高齢期の財産について考えるとき、多くの人が最初に思い浮かべるのは相続です。
自宅を誰に残すのか。
預金をどう分けるのか。
相続税はいくらかかるのか。
生前贈与をした方がよいのか。
もちろん、どれも重要な問題です。
しかし人生100年時代には、相続より前にもう一つ大きな期間があります。
自分で財産を十分に管理できなくなってから、相続が発生するまでの期間です。
仮に認知症によって80歳で財産管理が難しくなり、90歳まで生きれば、その期間は10年あります。
この10年間の生活費や介護費を誰が管理し、自宅や金融資産をどう動かすのか。
高齢期の財産設計では、相続対策だけでなく、その前の10年を考える必要があります。
相続は死亡した後の問題
相続が発生するのは本人が亡くなった後です。
それまでは預金も不動産も株式も本人の財産です。
本人が認知症になったからといって、子どもの財産になるわけではありません。
ところが家族は、親の財産について相続の視点から考えてしまうことがあります。
この家はいずれ長男が相続する。
この預金はいずれ子どもたちで分ける。
そう考えていても、本人が生きている間には介護や生活のために財産を使う必要があります。
相続財産がいくら残るかより先に、本人が生涯安心して暮らせるかを考えなければなりません。
認知症になっても人生は続く
認知症になることと人生が終わることは同じではありません。
認知症になった後も生活は続きます。
食費が必要です。
住居費が必要です。
医療費が必要です。
介護サービス費も必要になります。
介護施設へ入居すれば、毎月の利用料が発生します。
趣味や外出を続けたい人もいるでしょう。
本人が財産を管理できなくなった後も、本人のお金を本人の人生のために使い続ける必要があります。
10年間の介護費を誰が支払うのか
例えば認知症になった父親が介護施設へ入居したとします。
毎月の施設費や医療費などを父親の年金と預金から支払います。
1年では問題がなくても、これが10年間続けば大きな金額になります。
さらに施設費だけではありません。
自宅を残していれば固定資産税や管理費、修繕費が必要です。
賃貸不動産があれば管理も続きます。
金融資産があれば、その管理方法も考える必要があります。
老後資金を考えるときは、本人が自分で管理できる期間だけでなく、誰かに管理してもらう期間まで想定する必要があります。
自宅をいつまで残すのか
相続対策では、自宅を誰が相続するかを考えます。
しかし認知症対策では、その前に自宅をどうするのかを考えます。
本人が介護施設へ入居した後も残すのか。
将来自宅へ戻る可能性があるのか。
空き家として維持するのか。
賃貸するのか。
売却して介護費用に充てるのか。
本人の判断能力が低下してから売却しようとすると、本人自身では契約できない可能性があります。
法定後見制度などの利用が必要になることもあります。
誰が相続するかより先に、本人が生きている間にその家をどう使うのかを考える必要があります。
金融資産も相続まで眠らせる必要はない
預金や株式などについても同じです。
将来子どもへ残す財産だから、できるだけ使わずに保存しようと考えることがあります。
しかし本人がより快適な介護施設で暮らしたいのであれば、そのために本人の財産を使うことは自然です。
介護サービスを増やす。
自宅をバリアフリー化する。
趣味を続ける。
家族と旅行する。
本人の財産は、相続人へ多く残すためだけに存在するものではありません。
本人が生きている間は、本人の人生を支えるための財産です。
相続税対策が本人の生活を圧迫してはいけない
生前贈与などによって相続財産を減らすことを考える人もいます。
しかし財産を早く家族へ渡しすぎると、本人の老後資金が不足する可能性があります。
認知症になってから介護期間が長期化すれば、想定以上のお金が必要になることもあります。
相続税を減らすために1,000万円を贈与した結果、数年後に本人の介護資金が不足したのでは本末転倒です。
高齢期の財産設計では、相続人にいくら残すかより、本人にいくら残す必要があるかを先に計算する必要があります。
財産を管理する人を決める
認知症後の10年で重要なのは、お金の額だけではありません。
誰が管理するのかという問題があります。
