長い間、日本では銀行にお金を預けてもほとんど利息がつかない状態が続いてきました。
預金金利がどの金融機関でも極めて低ければ、わざわざ口座を移すメリットはそれほど大きくありません。
ところが日本銀行が2024年3月にマイナス金利政策を解除し、日本は金利のある世界へ戻り始めました。
預金金利に差が生まれるようになると、金融機関を選ぶ基準も変わります。
これまで地域との関係を強みにしてきた信用金庫も、メガバンクやネット銀行との預金獲得競争にさらされることになります。
マイナス金利解除で預金の価値が変わった
日本では長期間にわたり超低金利が続きました。
預金金利がほぼゼロであれば、100万円をどの金融機関へ預けても受け取れる利息に大きな違いはありません。
そのため預金者にとっては、金利よりも店舗の近さや給与振込、公共料金の引き落としなどの利便性が重要でした。
金融機関側も、高い預金金利を提示して他行から預金を奪う必要性はそれほど高くありませんでした。
しかし、2024年3月に日本銀行がマイナス金利政策を解除すると状況が変わり始めます。
市場金利が上昇すれば、銀行は貸出金や有価証券などから得られる収益を増やせる可能性があります。
同時に預金者へ支払う金利も引き上げる必要が出てきます。
預金にも価格があることを意識する時代が戻ってきたのです。
普通預金にも金融機関ごとの差が生まれる
普通預金は、日常的な支払いや給与受取などに使うためのお金です。
いつでも引き出せる利便性がある一方、一般的に定期預金より金利は低く設定されます。
超低金利時代には、この普通預金の金利差も極めて小さなものでした。
ところが金利が上昇すると、金融機関によって金利差が生まれやすくなります。
特定の条件を満たせば通常より高い金利を適用する銀行もあります。
100万円程度なら金利差による利息の違いは小さく感じるかもしれません。
しかし、1000万円や数千万円という資産を持つ人にとっては無視できない金額になることがあります。
預金者が金利を比較する動機が強くなるのです。
定期預金では金利競争がさらに分かりやすい
預金獲得競争が特に表れやすいのが定期預金です。
定期預金では、金融機関が一定期間資金を確保できる代わりに、普通預金より高い金利を提示するのが一般的です。
例えば、退職金や相続によってまとまったお金を受け取った人が1000万円を預ける場合を考えてみます。
金融機関によって金利が違えば、数年間で受け取る利息にも差が生じます。
金利差が大きくなるほど、昔から利用しているという理由だけで同じ金融機関に預け続ける必要性は低くなります。
スマートフォンで各金融機関の金利を簡単に比較できることも、預金者の行動を変えます。
金融機関を乗り換えるハードルも下がった
かつて金融機関を変更するには、店舗へ行って口座を開設することが一般的でした。
地方に住んでいれば、近所の銀行や信用金庫を利用するのが自然でした。
しかし現在では、スマートフォンから口座を開設できるネット銀行が増えています。
振り込みや定期預金の作成など、多くの手続きを店舗へ行かずに行うことができます。
預金者は自宅にいながら全国の金融機関を比較できるようになりました。
金融サービスでは、距離という壁が急速に低くなっているのです。
これは営業地域を基盤としてきた信用金庫にとって大きな環境変化です。
メガバンクは規模を生かして競争できる
メガバンクは全国的な顧客基盤を持ち、企業向け融資や海外事業、決済、資産運用など幅広い事業を展開しています。
金利上昇によって貸出金利が上昇すれば、利ざやが改善する可能性があります。
こうした収益力を背景として預金金利を引き上げれば、全国から資金を集めることができます。
また、地方に住んでいた人が東京へ移ったとしても、同じ銀行をそのまま利用できる場合があります。
相続によって地方の親から都市部の子どもへ資産が移る場合でも、全国規模の金融機関には資金を取り込みやすい面があります。
ネット銀行は店舗を持たず全国から預金を集める
信用金庫にとって、さらに特徴的な競争相手がネット銀行です。
ネット銀行は店舗網を大規模に維持する必要がありません。
金融サービスをインターネット中心で提供することで、店舗や人員などにかかる費用を抑えやすいという特徴があります。
その分を預金金利や各種サービスへ振り向けることができます。
しかも営業上、顧客との物理的な距離はほとんど問題になりません。
北海道に住んでいても沖縄に住んでいても、同じサービスを利用できます。
地方の信用金庫に預けられていたお金が、スマートフォンを通じて全国規模のネット銀行へ移ることも容易になっています。
信用金庫は地域との関係だけでは守れなくなる
信用金庫には長年築いてきた地域との信頼関係があります。
地元企業の経営者や高齢者にとって、顔を知っている職員に相談できることは大きな安心感があります。
これはネット銀行には簡単にまねできない強みです。
しかし、預金金利の差が大きくなれば、関係性だけで預金を維持することは難しくなる可能性があります。
特に相続によって預金の所有者が変わったときが問題です。
親は地元の信用金庫と数十年間付き合っていても、都市部に住む子どもにはその関係がありません。
子どもが金利や利便性を比較し、自分が使っているメガバンクやネット銀行へ相続資金を移す可能性があります。
金利上昇と相続は、信用金庫にとって別々の問題ではないのです。
高い預金金利を提示すれば解決するわけではない
それなら信用金庫も預金金利を大幅に引き上げればよいと思うかもしれません。
しかし、金融機関にとって預金金利は資金調達コストです。
高い金利で預金を集めても、その資金をさらに高い利回りで融資や有価証券運用に回せなければ利益は残りません。
特に地域の資金需要が弱く、預貸率が低い信用金庫では難しい問題になります。
預金を守るために金利を上げれば調達コストが増える。
一方、金利を上げなければ他の金融機関へ預金が流れる可能性がある。
金利のある世界では、このバランスを考えなければなりません。
信用金庫には金利以外の価値が必要になる
メガバンクやネット銀行と金利だけで競争することには限界があります。
そこで重要になるのが、地域密着という信用金庫本来の強みです。
中小企業の経営相談、事業承継、相続、遺言、資産承継など、顧客の事情を長期間把握しているからこそ提供できるサービスがあります。
特に高齢者から次世代への資産移転が増える時代には、預金者本人だけでなく家族との関係をつくることが重要になります。
金利だけならインターネットで比較できます。
一方、家族の事情や企業の歴史まで理解した金融サービスは、数字だけでは比較できません。
信用金庫がどこで競争するのかが、これまで以上に問われることになります。
結論
マイナス金利政策が解除され、日本が金利のある世界へ戻ると、預金をめぐる金融機関の競争も変わります。
普通預金や定期預金に金利差が生まれれば、預金者は金融機関を比較するようになります。
スマートフォンで簡単に口座を開設できるネット銀行の普及によって、地域という壁も低くなりました。
信用金庫にとって特に大きな問題になるのが相続です。
地方の親が信用金庫を長年利用していても、都市部に住む子どもが相続すれば、その資金がメガバンクやネット銀行へ移る可能性があります。
だからといって、信用金庫が預金金利だけで競争すれば、今度は調達コストが増えてしまいます。
金利のある世界で信用金庫に求められるのは、金利競争だけではありません。
地域の企業や住民との関係、相続や事業承継への支援など、金利では比較できない価値をどれだけ提供できるかが、預金を守るうえでも重要になっていくでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年9月10日 朝刊 信金の個人預金、初の2年連続減 昨年度