超富裕層向けビジネスで、メガバンクが特に重視している顧客の一つが企業オーナーです。
企業オーナーには一般的な富裕層とは異なる特徴があります。
保有する財産の中で、自分が経営する会社の株式である自社株が非常に大きな割合を占めることです。
会社が成長すれば自社株の価値も上昇し、数十億円、数百億円の資産家になることがあります。
しかし、その財産の多くは銀行預金として存在しているわけではありません。
会社の株式という形で存在しています。
このため企業オーナーの資産管理では、会社の問題と個人の財産を切り離して考えることが難しくなります。
企業オーナーの資産はどのようになっているのか
例えば企業オーナーが、自分の会社の株式を100%保有しているとします。
会社の株式価値が30億円で、個人では預金や上場株式などを3億円保有しているとします。
この場合、オーナーの財産は合計33億円程度あると考えることができます。
しかし、そのうち30億円は自社株です。
自由に使える現金を33億円持っているわけではありません。
会社を経営し続けるのであれば、自社株を簡単に売却することもできません。
企業オーナーは非常に大きな資産を持ちながら、財産の大部分が自社株に集中していることがあります。
これが企業オーナー特有の資産構造です。
なぜ自社株が最大の資産になるのか
会社を創業したオーナーは、設立当初から大量の株式を保有しています。
会社が成長すると、その株式の価値も上昇します。
例えば設立時には1000万円程度だった会社が、数十年後に100億円の企業価値を持つ会社へ成長したとします。
オーナーが株式の60%を保有していれば、単純に考えると自社株の価値は60億円になります。
給与や役員報酬を積み上げて60億円の金融資産を築いたわけではありません。
会社そのものが成長した結果、自社株という財産が巨大になったわけです。
企業オーナーが超富裕層になる典型的な仕組みの一つです。
会社の財産と個人の財産は別物である
ここで注意したいのは、会社が持っている財産とオーナー個人の財産は法律上別物だということです。
会社が10億円の預金を持っているからといって、オーナー個人がその10億円を自由に使えるわけではありません。
会社の預金は会社の財産です。
一方、オーナーが所有しているのは基本的に会社の株式です。
会社から個人へ資金を移す場合には、役員報酬や配当など適切な方法をとる必要があります。
会社と個人は明確に区別しなければなりません。
それでも資産管理という観点では、両者を一体的に把握する必要があります。
別物なのになぜ一体で考えるのか
理由は、会社の状況によってオーナー個人の財産価値が大きく変わるからです。
会社の業績が良くなれば、自社株の価値が上昇する可能性があります。
反対に会社の業績が悪化すれば、自社株の価値も低下する可能性があります。
さらに会社を売却すれば、自社株が現金などの金融資産へ変わります。
会社を子どもへ承継すれば、自社株をどのように子どもへ移すのかという問題が発生します。
会社と個人は法律上別々でも、企業オーナーの財産形成という点では密接につながっているわけです。
経営権と財産が同じ株式に含まれている
自社株にはもう一つ重要な特徴があります。
単なる財産ではなく、会社を支配する経営権にも関係することです。
例えばオーナーが会社の株式の大部分を持っていれば、株主として会社の重要事項について大きな影響力を持ちます。
したがって自社株を相続させる場合、単純に財産を渡しているだけではありません。
会社の支配権も次世代へ移していることになります。
子どもが3人いるから自社株も3等分すればよいとは限りません。
株式が分散すれば、将来的に会社の意思決定が難しくなる可能性があります。
企業オーナーの相続が一般的な金融資産の相続より複雑になる理由の一つです。
事業承継と資産承継は同時に起こる
企業オーナーが後継者へ会社を引き継ぐ場合、二つの承継を考える必要があります。
一つは経営の承継です。
誰を社長にして、誰に会社経営を任せるのかという問題です。
もう一つが財産の承継です。
会社の株式を誰に持たせるのかという問題です。
社長を子どもへ交代しただけでは、自社株が創業者の手元に残ることがあります。
