巨額の粉飾決算が発覚すると、
監査法人は何をしていたのか、
という批判が起こります。
監査を受けていた企業で粉飾が行われていたのであれば、当然の疑問です。
しかし、ここで重要なのは財務諸表を作る責任と、その財務諸表を監査する責任を分けて考えることです。
財務諸表を作成するのは企業の経営者です。
監査法人が企業の決算書を作っているわけではありません。
だからといって、監査法人には責任がないということでもありません。
経営者と監査法人には、それぞれ異なる責任があります。
財務諸表を作るのは経営者である
企業の売上高や利益、資産、負債などをまとめたものが財務諸表です。
その財務諸表を作成する責任を負うのは経営者です。
どの取引を売上として計上するのか。
資産をいくらで評価するのか。
将来発生する可能性のある損失をどの程度見積もるのか。
こうした判断を行い、会計基準などに従って財務諸表を作成するのは企業側です。
監査法人は財務諸表の作成主体ではありません。
まずこの役割分担を理解することが重要です。
粉飾を行った主体の責任がなくなるわけではない
例えば経営者が実際には存在しない売上を意図的に計上したとします。
あるいは本来計上すべき損失を隠したとします。
これは企業側が財務諸表を不適切に作成した問題です。
監査法人がその粉飾を発見できなかったからといって、粉飾を行った経営者の責任が監査法人へ移るわけではありません。
経営者には経営者の責任があります。
監査法人には監査法人の責任があります。
両者は別々に考える必要があります。
では監査法人は何に責任を負うのか
監査法人の役割は、企業が作成した財務諸表について監査を行い、監査意見を表明することです。
監査では、財務諸表に重要な虚偽表示がないかを合理的な保証を得られるように検討します。
そのために監査証拠を集めます。
帳簿を確認する。
契約書を見る。
取引先への確認を行う。
現場を確認する。
経営者への質問を行う。
データを分析する。
こうした監査手続を組み合わせて判断します。
監査法人の責任は、必要な監査を適切に実施することにあります。
粉飾を見逃しただけで責任が決まるわけではない
監査を受けていた企業から粉飾が発覚すると、
監査法人が見逃したのだから監査失敗だ、
と考えたくなります。
しかし、粉飾の発覚だけで監査法人の責任が自動的に決まるわけではありません。
監査は不正が絶対に存在しないことを保証する制度ではないからです。
特に経営者が意図的に不正を隠している場合、発見が難しくなることがあります。
文書を偽造する。
複数の人が口裏を合わせる。
取引の実態を複雑にする。
監査人に虚偽の説明をする。
こうした方法が使われれば、通常の誤りより発見は難しくなります。
重要なのは、監査法人がその状況で必要な監査手続を行っていたかどうかです。
経営者による不正ほど監査では重要になる
一方で、
経営者が巧妙に隠したのだから仕方がない、
と簡単に済ませることもできません。
経営者は企業内部で強い権限を持っています。
通常なら機能する内部統制を経営者自身が無視することも可能です。
部下に不適切な処理を指示することも考えられます。
そのため監査では、経営者による内部統制の無効化などの不正リスクを意識する必要があります。
経営者の説明をそのまま信じるのではなく、客観的な監査証拠によって裏付ける姿勢が重要になります。
売上は特に重要な監査項目になる
粉飾決算では売上高が問題になることが少なくありません。
売上を増やせば利益も大きく見せやすくなるからです。
実際には商品を引き渡していないのに売上を計上する。
翌期の売上を当期へ前倒しする。
実態のない取引を作る。
こうした方法が考えられます。
そのため監査では売上について不正リスクを慎重に検討する必要があります。
帳簿に売上が記録されているというだけでは十分ではありません。
本当に取引が存在するのか。
売上を計上できる条件を満たしているのか。
計上時期は正しいのか。
外部証拠と一致しているのか。
こうした点を確認します。
恒大問題では売上高の水増しが焦点になった
中国恒大集団では、2019年から2020年に総額5640億元、日本円で約13兆円の売上高が水増しされたとされています。
金額の大きさだけを見ても極めて重大な問題です。
中国当局はPwC中天についても、恒大の監査をめぐって処分しました。
報道によると、当局が調べた恒大の不動産開発案件では、監査記録と実際の状況が一致しないものが多数あったとされています。
何も建っていない土地について、引き渡し可能な状態として扱われていたケースも指摘されています。
こうした問題では、企業側がなぜその売上を計上したのかという責任と、監査人がその売上について十分な監査証拠を得ていたのかという責任を分けて考える必要があります。
現場を見る意味がある
不動産会社の売上を考える場合、帳簿や契約書だけでは分からないことがあります。
書類上では完成しているように見えても、実際の建設状況が違うかもしれません。
引き渡し可能とされていても、現場では工事が終わっていない可能性もあります。
そこで現場確認が重要になる場合があります。
監査では書類だけでなく、必要に応じて実際の状況と照合することが重要です。
帳簿と現実が一致しているか。
これを確認することが監査の基本の1つです。
責任はゼロか100かではない
粉飾決算が発覚した場合、
経営者が悪いのか、
監査法人が悪いのか、
という二者択一で考えるのは適切ではありません。
経営者が意図的に粉飾を行っていたのであれば、まず企業側の責任が問題になります。
同時に監査法人が必要な監査を怠っていたのであれば、監査法人の責任も別に問題になります。
取締役やその他の関係者の責任が問われることもあります。
複数の主体にそれぞれ異なる責任が存在する可能性があるのです。
監査法人は経営者の代わりではない
監査制度について誤解しやすいのが、
監査法人が監査しているのだから経営者の数字は監査法人が保証している、
という考え方です。
監査法人が経営者に代わって財務諸表を作成しているわけではありません。
もし監査法人自身が財務諸表を作り、その財務諸表を自分で監査すれば、独立したチェックになりません。
財務諸表を作る人。
それを監査する人。
役割を分けるからこそ、監査制度には意味があります。
結論
粉飾決算が発覚したとき、経営者と監査法人のどちらか一方だけに責任があると考えるのは適切ではありません。
財務諸表を作成する責任は経営者にあります。
経営者が意図的に架空売上を計上したり、損失を隠したりしたのであれば、その責任が監査法人へ移るわけではありません。
一方、監査法人には企業が作成した財務諸表を適切に監査する責任があります。
重要な虚偽表示のリスクを検討し、必要な監査証拠を集め、職業的懐疑心を持って判断しなければなりません。
企業が財務諸表を作る。
監査法人が独立した立場からそれを検証する。
この役割分担によって資本市場の信用が支えられています。
中国恒大問題でも重要なのは、粉飾を行った企業側の責任と、監査を行った側の責任を混同せず、それぞれについて具体的な事実を確認することです。
次回は、監査法人は企業の現場をどこまで確認するのか、書類だけでは粉飾を見抜けない理由を取り上げます。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 恒大不正、逃げられぬPwC