会計不正で利益を実態より大きく見せる方法は、売上高を増やすことだけではありません。
もう一つの代表的な方法が、本来その期に計上すべき費用を将来へ先送りすることです。
日本公認会計士協会が粉飾決算と判断した事例でも、売上高の過大計上と並んで費用の繰り延べが目立っています。
では、なぜ費用を将来へ繰り延べると利益が増えるのでしょうか。
その仕組みを理解するポイントが「費用」と「資産」の違いです。
費用の繰り延べとは何か
費用の繰り延べとは、本来は当期の費用として処理すべき支出などを、資産として計上することなどによって将来の期間へ先送りすることです。
利益は基本的に、収益から費用を差し引いて計算します。
例えば売上高が100億円、費用が90億円なら利益は10億円です。
ところが、本来90億円ある費用のうち5億円を当期の費用にせず資産として処理すれば、当期の費用は85億円になります。
すると帳簿上の利益は15億円になります。
会社が実際に稼ぐ力が強くなったわけではありません。
費用を将来へ移したことで、当期の利益が5億円増えて見えているだけです。
費用と資産は何が違うのか
費用の繰り延べを理解するには、費用と資産の違いを知る必要があります。
費用は、企業が収益を得るために消費した経済的な価値を表します。
人件費、広告宣伝費、家賃などが分かりやすい例です。
一方、資産は将来の企業活動に経済的な便益をもたらすと考えられるものです。
現金、売掛金、商品、建物、機械などがあります。
例えば1000万円の機械を購入した場合、その機械を数年間使用するのであれば、購入した年に1000万円をすべて費用にするのではなく、まず固定資産として計上し、耐用年数に応じて減価償却費として費用化していきます。
つまり、支出した金額がすぐ費用になるとは限りません。
ここに会計上の判断が必要になります。
支出を資産にすると当期利益が増える
例えば企業がシステム開発に1億円を支出したとします。
その1億円を当期の費用として処理すれば、当期利益は1億円減ります。
一方、一定の要件を満たし資産として計上できる場合には、当期に全額を費用化せず、その後の期間にわたって費用として配分することになります。
問題になるのは、本来は費用にすべきものまで不適切に資産として計上する場合です。
そうすると当期の費用が少なくなり、利益が大きくなります。
貸借対照表では資産が増え、損益計算書では費用が減るため利益が増えるという二つの変化が同時に起こります。
費用を先送りしても消えるわけではない
費用の繰り延べで注意したいのは、費用そのものが消滅するわけではないことです。
本来費用であるものを資産として計上した場合、その資産は将来どこかで費用化されたり、損失処理が必要になったりします。
つまり、現在の利益を良く見せる代わりに、将来へ負担を送っていることになります。
この点は売上高の前倒し計上と似ています。
翌期の売上を今期に前倒しすれば、翌期の売上がその分少なくなります。
費用を翌期以降へ繰り延べれば、翌期以降の費用が増える可能性があります。
今期だけ数字を良く見せようとすると、翌期はさらに厳しくなることがあるのです。
なぜ費用を繰り延べたくなるのか
背景には業績目標へのプレッシャーがあります。
例えば会社が100億円の利益目標を掲げていたのに、決算直前の見込みが95億円だったとします。
本来費用にすべき5億円を資産として処理できれば、帳簿上は100億円の利益目標を達成できます。
もちろん、適切な会計基準に従って資産計上すること自体には問題ありません。
問題なのは、利益目標を達成するために会計処理を意図的にゆがめることです。
株価への影響、金融機関との関係、経営者の評価、賞与などが過度なプレッシャーとなれば、不適切な会計処理を行う動機につながる可能性があります。
会計上の判断が必要な領域は注意が必要
費用と資産の区分には、単純に判断できないものもあります。
研究開発、ソフトウエア、設備に対する支出などでは、取引の内容や会計基準に基づいた判断が必要になります。
こうした領域では、経営者の判断が決算数字に影響することがあります。
そのため監査人は、単に「会社が資産として処理したから正しい」と考えるのではなく、資産計上の要件を満たしているのかを監査証拠に基づいて確認します。
金額が大きければ、わずかな会計判断の違いでも利益に大きな影響が出る可能性があります。
投資家は資産の急増にも注目する
個人投資家が決算書を見る場合にも、費用の繰り延べという視点は役立ちます。
利益が急激に伸びている企業では、損益計算書だけでなく貸借対照表も確認することが重要です。
特定の資産が急増していないかを見る方法があります。
さらにキャッシュフロー計算書を見ることも有効です。
会計上は利益が増えていても、現金が同じように増えているとは限りません。
利益の伸びと営業キャッシュフローの動きが長期間大きく異なっている場合には、その理由を確認する必要があります。
ただし、資産が増えたことや利益とキャッシュフローに差があることだけで、不正と判断することはできません。
成長企業では設備投資や事業拡大によって資産が増えることもあります。
重要なのは、不自然な変化があれば理由を確認することです。
監査では資産計上の根拠を確認する
監査人は、企業が費用ではなく資産として計上した項目について、その会計処理が適切なのかを確認します。
契約書や請求書などの証憑だけではなく、支出の内容や資産計上の根拠なども検討します。
さらに、いったん資産として計上されたものについても、その価値が維持されているとは限りません。
事業環境が悪化すれば、固定資産などについて減損を検討する必要が生じます。
資産計上の段階だけでなく、その後の評価まで含めて確認する必要があるのです。
結論
費用の繰り延べとは、本来その期に計上すべき費用を資産として処理することなどによって、将来へ先送りすることです。
費用を減らせば、その分だけ当期利益を大きく見せることができます。
しかし、費用そのものがなくなるわけではありません。
将来の減価償却や損失処理などを通じて、後の期間に負担が表面化する可能性があります。
だからこそ企業分析では、売上高や利益だけではなく貸借対照表やキャッシュフロー計算書も合わせて見ることが重要です。
利益が急増している一方で特定の資産が大きく増えているなら、なぜ増えたのかを確認するという視点が役立ちます。
粉飾決算は、存在しない売上を作る方法だけで行われるわけではありません。
本来あるはずの費用を決算書から一時的に見えにくくすることでも、利益は大きく見えてしまいます。
利益を見るときには「売上が増えたのか」だけでなく「費用が適切に計上されているのか」という反対側から見ることも大切なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月12日 朝刊 監査報告書、不正リスク記載