銀行預金は誰が管理するのか。
証券口座はどうするのか。
賃貸不動産は誰が管理するのか。
自宅を売却する必要が生じたら誰が手続きするのか。
介護施設との契約は誰が行うのか。
本人が元気なうちなら、こうした将来について自分で準備できます。
判断能力が低下した後では、利用できる選択肢が限られます。
家族信託は相続前の時間を支える
家族信託は相続対策として紹介されることがありますが、重要な役割の一つは本人が生きている間の財産管理です。
例えば父親が自宅や賃貸不動産を信託し、長男を受託者にします。
その後父親の判断能力が低下しても、信託契約の範囲で長男が財産管理を続けます。
必要であれば、契約内容に従って不動産を売却し、本人の生活や介護のために資金を使う設計も考えられます。
財産を誰に相続させるかだけではなく、本人が生きている期間にどう管理するのか。
そこに家族信託を利用する意味があります。
任意後見は本人の生活を支える
財産だけではなく、本人自身の生活に関する支援も必要です。
介護サービスの契約。
介護施設への入居契約。
生活費の管理。
住居に関する手続き。
こうした将来の法律行為について信頼できる人へ任せたい場合、本人が元気なうちに任意後見契約を準備する方法があります。
家族信託で財産を管理し、任意後見で本人の生活に関する法律行為を支える。
相続発生前の長い期間を想定すると、こうした役割分担の意味も見えてきます。
法定後見制度も必要な期間を支える仕組みへ変わる
2026年6月に成立した改正法では、法定後見制度も大きく変わります。
現在の後見、保佐、補助を補助に一本化し、本人に必要な支援について個別に権限を設定します。
さらに家庭裁判所が支援の必要がなくなったと判断すれば、制度を終了できるようになります。
認知症になった人の残りの人生を一律に管理するのではなく、その時点で必要な部分を支援する方向への転換です。
長い高齢期を前提とするからこそ、本人の状態に応じて支援内容を変えていくことが重要になります。
相続対策と財産管理対策を分ける
高齢期の財産設計では、2つの時間軸を分けて考えると分かりやすくなります。
1つは本人が生きている期間です。
生活費、介護費、医療費を支払い、財産を管理します。
もう1つは本人が亡くなった後です。
残った財産を相続人へ承継します。
前者が認知症を含む財産管理対策です。
後者が相続対策です。
両方とも重要ですが、時間の順番では財産管理が先です。
本人の生活を守った結果として残った財産を、次の世代へ承継することになります。
100歳までの資金計画を考える
人生100年時代の財産管理では、平均寿命だけで資金計画を作らないことも重要です。
自分が100歳まで生きたらどうなるのか。
そのうち最後の10年間、自分で財産管理ができなかったらどうするのか。
年金はいくら入るのか。
毎月の生活費はいくら必要なのか。
介護費はいくらまで対応できるのか。
自宅を売却する必要があるのか。
こうした長い時間軸で考えると、相続税を減らすことより先に解決すべき問題が見えてきます。
結論
認知症対策で重要なのは、相続が発生した後だけではありません。
むしろ大切なのは、その前の時間です。
80歳で財産管理が難しくなり、90歳まで生きれば10年間あります。
その10年間に生活費を払い、介護を受け、自宅を管理し、必要なら財産を売却しなければなりません。
本人が自分でできなければ、誰かが支援する必要があります。
相続税対策では、亡くなった時点でいくら財産が残るかを考えます。
認知症対策では、そこへ至るまで本人がどう暮らすかを考えます。
人生100年時代の財産設計では、相続人に財産を残すことより先に、本人が最後まで財産を使える仕組みを作ることが重要です。
相続の瞬間ではなく、その前の10年を見る。
そこから考え始めることで、高齢期の財産管理の姿は大きく変わるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 マネー相談 黄金堂パーラー 認知症と財産管理 上 変わる法定後見 必要なとき利用 解任も可能
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 改正法待たず早めに準備を