監査というと、公認会計士が会社の会議室で帳簿や決算書を確認している姿を想像するかもしれません。
しかし、監査は書類を見るだけの仕事ではありません。
帳簿に商品が100億円あると記録されていても、本当に倉庫に存在するとは限りません。
売上が計上されていても、本当に商品を引き渡しているとは限りません。
工事が完成したことになっていても、実際の現場では完成していない可能性があります。
だからこそ監査では、帳簿の数字と現実の状況が一致しているかを確認することが重要になります。
中国恒大集団の問題は、その意味を考えるうえで象徴的な事例です。
帳簿があるだけでは証拠として十分とは限らない
企業では膨大な取引が帳簿に記録されています。
監査人は当然、その帳簿を確認します。
しかし、帳簿は企業自身が作成したものです。
もし企業側が意図的に粉飾していれば、帳簿そのものが正しくない可能性があります。
架空の売上を入力する。
存在しない在庫を記録する。
完成していない工事を完成したことにする。
こうした処理が行われれば、帳簿だけを見ても不正を発見できない場合があります。
そこで監査では、帳簿とは別の証拠によって数字を裏付けることが重要になります。
在庫では実際に存在するかを確認する
分かりやすい例が棚卸資産です。
会社の帳簿に在庫が10億円計上されていたとします。
監査人が帳簿だけを確認して、
10億円と記録されているから10億円ある、
と判断することはできません。
本当に商品が存在するのかを確認する必要があります。
企業が行う棚卸しに監査人が立ち会い、実際の在庫の状況を確認することがあります。
帳簿に記録された数量と現物が一致しているか。
古くなって売れない商品が大量に残っていないか。
他社の商品を自社在庫として数えていないか。
現場を見ることで初めて分かることがあります。
現金や有価証券も帳簿だけでは確認しない
監査では現金や金融資産についても、企業内部の帳簿だけに頼るわけではありません。
例えば銀行預金であれば、金融機関など外部から得られる情報と照合する方法があります。
企業が作成した帳簿と、独立した第三者が持っている情報を比較するわけです。
もし会社の帳簿には100億円の預金があるのに、金融機関側の情報と一致しなければ重大な問題です。
監査証拠では、誰が作成した情報なのかも重要になります。
企業内部で作成された資料だけではなく、外部から得られる証拠を組み合わせることで信頼性を高めます。
売掛金では取引先に確認することがある
売上を計上すると、代金をまだ受け取っていない場合には売掛金が計上されます。
しかし架空売上であれば、売掛金も架空である可能性があります。
そこで監査では、取引先に残高などを確認する手続が利用されることがあります。
企業の帳簿には、
A社に1億円の商品を販売し、1億円の売掛金が残っている、
と記録されていたとします。
取引先側の情報と一致すれば、企業内部の帳簿だけを見るより強い裏付けになります。
反対に取引先が、
そのような取引はない、
と回答すれば、詳しい調査が必要になります。
書類がそろっていても安心できない場合がある
契約書、請求書、納品書などがすべてそろっていれば、取引は本物だと思いたくなります。
しかし不正が行われている場合、書類まで整えられていることがあります。
形式上の書類が存在することと、取引の実態が存在することは同じではありません。
例えば商品を販売した契約書があっても、実際には商品が動いていない可能性があります。
資金が動いていても、後から別の経路で戻っている可能性もあります。
監査では書類の形式だけではなく、取引の経済的な実態を見ることが重要になります。
不動産会社では現場確認の意味が大きい
不動産開発会社では、現場の状況が会計処理に大きく影響する場合があります。
建物がどこまで完成しているのか。
顧客へ引き渡せる状態なのか。
実際に工事が進んでいるのか。
こうした事実が売上計上などに関係することがあります。
帳簿上は完成したプロジェクトになっていても、実際の現場が大きく異なっていれば問題です。
そのため不動産会社の監査では、必要に応じて書類と実際の開発状況との整合性を確認することが重要になります。
