東京湾岸エリアの中古マンション市場で、価格調整が進んでいます。
2026年8月の湾岸エリアの平均値下げ率は10.21%となり、都心5区や東京23区のその他の地域を上回りました。
これまで高額マンションは、居住用住宅としての魅力に加え、資産形成や相続対策の手段としても注目されてきました。
特にタワーマンションでは、実際の市場価格と相続税評価額の差を利用した節税対策が広く知られています。
しかし、2024年1月1日以後の相続や贈与から、居住用の区分所有マンションについて新たな評価ルールが適用されています。
これによって、従来のように市場価格と相続税評価額の大きな差を利用する相続対策は、以前より難しくなりました。
さらに、マンション価格が下落する局面では、相続税の節税効果だけでなく、不動産そのものの資産価値や住宅ローン残高にも注意が必要です。
今回は、高額マンションを利用した相続対策の仕組みと、税制改正後に考えるべき問題を整理します。
なぜマンションが相続対策に利用されてきたのか
相続税は、原則として相続開始時点の財産価額を基準に計算されます。
現金や預貯金は、基本的にその残高が相続税評価額になります。
例えば、現金1億円を保有していれば、原則として1億円が相続税の課税価格の計算に反映されます。
一方、不動産は、相続税法上の評価方法によって評価されます。
土地は路線価方式や倍率方式、建物は固定資産税評価額を基準に評価するのが一般的です。
そのため、不動産の市場価格と相続税評価額の間に差が生じることがあります。
例えば、現金1億円でマンションを購入し、その相続税評価額が7,000万円になれば、現金で保有する場合より評価額が3,000万円低くなる計算です。
ただし、評価額の差がそのまま相続税の減少額になるわけではありません。
実際の税額は、相続財産全体の金額、法定相続人の人数、債務、各種控除などによって異なります。
この市場価格と相続税評価額の差が、不動産を利用した相続対策の基本的な仕組みです。
タワーマンションで評価額の差が大きくなった理由
タワーマンションでは、一般的なマンションより市場価格と相続税評価額の差が大きくなる場合がありました。
その理由の一つが、高層階の市場価格に対する評価方法です。
タワーマンションでは、高層階や眺望の良い住戸が高値で取引されることがあります。
しかし、従来の相続税評価では、こうした市場価格の差が十分に反映されない場合がありました。
例えば、同じマンションの低層階と高層階で市場価格に大きな差があっても、相続税評価額の差は比較的小さくなることがありました。
また、敷地全体を多数の区分所有者で共有するため、1戸当たりの土地の持ち分が小さくなりやすいという特徴もあります。
こうした仕組みによって、購入価格に比べて相続税評価額が低くなる事例がありました。
市場価格と相続税評価額の差を利用して相続税負担を抑える手法は、一般にタワマン節税と呼ばれてきました。
2024年からマンションの相続税評価が変わった
タワーマンションなどの相続税評価を巡っては、市場価格と評価額の大きな差が問題となっていました。
そこで、2024年1月1日以後の相続、遺贈、贈与によって取得する居住用の区分所有マンションについて、新たな評価方法が導入されました。
新しい評価方法では、築年数、建物の総階数、所在階、敷地持分の割合などを基に、評価額と市場価格の乖離を補正します。
具体的には、一定の計算によって評価水準を求め、評価水準が0.6未満となる場合には、原則として評価額を引き上げる仕組みです。
例えば、従来の相続税評価額が市場価格の40%程度と推計されるマンションでは、新しい評価方法によって評価額が引き上げられる可能性があります。
ただし、すべてのマンションの相続税評価額が一律に市場価格の60%になるわけではありません。
評価水準が一定の範囲にある場合には補正が行われないこともあり、個別の物件条件によって評価額は異なります。
また、対象外となる物件もあります。
相続税評価を検討する際には、対象物件に新しい評価方法が適用されるかを確認する必要があります。
1億5,000万円のマンションで考える評価額の変化
ここで、相続税評価の仕組みを具体例で考えてみます。
市場価格1億5,000万円のマンションを保有しているとします。
仮に、従来の方法による評価額が6,000万円だったとします。
市場価格に対する評価水準は40%です。
新しい評価方法によって、この評価水準が補正される場合、単純化した例では相続税評価額が9,000万円程度になることがあります。
従来の6,000万円と比較すると、3,000万円の評価額増加です。
ただし、これは制度の考え方を説明するための仮定です。
実際の評価では、法令等に定められた計算方法を用いて評価水準を算定する必要があり、単純に市場価格へ60%を掛けるものではありません。
また、相続税評価額が9,000万円になったとしても、市場価格1億5,000万円との差額は残ります。
新しい評価方法は、市場価格と相続税評価額の差を完全になくす制度ではありません。
