大企業の多くは、一つだけではなく複数の事業を展開しています。
例えば、製造業であれば自動車、電子部品、住宅、金融サービスなど、まったく異なる分野の事業を同じ企業グループの中で持っていることがあります。
しかし、すべての事業に同じように資金や人材を投入し続けることが、必ずしも企業全体の成長につながるとは限りません。
成長している事業がある一方で、市場が縮小している事業や、利益は出ていても十分な収益性を確保できていない事業もあります。
そこで重要になるのが事業ポートフォリオという考え方です。
どの事業を伸ばすのか、どの事業を維持するのか、そしてどの事業を売却するのかを考え、限られた経営資源を効率よく配分する仕組みです。
事業ポートフォリオとは何か
ポートフォリオという言葉は、投資の世界でもよく使われます。
投資家が株式や債券など複数の資産を組み合わせて保有することを資産ポートフォリオといいます。
事業ポートフォリオも考え方は似ています。
企業が持っている複数の事業を一つの組み合わせとして捉えます。
例えば、ある企業が次の四つの事業を持っているとします。
自動車事業
電子部品事業
住宅事業
金融事業
この企業にとって、この四つの事業の組み合わせが事業ポートフォリオです。
重要なのは、単にどんな事業を持っているかを見るだけではありません。
それぞれの事業がどれくらい利益を生んでいるのか、今後どれくらい成長するのか、どれだけの資本を使っているのかといった点まで分析します。
そのうえで企業全体として最も効率的な事業構成を考えます。
主力事業とは何か
事業ポートフォリオを考えるとき、まず重要になるのが主力事業です。
主力事業とは、現在の企業の売上や利益を支えている中心的な事業です。
例えば、売上高1兆円の企業があるとします。
その内訳が、
主力事業6000億円
成長事業2000億円
その他の事業2000億円
だったとします。
この場合、現在の企業を支えているのは6000億円を稼ぐ主力事業です。
主力事業から生み出される利益やキャッシュが、設備投資や研究開発、新規事業への投資などの原資になります。
したがって企業は、主力事業の競争力を維持するために一定の経営資源を投入する必要があります。
ただし、現在の主力事業が将来も主力であり続けるとは限りません。
ここが事業ポートフォリオ経営の重要なところです。
成長事業とは何か
成長事業とは、現在の売上や利益はそれほど大きくなくても、将来的な市場拡大が期待される事業です。
例えばAI、半導体、ロボット、データセンター、次世代エネルギーなどは、企業によっては将来の成長事業として位置づけられます。
現在の売上が500億円しかなくても、将来3000億円、5000億円へ成長する可能性があるなら、企業は積極的に資金を投入するかもしれません。
研究開発費を増やすこともあります。
工場を建設することもあります。
企業を買収して技術や人材を取り込むこともあります。
つまり事業ポートフォリオ経営では、現在どれだけ稼いでいるかだけではなく、将来どれだけ企業価値を生み出せるかという視点も重要になります。
主力事業から成長事業へ資金を移す
企業の成長では、現在の主力事業で稼いだ資金を将来の成長事業へ移すことが重要になります。
例えば、主力事業が年間1000億円のキャッシュを生み出しているとします。
その1000億円をすべて主力事業へ再投資する必要があるとは限りません。
市場が成熟していて、大規模な追加投資をしても売上がそれほど増えないのであれば、一部を別の成長分野へ振り向けた方が企業全体の価値を高められる可能性があります。
500億円を既存事業へ投資し、残り500億円をAIや半導体などの成長事業へ投資するという判断も考えられます。
このように、企業内部で資金を移動させることも経営資源の再配分です。
低収益事業を抱えると何が問題なのか
事業ポートフォリオ改革で特に問題になるのが低収益事業です。
低収益事業というと赤字事業を想像しやすいですが、必ずしも赤字とは限りません。
利益を出していても、投入している資本に比べて利益が少なければ、資本効率の低い事業になります。
例えば二つの事業が、それぞれ年間10億円の利益を出しているとします。
A事業には100億円の資本を投入しています。
B事業には500億円の資本を投入しています。
利益だけを見ると、どちらも10億円です。
