2029年8月から、75歳以上の後期高齢者医療制度に株式や投資信託の売却益、配当などの金融所得を反映する新たな仕組みが始まる予定です。
この制度変更によって、老後に保有する金融資産の取り崩し方が、医療保険料や医療費の窓口負担に影響する可能性があります。
特に、金融資産を3,000万円、5,000万円、1億円と保有している人にとっては、資産をどの程度の期間で、どのような順番で取り崩すかが重要になります。
ただし、金融資産が多いという理由だけで、医療保険料が高くなるわけではありません。
今回の制度変更で対象となるのは、原則として株式や投資信託の売却益、配当などの金融所得です。
同じ5,000万円の金融資産を保有していても、預貯金で保有している場合、NISA口座で運用している場合、課税口座で多額の含み益がある場合では、社会保険への影響が異なります。
今回は、金融資産3,000万円、5,000万円、1億円の3つのケースを取り上げ、老後の取り崩し方によって税金と社会保険負担がどのように変わるのかを整理します。
金融資産の残高そのものが保険料を決めるわけではない
後期高齢者医療制度の保険料は、基本的に被保険者の所得などを基に計算されます。
預貯金や株式、投資信託などの金融資産をいくら保有しているかという残高そのものによって、保険料が決まる仕組みではありません。
例えば、金融資産5,000万円を保有していても、その大部分が預貯金であれば、今回の新たな金融所得反映の対象となる所得は発生しない場合があります。
一方、金融資産3,000万円でも、課税口座で毎年多額の株式売却益や配当を得ていれば、その金融所得が保険料に影響する可能性があります。
また、NISA口座で得た非課税の売却益や配当などは、今回の金融所得反映の対象外とされています。
重要なのは、金融資産の残高ではなく、どの口座で保有し、どの程度の所得を実現させるかという点です。
取り崩し額と金融所得は異なる
金融資産の取り崩しを考える際には、売却代金と売却益を区別する必要があります。
例えば、取得元本1,500万円、時価3,000万円の投資信託を保有している場合です。
この投資信託を600万円売却したとします。
取得元本と評価益がそれぞれ半分という前提であれば、単純計算では売却代金600万円のうち、取得元本に相当する部分が300万円、売却益が300万円です。
原則として課税対象となるのは、売却代金600万円ではなく、売却益300万円です。
ただし、実際の取得費は購入履歴や取得単価などに基づいて計算されます。
また、金融資産の価格は変動するため、毎年同じ金額を売却しても、売却益が一定になるとは限りません。
今回の比較では、計算を分かりやすくするため、取得元本と評価益がそれぞれ50%で、売却時の価格が変動しないという仮定を置きます。
実際の資産運用では、この前提どおりになるわけではありません。
金融資産3,000万円を20年間で取り崩す場合
まず、金融資産3,000万円を75歳から94歳までの20年間で取り崩すケースを考えます。
取得元本が1,500万円、評価益が1,500万円あるものとします。
20年間で均等に取り崩す場合、年間の売却代金は150万円です。
取得元本と評価益が半分ずつという前提では、年間の売却益は75万円になります。
税率20.315%で計算すると、売却益75万円に対する所得税・住民税は約15万2,363円です。
さらに、2026年度の全国平均所得割率10.42%を用いた単純計算では、金融所得75万円に対応する所得割額は年間7万8,150円となります。
ただし、この金額がそのまま実際の保険料増加額になるわけではありません。
均等割の軽減制度、年金収入、保険料の賦課限度額などによって負担額は異なります。
また、金融所得によって窓口負担割合が変わる場合には、医療費の自己負担にも影響します。
金融資産3,000万円であっても、取り崩しによって毎年一定の金融所得が発生する点に注意が必要です。
金融資産5,000万円を20年間で取り崩す場合
次に、金融資産5,000万円を20年間で取り崩すケースです。
取得元本2,500万円、評価益2,500万円という前提で考えます。
年間の売却代金は250万円です。
そのうち売却益は125万円となります。
売却益125万円に対する所得税・住民税は、税率20.315%で計算すると約25万3,938円です。
また、全国平均所得割率10.42%を用いた単純計算では、金融所得125万円に対応する所得割額は年間13万250円となります。
このケースでは、年間125万円の金融所得が継続して発生することになります。
年金収入など他の所得がある場合には、保険料だけでなく、医療費の窓口負担割合にも影響する可能性があります。
