東京都心のマンション価格が高騰するなか、東京都千代田区が分譲マンションの短期転売を抑制するため、事業者に対して5年間の転売禁止を要請しました。
1億円を超える「億ション」が珍しくなくなった都心部では、住宅が生活の基盤であると同時に、投資対象として売買される傾向が強まっています。
今回の要請は、行政が民間の不動産取引に踏み込む異例の対応です。
一方で、所有者の財産権との関係や、転勤・相続などによる売却への対応、住宅価格の高騰を本当に抑えられるのかという課題もあります。
税理士・FPの視点から、短期転売の仕組み、現行の譲渡所得税制、規制強化の影響、そして住宅購入者が考えるべきポイントを整理します。
千代田区が求める5年間の転売禁止
千代田区は、三菱地所レジデンスなどが関わるマンション建て替え事業について、分譲後5年間の転売を禁止する措置を求めました。
対象となる事業は、約100戸の既存マンションを約200戸に建て替える計画で、2030年に着工し、2036年に完成する予定です。
計画地は都内有数の高級住宅街に位置し、東京都の制度によって容積率の緩和を受けます。
容積率の緩和は、一定の条件のもとで建築可能な床面積を増やす仕組みです。事業者にとっては収益性を高める効果があります。
行政による規制緩和の恩恵を受ける以上、住宅の投機的な取引を抑えることにも協力してほしいという考え方です。
千代田区は今後、市街地再開発事業など行政との調整が必要な案件について、同様の要請を行う方針です。
ただし、今回の措置は法律による一律の転売禁止ではありません。
行政から事業者への要請であり、法令上の強制力を持つものではない点が重要です。
都心マンションで進む短期転売
千代田区が規制強化に踏み込む背景には、マンションの短期転売が増加している実態があります。
東京カンテイの調査によると、千代田区における築5年以内のマンションの転売率は、2025年に5%近くとなり、前年から約1ポイント上昇しました。
物件によっては、短期転売された住戸が10〜20%を占めるケースもあります。
さらに、千代田区の居住実態調査では、所有者が居住していないとみられる住戸が6割を超えるマンションも確認されています。
もっとも、所有者が住んでいないことだけで投機目的と判断することはできません。
賃貸住宅として利用されている場合や、家族が居住している場合、転勤によって一時的に空室となっている場合もあります。
問題となるのは、住宅を居住目的ではなく短期間の値上がり益を得るために取得し、繰り返し売買する取引です。
こうした需要が集中すると、実際に住みたい人が購入しにくくなる可能性があります。
現行税制でも短期転売には重い税負担
不動産の短期転売に対しては、すでに税制上の抑制措置が設けられています。
個人が土地や建物を売却した場合、譲渡所得は給与所得などとは分離して課税されます。
所有期間によって税率が異なり、短期譲渡所得には長期譲渡所得より高い税率が適用されます。
具体的には、売却した年の1月1日時点で所有期間が5年以下の場合、短期譲渡所得となります。
税率は所得税30%、住民税9%で、復興特別所得税を含めると合計39.63%です。
一方、同じ基準日で所有期間が5年を超える場合は長期譲渡所得となり、所得税15%、住民税5%、復興特別所得税を合わせて20.315%です。
短期譲渡所得の税率は、長期譲渡所得の約2倍となります。
注意したいのは、購入日から単純に5年経過すれば長期譲渡所得になるわけではないことです。
売却した年の1月1日時点で判定するため、実際には購入から5年を超えていても短期譲渡所得になる場合があります。
また、この税率区分は原則として個人の譲渡所得に関するものであり、法人による売却には同じ仕組みがそのまま適用されるわけではありません。
2億円のマンションでも短期転売で利益が残る現実
千代田区の試算では、2億円で購入したマンションを1年後に売却すると、不動産市況に基づく価格上昇率13%を前提として、売却価格は2億2,600万円になります。
単純な売却価格と購入価格の差額は2,600万円です。
ここから仲介手数料などの諸経費や譲渡所得税を差し引いても、約750万円の利益が残るとされています。
もちろん、すべてのマンションが1年間で13%値上がりするわけではありません。
購入時期や立地、建物の条件、市場環境によって価格は変動します。
それでも、高額物件では価格上昇率が比較的小さくても、金額として大きな利益が生じる可能性があります。
例えば、2億円の物件が5%上昇すれば、価格差は1,000万円です。
短期譲渡所得に約40%の税率が適用されても、取得費や譲渡費用を考慮した課税所得が十分に残れば、税引き後の利益を確保できる場合があります。
税率が高いことと、投資として採算が合わないことは同じではありません。
この点が、現行税制だけでは短期転売を十分に抑制できないとする議論につながっています。
転売禁止と財産権の難しい関係
5年間の転売禁止には、法律上の課題があります。
日本国憲法第29条は財産権を保障しています。
不動産を購入した人には、原則として所有する不動産を売却する自由があります。
もちろん、財産権は無制限ではなく、公共の福祉に適合するよう法律によって制約される場合があります。
しかし、住宅価格の高騰を理由として、所有者の売却を長期間制限することには慎重な制度設計が必要です。
