老後の介護は家族が担うものという考え方が、大きく変わり始めています。
日本経済新聞と日経リサーチの共同調査によると、自分に介護が必要になった場合、71.0%が介護の専門職に任せたいと回答しました。おむつ交換については79.8%が専門職を希望しています。
一方、親の介護についても、同居せず専門職に任せたいという回答が49.3%に達しました。
こうした結果は、家族の絆が弱くなったことを意味するものではありません。むしろ、家族の生活や仕事を守りながら、必要な介護を受けたいという価値観が広がっていると考えられます。
人生100年時代の終活では、財産や相続の準備だけでなく、誰に介護を任せ、どこで暮らし、どのように費用を負担するかを考えることが重要になっています。
家族介護から専門職による介護への価値観の転換
今回の調査では、将来介護をしてほしい相手として、介護の専門職を選んだ人が71.0%でした。
配偶者やパートナーは18.9%、子どもは3.5%にとどまっています。
専門職を希望する理由として最も多かったのは、介護はプロに任せたいという回答で63.5%でした。
次いで、配偶者や子どもに迷惑をかけたくないという回答が57.6%を占めています。
ここには、介護を家族の義務として考えるのではなく、専門的な知識と技術が必要な生活支援として捉える意識の変化があります。
介護には、食事や入浴の介助、排せつの支援、認知症への対応など、さまざまな専門性が求められます。
家族が善意だけで介護を続けようとしても、身体的、精神的な負担が積み重なる可能性があります。
専門職に任せることは、家族の責任を放棄することではありません。
介護そのものは専門職に委ね、家族は本人の意思を尊重しながら、生活や精神面を支えるという役割分担も考えられます。
おむつ交換8割が専門職を希望する意味
今回の調査で特に注目されるのが、おむつ交換を頼みたい相手です。
介護の専門職が79.8%を占め、配偶者は14.7%、子どもや親族は2.0%でした。
排せつ介助は、介護を受ける本人にとっても、介護する家族にとっても心理的な負担が大きい行為です。
親が子どもに身体を見られることへの抵抗感や、子どもに負担をかけたくないという気持ちも考えられます。
また、介護する側にも、適切な身体介助の知識や技術が必要です。
無理な介助によって腰痛などを引き起こす可能性もあります。
専門職による介護を希望する背景には、単なる利便性だけでなく、本人の尊厳を守りたいという意識もあると考えられます。
ただし、希望すれば必ず専門職による十分な介護を受けられるわけではありません。
介護保険制度のサービス内容、利用限度額、地域の事業者の状況などによって、利用できる支援は異なります。
専門職に任せたいという希望を実現するためには、制度と費用について早い段階から理解しておく必要があります。
親の介護と仕事の両立が難しい現実
親の介護に対する考え方も変化しています。
今回の調査では、親に介護が必要になった場合、同居せず専門職に任せるという回答が49.3%でした。
同居せず、他の家族に任せるという回答も4.0%あります。
一方、介護に加わるが同居はしないという回答は26.4%、同居して介護に加わるという回答は16.9%でした。
さらに、親の介護と仕事を両立できると思う人は22.8%にとどまり、64.5%が両立できないと回答しています。
総務省の調査によると、働きながら家族などを介護するワーキングケアラーは2022年に約365万人に達しました。
仕事と介護の両立は、個人や家庭だけでなく、企業経営にとっても重要な課題です。
介護による欠勤や勤務時間の短縮、集中力の低下、さらには介護離職が発生すれば、本人の収入だけでなく、企業の生産性にも影響します。
特に50代から60代は、親の介護と自分自身の老後準備が重なりやすい年代です。
親の介護を理由に退職すると、給与収入の減少に加え、将来の厚生年金や老後資産の形成にも影響する可能性があります。
介護のために仕事を辞めることを最初の選択肢とせず、介護保険サービスや介護休業制度などを活用することが重要です。
介護保険制度を知ることが老後準備の第一歩
日本の介護保険制度は、原則として40歳以上が保険料を負担し、一定の条件を満たした人が介護サービスを利用する仕組みです。
65歳以上の第1号被保険者は、要介護・要支援認定などを受けることで、原因を問わず対象となる介護サービスを利用できます。
40歳から64歳までの第2号被保険者は、加齢に伴う特定疾病が原因で介護が必要になった場合などに対象となります。
利用者負担は原則1割ですが、一定以上の所得がある65歳以上の人は2割または3割となります。
また、介護保険の対象となるサービスには、訪問介護、通所介護、短期入所、施設サービスなどがあります。
ただし、要介護度に応じた区分支給限度基準額を超える居宅サービスの利用や、施設の食費・居住費などには別途負担が生じる場合があります。
今回の調査では、50代以上で介護保険を利用していない人の37.2%が、制度をほとんど知らない、または全く知らないと回答しています。
介護が必要になってから制度を調べ始めると、本人も家族も余裕を失いがちです。
元気なうちに地域包括支援センターの役割や、要介護認定の申請方法を知っておくことが大切です。
