企業の株主総会では、誰が株式を保有し、誰が議決権を行使するのかが重要です。しかし、株主名簿に記載されている株主と、実際に投資判断や議決権行使を指図する株主が一致しない場合があります。
こうした問題に対応するため、政府は「実質株主」の情報開示を強化する会社法改正を検討しています。
2026年10月28日、法務省は法制審議会の部会に新たな制度案を提示しました。注目されるのは、実質株主に関する情報開示の求めに応じない場合、一定の条件の下で議決権を停止できる仕組みです。
政府は2027年の通常国会への会社法改正案の提出を目指しています。
今回の制度改正は、企業と機関投資家の関係だけでなく、株主提案、企業買収、アクティビストの活動、企業統治のあり方にも影響する可能性があります。
実質株主とは何か
実質株主とは、株主名簿上の名義人とは異なり、実質的に株式を保有し、議決権の行使を指図する権限を持つ投資家などを指します。
通常、個人投資家が証券会社を通じて国内上場株式を購入した場合、制度上の手続きを通じて株主としての権利を行使できます。
一方、国内外の機関投資家は、株式の保管や管理を専門の金融機関に委託することが一般的です。
こうした金融機関を「カストディアン」と呼びます。
カストディアンは株式の保管、決済、配当金の受領、議決権行使に関する事務などを担います。
この場合、株主名簿にはカストディアンなどの名義が記載され、実際に投資判断を行う機関投資家の名前が直接表示されないことがあります。
企業から見ると、株主名簿を確認しても、最終的に誰が議決権行使を指図しているのか把握しにくい構造になっています。
カストディアンの巨大化と株主構造の変化
実質株主の把握が重要になっている背景には、機関投資家による株式保有の拡大があります。
日本を代表する資産管理専門銀行である日本マスタートラスト信託銀行の資産管理残高は、2026年6月末時点で1,000兆円を超えました。
2025年3月時点と比較して約30%増加しています。
ただし、この残高には株式以外の資産も含まれており、すべてが日本企業の株式というわけではありません。
また、東京証券取引所などが公表した2025年度の株式保有比率では、国内外のカストディアンを含む「信託銀行」と「外国法人など」の合計が5割を超えています。
もっとも、これらの区分がすべて実質株主と名義株主の不一致を示しているわけではありません。
重要なのは、株式保有の国際化と資産管理の専門化によって、企業が株主名簿だけから投資家の実態を把握することが難しくなっている点です。
情報開示義務化の基本的な仕組み
今回検討されている制度では、企業が実質株主に関する情報の提供を求めた場合、名義上の株主に一定の開示義務を課す方向です。
情報提供義務に違反した場合には、過料を科す仕組みも検討されています。
過料は行政上の秩序罰であり、刑事罰としての罰金とは異なります。
制度の目的は、企業が実際の投資家を把握し、建設的な対話を進めやすくすることです。
例えば、株主名簿上では同じカストディアンが大量の株式を保有していても、その背後には長期保有を目的とする年金基金、短期的な収益を重視する投資ファンド、企業統治の改善を求める投資家などが存在する可能性があります。
企業がこうした違いを把握できれば、投資家ごとの関心に応じた説明や対話を進めやすくなります。
ただし、情報開示の範囲、対象者、手続き、違反時の対応については、今後の法制審議会での検討が必要です。
議決権停止が検討される2つの場面
今回の制度案で特に注目されるのが、情報開示に応じない場合の議決権停止です。
法務省が示した案では、議決権停止の対象となり得る場面として、主に2つの事例が挙げられています。
1つ目は、株主提案または臨時株主総会の招集請求を行う場合です。
株主提案は、一定の要件を満たす株主が、株主総会で議案を取り上げるよう求める制度です。
取締役の選任、配当政策、定款変更など、企業経営に重要な影響を及ぼす提案が行われることがあります。
2つ目は、委任状勧誘を目的として株主名簿の閲覧・謄写を請求する場合です。
委任状勧誘とは、株主総会で自らの意向に沿った議決権行使を実現するため、他の株主から議決権行使の委任を受けようとする活動です。
企業の経営権を巡る争いなどで重要な役割を果たします。
これらはいずれも、企業経営や支配権に影響する可能性がある行為です。
そのため、実質的に誰が行動しているのかを企業が把握する必要性が高いと考えられています。
ただし、現時点では制度案であり、これらの行為を行った株主の議決権が自動的に停止されると決まったわけではありません。