逆に株式だけを子どもへ移しても、経営能力や社内体制が整っていなければ事業承継はうまくいきません。
経営と株式の両方を考える必要があります。
これが事業承継と資産承継を一体で考える理由です。
後継者以外の子どもをどうするのか
さらに難しいのが、複数の相続人がいる場合です。
例えば長男が会社を継ぎ、長女と次男は会社経営に参加しないとします。
会社の経営を安定させるため、長男へ自社株を集中させたいと考えるかもしれません。
しかし相続財産の大部分が自社株だった場合、長男に株式を集中させると、ほかの相続人へ渡せる財産が少なくなる可能性があります。
そこで金融資産や不動産など、自社株以外の財産を準備することが重要になります。
企業オーナーの資産管理では、会社だけではなく個人の金融資産や不動産まで含めて考える必要があるわけです。
会社を売却すると資産構成が一変する
事業承継の方法は、子どもへ会社を引き継ぐことだけではありません。
第三者へ会社を売却するM&Aもあります。
例えば30億円相当の自社株を持っていたオーナーが、その株式を第三者へ売却したとします。
それまでオーナーの最大の財産だった自社株が、巨額の現金などへ変わります。
資産構成が一瞬で変わります。
会社を経営していたときには、自社株の価値をどう維持するかが重要でした。
会社売却後は、受け取った巨額の金融資産をどう守り、運用し、次世代へ引き継ぐかが重要になります。
ここでウェルスマネジメントやプライベートバンク、ファミリーオフィスなどの役割が大きくなります。
金融機関が企業オーナーを重視する理由
企業オーナーは金融機関にとって多くの取引につながる可能性を持つ顧客です。
会社には運転資金や設備投資などの融資需要があります。
事業承継では自社株や相続の問題が発生します。
会社を第三者へ売却する場合にはM&Aの支援が必要になります。
売却後には巨額の金融資産が生まれ、その運用需要が発生します。
さらに不動産や相続、次世代への資産承継まで取引が広がる可能性があります。
一人の企業オーナーとの関係から、法人取引と個人取引の双方が生まれるわけです。
メガバンクが超富裕層ビジネスで企業オーナーを重要視する理由がここにあります。
銀行と証券と信託が必要になる
企業オーナーの資産管理は、一つの金融サービスだけでは対応できません。
銀行は会社への融資や個人の資金調達を支援できます。
証券会社は資産運用だけでなく、M&Aや資本政策などに関わることができます。
信託銀行は不動産、相続、遺言、資産承継などを得意とします。
さらに税務や法務については外部の税理士や弁護士などの専門家との連携も必要になります。
企業オーナーの資産が複雑であるほど、多くの専門分野を組み合わせる必要があります。
メガバンクが銀行、証券、信託をまたいだ一体運営を強化している背景の一つです。
結論
企業オーナーの資産管理が一般的な富裕層の資産管理と大きく異なるのは、自社株という特殊な財産を持っていることです。
会社が成長すれば、自社株の価値が数十億円、数百億円になることがあります。
しかし自社株は単なる金融資産ではありません。
会社の経営権にも関係します。
そのため企業オーナーが次世代へ財産を引き継ぐときには、資産承継と事業承継を同時に考えなければなりません。
会社と個人の財産は法律上明確に別のものです。
それでも企業オーナーの資産管理では、会社、自社株、個人の金融資産、不動産などを全体として把握する必要があります。
会社を承継するのか、売却するのかによっても資産の姿は大きく変わります。
だからこそメガバンクにとって企業オーナーは、単なる富裕層顧客ではありません。
法人融資からM&A、資産運用、相続、事業承継まで長期間にわたる取引につながる重要な顧客です。
超富裕層向けビジネスの中心に企業オーナーが位置する理由は、会社の経営と個人の財産が、自社株を通じて密接につながっているところにあるといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 メガ銀、「超富裕層」を争奪 三井住友は営業担当者2倍
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 超富裕層 金融資産5億円以上の世帯