人生100年時代を迎え、私たちは「何歳まで働くべきか」という問いに改めて向き合う必要があります。
かつては60歳で定年を迎え、その後は年金と貯蓄で悠々自適に暮らすことが理想とされていました。しかし、平均寿命が延び、物価が上昇し、老後の生活期間が長期化する現在、その常識は大きく変わりつつあります。
2026年10月11日付の日本経済新聞では、72歳の作家、林真理子氏が70代の生き方について語っています。
印象的なのは、70代を単なる老後ではなく、仕事や人間関係を通じて成長できる貴重な時間として捉えていることです。
林氏は、経済的に余裕があっても働き続けることに意味があり、仕事やボランティアを通じて社会から必要とされることが生きがいにつながると指摘しています。
この考え方は、これから60代、70代を迎える人だけでなく、現役世代にも重要な示唆を与えています。
今回は、70代の働き方、老後資金、夫婦関係、友人づきあい、社会参加という5つの視点から、人生100年時代の新しい生き方を考えてみます。
70代は人生の終盤ではなく新しい成長期
日本は65歳以上の人口が全体の約3割を占める超高齢社会です。
一方で、高齢者の働き方は大きく変化しています。
内閣府の2024年度調査によると、収入を伴う仕事をしている人の割合は次のとおりです。
65歳から69歳では59%、70歳から74歳でも44%に達しています。
つまり、70代前半でも約4割の人が働いているのです。
さらに、働けるうちはいつまでも働きたいと考える人も2割を超えています。
かつて70歳といえば、仕事から完全に引退していることが一般的でした。しかし現在では、70歳を過ぎても働くことは特別な選択ではなくなりつつあります。
ここで重要なのは、働く目的が変わることです。
現役時代は生活費や住宅ローン、教育費などを賄うために働くことが中心だったかもしれません。
しかし70代では、収入だけでなく、社会とのつながりや自己実現のために働くという選択が可能になります。
仕事を通じて新しい知識を身につけ、若い世代と交流し、自分の経験を社会に還元することができます。
年齢を重ねても成長できるという実感は、人生の充実感を高める大切な要素になるでしょう。
70歳で貯蓄を取り崩すのは早いのか
老後の働き方を考えるうえで避けて通れないのがお金の問題です。
一般的には、現役時代に貯蓄を積み上げ、退職後は年金と貯蓄の取り崩しによって生活するという考え方が基本です。
しかし、人生100年時代には、この資金計画を見直す必要があります。
例えば、70歳から100歳まで生きるとすれば、その期間は30年間です。
毎月10万円を貯蓄から取り崩す場合、年間120万円、30年間では3,600万円が必要になります。
毎月15万円なら年間180万円、30年間で5,400万円です。
もちろん、実際には年金収入、運用収益、物価上昇、医療費、介護費などによって必要な金額は変わります。
それでも、老後が30年間続く可能性を考えると、70歳は決して資産管理の最終段階とはいえません。
ここで注目したいのが、働き続けることによる資産寿命の延長効果です。
例えば、70歳から75歳まで毎月10万円の収入を得られたとします。
年間120万円、5年間で600万円の収入になります。
この収入を生活費に充てれば、その分だけ貯蓄の取り崩しを抑えることができます。
さらに、資産を運用している場合には、取り崩しを遅らせることで運用を継続できる可能性もあります。
ただし、税金や社会保険料の負担、年金の支給調整なども考慮する必要があります。
重要なのは、70歳になったら必ず貯蓄を取り崩すという固定観念を持たないことです。
健康状態や生活環境に応じて、働く期間と資産を使う期間を柔軟に設計することが大切です。
70代の仕事は収入より社会とのつながりが重要
70代で働き続けるメリットは、経済面だけではありません。
むしろ、社会とのつながりを維持できることに大きな価値があります。
長年働いてきた人が退職すると、生活環境は一変します。
毎日出勤していた職場がなくなり、同僚や取引先との交流も減少します。
仕事を通じて得ていた役割や責任が失われ、自分が社会から必要とされていないと感じる人もいるでしょう。
こうした状況を避けるためには、退職後も何らかの社会的役割を持つことが重要です。
例えば、企業の顧問、専門知識を生かした相談業務、地域活動、ボランティア、オンライン講師などが考えられます。
特に、長年の実務経験を持つ人にとって、専門知識を若い世代や中小企業に伝えることは有意義な活動です。
経理、税務、金融、法務、人事、営業などの経験は、現役を退いたからといって価値がなくなるわけではありません。
むしろ、長年蓄積してきた経験を必要としている企業や個人は少なくありません。
ただし、70代では現役時代と同じ働き方を続ける必要はありません。
週5日勤務から週3日勤務へ移行する方法もあります。
対面業務を減らし、オンラインで相談を受ける働き方も可能です。
重要なのは、仕事の量ではなく、自分の能力を無理なく発揮できる環境を確保することです。
定年後の夫婦関係は依存から自立へ
