認知症への備えを考えるとき、家族がいることを前提に制度が説明されることがあります。
子どもを銀行口座の代理人にする。
長男を家族信託の受託者にする。
配偶者と任意後見契約を結ぶ。
しかし、すべての人に頼れる家族がいるわけではありません。
配偶者がいない人。
子どもがいない人。
兄弟姉妹とは疎遠になっている人。
親族はいても遠方で暮らしている人。
こうしたおひとりさまが認知症になった場合、誰が預金を管理し、介護施設との契約を行い、生活を支えるのでしょうか。
人生100年時代には、家族に頼らない財産管理の仕組みを考えることが重要になっています。
認知症になっても生活は止まらない
一人暮らしの人が認知症になっても、毎日の生活は続きます。
家賃やマンション管理費を支払います。
電気やガスなどの料金を支払います。
税金や社会保険料もあります。
医療費や介護費も必要です。
介護施設へ入居するなら契約手続きも必要になります。
本人が自分で判断し、手続きできる間は問題ありません。
しかし判断能力が低下すると、これまで一人で行ってきた財産管理や契約を誰かに支援してもらう必要が出てきます。
家族がいなければ財産が国に管理されるわけではない
おひとりさまだからといって、認知症になった瞬間に行政が財産を管理してくれるわけではありません。
本人の預金や不動産は、認知症になった後も本人の財産です。
銀行が代わりに生活費を管理してくれるわけでもありません。
介護事業者が自由に本人の預金を使えるわけでもありません。
本人が財産を管理できなくなった場合には、法的な権限を持つ支援者を確保する必要があります。
その代表的な仕組みが成年後見制度です。
法定後見制度は親族がいなくても利用できる
法定後見制度は、子どもがいる人だけの制度ではありません。
本人の判断能力が低下し、財産管理や契約について支援が必要になれば、家庭裁判所の手続きを通じて後見人などが選任される仕組みがあります。
親族が適切な支援者になれない場合には、弁護士や司法書士などの専門職が選任されることがあります。
専門職であれば、本人の預金管理や必要な支払いなどを法律上の権限に基づいて行うことができます。
家族がいないから成年後見制度を利用できないということではありません。
誰が申し立てるのかという問題がある
ただし、おひとりさまの場合には制度を利用する前の段階に問題があります。
本人が自分で申し立てられる状態ならよいのですが、認知症が進んでいる場合には難しくなることがあります。
近くに家族がいれば、家族が本人の変化に気づき、必要な手続きについて相談することができます。
おひとりさまでは、その役割を担う人がいない可能性があります。
だからこそ、完全に判断能力を失ってから考えるのではなく、元気なうちから支援につながる仕組みを作っておくことが重要になります。
任意後見なら自分で支援者を選べる
おひとりさまにとって重要な選択肢の一つが任意後見です。
本人に十分な判断能力がある間に、将来自分の判断能力が低下した場合に支援してもらう人を自分で選び、契約しておきます。
相手は必ずしも子どもや兄弟姉妹である必要はありません。
信頼できる人や専門職などを選ぶことも考えられます。
法定後見では判断能力が低下した後に家庭裁判所が支援者を選びます。
任意後見では、自分が元気なうちに将来の支援者を決められます。
おひとりさまだからこそ、自分で選べる時期を活用する意味があります。
任意後見契約を作るだけでは終わらない
任意後見契約を結べば、それだけですべて安心というわけではありません。
任意後見は、本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することによって本格的に始まります。
そのため重要になるのが、本人の判断能力が低下したことを誰が把握するのかという問題です。
定期的に本人と連絡を取る人がいなければ、認知症の進行に気づくのが遅れる可能性があります。
おひとりさまの対策では、契約だけではなく見守りまで含めて考える必要があります。
元気な時期の見守りも重要になる
認知症は、ある日突然すべての判断能力を失うとは限りません。
少しずつ物忘れが増える。
支払いを忘れる。
同じ商品を何度も購入する。
金融機関からの郵便物を理解できなくなる。
こうした変化が現れることがあります。
家族と同居していれば変化に気づきやすいでしょう。
一人暮らしでは気づかれにくい可能性があります。
定期的に連絡を取る人や相談先を作っておくことは、財産管理対策の一部になります。
家族信託は受託者が必要になる
認知症対策として家族信託が注目されています。
しかしおひとりさまの場合には、誰を受託者にするのかという問題があります。
家族信託は、信頼できる受託者が財産を管理する仕組みです。
家族や親族の中に適切な人がいなければ、単純に利用できるとは限りません。
