韓国はなぜ特許で稼げるのか――知財強国戦略と日本の決定的な違い

経営

日本と韓国は、ともに天然資源に乏しく、技術力を経済成長の重要な基盤としてきました。製造業を中心に研究開発を進め、特許の取得によって国際競争力を高めてきた点でも共通しています。

しかし、取得した特許を経済的な利益に結びつける仕組みには、大きな違いがあります。

韓国では、特許を企業の防衛手段としてだけでなく、売却やライセンス、権利行使によって収益を生み出す資産として位置づける政策が進められています。

その象徴が、政府の支援を受けて設立された特許活用機関や、特許の収益化を専門とする非実施主体(NPE)の存在です。

日本でも知的財産立国が長年の政策目標となっていますが、特許の収益化を支える制度や企業文化には、なお改善の余地があります。

韓国の取り組みを通じて、日本企業が知的財産を経営資源として活用するための課題を考えます。

韓国が進める知財強国戦略

韓国は、知的財産を国家競争力の重要な源泉と位置づけ、特許の取得から活用までを一体的に支援する政策を進めてきました。

背景には、国内市場の規模や天然資源に制約があるなかで、技術力によって国際市場で競争する必要性があります。

半導体、通信機器、ディスプレー、電池などの分野では、韓国企業が世界的な競争力を持つようになりました。

これらの産業では、技術開発の成果を特許によって保護することが重要です。

一方、特許を取得するだけでは、研究開発投資を十分に回収できるとは限りません。

競合企業による技術利用を適切に管理し、必要に応じてライセンス料を受け取る仕組みが求められます。

韓国政府は、こうした課題に対応するため、特許の取引や収益化を支える体制を整備してきました。

2025年10月には、特許行政を担う組織を省級の「知識財産処」に格上げしました。

知的財産を産業政策の重要な柱として位置づける姿勢が表れています。

半官半民の特許活用機関の設立

韓国の知財戦略を象徴する取り組みの一つが、2010年に設立されたインテレクチュアル・ディスカバリーです。

同機関は、政府の知財強国戦略を背景として設立された半官半民の特許活用組織です。

企業などが保有する特許を取得し、その権利を管理・活用する役割を担っています。

一般的な製造業とは異なり、自ら製品を製造することを主な目的としていません。

特許を取得し、ライセンス契約などによって経済的価値を生み出す仕組みです。

こうした組織が必要とされる理由は、個々の企業だけでは特許を十分に活用できない場合があるためです。

例えば、中小企業が重要な技術を開発しても、海外企業とのライセンス交渉や特許侵害訴訟には多額の費用が必要になります。

専門人材や資金が不足していれば、正当な権利を保有していても十分な利益を得られません。

特許活用機関が権利を取得・管理することで、個別企業では対応が難しい交渉や権利行使を進めやすくなります。

韓国では、特許を取得する企業だけでなく、その特許を収益化する専門組織の育成にも政策的な重点が置かれているのです。

パンテックの再生が示す知的財産の価値

韓国の特許活用を考えるうえで注目されるのが、パンテックコーポレーションの事例です。

パンテックは、かつて携帯電話メーカーとして事業を展開していました。

しかし、経営環境の悪化によって経営破綻を経験しました。

通常、企業が経営破綻すると、生産設備や在庫などの資産が売却され、事業が縮小・消滅する場合があります。

ところが、パンテックには通信技術に関する特許が残されていました。

これらの特許を活用する企業として再出発し、知的財産の収益化を進めています。

2025年には、日本の東京地方裁判所で、米グーグルの日本法人に対する無線通信関連特許の侵害訴訟において、差し止めを認める判断を得ました。

その後、両社は和解しています。

この事例は、企業の製造事業が継続できなくなったとしても、研究開発によって蓄積された特許の経済的価値が失われるとは限らないことを示しています。

企業の事業価値と知的財産の価値は、必ずしも同じではありません。

日本と韓国で異なるNPEへの評価

特許を自ら実施せず、ライセンス契約や権利行使によって収益を得る主体は、非実施主体(NPE)と呼ばれています。

日本では、NPEに対して否定的な印象が残っています。

その背景には、米国で問題となったパテントトロールの存在があります。

特許を買い取り、訴訟によって高額な和解金を要求する企業が注目されたことで、NPEそのものが問題視される傾向が生まれました。

一方、韓国では、NPEを知的財産の収益化を担う存在として積極的に評価する考え方が広がっています。

企業が研究開発に投じた資金を回収するためには、特許権の行使が必要になる場合があります。

特許を保有しているだけでは、他社による利用から自動的に収入が得られるわけではありません。

ライセンス交渉や侵害対応を通じて、権利の経済的価値を実現する必要があります。

韓国では、こうした活動を知的財産ビジネスの一部として位置づける傾向が強まっています。

ただし、NPEの活動がすべて正当というわけではありません。

根拠の乏しい訴訟や不当な要求を防ぎながら、正当な権利行使を促進することが重要です。

日本企業に根強い訴訟回避の姿勢

日本企業は、取引先との関係や企業の評判を重視し、訴訟を避ける傾向があります。

特許侵害が疑われる場合でも、裁判による解決より当事者間の交渉を優先する企業が少なくありません。

もちろん、訴訟には多額の費用と時間が必要です。

また、訴訟によって取引関係が悪化する可能性もあります。

しかし、訴訟を避けることが目的になれば、正当な権利行使まで控えることになりかねません。

例えば、中小企業が独自技術を開発し、特許を取得した場合です。