例えば、現在1割負担の人が2割負担になる場合や、一定の所得条件を満たして3割負担になる場合です。
ただし、負担割合は住民税の課税所得や世帯構成などによって決まるため、売却益125万円という情報だけでは判定できません。
金融資産5,000万円の取り崩しでは、税金と社会保険負担を合わせた年間の手取り額を確認することが重要です。
金融資産1億円を20年間で取り崩す場合
金融資産1億円を保有している場合には、取り崩し方による影響がさらに大きくなる可能性があります。
取得元本5,000万円、評価益5,000万円という前提で考えます。
20年間で均等に取り崩す場合、年間の売却代金は500万円です。
そのうち売却益は250万円となります。
売却益250万円に対する所得税・住民税は、税率20.315%で計算すると約50万7,875円です。
さらに、全国平均所得割率10.42%を用いた単純計算では、金融所得250万円に対応する所得割額は年間26万500円となります。
ただし、後期高齢者医療制度には年間保険料の賦課限度額があります。
そのため、金融所得が増えても、保険料が際限なく増加するわけではありません。
また、金融所得が大きい場合には、医療費の窓口負担割合が3割となる可能性もあります。
金融資産1億円を保有している人は、資産残高だけでなく、毎年どの程度の利益を確定させるかを検討することが重要です。
3つの資産規模を比較すると何が分かるのか
ここまでの3つのケースを比較すると、金融資産の規模が大きくなるほど、同じ期間で取り崩した場合の年間売却益も大きくなることが分かります。
金融資産3,000万円では年間売却益75万円、5,000万円では125万円、1億円では250万円です。
ただし、これは取得元本と評価益が半分ずつという仮定に基づく比較です。
実際には、取得元本が多い資産ほど売却益の割合は小さくなります。
例えば、同じ5,000万円の金融資産でも、取得元本が4,500万円で評価益が500万円の場合、取り崩しによって発生する金融所得は大きく異なります。
また、NISA口座の非課税所得や預貯金の取り崩しについては、今回の新たな金融所得反映の対象とはなりません。
したがって、金融資産の規模だけを基準に医療保険料を予測することはできません。
10年間と20年間の取り崩しでは負担が変わる
次に、同じ金融資産を10年間で取り崩す場合と20年間で取り崩す場合を比較します。
例えば、金融資産5,000万円で、取得元本と評価益がそれぞれ2,500万円あるケースです。
20年間で取り崩す場合、年間の売却代金は250万円、売却益は125万円です。
一方、10年間で取り崩す場合、年間の売却代金は500万円、売却益は250万円となります。
10年間で取り崩す方が、年間の金融所得は大きくなります。
そのため、特定の年度に医療保険料や窓口負担割合が上昇する可能性があります。
一方、20年間で取り崩す場合には、年間の金融所得を抑えられるものの、金融所得が発生する期間は長くなります。
後期高齢者医療制度には保険料の賦課限度額があるため、取り崩し期間を短くする方が、保険料の累計額を抑えられる場合も考えられます。
ただし、窓口負担割合や高額療養費の所得区分、税負担なども関係するため、単純にどちらが有利とはいえません。
一括売却による金融所得の集中
金融資産を一括売却する方法もあります。
例えば、取得元本2,500万円、時価5,000万円の金融資産を一度に売却すると、譲渡益は2,500万円です。
税率20.315%で計算すると、所得税・住民税は507万8,750円となります。
一括売却では、多額の金融所得が特定の年度に集中します。
その結果、翌年度以降の医療保険料や窓口負担割合に大きな影響が生じる可能性があります。
一方、その後に課税対象となる金融所得が発生しなければ、継続的な所得反映を抑えられる場合があります。
ただし、売却後の資金を再投資すれば、新たな配当や売却益が発生する可能性があります。
また、売却によって資産運用の機会を失う場合や、再投資のタイミングによって不利になる場合もあります。
一括売却は社会保険負担だけでなく、税金、運用リスク、将来の生活費を含めて判断する必要があります。
NISA口座と課税口座を組み合わせる
金融資産の取り崩しでは、NISA口座と課税口座を組み合わせる方法が考えられます。
NISA口座で得た非課税の売却益や配当などは、今回の新たな金融所得反映の対象外です。
そのため、75歳以降にNISA口座を中心に取り崩すことで、課税対象となる金融所得を抑えられる可能性があります。
例えば、金融資産5,000万円のうち、1,500万円をNISA口座、3,500万円を課税口座などで保有している場合です。