制度の名前だけを見て、自分にも家族信託が最適だと考えることはできません。
誰に財産管理を任せられるのかという人的な条件から考える必要があります。
銀行の代理人サービスも相手が必要になる
金融機関の予約型代理人サービスについても同じです。
本人が元気なうちに将来の代理人を指定できることは便利ですが、当然ながら代理人になってもらう人が必要です。
子どもがいなくても、制度上認められる範囲でほかの親族などを指定できる場合があります。
ただし対象者や条件は金融機関によって異なります。
おひとりさまの場合には、金融機関に口座を作るときの利便性だけではなく、将来自分が取引できなくなった場合の仕組みも確認しておくことが重要です。
財産を複雑にしすぎない
一人で財産を管理している間は、複数の銀行や証券会社を使い分けることもできます。
しかし将来、第三者に管理を任せる可能性を考えると、財産構成を必要以上に複雑にしないことも重要です。
使っていない銀行口座を解約する。
証券口座を整理する。
不要なクレジットカードを減らす。
定額制サービスを見直す。
重要書類をまとめる。
財産一覧を作る。
こうした整理だけでも、将来支援する人の負担を大きく減らすことができます。
自宅をどうするか決めておく
おひとりさまでは、自宅の問題も特に重要です。
認知症になって介護施設へ入居した場合、自宅をどうするのでしょうか。
そのまま残すのか。
売却して介護費用に充てるのか。
賃貸するのか。
本人の判断能力が低下してからでは、不動産売却などの契約が難しくなる可能性があります。
将来自宅をどのように利用したいのかを元気なうちに考え、それに必要な財産管理の仕組みを準備しておく必要があります。
財産を残す相手より自分のために使う方法を考える
おひとりさまの財産設計では、誰に相続させるかという問題が注目されます。
しかしその前に考えたいのは、自分の財産を自分のためにどう使うかです。
より安心できる住まいへ移る。
必要な介護サービスを利用する。
医療を受ける。
趣味や旅行を続ける。
生活を支援してくれるサービスを利用する。
本人が生きている間は、財産は本人の生活のためにあります。
相続先を決めることと同時に、自分が判断できなくなった後も自分のために財産を使える仕組みを考えることが重要です。
法定後見制度の改正はおひとりさまにも重要
2026年6月に成立した改正法では、法定後見制度が大きく変わります。
現在の後見、保佐、補助を補助に一本化し、本人に必要な支援について個別に権限を設定する仕組みになります。
支援の必要がなくなれば、家庭裁判所の判断によって制度を終了できるようになります。
おひとりさまであっても、必要なときに必要な支援を受けるという考え方は同じです。
ただし改正法は2028年12月までに施行される予定です。
制度改正を待つのではなく、現在すでに支援が必要なら現在の制度を利用することを考える必要があります。
おひとりさまほど早く準備する意味がある
家族がいる人なら、本人の判断能力が低下した後に家族が制度を調べてくれる可能性があります。
おひとりさまでは、それを当然には期待できません。
だからこそ自分で判断できる時期に、
誰に相談するのか。
誰に財産管理を任せたいのか。
自宅をどうしたいのか。
どのような生活を送りたいのか。
必要な契約や情報をどこに残すのか。
を考えておく意味が大きくなります。
家族がいないこと自体よりも、何も決めないまま判断能力を失うことの方が大きなリスクなのです。
結論
おひとりさまが認知症になった場合でも、預金や不動産は本人の財産です。
行政や金融機関が自動的にすべてを管理してくれるわけではありません。
本人が財産管理や契約をできなくなれば、誰かが法的な権限を持って支援する仕組みが必要になります。
その方法として法定後見制度があります。
さらに本人が元気なうちなら、任意後見などを利用して将来の支援者を自分で決めることもできます。
そして、おひとりさまでは契約だけでなく、認知症の兆候に気づいてくれる見守りの仕組みも重要になります。
人生100年時代のおひとりさま対策とは、単に相続先を決めることではありません。
自分で判断できなくなった後も、自分の財産を自分の生活のために適切に使ってもらえる仕組みを作ることです。
頼れる家族がいるかどうかではなく、頼れる仕組みを元気なうちに作っているかどうか。
それが、おひとりさまの認知症対策では大きな違いになるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 マネー相談 黄金堂パーラー 認知症と財産管理 上 変わる法定後見 必要なとき利用 解任も可能
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 改正法待たず早めに準備を