介護保険の2割負担拡大は実現するのか 預貯金による負担軽減が抱える公平性と制度設計の難題

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介護保険制度の利用者負担を巡る議論が、再び重要な局面を迎えています。

厚生労働省は、介護サービスの自己負担割合を2割とする高齢者の対象拡大を検討しています。しかし、所得が一定水準を超えていても預貯金が少ない人には負担軽減措置を設ける方針であり、その制度設計が大きな課題となっています。

2026年10月26日に開催された社会保障審議会の介護保険部会では、預貯金を公平かつ正確に把握することの難しさが改めて浮き彫りになりました。

今回の問題は、単なる介護保険の自己負担割合の見直しではありません。

所得と資産をどのように評価し、高齢者の負担能力を判断するのかという、日本の社会保障制度全体に共通する課題を含んでいます。

介護保険の2割負担拡大が検討される背景

現在、公的介護サービスの利用者負担は原則1割です。

ただし、一定以上の所得がある人については2割または3割の負担が求められています。

単身者の場合、現行制度では年金収入などを含む一定の所得判定基準が280万円以上で2割負担、340万円以上で3割負担となります。

厳密には、本人の合計所得金額と年金収入などを組み合わせて判定する仕組みであり、単純な年収だけで決まるわけではありません。

厚生労働省は2025年、2割負担の対象となる所得基準を引き下げる案を示しました。

具体的には、現在の280万円という基準を230万円、240万円、250万円、260万円に引き下げる4案です。

対象拡大の背景には、高齢化に伴う介護給付費の増加があります。

介護保険制度は、利用者負担を除いた給付費を公費と保険料で賄う仕組みです。

利用者負担を引き上げれば、保険給付費の増加を一定程度抑制できます。

一方で、負担増加によって必要な介護サービスの利用を控える高齢者が増える可能性もあります。

制度の持続可能性と利用者の生活保障をどのように両立させるかが、議論の中心となっています。

2割負担への引き上げで家計はどう変わるのか

介護保険の自己負担割合が1割から2割に引き上げられた場合、利用者の負担はどの程度増えるのでしょうか。

例えば、介護保険の対象となるサービス費用が月10万円の場合を考えます。

1割負担であれば、利用者の自己負担額は月1万円です。

2割負担になると月2万円となり、月1万円の負担増加です。

年間では12万円の負担増加になります。

サービス費用が月20万円であれば、自己負担額は月2万円から4万円となり、年間24万円の負担増加です。

ただし、実際には高額介護サービス費制度による月額負担上限があるため、すべての利用者が単純に2倍の負担になるわけではありません。

それでも、年金を主な収入源とする高齢者にとって、毎月数千円から数万円の支出増加は無視できません。

特に、介護サービスを長期間利用する場合には、負担増加が家計に累積していきます。

介護保険の負担割合は、単年度の家計だけでなく、老後資金の取り崩し速度にも影響する問題なのです。

厚生労働省が検討する2つの配慮措置

厚生労働省は、2割負担の対象拡大に伴う影響を緩和するため、複数の配慮措置を検討しています。

第1の案は、負担増加額に月7,000円の上限を設ける仕組みです。

例えば、2割負担への変更によって本来の自己負担額が月1万円増える場合でも、一定期間は増加額を7,000円以内に抑えるという考え方です。

この方式は、負担増加額を基準とするため、比較的制度を運用しやすい特徴があります。

第2の案は、預貯金が一定額以下の高齢者について、申請により負担割合を1割に戻す仕組みです。

この方式では、所得だけでなく金融資産の保有状況を考慮します。

例えば、同じ年間所得250万円の高齢者であっても、預貯金が100万円の人と3,000万円の人では、負担能力が異なるという考え方です。

所得だけで一律に判断するよりも、実際の経済力に応じた負担を求めやすくなります。

しかし、ここに制度設計上の大きな問題があります。

それは、行政が高齢者の預貯金を正確に把握できるのかという問題です。

預貯金による負担軽減の3つの基準案

厚生労働省は、預貯金額によって1割負担への軽減を認める場合の基準として、3つの案を示しています。

第1案は、単身者700万円以下、夫婦1,700万円以下です。

第2案は、単身者500万円以下、夫婦1,500万円以下です。

第3案は、単身者300万円以下、夫婦1,300万円以下です。

いずれも現時点では検討段階の基準であり、正式に決定されたものではありません。

