企業の不正や法令違反を早期に発見し、適切に是正するためには、従業員などが安心して問題を報告できる仕組みが欠かせません。
しかし、実際には、不正を発見しても職場での不利益を恐れて声を上げられないケースや、通報したことを理由に不当な取扱いを受けるケースが問題となってきました。
こうした状況を改善するため、2025年6月に成立した改正公益通報者保護法が、2026年12月1日に施行されます。
今回の改正では、公益通報を理由とする違法な解雇・懲戒に刑事罰が導入されるほか、通報者の保護対象がフリーランスにも拡大されます。
企業にとっては、内部通報制度の整備だけでなく、人事管理、懲戒手続、管理職教育、内部統制の在り方まで見直す必要がある重要な制度改正です。
公益通報者保護法の目的と改正の背景
公益通報者保護法は、企業などの法令違反行為について通報した労働者等を保護し、法令遵守を促進することを目的とする法律です。
2004年に制定され、2006年に施行されました。その後、2020年にも改正が行われ、企業における内部通報体制の整備などが強化されました。
それでも、通報によって不利益を受けることへの不安や、通報後の対応に対する不信感などから、制度が十分に機能しない状況が残っていました。
企業の不正は、経営者や管理部門が日常業務を通じて把握できるものばかりではありません。
現場の従業員や取引関係者が最初に問題を発見することも少なくありません。
そのため、公益通報制度は単なる相談窓口ではなく、企業の内部統制やガバナンスを支える重要な仕組みとして位置付ける必要があります。
公益通報者の保護対象がフリーランスにも拡大
今回の改正では、公益通報者として保護される対象が拡大されます。
従来の法律では、主として次の者が保護対象とされていました。
- 労働者
- 退職から1年以内の退職者
- 法人の役員
改正後は、これらに加えて、フリーランスも保護対象となります。
契約終了から1年以内のフリーランスも含まれます。
企業活動では、業務委託契約によって外部の専門家や個人事業主に業務を依頼するケースが増えています。
情報システム、営業支援、経理業務、コンサルティングなど、企業の重要情報に接するフリーランスも少なくありません。
こうした人々が法令違反を発見した場合にも、一定の要件のもとで公益通報者保護法による保護を受けられるようになります。
企業は、内部通報窓口の利用対象者を確認し、フリーランスからの通報を適切に受け付けられる体制を整備する必要があります。
また、通報窓口の存在や利用方法について、フリーランスにも周知することが重要です。
公益通報を妨害する行為の禁止
改正法では、公益通報を妨害する行為について、明確な禁止規定が設けられます。
例えば、従業員が法令違反を発見した際に、会社側が行政機関への通報を控えるよう求める行為などが問題となります。
また、通報内容を社内の他の人に伝えないよう強く要求する行為についても、状況によっては通報妨害に該当する可能性があります。
さらに、労働者との間で、法令違反に関する情報を外部に明らかにしない旨の合意を締結した場合、その合意は法律上無効となり得ます。
もっとも、すべての情報共有制限が禁止されるわけではありません。
正当な理由がある場合には一定の制限が認められますが、その範囲は限定的に考える必要があります。
企業としては、秘密保持義務や情報管理規程が公益通報を不当に妨げる内容になっていないか確認することが重要です。
通報者を探し出す行為も原則禁止
今回の改正では、公益通報者を特定することを目的とした探索行為についても禁止規定が設けられます。
例えば、内部通報が行われた後に、管理職が部下に対して誰が通報したのかを執拗に確認する行為などが問題となります。
また、調査担当者によるヒアリングの内容を関係者から聞き出し、不正を指摘した人物を特定しようとする行為も対象となり得ます。
通報者の特定が必要となる正当な理由がある場合を除き、こうした探索行為は避けなければなりません。
内部通報制度では、通報内容の調査と通報者の秘密保護を両立させることが重要です。
調査の過程で通報者の氏名や所属が不必要に共有されれば、通報者が職場で不利益を受ける危険性が高まります。
企業は、通報者情報へのアクセス権限を限定し、調査担当者や管理職に対する教育を徹底する必要があります。
違法な解雇・懲戒に刑事罰を導入
今回の改正で特に重要なのが、公益通報を理由とする違法な解雇・懲戒への刑事罰の導入です。
従来は、公益通報者保護法に違反する解雇や懲戒について、民事上の無効や損害賠償などが問題となっていました。
改正後は、一定の要件を満たす違法な解雇・懲戒について、刑事罰が科されることになります。
具体的には、違反行為を行った個人に対して、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が定められています。
さらに、法人の業務に関して違反行為が行われた場合には、法人に対して3,000万円以下の罰金が科される可能性があります。
企業にとって、公益通報への対応を誤ることは、単なる労務管理上の問題にとどまらなくなります。
刑事責任や企業の信用低下につながる重大なリスクとして認識する必要があります。
なお、今回の刑事罰の対象は、違法な解雇または懲戒です。
配置転換などのその他の不利益な取扱いについては、この刑事罰の直接の対象ではありませんが、引き続き法律上の問題となり得ます。
軽微な懲戒処分にも注意が必要
企業が特に注意すべきなのは、刑事罰の対象となる懲戒が、重い処分だけに限定されないことです。
懲戒解雇や出勤停止だけでなく、譴責や戒告などの比較的軽い処分も含まれます。
就業規則で「注意」が懲戒処分として位置付けられている場合には、その処分も対象となり得ます。
例えば、従業員が業務上の法令違反を上司に指摘した後、業務命令に従わなかったことを理由に懲戒処分を受けるケースが考えられます。
