人工知能の進化によって、サイバー攻撃のあり方が大きく変わろうとしています。
これまでのサイバー攻撃では、攻撃者が標的のシステムを調査し、脆弱性を探し、侵入方法を検討する必要がありました。
しかし、生成AIやAIエージェントの普及によって、こうした作業の一部を自動化できるようになっています。
2026年10月には、AIエージェント「ARTEX」がサイバー攻撃に悪用されたとする報道も注目されました。
AIエージェントとは、人間から与えられた目的に従い、必要な情報を収集し、複数の作業を組み合わせて実行する仕組みです。
従来の生成AIが質問に対する文章の作成を中心としていたのに対し、AIエージェントは外部のツールやシステムを操作できる点に特徴があります。
この技術は、企業の生産性向上に役立つ一方、サイバー犯罪にも悪用される危険があります。
今回は、AIによってサイバー攻撃がどのように変化するのかを整理し、企業経営者が備えるべき新たなリスクについて考えます。
AIエージェントとは何か
AIエージェントとは、与えられた目標を達成するために、複数の作業を自律的に進めるAIシステムです。
例えば、企業がAIエージェントに市場調査を依頼した場合、関連情報を収集し、内容を比較し、分析結果をまとめることができます。
さらに、外部のシステムと連携すれば、データベースの検索、資料の作成、業務システムへの入力なども実行できます。
従来の生成AIは、人間が質問を入力し、その回答を受け取る使い方が中心でした。
これに対し、AIエージェントは、目標を達成するために必要な作業を分解し、順番に実行することができます。
例えば、ある問題を解決するために、情報収集、分析、判断、実行という複数の段階を進める仕組みです。
この技術は、企業の事務作業や情報分析を効率化する可能性があります。
一方、AIエージェントに与える権限が大きくなるほど、誤操作や不正利用による影響も拡大します。
便利な技術であるからこそ、利用目的と実行権限を適切に管理する必要があります。
AIによるサイバー攻撃は何が違うのか
従来のサイバー攻撃では、攻撃者の技術力や作業時間が大きな制約となっていました。
例えば、標的となる企業のシステムを調査するには、公開情報を収集し、使用されているソフトウエアやネットワークの構成を分析する必要があります。
また、脆弱性を発見した場合でも、その影響を調べるためには一定の専門知識が必要です。
AIを利用すると、こうした調査や分析の一部を効率化できる可能性があります。
例えば、大量の公開情報を短時間で整理したり、プログラムの問題点を分析したりする作業です。
さらに、AIエージェントが複数のツールを連携させることで、従来は人間が順番に実行していた作業を自動化できる場合があります。
ただし、AIがすべての攻撃を自律的に成功させられるわけではありません。
実際の攻撃には、対象システムの構成、アクセス制限、防御対策など、多くの不確実な要素があります。
AIによる分析が誤っている場合もあります。
重要なのは、AIが攻撃の成功を保証することではなく、攻撃の準備や試行に必要な時間と労力を減らす可能性があることです。
ARTEXを巡る報道が示す問題
2026年10月には、AIエージェント「ARTEX」がサイバー攻撃に悪用されたとする報道がありました。
この事例で注目されるのは、AI技術そのものよりも、複数の機能を組み合わせることで攻撃に利用できる可能性です。
一般に、AIエージェントは、情報検索、プログラムの実行、外部サービスとの連携など、さまざまな機能を利用できます。
これらの機能は、本来、企業活動や研究開発を支援するためのものです。
しかし、利用者が不正な目的を持っていた場合、同じ技術がサイバー攻撃の準備や実行支援に転用される危険があります。
例えば、公開情報の大量収集や不審なプログラムの分析など、正当な用途と不正な用途の境界が問題になる場合があります。
このような技術は、利用目的や権限設定によって安全性が大きく変わります。
なお、ARTEXを巡る報道とGMOインターネットグループへの不正アクセス事件は、別の事案として整理する必要があります。
GMO事件にARTEXが利用されたと確認されたわけではありません。
複数のサイバー攻撃に関する報道を結びつける場合には、確認された事実と推測を明確に区別することが重要です。
攻撃の自動化によって何が起きるのか
AIによる攻撃の自動化が進むと、サイバー犯罪の規模や速度が変化する可能性があります。
例えば、従来は攻撃者が手作業で調べていた大量の情報を、AIが短時間で整理できるようになります。
また、複数の候補を比較し、優先順位を付ける作業も効率化できます。
その結果、攻撃者が同時に調査できる対象の数が増える可能性があります。
さらに、AIは文章の作成にも利用できます。
企業の担当者を装った不審なメールや、取引先からの連絡を装った文章を大量に作成することも技術的には可能です。
