2026年10月22日
高齢者の医療費負担を巡る議論が、新たな局面を迎えています。
自民党と日本維新の会は2026年10月21日、社会保障改革に向けた協議を再開しました。
今回の焦点は、70歳以上の高齢者を対象とする高額療養費制度の外来特例の廃止と、医療機関の窓口負担を原則3割に引き上げる構想です。
維新は現役世代の社会保険料負担を軽減するため、高齢者にも応分の負担を求めるべきだと主張しています。
一方、自民党は高齢者の生活への影響や必要な医療の受診控えを懸念し、慎重な姿勢を示しています。
この問題は、単なる医療費の負担割合の見直しではありません。
人生100年時代において、現役世代と高齢世代が医療費をどのように分担するのかという、日本の社会保障制度の根幹に関わる問題です。
今回は、外来特例の仕組み、原則3割負担の影響、現役世代の保険料との関係、そして高齢期の家計管理について考えます。
高齢者の外来特例とは何か
高額療養費制度は、医療機関などで支払う自己負担額が一定の上限を超えた場合、その超過分を支給する制度です。
病気やけがによって高額な医療費が発生しても、家計への負担が過大にならないようにする重要な仕組みです。
この制度には、70歳以上の高齢者を対象とした外来診療の特例があります。
例えば、70歳以上で一般所得区分に該当する場合、外来診療の自己負担額は個人単位で月2万2,000円が上限となります。
住民税非課税世帯では、所得区分に応じて月1万1,000円または8,000円が上限です。
この仕組みによって、慢性疾患などで定期的な通院が必要な高齢者の医療費負担が抑えられています。
ただし、外来特例は毎月一定額を支払えば何度でも受診できるという制度ではありません。
実際の自己負担額が上限に達するまでは、通常の窓口負担が発生します。
維新は、上限額に達した後の追加的な自己負担が小さくなることが、受診回数を増やす要因になり得ると考えています。
一方で、必要な通院を継続するための経済的な支えになっている側面もあります。
制度を見直す際には、不必要な受診と必要な受診を区別することが欠かせません。
維新が主張する原則3割負担の意味
現在の医療機関の窓口負担は、年齢や所得によって異なります。
69歳までは原則3割、70歳から74歳までは原則2割、75歳以上は原則1割です。
ただし、一定以上の所得がある75歳以上の人は2割負担となり、現役並み所得者は3割負担となります。
維新は、この年齢による負担割合の違いを見直し、原則3割負担とすることを求めています。
背景にあるのは、年齢だけで負担割合を決めるのではなく、所得や負担能力に応じて公平に負担するべきだという考え方です。
例えば、同じ所得水準であっても、69歳と75歳では窓口負担割合が異なる場合があります。
一方、同じ75歳でも、十分な所得や金融資産を持つ人と、年金収入だけで生活する人では負担能力が大きく異なります。
年齢による一律の優遇を見直す方向性には、一定の合理性があります。
しかし、すべての高齢者を一律に3割負担とすれば、低所得者や慢性疾患を抱える人への影響が大きくなります。
そこで維新側には、現在60歳代の人が70歳になった後も3割負担を維持する案や、1.5割負担、2.5割負担といった新たな区分を設ける構想もあります。
ただし、これらは検討段階の案であり、制度改正が決定したわけではありません。
医療費の自己負担が増えると家計はどう変わるのか
窓口負担割合の引き上げは、高齢者の家計に直接影響します。
例えば、1か月の保険診療の医療費総額が5万円だった場合を考えます。
1割負担なら2,500円ではなく5,000円、2割負担なら1万円、3割負担なら1万5,000円となります。
1割から3割への引き上げでは、窓口負担が月1万円増える計算です。
年間では12万円の負担増になります。
もちろん、実際には高額療養費制度の上限や所得区分などによって負担額は変わります。
しかし、複数の医療機関に通院する高齢者にとって、自己負担割合の変更は無視できません。
特に注意したいのは、医療費の増加が老後の生活費全体に及ぼす影響です。
高齢期には、医療費だけでなく介護費用や住居の修繕費なども発生します。
年金収入が一定であれば、医療費の増加は食費や交際費、趣味などに使えるお金を減らすことにつながります。
また、医療費負担を避けるために必要な受診を控えれば、病気が悪化して結果的に医療費や介護費が増える可能性もあります。
短期的な医療費削減と長期的な社会保障費の抑制は、必ずしも一致しないのです。
高齢者の負担増が現役世代の保険料軽減につながるとは限らない
今回の改革で特に重要なのが、後期高齢者医療制度の財源構造です。
75歳以上の医療給付費は、原則として公費が約5割、現役世代からの支援金が約4割、高齢者自身の保険料が約1割という仕組みで支えられています。
ところが、現役並み所得者に該当する人の医療給付費には、原則として公費が投入されない仕組みがあります。
そのため、窓口負担が3割になる高齢者が増えた場合、患者本人の負担が増える一方で、現役世代からの支援金負担が必ずしも減るとは限りません。
健康保険組合連合会の試算では、この財源構造に関連する現役世代の負担は約5,800億円規模に上るとされています。
