相続が発生すると、遺言書がない場合などには相続人同士で遺産をどのように分けるかを話し合うことがあります。
遺産分割協議です。
ところが相続人の中に認知症によって十分な判断能力を持たない人がいると、話は簡単ではありません。
例えば父親が亡くなり、相続人が母親と2人の子どもだったとします。
母親の認知症が進み、遺産分割の内容を理解できない状態であれば、子どもたちだけで「母親の分も含めて決めておこう」と遺産分割を進めることはできません。
2026年6月に成立した法定後見制度の改正法は、こうした相続の場面にも大きな影響を与えることになります。
遺産分割には相続人全員の参加が必要
遺産分割協議では、原則として相続人全員が参加して合意する必要があります。
相続人が配偶者と子ども2人なら、3人で協議します。
問題は、そのうち1人の判断能力が低下している場合です。
遺産分割は重要な法律行為です。
どの財産を取得するのか。
預金をいくら受け取るのか。
自宅を誰が相続するのか。
こうした内容を理解したうえで意思表示する必要があります。
単に名前を書けるというだけではなく、協議の意味や結果を理解できることが重要になります。
認知症だから直ちに参加できないわけではない
ここでも重要なのは、認知症という診断名だけで判断しないことです。
認知症にはさまざまな段階があります。
物忘れが増えていても、相続財産の内容や遺産分割によって自分が何を取得するのかを理解できる場合もあります。
反対に認知症が進み、遺産分割の意味そのものを理解することが難しい場合もあります。
問題になるのは病名ではなく、遺産分割という法律行為について必要な判断能力があるかどうかです。
判断能力が十分でなければ、本人だけで有効な遺産分割協議をすることは難しくなります。
子どもが代わりに決めることはできない
母親の判断能力が低下している場合、子どもが「母の分は私たちで決めよう」と考えることがあるかもしれません。
しかし子どもであるという理由だけで、母親の相続権について代理して決められるわけではありません。
母親には母親自身の相続権があります。
母親が取得する財産を他の相続人が勝手に減らしたり放棄させたりすることはできません。
家族の中では合理的な分け方だと思っていても、本人の権利を守る仕組みが必要になります。
法定後見制度が必要になる場合がある
判断能力が不十分な相続人が遺産分割協議に参加する必要がある場合、法定後見制度などの利用が必要になることがあります。
家庭裁判所への申し立てを行い、後見人などが本人を支援します。
後見人は本人の財産や権利を守る立場です。
そのため他の相続人にとって都合のよい遺産分割をそのまま受け入れる役割ではありません。
例えば子どもたちが「母親は施設にいるので自宅は必要ない。自宅は長男が全部相続しよう」と考えても、それが母親の利益に反するのであれば簡単には進められません。
本人の利益を守るという視点が必要になります。
後見人と本人の利益が対立する場合もある
さらに注意したいのが利益相反です。
例えば父親が亡くなり、相続人が母親と長男だったとします。
母親に後見人が付いており、その後見人が長男だった場合を考えます。
遺産分割では長男自身も相続人です。
長男には自分自身の相続利益がある一方、母親の後見人として母親の利益も守らなければなりません。
このように本人と後見人の利益が対立する場面では、通常の代理ができず、別の手続きが必要になることがあります。
家族が後見人になれば相続も簡単に進められるとは限らないのです。
現行制度では遺産分割後も後見が続くことがある
現在の法定後見制度には大きな課題があります。
遺産分割のために後見制度が必要になったとしても、遺産分割が終わったからという理由だけで簡単に制度を終了できるわけではないことです。
原則として本人が死亡するか判断能力が回復するまで利用が続きます。
例えば母親は日常の買い物や預金管理には大きな問題がないものの、複雑な遺産分割協議についてだけ支援が必要だったとします。
それでも制度の利用が長期間続く可能性があります。
この使いにくさが、法定後見制度の利用をためらわせる要因の一つになってきました。
改正後は遺産分割だけ利用することも可能に