大企業がその技術を無断で利用していても、取引関係への影響を恐れて権利行使できなければ、研究開発投資を十分に回収できません。

韓国の取り組みは、特許を保有する企業が適切に権利行使できる環境を整えることの重要性を示しています。

日本でも、訴訟を単なる企業間対立として捉えるのではなく、正当な権利を守るための選択肢として位置づける必要があります。

休眠特許の収益化という経営課題

日本企業が抱える課題の一つが、取得した特許を十分に活用できていないことです。

企業は研究開発の成果として多数の特許を取得しますが、すべてを自社事業で利用するわけではありません。

事業撤退や製品の生産終了によって、利用されなくなった特許も存在します。

こうした休眠特許には、他社の事業で活用できるものが含まれています。

しかし、特許の市場価値を評価する専門人材が不足していれば、売却やライセンスの機会を見逃す可能性があります。

韓国では、特許活用を専門とする組織が、こうした権利の流通や収益化を支えています。

日本企業も、保有特許を定期的に評価し、自社利用、ライセンス、売却などの選択肢を検討する必要があります。

ただし、特許の売却には注意が必要です。

売却した特許が将来の自社事業に必要となる場合、利用に制約が生じる可能性があります。

そのため、売却後の利用権の確保など、契約条件を慎重に検討することが重要です。

知的財産の価値と企業会計

知的財産を経営資源として活用するためには、会計・財務の視点も欠かせません。

企業が保有する特許の経済的価値は、必ずしも貸借対照表に十分反映されているわけではありません。

例えば、自社で研究開発を行い取得した特許と、外部から購入した特許では、会計上の取扱いが異なる場合があります。

研究開発費として費用処理された支出が、後に大きな経済的価値を生み出すこともあります。

そのため、財務諸表に表示された資産額だけでは、企業が保有する技術力や特許の市場価値を把握できません。

特許の価値を評価する際には、将来のライセンス収入、事業への貢献、残存期間、権利範囲などを考慮する必要があります。

また、特許の売却やライセンス契約には、法人税や消費税などの税務上の問題も伴います。

知的財産戦略は、研究開発部門や法務部門だけで完結するものではありません。

経営企画、財務、経理、税務の各部門が連携し、特許の経済的価値を経営判断に反映させることが重要です。

中小企業とスタートアップへの示唆

韓国の知財強国戦略は、日本の中小企業やスタートアップにとっても参考になります。

中小企業は、優れた技術を保有していても、特許の取得・維持や権利行使に必要な資金が不足する場合があります。

特に海外企業との特許紛争では、専門的な法律知識や多額の費用が必要になります。

こうした負担を個別企業だけで抱えることには限界があります。

特許管理会社や専門機関を活用すれば、権利管理やライセンス交渉を外部に委託することができます。

また、保有特許を売却することで、研究開発成果を資金化する選択肢も生まれます。

スタートアップにとっては、製品の販売収入が十分に得られる前でも、特許のライセンス収入が事業継続を支える可能性があります。

ただし、特許を取得すれば必ず収益が得られるわけではありません。

特許の有効性、技術の需要、競合技術の存在、ライセンス先の確保などによって収益性は大きく異なります。

知的財産の収益化には、技術評価と市場分析の両方が必要です。

日本が学ぶべき知的財産政策

韓国の取り組みから日本が学ぶべきことは、単に特許訴訟を増やすことではありません。

重要なのは、研究開発によって生まれた知的財産を、企業の収益や新たな投資につなげる仕組みを整えることです。

そのためには、特許の取得支援に加え、価値評価、売買、ライセンス、権利行使を支援する体制が必要です。

特に中小企業では、専門人材や資金の不足が知的財産活用の障害となっています。

公的支援機関や民間の専門事業者が連携し、企業が適切な助言を受けられる環境を整えることが重要です。

また、特許権者の保護を強化する場合には、権利の濫用を防ぐ仕組みも必要になります。

特許権者の利益と技術利用者の利益を適切に調整し、公正な競争を維持することが求められます。

韓国の制度をそのまま導入するのではなく、日本の産業構造や企業文化に適した知的財産活用の仕組みを構築する必要があります。

結論

韓国が知的財産の収益化を積極的に進めている背景には、特許を国家競争力の重要な経営資源として位置づける政策があります。

半官半民の特許活用機関の設立や、NPEによるライセンス活動の活用は、その象徴的な取り組みです。

パンテックの事例は、企業の製造事業が継続できなくなっても、研究開発によって蓄積した特許が経済的価値を持ち続ける可能性を示しています。

日本企業も、特許を取得して自社事業を守るという従来の発想に加え、特許を売却し、ライセンスし、必要に応じて権利行使する視点を持つ必要があります。

特に中小企業では、限られた研究開発資金を回収するため、知的財産の収益化が重要な経営課題となります。

ただし、特許権者の保護を強化するだけでは十分ではありません。

正当な権利行使を促進しながら、不当な訴訟や過大な要求を防ぐ制度設計が必要です。

日本が韓国から学ぶべき最大の教訓は、特許を取得することを政策の到達点とせず、その経済的価値を実現する仕組みまで整備することです。

知的財産を守るだけでなく、活用し、収益化し、その利益を次の研究開発につなげることが、日本企業の国際競争力を高める重要な条件となります。

参考

日本経済新聞 2026年11月3日 朝刊「攻めの知財へ『特許の怪物』も使いよう 訴訟恐れぬ日本企業に」

特許庁「知的財産権制度」

特許庁「特許行政年次報告書」

特許法第1条、第68条

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