従来の詐欺メールには、不自然な日本語や誤字が含まれることがありました。
しかし、生成AIを利用すれば、自然な日本語の文章を作成しやすくなります。
そのため、文章の不自然さだけを手掛かりに不審なメールを見分けることは、今後さらに難しくなる可能性があります。
企業は、従業員の注意力だけに依存する対策から、技術的な検証を組み合わせた対策へ移行する必要があります。
AIが攻撃者の技術的な参入障壁を下げる
サイバー攻撃には、従来、一定の専門知識が必要でした。
しかし、生成AIの普及によって、プログラムや情報システムに詳しくない人でも、技術的な情報を入手しやすくなっています。
AIは、プログラムの仕組みやネットワーク技術について説明することができます。
また、正当なシステム管理やソフトウエア開発を支援することもできます。
こうした能力が不正な目的に利用されれば、攻撃者の技術的な参入障壁を下げる可能性があります。
ただし、AIが提供する情報には誤りもあり、専門知識が不要になるわけではありません。
高度な攻撃では、対象システムの構造を理解し、複雑な問題に対応する能力が引き続き必要です。
それでも、単純な作業の自動化や情報収集の効率化が進めば、攻撃の試行回数が増える可能性があります。
企業にとっては、攻撃者の人数だけでなく、1人の攻撃者が実行できる作業量が増えることにも注意が必要です。
AIによる攻撃は従来の防御を突破するのか
AIを利用した攻撃が増えると、従来のセキュリティー対策だけでは対応が難しくなる場合があります。
例えば、過去に確認された不正プログラムの特徴を基に検知する仕組みでは、新しい攻撃手法への対応が遅れる可能性があります。
また、攻撃者が短期間に多数の不審な通信を発生させれば、防御側の監視業務に大きな負担がかかります。
しかし、AIを利用した攻撃が必ず従来の防御を突破するわけではありません。
適切なアクセス制御、ソフトウエアの更新、多要素認証、ネットワークの分離などは、引き続き重要な対策です。
特に、攻撃者がAIを利用していたとしても、実際にシステムへ侵入するには何らかの技術的な経路が必要です。
企業が基本的な安全管理措置を確実に実施していれば、攻撃の成功可能性を下げることができます。
AI時代だからといって、従来のセキュリティー対策が不要になるわけではありません。
むしろ、基本的な対策の重要性が一段と高まると考えられます。
防御側もAIを活用する時代へ
AIは攻撃者だけが利用する技術ではありません。
企業やセキュリティー事業者も、AIを活用して防御能力を高めることができます。
例えば、大量の通信記録を分析し、通常とは異なる動きを検知することが考えられます。
また、システムの操作履歴や認証記録を分析することで、不審なアクセスを早期に発見できる可能性があります。
従来、人間の担当者が確認していた大量の警告についても、AIを利用して優先順位を付けることができます。
これにより、担当者が重大な問題に集中しやすくなることが期待されます。
ただし、AIによる判断が常に正しいわけではありません。
正常な通信を不正なものと誤認する場合もあれば、不正な通信を見逃す場合もあります。
そのため、AIによる検知結果を人間が確認し、必要な措置を判断する仕組みが重要です。
AIの導入は、セキュリティー担当者を不要にするものではありません。
人間の判断を支援し、限られた人員でより多くの情報を分析するための手段と考えるべきです。
AIエージェントを導入する企業の新たなリスク
企業がAIエージェントを業務に導入する場合には、従来とは異なるリスク管理が必要になります。
例えば、AIエージェントに社内データベースへのアクセス権限を与える場合、その権限の範囲を適切に設定する必要があります。
必要以上の権限を与えれば、誤操作や不正利用によって重要な情報が流出する可能性があります。
また、AIエージェントが外部の情報を参照する場合、その情報に不正な指示が含まれている可能性にも注意が必要です。
これは、一般にプロンプトインジェクションと呼ばれる問題です。
例えば、AIが参照する文書やウェブページに、正規の利用者が意図していない操作を促す文章が含まれている場合があります。
AIがその内容を不適切に命令として扱えば、想定外の処理を実行する恐れがあります。
そのため、AIエージェントに与える権限は必要最小限に抑えることが重要です。
特に、外部送信、重要情報の削除、金銭の支払いなどの操作については、人間による承認を必要とする仕組みが望まれます。
取締役会が理解すべきAIとサイバーリスク
AIの導入は、情報システム部門だけで判断できる問題ではありません。
企業がAIエージェントを利用する場合、業務効率化による利益と、新たに生じるリスクの両方を評価する必要があります。