これらの案で注目されるのは、単身者と夫婦世帯の基準額に大きな差があることです。

例えば、第1案では単身者700万円に対して夫婦世帯は1,700万円となっています。

夫婦世帯には2人分の生活費や将来の介護費用が必要になるため、単身者より高い資産基準を設けることには一定の合理性があります。

ただし、夫婦の年齢差や健康状態、住宅の保有状況などによって必要な老後資金は異なります。

預貯金の残高だけで負担能力を正確に判断することには限界があります。

さらに、預貯金の基準額をどこに設定するかによって、負担軽減の対象者数や介護保険財政への影響も大きく変わります。

制度の公平性を確保するためには、単純な金額基準だけでなく、生活実態を踏まえた検討が必要です。

預貯金を正確に把握することはなぜ難しいのか

今回の介護保険部会で特に問題となったのが、預貯金の把握方法です。

現在、介護保険には低所得者の施設入所時の食費や居住費を軽減する補足給付制度があります。

この制度では、所得だけでなく預貯金などの資産要件も設けられています。

申請者は通帳の写しなどを自治体に提出し、資産状況を申告します。

ただし、金融機関への照会によって預貯金を厳密に確認する事例は限られています。

基本的には自己申告を前提とした制度運用です。

2割負担の対象拡大に伴う軽減措置でも同様の方法を採用した場合、公平性の確保が課題になります。

例えば、複数の金融機関に口座を保有している人が、一部の預貯金だけを申告する可能性があります。

また、申請時点の残高だけを確認する場合、資産移動によって判定結果が変わることも考えられます。

もちろん、申請者の大多数が不正を行うという意味ではありません。

問題は、正確に申告した人と申告内容が不十分な人との間で、制度上の取り扱いに差が生じる可能性があることです。

公平な制度を実現するためには、申告内容を適切に確認できる仕組みが不可欠です。

マイナンバーによる金融資産把握の限界

預貯金を正確に把握する方法として期待されているのが、マイナンバーの活用です。

2026年10月26日の介護保険部会では、厚生労働省が自治体との協議結果を報告しました。

そのなかでは、預貯金を網羅的に把握するためには、マイナンバーを活用してすべての金融機関に照会できる仕組みが必要だという考え方が示されました。

しかし、現在の預貯金口座へのマイナンバーのひも付けは任意です。

すべての金融機関のすべての口座について、行政が自動的に残高を把握できる仕組みにはなっていません。

そのため、マイナンバーを活用した資産把握を実現するには、制度面と技術面の双方で対応が必要になります。

さらに、個人情報保護の観点からも慎重な検討が求められます。

社会保障の公平性を高めるために金融資産を把握する必要があるとしても、行政が個人の金融情報をどこまで取得できるのかという問題は簡単ではありません。

利用目的の限定や情報管理体制、不正アクセスへの対策なども不可欠です。

マイナンバーの活用は有力な選択肢ですが、それだけで公平な資産把握が直ちに実現するわけではないのです。

自治体の事務負担が制度改革の障害になる

預貯金による負担軽減措置には、もう一つ重要な問題があります。

それは、自治体の事務負担です。

現在の補足給付制度でも、自治体は申請書類の確認や預貯金の審査を行っています。

2割負担の対象拡大に伴う軽減措置を導入すれば、資産確認が必要となる高齢者の数はさらに増える可能性があります。

自治体は申請受付、通帳確認、所得情報との照合、金融機関への照会、判定結果の通知などを行う必要があります。

高齢者本人や家族にとっても、申請書類の準備が負担になる場合があります。

特に、認知症などによって本人が資産状況を十分に把握できない場合には、家族や成年後見人などによる支援が必要になることも考えられます。

制度を複雑にするほど、行政コストが増加するだけでなく、本来支援を必要とする人が申請できないという問題も生じます。

社会保障制度では、制度上の公平性だけでなく、実際に利用できる仕組みであることも重要です。

負担能力を精緻に判定しようとするほど、行政手続きが複雑になるという矛盾を抱えています。

所得と資産のどちらを重視すべきなのか

今回の議論は、社会保障における負担能力の考え方そのものを問い直しています。

従来、日本の社会保障制度では、所得を中心に負担能力を判断してきました。

所得は税務情報などを通じて比較的把握しやすいためです。

一方、高齢者の場合、所得が少なくても多額の金融資産を保有していることがあります。