老後の生活を考えるうえで、夫婦関係も大きな課題になります。
現役時代、夫は仕事、妻は家庭や地域社会という役割分担をしてきた夫婦では、定年退職をきっかけに生活のバランスが崩れることがあります。
夫は退職後、妻と旅行したり、一緒に過ごしたりする時間を楽しみにしているかもしれません。
一方、妻はすでに友人関係や趣味、地域活動など、自分自身の生活基盤を築いている場合があります。
このような夫婦間の意識の違いが、定年後のストレスにつながることがあります。
林氏が提案する考え方の一つが、婚姻関係を維持しながら、それぞれが自立した生活を送る卒婚です。
卒婚は法律上の制度ではありません。
夫婦が互いの生活や価値観を尊重し、必要以上に干渉しない関係を築くという考え方です。
ただし、卒婚がすべての夫婦に適しているわけではありません。
生活費の負担、財産管理、住居、介護、相続などについて、夫婦間で十分に話し合う必要があります。
特に、別居を伴う場合には、生活費や住居費が増加する可能性もあります。
老後の夫婦関係で大切なのは、常に一緒にいることではなく、お互いが自分の時間を持ちながら支え合えることではないでしょうか。
夫婦それぞれが仕事や趣味、友人関係を持つことは、結果として良好な関係を維持することにもつながります。
年下の友人を持つことが老後の世界を広げる
年齢を重ねると、人間関係が固定化しやすくなります。
現役時代の同僚や学生時代の友人など、同世代との交流が中心になることも多いでしょう。
しかし、同世代だけの人間関係には限界があります。
加齢とともに健康上の問題を抱える人が増え、友人との別れを経験する機会も多くなるためです。
そこで重要になるのが、世代を超えた交流です。
林氏は、10歳程度年下の友人との交流を勧めています。
年下の人と交流することで、新しい価値観や情報に触れることができます。
仕事の進め方、デジタル技術、趣味、文化など、若い世代から学べることは数多くあります。
一方、高齢者には長年の経験や知識があります。
若い世代にとっても、人生経験の豊富な人との交流は有益です。
つまり、世代間交流は一方的に教える関係ではなく、互いに学び合う関係なのです。
ただし、年長者が過去の実績や地位を強調すると、対等な人間関係を築くことが難しくなります。
大企業の役員だった人も、管理職だった人も、退職後の地域社会では一人の生活者です。
肩書や年収ではなく、人柄や好奇心、相手への配慮によって人間関係を築くことが重要です。
老後に必要なのはプライドよりも柔軟性
現役時代に高い地位や収入を得ていた人ほど、退職後の生活に適応することが難しい場合があります。
仕事上の肩書がなくなっても、以前と同じように周囲から扱われることを期待してしまうからです。
しかし、老後の人間関係では、過去の地位や収入は必ずしも重要ではありません。
むしろ、相手の話を聞く姿勢や、年齢に関係なく学ぼうとする態度が大切になります。
また、経済面でも見えを張らないことが重要です。
現役時代と同じ生活水準を維持しようとして、無理な支出を続ければ、老後資金の減少につながります。
例えば、友人から高額な旅行に誘われたとしても、予算に合わなければ断って構いません。
無理をして参加するよりも、自分の経済状況に合った交流を続ける方が長続きします。
大切なのは、見えを張ることと自尊心を持つことを区別することです。
自分の価値を他人の評価や消費水準で測らないことが、精神的にも経済的にも安定した老後につながります。
70代でも新しいことに挑戦する意味
年齢を重ねると、新しいことに挑戦する機会が減少しがちです。
しかし、70代になっても新しい経験を積み重ねることは可能です。
林氏は68歳で日本大学の理事長に就任し、大学運営という新しい仕事に取り組みました。
その経験を通じて、70代になっても自分自身が成長したと語っています。
この事例から学べるのは、年齢を理由に挑戦を諦める必要はないということです。
もちろん、すべての人が70代で大きな組織の経営を担えるわけではありません。
しかし、挑戦の規模は問題ではありません。
新しい資格の勉強を始めることも、趣味の教室に通うことも、地域活動に参加することも立派な挑戦です。
これまで経験してこなかった分野に触れることで、生活に新しい刺激が生まれます。
また、仕事や学習を通じて達成感を得ることは、日々の生活に目的を与えてくれます。
ただし、健康状態や体力には個人差があります。
働き続けること自体を目的にするのではなく、自分に合った活動を選ぶことが大切です。
65歳から70歳までの5年間が重要になる
人生100年時代の働き方を考えると、65歳から70歳までの5年間は重要な準備期間になります。
この時期に何をするかによって、70代以降の生活が大きく変わる可能性があります。
例えば、60代前半まで企業に勤務し、65歳から専門知識を生かした仕事に移行する方法があります。
最初は小規模な相談業務やオンライン講師などから始め、経験を積み重ねていくことが考えられます。
65歳から70歳までの5年間で顧客との信頼関係を築くことができれば、70代でも無理のない範囲で仕事を継続しやすくなります。
