政府は2027年にも会社法を改正し、株主が企業に対して株主総会資料を書面で交付するよう請求できる制度を廃止する方針です。
一見すると、これは単に株主総会資料を紙からインターネットへ移すデジタル化の話に見えます。
しかし、その背景にはもっと大きな制度改革があります。
日本株を現在の100株単位から、欧米のように1株単位で売買できるようにする単元株制度の見直しです。
紙の総会資料をなくすことと、1株から株を買えるようにすることは、実は深くつながっています。
株主総会資料の書面交付請求とは何か
上場企業は株主総会を開く前に、株主に総会に関する情報を提供します。
資料には会社の業績や財務状況、事業報告、計算書類、監査報告、取締役の選任など株主総会で議決する議案が記載されています。
株主はこうした情報を確認したうえで、議案に賛成するか反対するかを判断します。
大企業の場合、資料が100ページを超えることもあります。
以前はこうした資料を紙で株主に郵送するのが一般的でした。
しかし、株主数が数10万人、数100万人規模になる企業では、印刷や封入、郵送に非常に大きな費用がかかります。
そこで会社法の改正によって導入されたのが、株主総会資料の電子提供制度です。
電子提供制度で何が変わったのか
2022年施行の改正会社法によって、上場企業には株主総会資料をインターネットで提供することが義務づけられました。
2023年3月以降に開催される株主総会から本格的に適用されています。
企業は総会資料をウェブサイトなどに掲載します。
そのうえで株主には、資料を見ることができるインターネット上の場所を記載したアクセス通知書と議決権行使書を郵送します。
つまり、分厚い総会資料そのものを郵送するのではなく、
総会資料はこちらで確認してください
という案内を送る仕組みに変わったわけです。
ところが、完全なペーパーレスにはなりませんでした。
なぜ現在も紙の資料が残っているのか
現在の会社法には、インターネットを利用することが難しい株主などに配慮した制度があります。
株主が企業に対して書面での交付を請求すれば、企業は総会資料を紙で郵送しなければなりません。
これが書面交付請求です。
制度としては高齢者などデジタル機器の利用が難しい株主を守る意味があります。
一方、企業側から見ると問題があります。
たとえ大部分の株主がインターネットで資料を読んでいても、一部の株主から書面交付請求が来る可能性があるため、紙の資料を作成して発送できる体制を残しておかなければならないからです。
個別の請求に対応する手間を避けるため、最初からすべての株主に紙の資料を送っている企業も少なくありません。
そのため、制度上は電子化されても、実務では紙が大量に残っています。
総会資料の完全電子化はなぜ進まなかったのか
東京証券取引所によると、2026年6月の株主総会でアクセス通知書だけを送付する方式に切り替えた企業は、全上場企業の8.6%にとどまりました。
一方、事業報告や計算書類、監査報告など資料一式を郵送する企業は47.4%でした。
アクセス通知書に加えてサマリー資料を送る企業も44.0%あります。
つまり電子提供制度が始まっても、多くの企業は何らかの紙資料を株主へ送り続けています。
政府が書面交付請求制度そのものを廃止しようとしているのは、この状況を変えるためです。
紙の総会資料にはどれくらい費用がかかるのか
株主総会資料の郵送は、上場企業全体で見ると巨大なコストになります。
東京証券取引所の2024年時点の調査では、株主総会書類などの郵送物は年間約2.2億件にのぼります。
重量では約1万4000トンです。
さらに郵便料金だけでも年間約300億円かかっていました。
これに印刷、封入、発送管理などの費用も加わります。
株主が増えれば増えるほど、企業の株主管理コストも増える構造になっています。
ここが単元株制度の問題につながります。
なぜ総会資料の電子化と単元株制度が関係するのか
現在、日本の上場株式は原則として100株を1単元として売買します。
株価が1万円なら、最低投資額は約100万円です。
これを1株単位にすれば、最低投資額は1万円まで下げられます。
個人投資家にとって株式投資のハードルは大幅に低くなります。
しかし、企業側から見ると単純に歓迎できる話ではありません。
1株から株主になれるようになれば、株主数が急増する可能性があるからです。