例えば、AIによって事務作業の時間を短縮できても、重要な顧客情報を不適切に取り扱えば、企業の信用を損なう可能性があります。
また、AIエージェントが外部の業務システムを操作する場合、誤操作によって事業活動に影響が及ぶことも考えられます。
取締役会には、AIの導入方針、利用目的、権限管理、監査体制などを監督する役割があります。
特に、重要な業務にAIを利用する場合には、事故発生時の責任者や対応手順を明確にしておく必要があります。
AIの判断や操作の記録を保存し、問題が発生した場合に原因を調査できる仕組みも重要です。
AIを導入したという理由だけで、企業の安全管理責任が軽くなるわけではありません。
技術の高度化に対応した内部統制の整備が求められます。
中小企業がAI時代の攻撃に備える方法
AIによるサイバー攻撃への備えは、大企業だけの課題ではありません。
中小企業でも、顧客情報、取引先情報、会計データ、給与情報など、多くの重要情報を保有しています。
また、大企業の取引先である中小企業が攻撃され、その接続関係を利用して大企業への侵入が試みられる可能性もあります。
中小企業では、専門のセキュリティー担当者を配置することが難しい場合があります。
そのため、まずは基本的な安全管理措置を確実に実施することが重要です。
具体的には、ソフトウエアの更新、多要素認証、アクセス権限の管理、バックアップの確保などです。
さらに、従業員に対して、不審なメールや偽の連絡への対応方法を教育する必要があります。
生成AIによって自然な文章の詐欺メールが作成される可能性を考えると、文章の見た目だけで安全性を判断しないことが重要です。
取引先から振込先の変更依頼があった場合には、登録済みの連絡先を利用して確認するなど、複数の手段を組み合わせることが有効です。
AI時代のセキュリティー対策では、技術的な防御と従業員の行動管理の両方が求められます。
AI時代のサイバー防御と政府の役割
AIによってサイバー攻撃の速度や規模が拡大する可能性がある中で、政府の役割も重要になります。
2026年10月1日には、能動的サイバー防御に関する法律が施行されました。
この制度では、重大なサイバー攻撃に対して、一定の要件の下で警察や自衛隊が攻撃元の無害化措置を講じることが可能になりました。
AIを利用した攻撃が短時間で拡大する場合、被害が発生してから対応するだけでは十分ではない可能性があります。
そのため、攻撃の兆候を早期に把握し、関係機関が迅速に情報共有する仕組みが重要になります。
ただし、AIが利用されているという理由だけで、政府による無害化措置の対象になるわけではありません。
攻撃の重大性や緊急性、国民生活への影響など、法律上の要件に基づく判断が必要です。
政府による対応と企業自身の防御を組み合わせることが、AI時代のサイバーセキュリティーの基本となります。
結論
AIエージェントの普及は、企業活動の効率化を進める一方、サイバー攻撃のあり方も変える可能性があります。
従来、攻撃者が手作業で行っていた情報収集や分析の一部をAIが支援することで、攻撃の準備に必要な時間と労力が減少する可能性があります。
また、生成AIによって自然な文章の詐欺メールが作成されるなど、従来の注意喚起だけでは対応が難しくなる場面も考えられます。
しかし、AIが利用された攻撃が必ず成功するわけではありません。
適切なアクセス制御、多要素認証、ソフトウエアの更新、バックアップの確保など、基本的な安全管理措置は引き続き重要です。
さらに、防御側もAIを活用することで、大量の通信記録の分析や不審な操作の早期発見を進めることができます。
企業経営者に求められるのは、AIを単なる業務効率化の手段として捉えるのではなく、新たなリスクを伴う経営資源として管理することです。
AIエージェントに与える権限を適切に制限し、重要な操作には人間による承認を設け、操作履歴を確認できる体制を整える必要があります。
AIによる攻撃の高度化に対しては、企業の自主的な防御、セキュリティー事業者による技術的支援、政府による重大な攻撃への対応を組み合わせることが重要です。
AI時代のサイバーセキュリティーでは、攻撃技術と防御技術の双方が進化します。
その中で企業の信用と事業継続を守るためには、技術の導入だけでなく、経営者自身による適切なリスク管理が欠かせないのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月25日 AIエージェント「ARTEX」のサイバー攻撃への悪用に関する記事
日本経済新聞 2026年10月25日 朝刊「GMO、『能動的サイバー防御』適用を政府に要請 不正アクセス問題」
日本経済新聞 2026年10月25日 朝刊「能動的サイバー防御をGMO要請 適用は政府判断、重大・緊急性考慮」
内閣官房 国家サイバー統括室「サイバーセキュリティーに関する政策」
情報処理推進機構「情報セキュリティ10大脅威」