つまり、高齢者の窓口負担割合を引き上げるだけでは、現役世代の社会保険料負担を十分に軽減できない可能性があります。
これは社会保障改革を考えるうえで、見落としてはならない問題です。
医療費の自己負担割合と、その残りを誰が負担するのかという財源構造は、分けて考える必要があります。
自民党と維新が、公費負担のあり方も見直す必要があるという点で認識を共有していることには意味があります。
ただし、公費を増やす場合には、その財源を税収や歳出改革などによって確保しなければなりません。
現役世代の保険料を減らしても、別の形で税負担が増えれば、家計全体の負担軽減効果は限定的になる可能性があります。
本当に必要なのは年齢ではなく負担能力に応じた制度
高齢者の医療費負担を考える際には、年齢と負担能力を切り離して考える視点が重要です。
同じ75歳でも、現役時代から十分な資産を形成している人と、基礎年金を中心に生活する人では経済状況が大きく異なります。
所得だけでなく、金融資産や世帯構成なども考慮するべきだという議論があります。
ただし、金融資産を負担判定に反映する場合には、預貯金などの情報をどのように把握するのかという実務上の問題があります。
また、老後の医療費や介護費に備えて計画的に貯蓄してきた人ほど負担が増える制度になれば、資産形成への意欲を損なうおそれもあります。
負担能力に応じた制度を実現するためには、所得や資産の把握方法だけでなく、制度の公平性や納得感を確保することが必要です。
さらに、医療費の増加を抑えるためには、窓口負担の引き上げだけに依存するべきではありません。
予防医療の充実、重複投薬の防止、医療機関の役割分担、デジタル技術を活用した医療の効率化など、医療提供体制そのものの改革も求められます。
60歳代から考えておきたい医療費の将来負担
今回の改革は、現在の70歳以上の人だけの問題ではありません。
むしろ、これから高齢期を迎える50歳代や60歳代にとって重要な意味があります。
維新が検討している、現在60歳代の人が70歳になった後も3割負担を維持する案が実現すれば、これまでの制度を前提にした老後の資金計画を見直す必要が生じます。
例えば、65歳から年金を受給し、70歳以降は医療費の窓口負担が軽減されると想定していた場合です。
制度改正によって負担割合が変われば、70歳以降の生活費は当初の見込みより増える可能性があります。
ただし、3割負担が維持されたとしても、高額療養費制度による負担上限までなくなるとは限りません。
窓口負担割合の変更と高額療養費制度の見直しは、区別して確認する必要があります。
人生100年時代の家計管理では、医療費を一定額で見積もるだけでは不十分です。
医療制度の改正、物価上昇、介護費用の増加などを想定し、複数のシナリオを準備しておくことが大切です。
特に、70歳以降も働く人が増えるなかで、就労収入、年金収入、医療費負担の関係を総合的に考える必要があります。
2026年末の工程表が重要な分岐点になる
自民党と維新は、2026年末までに社会保障改革の工程表をまとめる方針です。
今後の協議では、外来特例の取り扱い、窓口負担割合、所得区分、公費負担の見直しなどが重要な論点となります。
ただし、改革の方向性が示されたとしても、実際の制度変更には法改正や財源確保、医療現場の準備などが必要です。
そのため、工程表の策定と制度の施行時期は必ずしも一致しません。
高齢者にとっては、負担増がいつから始まり、どの所得層にどの程度影響するのかが重要です。
現役世代にとっては、改革によって社会保険料が実際にどの程度軽減されるのかが問われます。
政治的な目標として保険料負担の軽減を掲げるだけでは、十分とはいえません。
改革による医療費削減額、公費投入額、保険料軽減額を具体的な数字で示すことが必要です。
結論
高齢者の医療費負担を巡る改革は、日本の社会保障制度が抱える世代間の負担問題を改めて浮き彫りにしています。
現役世代の社会保険料負担を軽減することは、働く人の可処分所得を増やし、経済の活力を維持するうえで重要です。
一方、高齢者の自己負担を増やすことで、必要な医療を受けられなくなる人が増えてしまえば、社会保障制度本来の目的が損なわれます。
大切なのは、現役世代と高齢世代を対立させることではありません。
年齢だけで負担を決める仕組みを見直しながら、所得や生活状況に応じた公平な制度を構築することです。
同時に、医療費の無駄を減らし、公費と保険料の負担構造を合理化することも欠かせません。
人生100年時代には、誰もが長い期間にわたって医療制度のお世話になる可能性があります。
今は保険料を支払う現役世代であっても、将来は医療サービスを多く利用する高齢世代になります。
だからこそ、目先の負担軽減だけでなく、将来にわたって持続可能な制度をつくる必要があります。
2026年末に向けた自民党と維新の協議は、日本の医療保険制度の将来を左右する重要な議論となりそうです。
私たちも制度改正の行方を注視するとともに、医療費負担の増加を想定した老後の資金計画を考えておく必要があります。
参考
日本経済新聞 2026年10月22日朝刊 維新の社会保障改革、高齢者の定額受診「廃止」を主張 自民と協議再開
厚生労働省 高額療養費制度に関する資料
厚生労働省 後期高齢者医療制度の概要
健康保険組合連合会 高齢者医療制度の財政負担に関する資料