その問題提起が公益通報に該当し、懲戒が通報を理由とする違法なものであれば、刑事責任が問題となる可能性があります。
公益通報は、内部通報窓口に対する正式な通報だけに限定されません。
上司や同僚への報告なども、法律上の要件を満たせば公益通報に該当する場合があります。
したがって、人事部門だけでなく、日常的に部下を指導する管理職も制度の内容を理解しておく必要があります。
通報後1年以内の解雇・懲戒に推定規定
改正法では、公益通報者の救済を強化するため、新たな推定規定が導入されます。
公益通報から1年以内に解雇または懲戒が行われた場合、原則として、その処分は公益通報を理由とするものと推定されます。
外部への公益通報について、事業者がその通報を知って解雇または懲戒を行った場合には、知った日から1年以内が対象となります。
従来は、解雇や懲戒が公益通報を理由とするものであることについて、通報者側が立証する必要がありました。
しかし、企業内部の意思決定過程を従業員が把握することは容易ではありません。
今回の改正では、一定期間内の解雇・懲戒について推定規定を設けることで、通報者の立証負担を軽減しています。
企業側が推定を覆すためには、公益通報とは無関係な正当な処分であったことを裏付ける証拠が重要になります。
例えば、勤務状況、業務命令違反の具体的事実、調査記録、処分決定までの経緯などを客観的に保存する必要があります。
この改正は、人事評価や懲戒手続の透明性を高める契機にもなると考えられます。
内部通報制度と内部統制の見直し
企業が整備すべき内部通報制度については、法定指針も改正されます。
改正後の指針では、内部通報窓口を経由しない公益通報についても、必要な対応が求められます。
具体的には、組織の長その他の幹部からの独立性確保、調査後の是正措置の実効性確保、利益相反の排除などが重要となります。
例えば、経営幹部に関する不正が外部に通報された場合、当該幹部の影響を受ける部署だけで調査を行うことは適切ではありません。
独立した調査体制を確保し、必要な是正措置を実施できる仕組みが必要です。
また、通報者情報を取り扱う担当者については、秘密保持の徹底が求められます。
企業の内部統制を考える際には、会計処理や資産管理に関する統制だけでなく、不正を発見した人が安心して報告できる環境も重要です。
内部通報制度が形だけのものになっていないか、経営者や管理部門が継続的に確認する必要があります。
企業が施行前に確認すべき実務対応
2026年12月1日の施行に向けて、企業には具体的な準備が求められます。
まず、現在の内部通報規程と実際の運用状況を確認する必要があります。
特に重要なのは、次の事項です。
- フリーランスからの通報を受け付けられる体制になっているか
- 通報窓口の利用方法を従業員やフリーランスに周知しているか
- 通報妨害や通報者探索の禁止を内部規程に反映しているか
- 懲戒規程や人事管理の運用を見直しているか
- 解雇・懲戒に関する判断過程と証拠を保存する仕組みがあるか
- 管理職や通報対応担当者に必要な教育を実施しているか
- 外部通報が行われた場合の調査体制を整備しているか
こうした確認を通じて、制度上の不備を洗い出すことが重要です。
また、規程を改定するだけでは十分ではありません。
通報を受けた担当者が適切に判断できるよう、具体的な事例を用いた研修や、定期的な運用点検を実施することが望まれます。
経営者と管理部門に求められる意識改革
今回の改正は、企業に対して内部通報制度の整備を求めるだけではありません。
経営者や管理職が、従業員からの問題提起をどのように受け止めるかという組織文化にも関係しています。
現場からの指摘を組織への批判として捉え、発言した従業員を不利益に扱う企業では、不正の早期発見は困難です。
反対に、問題提起を経営改善の機会として受け止める企業では、重大な不祥事に発展する前に是正できる可能性が高まります。
経理部門や管理部門においても、会計処理の不適切な運用、経費精算の不正、取引先との不透明な関係など、さまざまな問題が発生する可能性があります。
こうした問題を発見した従業員が安心して報告できることは、企業の財務情報の信頼性を確保するうえでも重要です。
また、内部通報制度の適切な運用は、企業の信用を守り、取引先や金融機関などからの信頼を維持することにもつながります。
法令遵守を形式的な義務として捉えるのではなく、持続的な企業経営を支える基盤として位置付けることが求められます。
結論
2026年12月1日に施行される改正公益通報者保護法は、企業の内部通報制度と人事管理に大きな影響を与える重要な法改正です。
特に、違法な解雇・懲戒への刑事罰の導入、通報後1年以内の解雇・懲戒に関する推定規定、フリーランスへの保護対象の拡大は、企業が十分に理解しておく必要があります。
また、通報妨害や通報者探索の禁止によって、企業には通報者を保護するための一層慎重な対応が求められます。
経営者や管理部門は、内部通報規程の改定、懲戒手続の見直し、証拠保存、管理職教育などを計画的に進めることが重要です。
そして、最も大切なのは、公益通報を企業にとって不都合なものと捉えるのではなく、不正の早期発見と組織改善につながる仕組みとして活用することです。
今回の改正を契機として、従業員や取引関係者が安心して声を上げられる職場環境を整備することが、企業の健全な成長と社会的信頼の確保につながると考えられます。
参考
企業実務 2026年11月号「違反する解雇・懲戒は刑罰の対象に ことし12月施行『改正公益通報者保護法』の実務対応」中野真(弁護士・渥美坂井法律事務所・外国法共同事業)
公益通報者保護法の一部を改正する法律(2025年6月成立)
消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針」および改正後の法定指針