課税口座の資産を75歳前から計画的に取り崩し、75歳以降はNISA口座の資産を活用する方法が考えられます。
ただし、NISAには年間投資枠360万円、非課税保有限度額1,800万円という制限があります。
また、課税口座からNISA口座へ資産を直接移管することはできません。
一度売却して買い直す必要があり、売却益が発生すれば税負担が生じます。
そのため、NISAへの移行は時間をかけて計画的に進めることが重要です。
預貯金と個人向け国債の役割
老後の資産管理では、すべての金融資産を株式や投資信託で保有する必要はありません。
生活費や医療費、介護費用などに備えるためには、預貯金や個人向け国債などの安全性や換金性を重視した資産も重要です。
預貯金の利子は、今回の新たな金融所得反映の対象外とされています。
一方、債券については、種類や口座区分によって利子や売却益の取り扱いが異なるため、個別の確認が必要です。
また、個人向け国債は発行後1年を経過すれば、原則として中途換金が可能です。ただし、中途換金調整額が差し引かれます。
株式や投資信託の価格が下落している時期に、生活費のために無理に売却しなくて済むよう、一定の安全資産を確保しておくことが考えられます。
社会保険負担の軽減だけでなく、生活資金の安定性を重視することが大切です。
医療費負担は資産規模だけでは判断できない
金融所得が増えると、後期高齢者医療制度の保険料だけでなく、医療機関で支払う窓口負担割合が変わる可能性があります。
現在の窓口負担割合は、所得区分によって1割、2割、3割です。
例えば、金融資産3,000万円の人でも、年金収入や金融所得によっては3割負担になる場合があります。
一方、金融資産1億円の人でも、預貯金やNISA口座を中心に保有し、判定対象となる所得が少なければ、1割負担となる可能性があります。
また、高額療養費制度の自己負担限度額も所得区分によって異なります。
そのため、金融資産が多い人ほど医療費負担が必ず大きくなるという理解は適切ではありません。
実際の負担を考える際には、年金収入、金融所得、世帯構成、医療費の利用状況などを確認する必要があります。
税理士・FPの視点から考える取り崩し戦略
金融資産の取り崩しでは、資産規模に応じて一律の方法を選ぶのではなく、個々の生活設計に合わせた計画が必要です。
例えば、金融資産3,000万円の人では、資産を長期間維持しながら生活費を確保することが重要になる場合があります。
金融資産5,000万円の人では、課税口座とNISA口座の取り崩し順序を検討することで、税金と社会保険負担を調整できる可能性があります。
金融資産1億円の人では、年間の売却益が大きくなりやすいため、保険料の賦課限度額や医療費の窓口負担割合、相続対策まで含めた検討が必要になります。
ただし、これらは資産規模だけで決まるものではありません。
公的年金収入、生活費、健康状態、家族構成、相続予定などによって、適切な取り崩し方法は異なります。
また、金融資産を取り崩す期間が長くなるほど、物価上昇や運用利回りの変動による影響も大きくなります。
社会保険負担を抑えることだけを目的として、必要な生活資金を過度に減らすことは避けるべきです。
結論
2029年8月から始まる金融所得の後期高齢者医療制度への反映によって、金融資産の取り崩し方は老後の社会保険負担を左右する重要な要素になります。
金融資産3,000万円、5,000万円、1億円という資産規模の違いだけで、医療保険料や窓口負担割合が決まるわけではありません。
重要なのは、取得元本と評価益の割合、課税口座とNISA口座の保有割合、年間の売却益、年金収入、世帯構成などです。
また、10年間で取り崩す場合と20年間で取り崩す場合、一括売却する場合では、金融所得が発生する年度や金額が異なります。
そのため、税金と社会保険負担の合計額にも差が生じる可能性があります。
一方、社会保険負担を抑えるためだけに金融資産を早期に売却したり、運用方針を大きく変更したりすることは適切ではありません。
人生100年時代の資産管理では、金融資産を増やすことだけでなく、必要な生活費を確保しながら、税金、社会保険料、医療費、相続対策を含めて計画的に取り崩すことが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年10月31日 朝刊「金融所得を高齢者医療に反映 NISAは対象外、資産売却時期で負担変化」
厚生労働省「後期高齢者医療制度」
厚生労働省「後期高齢者医療制度における金融所得の公平な反映」
金融庁「NISAを知る」
国税庁「株式等を譲渡したときの課税」
国税庁「上場株式等の譲渡所得等に係る申告分離課税制度」
財務省「個人向け国債」