企業の決算書に監査法人が「適正意見」を出していたにもかかわらず、その後に粉飾決算が発覚することがあります。
すると、
適正だと監査法人が認めたのではないか。
それなのになぜ粉飾があったのか。
という疑問が生じます。
ここには「適正意見」という言葉から受ける印象と、監査報告書が実際に意味していることとの間に違いがあります。
適正意見は、会社の経営に問題がないことを保証するものではありません。
会社が倒産しないことを保証するものでもありません。
そして、企業内に不正が一切存在しないことを保証するものでもありません。
監査報告書が何を保証しているのかを理解すると、監査制度の役割と限界が見えてきます。
適正意見とは何か
監査法人は企業の財務諸表を監査し、その結果について監査意見を表明します。
一般的に最もよく目にするのが適正意見です。
簡単にいえば、財務諸表が適用される会計基準に従い、重要な点において適正に表示されていると監査人が判断した場合に表明されます。
ここで重要なのが「重要な点において」という考え方です。
財務諸表に1円の間違いも存在しないことを保証しているわけではありません。
投資家などの判断に影響を与えるような重要な虚偽表示がないかという観点から監査が行われます。
適正という言葉を会社全体に広げてはいけない
「適正意見」という言葉を見ると、その企業そのものが健全だと認定されたように感じるかもしれません。
しかし監査意見の対象は、基本的には財務諸表です。
会社の経営戦略が優れている。
株価が割安である。
将来も利益が増える。
経営者が優秀である。
投資先として安全である。
こうしたことまで監査法人が保証しているわけではありません。
財務諸表監査と企業そのものの評価は別のものです。
重要性とは何か
監査を理解するうえで欠かせないのが「重要性」です。
大企業では年間に膨大な数の取引が行われます。
そのすべてについて、わずかな誤差まで完全になくすことを監査の目的にすると、現実的な監査はできません。
そこで監査では、その誤りや虚偽表示が財務諸表の利用者の判断に影響を及ぼす可能性があるかという観点を重視します。
例えば非常に大きな企業で、ごく少額の経費について小さな処理ミスが見つかったとします。
もちろん誤りは修正されるべきですが、その誤りだけで財務諸表全体が適正ではないとは限りません。
一方、利益や純資産などを大きく変える虚偽表示であれば、投資家の判断にも影響する可能性があります。
金額だけでなく、取引の性質なども含めて重要性を考える必要があります。
監査ではすべての取引を確認するわけではない
適正意見が絶対的な保証ではない理由の1つが、監査方法です。
大企業には膨大な取引があります。
監査人がすべての取引を1件ずつ確認することは現実的ではありません。
そのため監査では、企業の事業内容や内部統制を理解し、どこに重要な虚偽表示のリスクがあるのかを評価します。
そしてリスクが高い部分に重点を置いて監査手続を実施します。
必要に応じて取引を抽出して確認したり、取引先など外部から証拠を取得したり、実際の資産を確認したりします。
監査は限られた時間と人員の中で、リスクを踏まえて合理的に設計されるものなのです。
合理的保証とは何か
監査では「合理的保証」という考え方が重要になります。
合理的保証とは、重要な虚偽表示が存在しないことについて高い水準の保証を得ることを意味します。
しかし、100%の保証ではありません。
なぜなら監査には固有の限界があるからです。
取引のすべてを確認するわけではありません。
会計処理には見積もりや判断が含まれます。
さらに不正の場合には、経営者や従業員が意図的に証拠を隠す可能性があります。
複数の関係者が共謀すれば、通常の監査手続では発見が難しくなることもあります。
したがって、適切な監査を実施しても重要な虚偽表示を発見できない可能性を完全にゼロにはできません。
経営者による不正は特に発見が難しい
企業には内部統制があります。
例えば1人の担当者だけで契約から支払いまで完結できないようにするなど、不正や誤りを防止する仕組みです。
しかし経営者自身が不正に関与すると状況が変わります。
経営者は組織内で大きな権限を持っています。
通常なら必要な承認手続を無視したり、部下に特定の処理を指示したりできる可能性があります。
さらに複数の役職員が共謀すれば、帳簿、契約書、説明などを整合させて不正を隠すことも考えられます。
そのため監査では、経営者による内部統制の無効化というリスクにも注意する必要があります。
適正意見を出した後に新事実が判明することもある
監査人は、監査時点で入手できる監査証拠に基づいて意見を形成します。
その後、新たな証拠が見つかることがあります。
内部告発によって秘密の取引が明らかになることもあります。
監査人に提出されていなかった資料が発見されることもあります。
関係者の証言によって、過去の説明が虚偽だったことが判明する場合もあります。
したがって、後になって不正が判明したという事実だけで、当時の監査が直ちに不適切だったと結論付けることはできません。
重要なのは、当時得られた情報に照らして必要な監査手続が行われていたかどうかです。
だからといって適正意見の責任が軽いわけではない
監査には限界があるという説明だけを見ると、監査法人にはほとんど責任がないように感じるかもしれません。
そうではありません。
監査法人には、その限界を前提としたうえで、監査基準などに従って適切な監査を行うことが求められます。
重大な異常を把握していたのに調査しなかった。
経営者の説明と客観的な証拠が矛盾していたのに放置した。
必要な監査証拠を取得できていないのに監査意見を形成した。
こうした場合には、監査の適切性そのものが問題になります。
適正意見が100%の保証ではないことと、監査法人が適切な監査を行う責任を負うことは両立します。
投資家は監査報告書をどう読めばよいのか
投資家にとって重要なのは、適正意見を安全証明書のように考えないことです。
適正意見が付いていることは重要です。
しかし、それだけで投資判断を終えるものではありません。
企業の財務内容、キャッシュフロー、借入金、事業リスクなどを見る必要があります。
さらに監査報告書には、監査人が特に重要だと判断した事項が記載される場合があります。
監査報告書は単に適正か不適正かを見るだけではなく、監査人がどこに大きなリスクを認識していたのかを理解する材料にもなります。
中国恒大問題から考える監査報告書
中国恒大の問題では、巨額の売上高の水増しが問題となりました。
ここで重要なのは、
粉飾があったから監査は必ず失敗だった、
あるいは、
監査には限界があるから監査法人に責任はない、
という二者択一で考えないことです。
実際にどのような監査手続が行われたのか。
売上計上についてどのような証拠を取得したのか。
現場の状況と帳簿上の記録に矛盾があった場合に、どのような追加手続を行ったのか。
こうした具体的な事実を確認して、監査の適切性を判断する必要があります。
結論
適正意見とは、企業のすべてが適正であるという保証ではありません。
企業が倒産しないことを保証するものでも、不正が一切存在しないことを保証するものでもありません。
監査人は、財務諸表に重要な虚偽表示がないことについて合理的な保証を得たうえで監査意見を表明します。
そのため、適正意見が付いていた企業から後に粉飾決算が発覚する可能性はあります。
しかし、それだけで監査法人に責任がないことにもなりません。
重要なのは、監査人が当時把握できたリスクに対して、必要な監査手続を適切に実施していたのかという点です。
適正意見は絶対的な安全証明ではありません。
それでも資本市場にとって極めて重要な意味を持っています。
だからこそ、監査報告書が何を保証し、何を保証していないのかを正しく理解することが、企業を見る側にも求められているのです。
次回は、監査法人が監査を誤った場合、どこまで損害賠償責任を負う可能性があるのかを取り上げます。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 恒大不正、逃げられぬPwC