介護人材不足が専門職への希望を難しくする
専門職による介護を希望する人が増える一方で、介護現場では深刻な人材不足が続いています。
厚生労働省の推計では、介護職員の不足は2026年度に約25万人分、2040年度には約57万人分に達するとされています。
これは、必要とされる介護サービスに対して、担い手の確保が追いつかない可能性を示しています。
介護職員の待遇改善や職場環境の整備、外国人材の活用、介護ロボットやデジタル技術の導入など、複数の対策が求められます。
今回の調査でも、介護人材不足を補うために外国人材を増やすべきだと考える人は58.4%でした。
しかし、人材確保の問題は短期間で解決できるものではありません。
地域によっては、希望する介護サービスを十分に利用できない状況も考えられます。
老後の住まいを選ぶ際には、住宅価格や交通の利便性だけでなく、医療機関や介護事業者の充実度も重要な判断材料になります。
介護費用は年金と金融資産の両面から考える
介護を専門職に任せるためには、費用の準備も欠かせません。
公的介護保険があるため、介護サービスの費用をすべて自己負担するわけではありません。
しかし、在宅介護での住宅改修、介護用品、配食サービス、施設入居時の費用など、公的保険だけでは賄えない支出もあります。
特に介護期間が長期化すると、毎月の支出が家計に与える影響は大きくなります。
老後資金を考える際には、生活費、医療費、介護費を区別して見積もることが有効です。
例えば、介護に伴う追加負担が毎月5万円発生すると、年間60万円、5年間で300万円になります。
毎月10万円なら、5年間で600万円です。
これはあくまで単純な試算であり、実際の負担額は要介護度、利用するサービス、所得、居住形態などによって異なります。
重要なのは、介護費用を年金収入だけで賄えるのか、不足する場合にどの金融資産を取り崩すのかを考えておくことです。
また、認知症などで判断能力が低下した場合には、本人名義の金融資産を家族が自由に管理できるとは限りません。
財産管理の方法も含めた準備が必要になります。
エンディングノートは介護の希望を伝える手段
今回の調査では、終活の必要性を感じながら、実際には準備が進んでいない状況も明らかになりました。
60代以上でエンディングノートを作成済みの人は5.4%、作成中の人は13.1%でした。
一方、今後作成したいという人は62.8%に達しています。
また、自分が受けたい医療や介護について家族と話し合っている人は23.5%にとどまりました。
エンディングノートは、葬儀や相続の希望だけを記載するものではありません。
介護が必要になった場合の生活場所、希望する介護サービス、医療方針、緊急連絡先などを整理するためにも役立ちます。
例えば、自宅での生活をできるだけ続けたいのか、介護施設への入居を希望するのかによって、必要な準備は異なります。
さらに、介護費用として使ってよい預貯金や、家族に相談してほしい専門家なども記録しておくと、将来の判断に役立ちます。
ただし、エンディングノート自体に、遺言書や法定代理権と同じ法律上の効力があるわけではありません。
財産の承継や管理については、必要に応じて遺言、任意後見契約、家族信託などの制度を検討することになります。
家族に負担をかけない終活は家族との対話から始まる
家族に迷惑をかけたくないという思いから、介護の話題を避けてしまう人もいます。
しかし、本人の希望が伝わっていなければ、介護が必要になったときに家族が判断を迫られます。
介護を専門職に任せたいという希望があっても、どのサービスを利用するのか、費用をどこから支払うのかが決まっていなければ、家族の負担は軽くなりません。
終活では、本人の希望と家族の対応可能な範囲を確認することが重要です。
親が介護を受ける立場になった場合だけでなく、自分自身が介護を受ける立場になることも想定する必要があります。
家族が介護のすべてを担う必要はありませんが、専門職との連絡や契約、財産管理など、家族が関わる場面は残ります。
その役割をあらかじめ整理しておくことが、本人と家族の安心につながります。
結論
老後の介護は家族が担うものという従来の価値観から、専門職に任せるという考え方への転換が進んでいます。
おむつ交換で約8割が専門職を希望するという調査結果は、本人の尊厳を守り、家族の生活を大切にしたいという意識の表れとも考えられます。
しかし、介護人材不足が深刻化するなか、専門職による介護を希望するだけでは十分ではありません。
介護保険制度を理解し、必要な費用を準備し、住まいや財産管理の方法を考えておくことが重要です。
そして、本人の希望を家族と共有し、必要に応じて専門家の支援を受けられる体制を整えておく必要があります。
人生100年時代の終活は、亡くなった後の財産の分け方を考えるだけではありません。
自分が介護を必要とするようになっても、尊厳を保ちながら暮らし、家族も自分自身の人生を大切にできる環境を準備することが、これからの終活の重要な役割です。
参考
日本経済新聞 2026年11月2日 朝刊
「老後のおむつ交換は『プロに』8割 家族介護離れが鮮明に」
厚生労働省「介護保険制度の概要」「介護人材の必要数について」
総務省「令和4年就業構造基本調査」