンサーは資産運用会社への出資などを通じてREITと強い関係を持っています。
そしてスポンサー自身がREITの投資口を取得することもできます。
外部の投資家がTOBによって投資口を集めようとしたとき、スポンサー側が投資口を買い増せば、外部投資家が必要な投資口を集めることが難しくなります。
一般企業でいえば、安定株主が株式を買い増すような側面があります。
この仕組みが外部からの買収に対する強い防御力を持つことがあります。
投資法人を買えば終わりではない
普通の株式会社を買収する場合、株式を取得して経営権を握れば、その会社の従業員や事業などを一体として支配できます。
REITでは構造が違います。
投資法人は不動産を保有する箱に近い存在です。
投資法人自身には通常の事業会社のような従業員がおらず、資産運用を外部の資産運用会社へ委託しています。
さらに、その資産運用会社にはスポンサーが出資している場合があります。
そのため、投資口を大量に取得しただけで、資産運用会社やスポンサーまで自動的に取得できるわけではありません。
不動産を保有する投資法人と、その運用を担う会社が分かれていることが、一般企業のM&Aとは異なる難しさを生みます。
スポンサーの垣根を越えた再編が難しい
J REITでは、スポンサー企業とREITが一体的なグループとして運営されているケースが多くあります。
スポンサーからREITへ物件を供給する仕組みもあります。
そのため、別のスポンサー系列のREITと統合しようとすると、単純に投資法人同士を合併するだけでは済まない場合があります。
どの資産運用会社が運用するのか。
どのスポンサーが物件を供給するのか。
既存の契約をどうするのか。
こうした問題を整理する必要があります。
この構造がスポンサーの垣根を越えた再編を難しくする一因になっています。
米国ではなぜM&Aが活発なのか
米国のREIT市場では、日本よりM&Aや非公開化が活発です。
市場から低く評価されるREITがあれば、他のREITや投資ファンドなどが買収することがあります。
割安なREITが買収されて市場から退出する一方、新しい成長分野のREITが登場します。
こうした新陳代謝が市場の成長につながってきました。
米国REITの時価総額は2020年以降で2割超増えています。
市場全体が固定された銘柄構成のまま残るのではなく、買収、統合、非公開化、新規参入などによって姿を変えてきたことが特徴です。
買収されないことは投資家にとって良いのか
スポンサーが外部からの買収を防ぐことには、投資家にとってメリットもあります。
短期的な利益だけを目的とする買い手によって、長期的に価値のあるREITが解体されることを防げる可能性があります。
スポンサーとの長期的な関係を維持することで、優良物件の供給を受け続けられる場合もあります。
一方、割安な状態が長期間放置されるという問題もあります。
市場価格がNAVを大幅に下回っていても買収や再編が起こらなければ、割安さを解消する市場の力が働きにくくなります。
投資主にとっては、資産価値が高くても投資口価格に反映されない状態が続く可能性があります。
割安でも放置される市場の問題
市場には本来、価格を修正する仕組みがあります。
極端に割安な企業があれば投資家が買います。
それでも割安なら、買収や経営改革を求める投資家が現れることがあります。
その結果、企業が資産を売却したり、事業を再編したり、場合によっては非公開化されたりします。
こうした動きによって割安状態が修正されます。
しかし、外部からの買収が難しい市場では、この価格修正機能が弱くなる可能性があります。
J REITでNAV倍率1倍割れが常態化している背景を考えるうえで、この点は重要です。
安定と新陳代謝のどちらを重視するのか
日本のREIT市場は、安定した分配金を重視する市場として成長してきました。
スポンサー企業との長期的な関係も、その安定を支えてきました。
一方、金利が上昇した現在では、安定した分配金だけでは投資家を引き付けにくくなっています。
成長力や資本効率も求められます。
そのため、スポンサーによる安定をどこまで維持し、M&Aによる市場の新陳代謝をどこまで促すのかが重要な課題になります。
市場創設時に強みだった仕組みを、そのまま維持するだけでよいとは限らなくなっています。
結論
J REITがNAV倍率1倍割れでも簡単に買収されない背景には、日本独特の市場構造があります。
投資法人は不動産を保有する箱であり、実際の資産運用は外部の資産運用会社が担います。
さらに、その背後には不動産会社や鉄道会社などのスポンサーが存在します。
外部投資家が投資口を大量に取得しても、資産運用会社やスポンサーまで自動的に取得できるわけではありません。
スポンサー自身が投資口を買い増すこともできます。
こうした仕組みはJ REIT市場の安定を支えてきました。
一方で、割安なREITが買収や再編によって市場から退出する新陳代謝を弱める可能性があります。
NAV倍率1倍割れが常態化している現在、単に割安なREITを探すだけではなく、その割安さを解消する仕組みが市場に存在するのかを見ることが重要です。
市場創設25年を迎えたJ REITには、スポンサーによる安定とM&Aによる新陳代謝をどう両立させるのかという新しい課題が突きつけられています。
参考
日本経済新聞 2026年9月15日 朝刊 不動産高騰でもREIT低迷
日本経済新聞 2026年9月15日 朝刊 よろい脱ぎ、時代に合った変革を