恒大問題では帳簿と現場の違いが問題になった
中国当局がPwC中天に対して行った処分では、恒大の不動産開発案件に関する監査も問題とされました。
当局の指摘では、検査した開発案件のうち88%で監査記録と実際の状況が一致していなかったとされています。
さらに、実際には更地のような状態であるにもかかわらず、引き渡し可能な状態として扱われていたケースも指摘されました。
これが事実であれば、
書類上の説明と現実の状況をどこまで照合していたのか、
という重要な問題が生じます。
恒大問題が監査業界に与える教訓の1つは、帳簿や書類だけでなく、その裏側にある実態を確認する重要性です。
すべての現場を監査人が見るわけではない
それでは監査人は、企業のすべての工場、倉庫、店舗、建設現場を訪問するのでしょうか。
現実には困難です。
巨大企業では世界中に多数の拠点があります。
何万件、何十万件という取引が行われる企業もあります。
監査人がすべての取引や資産を直接確認することはできません。
そこで監査ではリスクを考えます。
金額が大きい場所。
不正リスクが高い取引。
前年と比べて異常な変化がある拠点。
重要な会計判断に関係する案件。
こうした重要性やリスクを踏まえて、どこを重点的に確認するかを決めます。
異常が見つかれば確認範囲を広げる必要がある
監査では、最初に決めた手続だけを機械的に行えばよいわけではありません。
例えば複数の現場を確認したところ、帳簿と実態の不一致が相次いで見つかったとします。
それでも、
予定していた件数を確認したから終わり、
とするのは適切ではありません。
なぜ不一致が起きているのか。
他の現場にも同じ問題がないか。
企業側の説明は信頼できるのか。
監査手続を追加する必要はないか。
状況に応じて監査計画を見直す必要があります。
監査で重要なのは、異常な証拠が出てきたときにどう対応するかです。
デジタル化しても現場確認がなくなるとは限らない
企業の会計システムは急速にデジタル化しています。
監査でも大量の取引データを分析できるようになっています。
生成AIなどを活用する余地も広がっています。
しかし、データ分析だけですべてを確認できるとは限りません。
元になるデータ自体が虚偽であれば、精密に分析しても間違った結論になる可能性があります。
データでは完成している建物が、現実には完成していないかもしれません。
デジタル監査が発達するほど、
データと現実が一致しているのか、
という確認がむしろ重要になる場合があります。
監査証拠は組み合わせて判断する
監査では1つの証拠だけで結論を出すとは限りません。
帳簿。
契約書。
請求書。
外部確認。
現場の状況。
経営者への質問。
データ分析。
複数の証拠を組み合わせます。
そして証拠同士が矛盾していないかを確認します。
企業の説明と外部証拠が一致しない場合、その矛盾自体が重要な監査情報になります。
監査とは、書類に印鑑があるかを確認する仕事ではありません。
さまざまな証拠をつなぎ合わせて、財務諸表の数字が企業の実態を適切に表しているのかを検証する仕事なのです。
結論
監査法人は企業の帳簿や決算書だけを確認しているわけではありません。
帳簿は企業自身が作成するため、不正が行われていれば帳簿そのものが間違っている可能性があります。
そこで監査では、外部確認、現場確認、棚卸しへの立ち会いなど、さまざまな方法によって数字を裏付けます。
ただし、巨大企業のすべての取引や現場を確認することはできません。
重要性やリスクを考え、重点的に監査する必要があります。
そして異常が見つかれば、当初の監査計画に固執せず、確認範囲を広げることが重要です。
中国恒大問題で、監査記録と不動産開発現場の実態との違いが問題になったことは象徴的です。
帳簿に書かれている数字と現実の世界が本当に一致しているのか。
その確認こそ監査の重要な役割です。
次回は、粉飾決算で特に問題になりやすい売上について、架空売上や前倒し計上を監査でどのように見抜くのかを取り上げます。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 恒大不正、逃げられぬPwC