しかし、100億円を使って10億円を稼ぐ事業と、500億円を使って10億円を稼ぐ事業では資本効率が大きく違います。
B事業に投入している500億円を別の成長事業へ振り向けた方が、より大きな利益を生み出せる可能性があります。
黒字なら持ち続ければよいとは限らない
従来の企業経営では、赤字事業を撤退させるという考え方が中心になりがちでした。
しかし事業ポートフォリオ経営では、黒字か赤字かだけで判断しません。
重要なのは、その事業に投入している資金に見合った収益を上げているかです。
年間10億円の利益を出している事業でも、そのために1000億円もの資本を使っているのであれば、企業全体から見れば効率の悪い資金の使い方かもしれません。
さらに、その1000億円を別の事業へ投じれば年間100億円の利益を生み出せる可能性があるなら、低収益事業を持ち続けることによる機会損失も発生します。
そのため、黒字事業であっても売却対象になることがあります。
経営資源は資金だけではない
事業ポートフォリオ改革で再配分する経営資源は、お金だけではありません。
人材も重要な経営資源です。
例えば成長性の低い事業に優秀な技術者や営業担当者が大量に配置されていれば、新しい成長事業へ十分な人材を投入できません。
経営陣の時間も経営資源です。
多くの事業を抱える企業では、経営会議でそれぞれの事業について議論しなければなりません。
低収益事業の立て直しに経営陣が多くの時間を使えば、本来成長事業について考える時間が減ってしまいます。
設備、研究開発、人材、経営陣の時間などを含めて、限られた経営資源をどこへ集中させるかを考える必要があります。
事業を売ることも経営戦略になる
事業ポートフォリオ改革では、事業売却も重要な選択肢になります。
例えば企業が低収益事業を1000億円で売却したとします。
その売却によって得た資金を成長企業の買収や新工場の建設、研究開発などへ振り向けることができます。
つまり事業売却は単なる縮小ではありません。
古い事業から資金を回収し、新しい事業へ移すための手段でもあります。
今回、経済産業省が検討を求めている事業売却益への課税繰り延べも、この資金移動を促す政策と考えることができます。
事業を売ったときに多額の税金が発生すれば、その分だけ次の投資に使える資金が減ります。
そこで一定の条件を満たした再投資について課税を繰り延べ、企業が事業を入れ替えやすくしようとしているわけです。
事業ポートフォリオは定期的に見直す必要がある
企業を取り巻く環境は変化します。
かつて成長事業だったものが成熟事業になることがあります。
主力事業だったものが市場縮小によって低収益事業になることもあります。
反対に、小さな新規事業が急成長し、数年後には会社の主力になる場合もあります。
そのため事業ポートフォリオは一度決めれば終わりではありません。
それぞれの事業について、
現在どれだけ利益を生んでいるのか
どれだけの資本を使っているのか
市場は今後成長するのか
自社が保有する意味があるのか
さらに投資するべきなのか
売却するべきなのか
といった点を継続的に検討する必要があります。
企業経営は、どの事業を始めるかだけでなく、どの事業から撤退するかを決めることも重要なのです。
結論
事業ポートフォリオとは、企業が保有する複数の事業を一つの組み合わせとして捉え、どの事業を伸ばし、どの事業を維持し、どの事業を売却するかを考える仕組みです。
企業には資金、人材、設備、研究開発能力、経営陣の時間など限られた経営資源しかありません。
そのため、すべての事業へ均等に資源を配分するのではなく、将来大きな価値を生み出せる事業へ重点的に投入する必要があります。
ここで重要なのは、赤字事業だけが売却対象になるわけではないことです。
利益が出ている事業でも、多額の資本を使っている割に収益性が低ければ、その資金を別の成長事業へ振り向けた方が企業全体の価値を高められる可能性があります。
現在の主力事業で稼ぎ、その資金を将来の成長事業へ移し、必要であれば低収益事業を売却する。
事業ポートフォリオ経営とは、会社の中にある事業を固定されたものとして考えるのではなく、経営環境の変化に合わせて継続的に組み替えていく経営手法なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日朝刊 事業売却益に税優遇 経産省要望 成長分野へ投資が条件 ポートフォリオ改善促す