例えば、年間所得200万円で預貯金5,000万円の高齢者と、年間所得300万円で預貯金100万円の高齢者を比較してみます。

所得だけで判断すれば、後者の方が負担能力が高いことになります。

しかし、金融資産まで含めれば、必ずしも同じ結論にはなりません。

もっとも、預貯金が多いからといって、その全額を自由に介護費用へ充てられるとは限りません。

住宅修繕費や医療費、将来の施設入所費用などに備えている場合もあります。

また、金融資産だけでなく、不動産や有価証券をどのように評価するのかという問題も残ります。

預貯金だけを資産判定の対象にすれば、不動産や株式を多く保有する人との公平性が問われます。

所得と資産の双方を考慮することには合理性がありますが、具体的な評価方法については慎重な制度設計が必要です。

金融所得の反映と介護保険改革の関係

厚生労働省は、介護保険の負担割合や保険料の算定に金融所得を反映させることも検討しています。

金融所得とは、株式の配当や売却益、投資信託の分配金などによる所得です。

現在、金融所得は申告方法によって社会保険制度上の所得判定への反映が異なる場合があります。

このため、同じ程度の金融所得があっても、負担の取り扱いに違いが生じることが問題視されています。

金融所得をより公平に把握し、社会保障の負担判定に反映させることは、応能負担を進めるうえで重要な論点です。

ただし、金融所得と金融資産は異なります。

金融所得は一定期間に発生した収益であり、金融資産はある時点で保有する財産です。

例えば、預貯金3,000万円を保有していても、金融所得がほとんど発生していない人もいます。

反対に、金融資産の残高が比較的小さくても、株式売買などによって多額の金融所得が発生する場合があります。

したがって、金融所得の把握を進めるだけでは、預貯金による負担軽減措置の問題は解決しません。

今後の社会保障改革では、所得情報と資産情報をどのように組み合わせるかが重要になります。

2026年末の結論に向けて残された課題

介護保険の2割負担拡大は、2022年から議論が続いています。

しかし、これまで4度にわたり結論が先送りされてきました。

その大きな理由の一つが、負担増加に対する配慮措置の設計です。

2026年10月26日の介護保険部会でも、負担拡大に賛成する意見と慎重な意見の双方が示されました。

厚生労働省は2026年末までに一定の結論を出す方針ですが、具体的な制度設計にはなお課題が残されています。

今後の焦点は、所得基準をどこまで引き下げるのか、負担増加の上限をどのように設定するのか、預貯金による軽減措置を採用するのかという点です。

さらに、資産確認の方法や自治体の事務負担、制度の公平性についても検討が必要です。

制度改正が決まった場合でも、実施時期や経過措置によって利用者への影響は変わります。

高齢者本人だけでなく、介護を支える家族にとっても、今後の議論を注視する必要があります。

結論

介護保険の2割負担拡大は、高齢化によって増加する介護給付費をどのように支えるのかという重要な政策課題です。

負担能力のある高齢者に応分の負担を求めることには、制度の持続可能性を確保するという目的があります。

一方で、所得基準の引き下げによって必要な介護サービスの利用が妨げられることは避けなければなりません。

そのために検討されている預貯金による負担軽減措置は、理念としては合理的であっても、実務上の難しさを抱えています。

特に、預貯金を正確に把握できない状況では、同じ経済力の高齢者であっても申告内容や資産の保有形態によって負担が異なる可能性があります。

公平性を追求するほど制度が複雑になり、自治体の事務負担や利用者の申請負担が増えるという問題もあります。

今後の介護保険改革では、所得と資産を組み合わせた負担能力の判定が重要になると考えられます。

ただし、制度の公平性を高めることと、制度を利用しやすくすることは、必ずしも一致しません。

必要なのは、理論上の公平性だけでなく、行政が確実に運用でき、高齢者が安心して介護サービスを利用できる制度です。

2026年末に向けた議論は、日本の社会保障制度が所得中心の負担判定から、資産も含めた負担能力の判定へと進むのかを考える重要な機会になるでしょう。

参考

日本経済新聞 2026年10月27日朝刊 介護の2割負担拡大、配慮措置に懸念 公平な預貯金把握にハードル

厚生労働省 社会保障審議会介護保険部会 2026年10月26日審議内容

厚生労働省 介護保険制度における利用者負担及び補足給付に関する制度資料

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