したがって、税制改正後も不動産を保有することによる評価上の特徴は残りますが、従来ほど大きな節税効果を期待することは難しくなっています。
借入金を利用した相続対策の仕組み
不動産を利用した相続対策では、借入金が活用される場合があります。
例えば、1億5,000万円のマンションを購入するため、金融機関から1億円を借り入れ、自己資金5,000万円を支払ったとします。
相続開始時点でマンションの相続税評価額が9,000万円、借入金残高が1億円だったと仮定します。
この場合、マンションの評価額9,000万円に対して、一定の要件を満たす借入金1億円が債務控除の対象となる可能性があります。
ただし、相続税はこの不動産と借入金だけで計算するものではありません。
預貯金、有価証券、その他の不動産など、相続財産全体を考慮する必要があります。
また、借入金によって相続税評価上の純資産が小さくなっても、経済的な借金がなくなるわけではありません。
相続人は、原則として相続した債務への対応も必要になります。
借入金を利用した相続対策では、税負担の軽減効果と返済負担を分けて考えることが重要です。
相続直前の不動産購入には税務上のリスクがある
相続税の節税を主な目的として、高齢者が相続直前に多額の借入金を利用し、不動産を購入するケースがあります。
しかし、こうした取引では税務上のリスクがあります。
2022年4月19日の最高裁判決では、相続税評価を巡り、通常の評価方法による評価額と実際の取引価額に大きな差がある不動産について、個別事情を踏まえた評価が問題となりました。
最高裁は、財産評価基本通達による評価を形式的に適用することが、他の納税者との間で実質的な租税負担の公平に反する事情がある場合には、通達によらない評価が認められる余地があることを示しました。
この判決から、相続税評価額が市場価格より低いという理由だけで、すべての不動産購入が問題になるわけではありません。
一方、相続直前の多額の借入れや不動産購入については、購入目的、資金調達、相続開始までの期間、相続後の売却状況などを含め、慎重な検討が必要です。
相続税評価の形式的な計算だけで節税効果を判断することは避けるべきです。
マンション価格が下落すると相続対策の効果はどう変わるのか
東京湾岸エリアのマンション価格調整は、相続対策にも影響する可能性があります。
例えば、1億5,000万円で購入したマンションが20%下落した場合、市場価格は1億2,000万円になります。
購入時の価格との差額は3,000万円です。
仮に相続税評価額が市場価格より低くても、不動産そのものの経済的価値は減少しています。
相続税を数百万円軽減できたとしても、不動産価格が数千万円下落すれば、家計全体の資産形成という観点では不利になる可能性があります。
また、借入金を利用して購入している場合には、価格が下落しても借入金残高は自動的に減りません。
相続時に住宅ローンや不動産投資ローンが残っていれば、相続人が返済や売却について判断する必要があります。
相続税の節税効果だけを重視すると、不動産価格下落による損失を見落とすおそれがあります。
相続税評価額が低くても売却しやすいとは限らない
不動産の相続では、評価額だけでなく、換金性も重要です。
例えば、相続財産の大部分が高額マンションで占められている場合を考えます。
相続人が複数いると、不動産をどのように分割するかが問題になることがあります。
マンションは現金のように簡単に分割できません。
一人の相続人がマンションを取得し、他の相続人に代償金を支払う方法もありますが、十分な金融資産が必要です。
また、相続税の納税資金を確保するためにマンションを売却する場合、希望価格ですぐに売却できるとは限りません。
高額マンションでは購入希望者が限られるため、売却期間が長期化する可能性があります。
相続税評価額が低くても、相続人にとって扱いやすい資産とは限らないのです。
相続税の納税資金をどう確保するか
相続税は、原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内に申告と納税を行う必要があります。
納税は原則として金銭による一括納付です。
一定の要件を満たす場合には延納や物納の制度もありますが、自由に選択できるわけではありません。
高額マンションを相続した場合、相続税評価額が低く抑えられていても、相続財産全体によっては多額の相続税が発生することがあります。
納税資金として十分な預貯金がなければ、不動産の売却が必要になる場合があります。
しかし、価格下落局面では、希望価格で売却できない可能性があります。
また、売却を急ぐことで、さらに価格を引き下げなければならない場合もあります。
相続対策では、相続税評価額を引き下げることだけでなく、納税資金を確保することが重要です。
小規模宅地等の特例との関係
自宅として利用しているマンションについては、小規模宅地等の特例が適用できる場合があります。
一定の要件を満たす特定居住用宅地等については、330平方メートルまでの部分について相続税評価額を80%減額できる制度です。
ただし、この特例の対象となるのは、原則として建物そのものではなく、敷地利用権に対応する土地部分です。