また、この期間に仕事以外の人間関係を広げることも重要です。
会社の人間関係だけに依存していると、退職後に交流が急減する可能性があります。
趣味や地域活動、学習などを通じて、新しい人間関係を築いておくことが望ましいでしょう。
さらに、健康管理も欠かせません。
70代で働き続けるためには、体力や健康状態に応じた生活習慣を整える必要があります。
適度な運動、十分な睡眠、栄養バランスの取れた食生活など、日々の積み重ねが重要になります。
70代になってから突然生き方を変えるのではなく、60代から少しずつ準備することが現実的です。
働き続けることと年金制度の関係
70代まで働く場合には、公的年金制度との関係も理解しておく必要があります。
老齢基礎年金と老齢厚生年金は、原則65歳から受給できます。
一方、受給開始を66歳以降に繰り下げることも可能で、75歳まで繰り下げた場合には年金額が最大84%増加します。
ただし、繰下げ受給がすべての人に有利とは限りません。
健康状態、配偶者の年齢、加給年金、税金、社会保険料などによって有利不利が変わるためです。
また、70歳未満で厚生年金に加入して働く場合には、在職老齢年金制度による支給調整が生じる可能性があります。
2026年4月からは、在職老齢年金の支給停止調整額が月額65万円に引き上げられました。
これにより、従来よりも働きながら老齢厚生年金を受給しやすくなっています。
なお、70歳以降は原則として厚生年金の被保険者ではなくなりますが、一定の要件に該当する場合には、在職老齢年金による支給調整の対象となります。
したがって、70代まで働く場合には、給与収入だけでなく、年金受給額や税負担も含めて総合的に判断することが重要です。
単純に年収だけを比較するのではなく、世帯全体の可処分所得や資産寿命を考える必要があります。
人生100年時代は仕事と余暇の境界が変わる
これまでの人生設計は、教育、就職、退職という3つの段階で考えられることが一般的でした。
若い時期に学び、現役時代に働き、退職後は余暇を楽しむという考え方です。
しかし、人生100年時代には、この区分が必ずしも適切ではなくなります。
60代で新しい仕事を始める人もいれば、70代で大学に通う人もいます。
80代になっても地域活動や創作活動を続ける人もいるでしょう。
仕事と学習、余暇、社会貢献を組み合わせる生き方が、今後ますます重要になると考えられます。
例えば、週3日は仕事をし、週2日は趣味や学習に充て、残りの日は家族や友人との時間を楽しむという生活も可能です。
仕事を完全にやめるか、現役時代と同じように働くかという二者択一ではありません。
自分の健康状態や経済状況に合わせて、働く時間や役割を調整していくことが大切です。
また、十分な資産がある人にとっても、仕事や社会活動には意味があります。
収入を得る必要がなくても、社会との接点を持ち続けることは、生活に張り合いを与えてくれます。
一方で、健康上の理由などから働けない人もいます。
その場合でも、家族との交流や趣味、地域活動などを通じて、自分なりの役割を持つことができます。
重要なのは、働いているかどうかだけで人生の価値を判断しないことです。
結論
人生100年時代において、70代は単なる余生ではなく、新しい可能性を追求できる重要な時期です。
林真理子氏の言葉から読み取れるのは、年齢を重ねても好奇心を失わず、仕事や人間関係を通じて社会とつながり続けることの大切さです。
特に重要なのは、経済的な自立、社会的な役割、良好な人間関係という3つの要素です。
経済的な自立は、生活の選択肢を広げます。
社会的な役割は、自分が必要とされているという実感につながります。
良好な人間関係は、日々の生活を豊かにし、困難なときの支えにもなります。
そして、この3つを支える基盤が健康です。
70代まで働き続けることは、老後資金の確保という経済的な意味だけでなく、社会参加や自己実現という観点からも価値があります。
ただし、働くことを義務と考える必要はありません。
仕事を続ける自由もあれば、仕事を離れて新しい活動に取り組む自由もあります。
大切なのは、年齢によって自分の可能性を狭めないことです。
60歳で定年を迎える時代から、65歳、70歳、さらには75歳まで、自分に合った形で社会と関わり続ける時代へと変わりつつあります。
そのためには、60代から仕事、お金、健康、夫婦関係、友人関係を総合的に考え、準備を進める必要があります。
人生100年時代の理想は、単に長く生きることではありません。
何歳になっても自分の役割を持ち、学び続け、人とのつながりを大切にしながら、自分らしく生きることではないでしょうか。
70代を人生の終わりに向かう時間と捉えるのではなく、これまでの経験を生かして新しい価値を生み出す時間と考える。
その発想の転換こそが、これからの長寿社会を豊かに生きるための重要な鍵になると思います。
参考
日本経済新聞 2026年10月11日付 「70代こそ働くのをやめるな 作家・林真理子氏『卒婚も選択肢に』」
内閣府 令和6年度高齢者の経済生活に関する調査
日本年金機構 在職老齢年金制度および年金の繰下げ受給に関する制度資料