企業が工場や店舗、設備などに投資した後、当初想定していた利益を生み出せなくなることがあります。
その場合、貸借対照表に計上されている資産の金額をそのまま維持することが適切とは限りません。
そこで行われるのが減損です。
減損とは、資産の収益性が低下し、投資額を回収できないと判断された場合に、その資産の帳簿価額を引き下げる会計処理です。
日本基準にもIFRSにも減損の仕組みがあります。
しかし、その判定方法には重要な違いがあります。
この違いを理解すると、IFRS移行時に企業の純資産が大きく減少することがある理由も見えてきます。
減損とは資産価値の低下を決算書に反映すること
例えば、企業が100億円を投じて工場を建設したとします。
ところが、その後に商品の需要が減少し、工場から得られる利益が想定を大きく下回るようになりました。
将来得られるキャッシュフローなどから考えて、その工場に100億円の価値があるとはいえない状態になれば、帳簿上の金額を引き下げる必要があります。
これが減損です。
減損損失を計上すると、その期の利益は減少します。
同時に資産も減少するため、純資産にも影響します。
したがって減損は、損益計算書だけでなく貸借対照表を見るうえでも重要な会計処理です。
日本基準では最初に減損の兆候を確認する
日本基準では、まず資産に減損の兆候があるかを確認します。
例えば、継続的な営業赤字、資産の市場価格の著しい下落、事業環境の大幅な悪化などです。
減損の兆候が認められた場合、次に減損損失を認識する必要があるかを判定します。
ここで重要になるのが、資産から得られる割引前の将来キャッシュフローです。
帳簿価額と比較して、割引前将来キャッシュフローの総額が帳簿価額を下回る場合には、減損損失を認識します。
この認識判定が、日本基準の特徴の1つです。
IFRSには日本基準と同じ認識判定がない
IFRSでも減損の兆候を確認します。
しかし、日本基準にあるような割引前将来キャッシュフローによる認識判定を同じ形では行いません。
減損の兆候があれば、資産の帳簿価額と回収可能価額を比較します。
回収可能価額が帳簿価額を下回っていれば、その差額を減損損失として認識します。
回収可能価額は、処分コスト控除後の公正価値と使用価値のいずれか高い金額です。
使用価値を計算するときには、将来キャッシュフローを現在価値に割り引きます。
この仕組みの違いによって、日本基準では減損損失が計上されないケースでも、IFRSでは減損が認識される可能性があります。
割引前と割引後の違いが重要になる
日本基準とIFRSの違いを理解するうえで、割引前と割引後という考え方は重要です。
例えば、ある資産の帳簿価額が100億円だったとします。
将来得られるキャッシュフローの単純合計が110億円なら、日本基準の認識判定では帳簿価額を上回っています。
この段階では減損損失を認識しないことがあります。
しかし、将来受け取る110億円と現在持っている110億円の価値は同じではありません。
将来キャッシュフローを現在価値に割り引いた結果、回収可能価額が90億円となれば、IFRSでは帳簿価額100億円との差額が問題になります。
この違いが、IFRSの減損判定が日本基準より早い段階で表面化することがある理由の1つです。
IFRS移行時に過去の投資が改めて問われる
日本企業が日本基準からIFRSへ移行すると、それまで保有してきた資産についてIFRSの考え方に基づく評価が必要になります。
ここで過去の大型投資が問題になる場合があります。
工場への設備投資。
新規事業への投資。
大型開発プロジェクト。
企業買収によって生じたのれん。
こうした資産について将来の収益力を改めて検証すると、従来の帳簿価額を維持できない場合があります。
その結果、IFRS移行時に多額の減損や資産価値の見直しが発生することがあります。
三菱重工業の事例が示したもの
IFRS移行時の大きな調整として知られているのが三菱重工業の事例です。
同社はIFRSへの移行に伴い、当時開発中だった国産ジェット旅客機MRJに関係する資産の価値を見直しました。
その結果などにより、移行時の純資産が約4,200億円減少しました。
注目すべきなのは、IFRSに変更したことで突然事業そのものが悪化したわけではないという点です。
過去に積み上げられてきた資産を、新しい会計基準の考え方によって評価し直したことで、財務諸表上の数字が大きく変化しました。
IFRS移行は、企業が過去に行った投資の価値を改めて確認する機会にもなるのです。
減損損失は現金流出とは限らない
減損損失についてもう1つ理解しておきたいのが、減損を計上した時点で同額の現金が流出するわけではないことです。
例えば500億円の減損損失を計上しても、その決算期に500億円の現金を支払うわけではありません。
過去に投資した資産について、現在の帳簿価額では回収が難しいと判断し、会計上の価値を引き下げる処理です。
そのため、減損損失を見るときにはキャッシュフロー計算書と合わせて確認することが重要です。
利益が大幅に減少していても、営業キャッシュフローまで同じ金額だけ減少しているとは限りません。
減損の背景を見ることが重要
投資家にとって重要なのは、減損額だけを見ることではありません。
なぜ減損が発生したのかを見る必要があります。
市場環境が変化したのか。
商品の競争力が低下したのか。
過去のM&Aで高い価格を支払いすぎたのか。
大型設備投資の採算が悪化したのか。
経営計画そのものが下方修正されたのか。
減損の背景には、その企業の経営課題が表れている場合があります。
特に多額の減損を繰り返している企業では、投資判断やM&A戦略そのものを検証する必要があります。
IFRSでは減損の戻し入れにも注目する
日本基準とIFRSには、減損後の扱いにも違いがあります。
IFRSでは、のれんを除く一定の資産について、過去に認識した減損の原因が改善した場合には減損損失を戻し入れることがあります。
一方、日本基準では、固定資産について一度計上した減損損失を原則として戻し入れません。
この違いも、将来の利益に影響する可能性があります。
同じ企業を長期間分析するときには、減損を計上した年度だけでなく、その後の処理にも注意する必要があります。
会計基準が違えば利益の見え方も変わる
日本基準とIFRSの違いは、単なる会計技術の問題ではありません。
減損を認識する時期が異なれば、各年度の利益も変わります。
IFRS移行時に多額の減損を認識すれば、その時点では純資産が大きく減少する可能性があります。
一方、資産の帳簿価額を早い段階で引き下げれば、その後の減価償却費や将来の減損余地に影響することもあります。
つまり、ある年度の利益だけを比較して企業の収益力を判断することには注意が必要です。
特に日本基準からIFRSへ移行した企業では、会計基準変更による影響と、本来の事業成績の変化を分けて考える必要があります。
結論
減損とは、企業が保有する資産について、将来回収できる価値まで帳簿価額を引き下げる会計処理です。
日本基準とIFRSの双方に減損の仕組みがありますが、その認識方法には重要な違いがあります。
日本基準では割引前将来キャッシュフローによる認識判定がありますが、IFRSでは回収可能価額と帳簿価額を比較します。
そのため、IFRSへの移行によって、それまで表面化していなかった資産価値の低下が財務諸表に反映される場合があります。
重要なのは、減損額の大きさだけを見ることではありません。
その資産は何なのか。
なぜ収益性が低下したのか。
過去の投資判断に問題はなかったのか。
そして、その減損が将来の業績にどのような影響を与えるのか。
減損損失は単なる会計上の数字ではなく、企業が過去に行った投資の成否を読み解く重要な手掛かりなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 IFRS移行時の注目点