株主の権利制限と企業統治のバランス
議決権は、株主が企業経営に参加するための基本的な権利です。
そのため、情報開示に応じないことを理由に議決権を停止する制度には慎重な検討が必要です。
例えば、株主が企業の経営方針に問題を感じ、改善を求める株主提案を行ったとします。
その際、情報開示の手続きに不備があったという理由だけで議決権を停止できるとすれば、正当な株主活動を萎縮させる可能性があります。
一方、実質的な支配者を明らかにしないまま、企業の経営権に重大な影響を与える活動を認めることにも問題があります。
企業の透明性を高めることと、株主の権利を適切に保護することの両立が求められます。
法制審議会でも、議決権停止の対象や条件について意見が分かれています。
今後は、開示請求の合理性、回答期限、情報開示が困難な場合の取り扱い、議決権停止の範囲などが重要な論点になると考えられます。
アクティビストへの影響
今回の制度改正は、アクティビストと呼ばれる物言う株主の活動にも影響する可能性があります。
アクティビストは、企業に対して資本効率の改善、株主還元の拡充、経営陣の交代、事業再編などを求める投資家です。
株主提案や委任状勧誘は、こうした活動で用いられる重要な手段です。
実質株主の情報開示が強化されれば、企業は株主提案の背後にいる投資家の実態を把握しやすくなる可能性があります。
また、複数の投資家が共同して企業に働きかける場合にも、関係者の把握が重要になることがあります。
ただし、アクティビストの活動自体が問題なのではありません。
経営陣に対する適切な監視や企業価値向上への提案は、企業統治にとって重要な役割を果たします。
制度改正によって正当な株主活動まで過度に制約されないようにすることが必要です。
大量保有報告制度との違い
実質株主の情報開示制度を理解するうえでは、既存の大量保有報告制度との違いも重要です。
大量保有報告制度は、原則として上場会社などの株券等保有割合が5%を超えた場合に、保有者が一定の情報を開示する仕組みです。
その後も保有割合の重要な変動などについて変更報告が求められます。
一方、今回検討されている実質株主の把握制度は、株主名簿上の名義人と実質的な議決権行使の指図者が異なる場合などに、企業がその実態を把握できるようにするものです。
大量保有報告制度が市場全体に対する情報開示を中心とするのに対し、実質株主の把握制度は企業と株主の関係を明確にする役割を持ちます。
両制度は目的や対象が異なるものの、企業の支配構造を透明化するという点では共通しています。
今後は、制度間の整合性や情報開示の重複負担にも配慮する必要があります。
企業の実務対応と今後の課題
制度が導入された場合、上場企業では株主対応や株主総会運営の実務が変わる可能性があります。
特に重要になるのは、実質株主の情報を取得するための社内体制です。
企業の法務部門、総務部門、IR部門などが連携し、情報開示請求の判断や回答内容の確認を行う必要が生じると考えられます。
また、海外の機関投資家が関係する場合には、複数のカストディアンを経由して株式が保有されていることもあります。
情報取得に時間がかかる場合や、海外の法制度との調整が必要になる場合も想定されます。
議決権停止が制度化されれば、株主総会における議決権数の集計や決議の有効性にも影響する可能性があります。
そのため、議決権停止の要件を明確にし、企業が恣意的に運用できない仕組みを整備することが重要です。
制度の実効性だけでなく、実務負担と法的安定性の確保も欠かせません。
結論
実質株主の情報開示制度は、日本企業の株主構造を透明化し、企業と投資家の建設的な対話を促進するための重要な改革です。
機関投資家による株式保有が拡大し、株式の保管や管理が複雑化するなか、株主名簿だけでは実際の議決権行使の指図者を把握しにくくなっています。
今回検討されている議決権停止制度は、情報開示義務の実効性を高める一方、株主の基本的な権利を制限する可能性があります。
そのため、企業の支配に関わる重要な場面に対象を限定し、正当な株主活動を妨げない制度設計が求められます。
企業統治の本来の目的は、経営陣と株主の対立を深めることではなく、企業価値の持続的な向上を実現することです。
実質株主の透明性向上が、単なる規制強化に終わらず、企業と投資家の信頼関係を深める仕組みになることが期待されます。
参考
日本経済新聞 2026年10月29日 朝刊「実質株主、情報非開示なら議決権停止案 株主提案時など条件を限定」
日本経済新聞「実質株主とは 株主名簿に記載されず、議決権保有」