国内金利の上昇によって、企業年金を取り巻く運用環境が大きく変わっています。
超低金利の時代には、安全性の高い国内債券だけでは十分な利回りを確保することが難しく、企業年金は株式や外国債券、オルタナティブ資産などへ投資対象を広げてきました。
ところが長期金利が上昇すると、国債などでも2%台から3%台の利回りを期待できるようになります。
そこで出てくるのが、予定利率を引き上げるという選択肢です。
予定利率を引き上げれば、将来の運用収益をより多く見込めるため、理論上は企業が現在積み立てる掛金を抑えやすくなります。
しかし、金利が上がったからといって予定利率を簡単に引き上げてよいわけではありません。
企業年金は数十年という長い期間で運営される制度だからです。
予定利率を引き上げるとはどういうことか
確定給付企業年金では、将来従業員へ支払う年金を準備するために企業が掛金を積み立てています。
積み立てた資金は、そのまま保管するわけではありません。
国内債券や株式などで運用します。
そのため将来必要になる年金資金のすべてを、現在の掛金だけで準備する必要はありません。
運用によって増える部分も見込むことができます。
この計算で重要になるのが予定利率です。
例えば予定利率を2%から2.5%へ引き上げたとします。
これは簡単にいえば、
将来の運用によって以前より多くの収益を得られる
という前提へ変更することです。
当然、年金財政の計算にも影響します。
予定利率を上げると掛金を抑えやすくなる
予定利率と企業の掛金には密接な関係があります。
考え方を単純化すると、
予定利率が低い
将来の運用収益を少なく見込む
現在から多く積み立てる必要がある
という関係です。
反対に、
予定利率が高い
将来の運用収益を多く見込む
現在積み立てる金額を少なくできる
という関係になります。
例えば将来100億円の年金資金が必要になるとします。
運用収益をほとんど期待できなければ、企業は現在から多額の掛金を積み立てなければなりません。
一方、長期間にわたって一定の運用収益を期待できるのであれば、その運用益も将来の年金原資になります。
予定利率を引き上げることは、企業年金財政上、企業の掛金負担を軽くする方向に働く可能性があります。
金利上昇で予定利率を引き上げやすくなる理由
超低金利時代には、予定利率を高く設定することには大きなリスクがありました。
例えば予定利率を2.5%に設定していても、日本国債からほとんど利回りを得られない状況では、2.5%を確保するために株式や外国資産などでリスクを取らなければなりません。
しかし国内金利が上昇すると事情が変わります。
参考記事では、長期金利の指標となる10年国債利回りが3%台まで上昇しています。
一方、回答した企業年金の2026年度の予定利率は平均2.28%です。
単純比較はできませんが、安全性の高い国債の利回りが予定利率を上回る水準になってきたことは重要です。
企業年金にとって、予定している運用収益を実現できる可能性が以前より高まるからです。
予定利率を上げれば企業は得をするのか
ここで注意したいのは、予定利率を引き上げれば企業が必ず得をするわけではないことです。
予定利率は実際に保証される運用利回りではありません。
あくまで年金財政を計算するための前提です。
例えば予定利率を3%に引き上げたとします。
その結果、企業が拠出する掛金を減らせたとしても、実際の運用利回りが長期間2%にとどまればどうなるでしょうか。
予定していた運用収益を確保できません。
その不足が積み重なると、将来の年金給付に必要な資産が足りなくなる可能性があります。
確定給付企業年金では、原則として約束した給付を企業側が支える必要があります。
現在の掛金を減らした結果、将来追加負担が発生するのであれば、単純に得をしたとはいえません。
金利3%が将来も続くとは限らない
予定利率の引き上げが難しい最大の理由の一つが、企業年金の時間軸です。
市場金利は毎日変動します。
一方、企業年金は数十年単位で運営されます。
現在10年国債利回りが3%だったとしても、10年後や20年後まで同じ金利水準が続く保証はありません。
景気が悪化すれば金利が低下する可能性があります。
物価上昇率が低下したり、金融政策が変わったりすれば、再び債券利回りが下がることも考えられます。