2026年6月に成立した改正法では、この点が大きく変わります。
改正後は本人に必要な支援について個別に権限を設定する仕組みになります。
さらに家庭裁判所が支援の必要がなくなったと判断すれば、制度を終了できるようになります。
例えば夫が亡くなり、妻に軽度の認知症があるケースです。
妻は日常の金銭管理はできます。
しかし遺産分割協議は複雑で十分な判断が難しい。
この場合、遺産分割について必要な支援を受け、遺産分割が終われば制度を終了するという利用方法が可能になります。
本人ができることまで継続的に他人へ任せる必要がなくなります。
判断能力が大きく低下していれば継続支援も必要
もちろん、すべてのケースで遺産分割終了後に支援が不要になるわけではありません。
妻の認知症が進み、日常的な預金管理や契約などについても継続的な支援が必要な場合があります。
その場合には遺産分割だけでなく、金銭管理などについても必要な権限を設定することになります。
遺産分割が終わった後も、必要な範囲について支援を継続します。
重要なのは、認知症というだけで一律に広い権限を与えるのではなく、その人に何が必要なのかを個別に判断する考え方です。
相続はいつ起こるか分からない
認知症と相続の問題が難しいのは、どちらが先に起こるか分からないことです。
夫が先に認知症になるかもしれません。
妻が先に認知症になるかもしれません。
認知症になる前に配偶者が亡くなることもあります。
90代の親が亡くなったとき、その子どもも60代や70代になっています。
相続人自身が認知症になっている可能性もあります。
人生100年時代では、相続対策を考えるときに相続人の判断能力まで視野に入れる必要があります。
遺言書が重要になる場合もある
遺産分割の問題を減らす方法として、遺言書を準備することも重要です。
遺言によって誰にどの財産を承継させるかをあらかじめ定めておけば、相続発生後に遺産分割協議を行わなくてもよいケースがあります。
相続人の中に将来判断能力が低下する可能性のある人がいる場合、遺言書の意味はさらに大きくなります。
ただし遺言書についても、本人が遺言内容を理解できる能力を持っている間に作成する必要があります。
認知症が進んでから慌てて作ればよいものではありません。
また遺留分など、別途考慮すべき問題もあります。
相続対策は税金だけではない
相続対策というと、相続税をいくら減らせるかに関心が向きがちです。
しかし高齢化が進むほど重要になるのが、相続手続きを実際に進められるかという問題です。
相続人は誰なのか。
その人たちは判断できる状態なのか。
不動産は共有にならないか。
誰が財産を管理するのか。
認知症の相続人がいた場合にどうするのか。
税金を減らすことができても、遺産分割そのものが進まなければ家族は困ります。
相続税対策と相続手続き対策は分けて考える必要があります。
結論
相続人の中に認知症の人がいても、認知症という診断だけで遺産分割ができなくなるわけではありません。
重要なのは、その人が遺産分割の内容と結果を理解して判断できるかどうかです。
判断能力が十分でなければ、他の家族だけで本人の相続分を決めることはできず、法定後見制度などの利用が必要になる場合があります。
現行制度では遺産分割のために後見制度を利用すると、その後も利用が続く可能性があります。
しかし2026年6月に成立した改正法では、必要な支援を必要な期間だけ利用する方向へ制度が変わります。
遺産分割だけ支援を受け、必要がなくなれば終了するという使い方も可能になります。
人生100年時代の相続では、財産を残す人だけを見ていてはいけません。
財産を受け取る配偶者や子どもも高齢になります。
相続税をどうするかだけではなく、相続が発生したときに家族全員が手続きを進められる状態なのかまで考えておく。
それがこれからの相続対策では重要になるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 マネー相談 黄金堂パーラー 認知症と財産管理 上 変わる法定後見 必要なとき利用 解任も可能
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 改正法待たず早めに準備を