また、被相続人の居住状況、取得する相続人、相続後の居住や保有状況などによって適用要件が異なります。
例えば、配偶者が取得する場合と、別居している子どもが取得する場合では、適用条件が異なることがあります。
さらに、居住用区分所有マンションの新しい評価方法と、小規模宅地等の特例は、それぞれ異なる制度です。
両者の関係を正しく理解しなければ、相続税額を過小評価する可能性があります。
高額マンションの相続対策では、マンション評価の仕組みだけでなく、小規模宅地等の特例の適用可能性も確認する必要があります。
高額マンションを生前贈与する場合の注意点
相続対策として、マンションを子どもや孫へ生前贈与することを検討する場合もあります。
しかし、不動産の贈与には贈与税だけでなく、不動産取得税や登録免許税などの負担が生じる場合があります。
また、贈与税の計算では、原則として贈与時点の財産評価額を使用します。
居住用区分所有マンションについては、2024年からの新しい評価方法が贈与税にも適用されます。
そのため、従来のような大きな評価差を前提とした贈与計画は見直す必要があります。
さらに、相続時精算課税制度を利用する場合には、贈与時の価額を基礎として相続税の課税価格に加算する仕組みがあります。
2024年以後の贈与については、相続時精算課税制度に年110万円の基礎控除が設けられていますが、制度の適用要件や相続時の取り扱いを確認する必要があります。
不動産の生前贈与は、贈与税だけでなく、将来の相続税や不動産の管理負担まで含めて判断することが重要です。
相続対策では節税額より家族全体の利益を考える
相続対策というと、相続税をどれだけ減らせるかに関心が集まりがちです。
しかし、本来の相続対策は、家族の資産を円滑に次世代へ引き継ぐことです。
例えば、相続税を軽減するために高額マンションを購入したとしても、相続人がそのマンションを必要としていなければ、売却や管理が負担になる可能性があります。
また、相続人が複数いる場合には、不動産の分割方法を巡って争いが生じることもあります。
さらに、借入金を利用した相続対策では、相続人に返済負担を残す可能性があります。
相続税が軽減されても、不動産価格の下落や借入金の返済によって家族全体の資産が減少してしまえば、必ずしも成功した相続対策とはいえません。
相続対策では、税額の最小化だけでなく、資産の維持、納税資金、相続人の生活、遺産分割のしやすさを総合的に考える必要があります。
人生100年時代の不動産相続対策
人生100年時代には、相続対策を始めてから実際に相続が発生するまで、長い期間があることも考えられます。
その間に不動産価格、金利、税制、家族構成などが変化する可能性があります。
例えば、60代で相続対策としてマンションを購入しても、相続が発生するのが90代であれば、30年間にわたって不動産を保有することになります。
その間には、管理費や修繕積立金、固定資産税などの負担が続きます。
また、建物の老朽化や大規模修繕によって、追加費用が発生する可能性もあります。
高齢期には、介護費用や医療費などの支出が増える場合もあります。
相続税の節税効果を期待して金融資産を不動産に集中させると、こうした支出に対応しにくくなることがあります。
人生100年時代の相続対策では、相続税の軽減と本人の老後生活の安定を両立させることが重要です。
結論
高額マンションは、相続税評価額と市場価格の差によって、相続税負担を軽減できる場合があります。
しかし、2024年から居住用区分所有マンションの相続税評価方法が見直され、従来のような大きな評価差を利用した節税対策は難しくなりました。
また、借入金を利用した相続対策では、相続税の軽減効果だけでなく、返済負担や不動産価格下落のリスクも考慮する必要があります。
東京湾岸マンション市場の価格調整は、不動産を利用した相続対策のあり方を改めて考える機会となっています。
相続税評価額が低くても、不動産価格が大きく下落すれば、家族全体の資産価値は減少します。
さらに、相続人が複数いる場合には、遺産分割や納税資金の確保が課題になることがあります。
人生100年時代の相続対策では、相続税を減らすことだけを目的にするのではなく、本人の老後生活と相続人の将来を見据えた資産管理が必要です。
高額マンションを相続対策に利用する場合には、税制上の効果、価格変動、借入金、管理費、換金性などを総合的に検討することが重要になります。
相続対策の本当の目的は、税金を減らすことではありません。
家族の資産を守り、次の世代へ円滑に引き継ぐことなのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月17日 東京湾岸マンションの中古価格、成約までに1割下げ 高値で鈍る買い
国税庁 2024年1月1日以後の居住用の区分所有財産の評価について
国税庁 小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例
最高裁判所 2022年4月19日 第三小法廷判決 相続税更正処分等取消請求事件