例えば、購入後に転勤や転職が決まる場合があります。
離婚、相続、病気、住宅ローンの返済困難などによって、やむを得ず売却するケースも考えられます。
こうした事情まで一律に禁止すれば、生活上の問題が生じかねません。
また、売買契約に転売禁止特約を設けたとしても、所有権移転後の売却を完全に防止できるとは限りません。
契約違反が発生した場合の損害賠償請求や違約金など、民事上の対応が中心となる可能性があります。
規制の実効性を確保するためには、禁止対象や例外事由、違反時の措置を明確にする必要があります。
税制による短期転売抑制の可能性
千代田区は、政府・与党との連携を通じて税制面からの転売抑制も目指しています。
考えられる方向性の一つは、短期譲渡所得に対する税負担の引き上げです。
現行の39.63%という税率をさらに高くすれば、短期転売による税引き後利益は減少します。
ただし、税率引き上げには慎重な検討が必要です。
投機目的の売却と、生活上やむを得ない売却を税制上どのように区別するかという問題があります。
また、税率を引き上げても、それ以上に住宅価格が上昇すれば、投機的な取引が続く可能性があります。
法人による売買や、不動産を保有する会社の株式売却など、取引形態によって税負担が異なる点にも注意が必要です。
税制を活用する場合には、課税の公平性だけでなく、制度の抜け道を防ぐ仕組みも求められます。
なお、具体的な税率引き上げや新たな課税制度が決定したわけではありません。
現段階では、制度改正の方向性を議論している状況です。
空室税と住宅の有効活用
短期転売への課税とは別に、居住実態のない住宅に着目する動きもあります。
神戸市では、中心部の分譲マンションなどを対象として、居住実態のない住戸への課税が検討されています。
いわゆる「空室税」です。
住宅を購入しても利用せず、値上がりを待つだけの保有を抑制することが狙いです。
ただし、空室と投機は必ずしも一致しません。
相続した住宅の整理に時間がかかっている場合や、海外赴任中に住宅を維持している場合もあります。
空室税を導入する場合には、課税対象の判定、居住実態の確認、例外措置などが重要になります。
また、税負担を増やすことによって、住宅が賃貸市場に供給される効果も期待されますが、実際の効果は税額や対象範囲によって変わります。
住宅を保有すること自体への課税と、短期間で売却することへの課税は、目的と効果を分けて考える必要があります。
マンション価格高騰の原因は投機だけではない
住宅価格の高騰を考えるうえでは、短期転売だけに注目することは適切ではありません。
都心部では、建設資材価格や人件費の上昇によって建築費が増加しています。
用地取得費も高く、再開発事業では権利調整や建設期間の長期化によって事業コストが膨らみます。
さらに、利便性の高い地域では新規住宅の供給余地が限られています。
こうした構造的な供給制約が、価格上昇の背景にあります。
仮に短期転売を抑制できたとしても、建築費や土地価格が高止まりすれば、新築マンション価格が大幅に下落するとは限りません。
一方、投機的な購入需要が減少すれば、抽選倍率や販売価格の過熱を和らげる効果は考えられます。
重要なのは、投機抑制と住宅供給の拡大を組み合わせて考えることです。
住宅購入者が確認すべきポイント
今後、転売禁止特約が広がる場合、住宅購入者にも影響が及びます。
特に確認したいのは、購入後の売却自由度です。
転売禁止期間が設定されている場合、転勤や介護などによる住み替えが必要になった際の対応を確認する必要があります。
売却だけでなく、賃貸への転用が認められるかどうかも重要です。
また、住宅ローンを利用する場合には、将来の金利上昇や収入減少を想定した返済計画が欠かせません。
住宅は長期保有を前提とする資産ですが、人生の変化によって売却が必要になることもあります。
購入価格だけでなく、管理費、修繕積立金、固定資産税、都市計画税などの保有コストも考慮する必要があります。
税理士・FPの立場からは、住宅の購入を値上がり期待だけで判断することは避けるべきだと考えます。
居住価値、資金計画、売却可能性を総合的に検討することが重要です。
結論
千代田区による5年間のマンション転売禁止要請は、住宅を投機対象として扱う動きに対して、行政が踏み込んだ対応を示したものです。
現行の短期譲渡所得税率は39.63%と高いものの、都心の高額物件では税引き後にも相応の利益が残る場合があります。
そのため、契約による転売制限に加えて、税制を通じた抑制策が議論されています。
ただし、住宅価格の高騰には建築費上昇や供給不足など複数の要因があります。
短期転売を禁止するだけで、住宅価格の問題が解決するわけではありません。
また、財産権の保障や生活上必要な売却への配慮も欠かせません。
今後の制度設計では、投機的な取引を抑えながら、一般の住宅購入者の自由や生活を過度に制限しない仕組みが求められます。
住宅は投資資産である前に、人々の暮らしを支える生活基盤です。
住宅市場の健全性を確保するためには、短期的な値上がり益を目的とする需要への対応と、実際に住む人が購入できる住宅供給の両立が重要になります。
参考
日本経済新聞 2026年10月29日 朝刊「億ション5年転売禁止、千代田区が事業者に迫る『踏み絵』 税制も議論」
国税庁「土地や建物を売ったとき」
日本国憲法第29条