現在の高い金利だけを見て予定利率を引き上げると、将来の運用環境が悪化したときに年金財政が苦しくなる可能性があります。
予定利率には短期的な市場金利ではなく、長期的に実現可能な運用収益を反映させる必要があります。
金利上昇には債券価格下落という側面もある
さらに金利上昇は、企業年金にとって良いことばかりではありません。
金利が上昇すると既に保有している債券の価格は下落します。
例えば利回り1%の債券を保有しているとき、新しく利回り3%の債券が発行されれば、1%しか利息を得られない古い債券の魅力は低下します。
そのため市場価格が下がります。
新しく債券を購入する側から見れば、高い利回りを得られるので金利上昇は歓迎できます。
一方、既に大量の債券を保有している企業年金では、保有債券の時価が下落する可能性があります。
予定利率の引き上げを検討するときには、新規投資の利回りだけではなく、既存資産への影響も考える必要があります。
資産構成によって事情は違う
企業年金によって運用資産の構成は大きく異なります。
国内債券を多く保有している年金もあれば、外国株式や外国債券、オルタナティブ資産などを多く保有している年金もあります。
そのため同じ金利上昇でも影響は同じではありません。
例えば今後多額の資金を国内債券へ投資できる企業年金なら、高い利回りを長期間固定できる可能性があります。
一方、既に低い利回りの長期債券を大量に保有していれば、新しい高利回り債券へ一気に入れ替えることは難しい場合があります。
予定利率を見直すときには、
現在どのような資産を持っているのか
今後どの程度の利回りで再投資できるのか
どの程度のリスクを取るのか
といった点を総合的に考える必要があります。
予定利率を引き上げても年金額が増えるとは限らない
もう一つ混同しやすい点があります。
予定利率を引き上げたからといって、従業員が将来受け取る年金額が自動的に増えるわけではありません。
確定給付企業年金では、年金の給付内容は制度の規約などによって決められています。
予定利率は主として、その給付を準備するために必要な掛金や年金財政を計算するための前提です。
したがって、
予定利率が2%から3%になった
だから自分の年金も1.5倍になる
という関係ではありません。
予定利率の変化は、まず企業年金の財政や掛金計算に影響するものと考えると分かりやすくなります。
企業年金は高い利回りより安定性を重視する
企業年金の目的は、投資競争で最高の収益率を上げることではありません。
将来約束した年金を安定して支払うことです。
そのため、予定利率を必要以上に高く設定してリスクの高い運用をするよりも、現実的な予定利率を設定し、その水準を安定して確保できる資産構成をつくることが重要です。
国内金利が上昇している現在は、企業年金にとって大きな転換点です。
これまで株式や外国資産などで取っていたリスクを減らし、国内債券によって必要な利回りを確保できる可能性が出てきたからです。
予定利率の引き上げより先に、資産配分そのものを見直す企業年金が増えることも考えられます。
結論
予定利率を引き上げることは、将来の運用収益をより多く見込んで企業年金の財政を計算することを意味します。
予定利率が高くなれば、理論上は現在必要となる掛金を抑えやすくなります。
国内金利が上昇し、国債などから2%台から3%台の利回りを期待できる環境になったことで、予定利率を引き上げる余地も以前より大きくなっています。
しかし企業年金は数十年単位で運営されます。
現在の金利3%が将来も続くとは限りません。
予定利率を高く設定しすぎて実際の運用収益が届かなければ、積立不足が発生し、最終的には企業の追加負担につながる可能性があります。
そのため重要なのは、現在の市場金利に合わせて予定利率を機械的に引き上げることではありません。
長期的に無理なく実現できる利回りを見極めることです。
金利上昇によって企業年金の運用環境は確実に改善しています。
しかし、その恩恵をどこまで予定利率に反映させるのかは、将来の年金給付を守るという視点から慎重に判断する必要があるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 企業年金、国内債に回帰 配分増加意向、過去最大 利回り回復で投資妙味