株主が増えるたびに紙の総会資料を郵送しなければならないとすると、企業のコストは大きく膨らみます。
そこで先に総会資料を電子化し、株主1人あたりの管理コストを下げようとしているわけです。
1株投資が広がると何が変わるのか
日本でも個人株主を増やそうとする動きはすでに広がっています。
代表的な方法が株式分割です。
株式を細かく分割すれば、1株あたりの株価が下がるため、100株単位の制度を維持したままでも最低投資額を引き下げられます。
NTTは2023年7月に1株を25株に分割しました。
2026年3月末時点の個人株主は295万人となり、3年前から4倍超に増えています。
株式の購入単価を下げることが、個人株主を増やす大きな効果を持つことが分かります。
一方で、株式分割だけでは限界があります。
単元株制度を撤廃すると最低投資額を根本的に下げられる
東京証券取引所は上場企業に対して、最低投資額を50万円未満にするよう求めてきました。
さらに個人投資家からは10万円台への引き下げを期待する声が多いとして、企業に対応を促しています。
それでも最低投資額が数100万円になる企業は残っています。
企業ごとに株式分割を求め続ける方法では限界があります。
そこで浮上するのが、そもそも100株単位で売買する制度をなくす方法です。
1株単位で売買できれば、
株価1万円なら1万円
株価5万円なら5万円
から投資できます。
企業が株式分割をしなくても、個人投資家が少額で株主になれる市場になります。
欧米では1株から投資できる
日本の100株単位という仕組みは世界的に見れば一般的とはいえません。
米国をはじめ主要市場では1株単位での取引が一般的です。
そのため株価が高い企業でも、1株分の資金があれば投資できます。
日本株だけ最低投資額が高い状態が続けば、若い投資家が日本株より米国株を選ぶ可能性も高まります。
NISAによって個人の資産形成を促しても、購入単価そのものが高ければ投資できる銘柄は限られます。
単元株制度の見直しは、単なる証券市場のルール変更ではありません。
個人が日本企業の株主になりやすい市場をつくる改革でもあります。
書面交付廃止は単元株撤廃への布石になる
今回の会社法改正には、紙を減らす以上の意味があります。
1株から株を買えるようにすれば、株主は増えます。
株主が増えれば、現在の制度では総会資料の印刷や郵送、株主管理の費用も増えます。
そこで、
総会資料を電子化する
株主1人あたりの管理コストを下げる
少額で株主になれるようにする
個人株主を増やす
という順番で市場の制度を整備しようとしていると考えると分かりやすいでしょう。
政府は法制審議会での議論を経て、2027年の通常国会に会社法改正案を提出する予定です。
書面交付請求が廃止されても、総会の2週間前までに資料を閲覧できるURLを記載したアクセス通知書を株主へ郵送する仕組みは残る予定です。
高齢株主などへの配慮も必要になるため、法改正後2年から3年程度の経過措置も検討されています。
結論
株主総会資料の書面交付請求制度とは、インターネットで総会資料を閲覧することが難しい株主などが、企業に紙の資料を郵送するよう求められる仕組みです。
しかし、この制度が残っていることで企業は紙の資料を準備する体制を維持する必要があり、総会資料の完全なデジタル化が進みにくい状況があります。
上場企業全体では株主総会書類などの郵送物が年間約2.2億件、重量約1万4000トンに達し、郵便料金だけでも約300億円かかっていました。
このコストは単元株制度を見直すうえでも重要です。
100株単位から1株単位へ移行すれば個人株主が大幅に増える可能性があり、従来の紙中心の株主管理を続ければ企業負担も膨らむからです。
したがって、総会資料の電子化は単なるペーパーレス化ではありません。
株主管理コストを引き下げ、1株から日本株を買える市場へ移行するための基盤整備という側面があります。
総会資料の書面交付廃止の先には、長く続いてきた100株単位という日本株市場の仕組みそのものを変える議論が控えています。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 総会資料の書面交付を廃止 企業の負担軽く
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 総会デジタル化、少額投資後押し