認知症への備えとして、元気なうちに子どもや孫へ財産を渡しておけばよいと考える人がいます。
自分で財産を管理できなくなる前に預金を減らしておけば、将来の財産管理も簡単になります。
相続財産を減らすことで、相続税対策につながる場合もあります。
しかし生前贈与は、認知症対策として単純に財産を早く家族へ移せばよいというものではありません。
一度贈与した財産は、原則として贈与を受けた人の財産になります。
その後、自分の介護費や生活費が不足しても、当然に返してもらえるわけではありません。
人生100年時代の生前贈与では、相続税より先に自分の老後資金を考える必要があります。
贈与には本人の意思が必要
生前贈与は契約です。
財産を渡す人が贈与する意思を持ち、受け取る人がそれを受け入れることで成立します。
そのため、財産を渡す本人が贈与の意味を理解して判断できることが重要です。
認知症と診断されたから直ちにすべての贈与ができなくなるわけではありません。
認知症の程度は人によって異なります。
重要なのは、贈与する財産や相手、その結果などを本人が理解できる状態にあるかどうかです。
判断能力が大きく低下してから、家族が本人名義の預金を動かして「生前贈与をしたことにする」という方法は問題があります。
家族が勝手に贈与を続けることはできない
例えば父親が元気なころ、毎年子どもや孫へ一定額を贈与していたとします。
その後、父親の認知症が進み、自分で贈与について判断できなくなりました。
家族としては、これまで続けてきたのだから同じ贈与を続けてもよいと考えるかもしれません。
しかし本人の財産は本人のものです。
過去に贈与していたという事実だけで、家族が本人の預金を自由に子どもや孫へ移せるわけではありません。
過去の本人の意思と、現在新たに財産を移転することは分けて考える必要があります。
後見人は相続税対策を目的にできない
法定後見制度を利用している場合には、さらに注意が必要です。
後見人の役割は本人の財産を本人のために管理することです。
相続税対策を目的として本人の財産を将来の相続人へ移転すれば、本人の財産は減ります。
その結果として利益を受けるのは、主として将来の相続人です。
本人の利益を守る後見人の役割とは一致しない可能性があります。
後見人が付けば、それまで行っていた生前贈与を自由に続けられると考えるべきではありません。
贈与すると自分のお金ではなくなる
生前贈与で最も重要なのは、贈与した後の財産の所有者が変わることです。
例えば子どもへ1,000万円を贈与したとします。
贈与が有効に成立すれば、その1,000万円は子どもの財産になります。
親が将来介護施設へ入り、資金が不足したからといって、当然に1,000万円を返してもらえるわけではありません。
もちろん家族関係が良好で、子どもが親を支援することはあるでしょう。
しかし法律上、自分の財産として確保している状態とは違います。
認知症対策として財産を移す場合、この点を忘れてはいけません。
長生きするほど自分のお金が必要になる
人生100年時代では、老後期間そのものが長くなる可能性があります。
介護施設の費用。
医療費。
自宅の修繕費。
生活費。
趣味や旅行。
高齢になってもさまざまな支出があります。
認知症になれば、介護や見守りに追加費用が必要になることもあります。
相続税を減らすために財産を早く渡しすぎ、その後本人の生活資金が不足してしまっては本末転倒です。
生前贈与を考える前に、まず自分が何歳まで生きても困らない資金を確保する必要があります。
自宅の贈与はさらに慎重に考える
現金だけでなく、不動産を子どもへ贈与する方法を考える人もいます。
しかし自宅は単なる相続財産ではありません。
本人が生活する場所です。
自宅を子どもへ贈与すれば、所有者は子どもになります。
その後の家族関係や子どもの経済状況によって、本人の生活に影響が及ぶ可能性も考えなければなりません。
また不動産の贈与には税金や登記などの問題もあります。
認知症対策だからという理由だけで、自宅の所有権を早期に移転することが適切とは限りません。
家族信託は贈与とは違う
認知症対策では、家族信託と生前贈与を混同しないことも重要です。
例えば父親が委託者兼受益者となり、長男を受託者として自宅や金銭を信託するケースがあります。
この場合、長男が信託財産を管理しますが、父親が受益者としてその財産から利益を受ける設計が考えられます。
単純に財産を長男へ贈与するのとは仕組みが異なります。
財産を管理する権限と、その財産から経済的利益を受ける権利を分けて設計できることが家族信託の特徴です。
認知症対策の目的が財産管理であれば、必ずしも所有権そのものを家族へ贈与する必要はありません。
贈与税だけを見てはいけない
生前贈与を考えると、どうしても贈与税に目が向きます。
いくらまでなら税負担を抑えられるのか。
どの制度を使えば有利なのか。
相続税はいくら減るのか。
もちろん税務上の検討は重要です。
しかし認知症対策として考えるなら、税金だけでは不十分です。
贈与後に本人の生活費は足りるのか。
介護費用を確保できているのか。
贈与した財産を本人が必要になった場合にどうするのか。
財産管理の仕組みは残っているのか。
こうした点を同時に考える必要があります。
家族間の公平にも影響する
生前贈与は家族関係にも影響します。
長男には1,000万円を贈与した。
長女には何も渡していない。
孫の中でも特定の人だけに多額の贈与をした。
本人が元気なうちは、その理由を家族へ説明できるかもしれません。
しかし認知症が進んだ後には本人から説明することが難しくなります。
相続が発生したときに、他の家族が「なぜあの人だけ多くもらったのか」と疑問を持つ可能性があります。
贈与をするなら、本人の意思が明確なうちに方針を整理しておくことが重要です。
生前贈与の記録を残す
実際に生前贈与を行う場合には、記録を残すことも重要です。
いつ。
誰に。
何を。
いくら贈与したのか。
どのような方法で移転したのか。
こうした情報を整理しておけば、後の相続手続きでも役立ちます。
特に高齢になってからの多額の財産移転では、本人の意思に基づく贈与だったことを確認できる資料が重要になる場合があります。
家族だけの曖昧な口約束で大きな財産を動かすことは避けたいところです。
相続対策より本人の生活が先
高齢期の財産管理で順番を間違えてはいけません。
最初に確保すべきなのは本人の生活です。
その次に、判断能力が低下しても財産を適切に管理できる仕組みを考えます。
そして余裕のある財産について、生前贈与や相続対策を検討します。
相続税対策を最優先して本人の財産を減らすのではなく、本人が100歳まで生きても生活できることを前提に考える必要があります。
財産は相続人へ残すためだけにあるものではありません。
本人自身の人生を支えるためのものです。
結論
認知症になる前の生前贈与は、家族への財産承継や相続対策として意味を持つ場合があります。
しかし認知症対策として、単純に財産を早く子どもへ渡せばよいわけではありません。
贈与には本人の意思と判断能力が必要です。
そして一度贈与した財産は、原則として受け取った人の財産になります。
その後、本人の介護費や生活費が不足しても、自分の財産として自由に使えるわけではありません。
認知症対策の目的が財産を管理できる状態にしておくことであれば、家族信託や任意後見など別の方法が適していることもあります。
人生100年時代の生前贈与で最初に考えるべきなのは、いくら相続税を減らせるかではありません。
自分が最後まで安心して暮らすために、いくら自分の財産として残しておく必要があるのかです。
残す財産を決めてから、渡せる財産を考える。
この順番が、高齢期の生前贈与では重要なのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 マネー相談 黄金堂パーラー 認知症と財産管理 上 変わる法定後見 必要なとき利用 解任も可能
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 改正法待たず早めに準備を