離婚後の養育費が支払われない問題は、父母と子供だけの問題ではありません。
養育費を十分に受け取れないひとり親家庭では、生活費や教育費の負担が大きくなり、経済的な困難に直面する場合があります。
こうした家庭を支えるため、国や自治体は児童扶養手当、就労支援、生活相談など、さまざまな施策を実施しています。
しかし、養育費の支払いが継続されれば、ひとり親家庭の生活が安定し、子供の教育機会を確保しやすくなる可能性があります。
そこで注目されているのが、オンライン紛争解決手続きであるODRを自治体の支援制度と組み合わせる取り組みです。
スマートフォンを利用して養育費の取り決めや調停を進められれば、法律専門家への相談や家庭裁判所での手続きに負担を感じていた人にも、新しい選択肢が生まれます。
一方、自治体が民間のODRサービスを支援する場合には、公費負担の妥当性や費用対効果、利用者の安全性なども検討する必要があります。
今回は、養育費問題と自治体財政の関係を整理し、ODRを活用した公的支援の可能性と課題を考えます。
養育費の未払いは子供の生活に直結する
養育費は、離婚後も父母が子供の生活を支えるために負担する費用です。
食費、衣服代、住居費、教育費、医療費など、子供の成長に必要な支出を賄う役割があります。
しかし、日本では養育費を継続して受け取れていないひとり親家庭が多く存在します。
厚生労働省の2021年度全国ひとり親世帯等調査では、母子世帯で養育費を現在受け取っている割合は28.1%でした。
つまり、約7割の母子世帯が養育費を受け取っていないことになります。
ただし、この数字には、養育費の取り決めをしていない家庭なども含まれます。
養育費が支払われない理由は一つではありません。
離婚時に十分な話し合いができなかった場合もあれば、取り決めをしていても支払いが途中で止まる場合もあります。
相手方の収入が減少したり、失業したりすることで、支払いが難しくなることもあります。
また、家庭内暴力などの事情から、相手方との接触を避ける必要がある場合もあります。
このように、養育費の問題は単純な未払い債権の回収とは異なり、子供の生活と家族関係に深く関わっています。
児童扶養手当と養育費の関係
ひとり親家庭を支える代表的な制度が児童扶養手当です。
児童扶養手当は、父母の離婚などによって、父または母と生計を同じくしていない児童を養育する家庭などに支給される制度です。
所得や児童の人数などに応じて、手当の全部または一部が支給されます。
ただし、児童扶養手当と養育費は、制度の性質が異なります。
児童扶養手当は公的な生活支援制度であるのに対し、養育費は父母の扶養義務に基づくものです。
また、児童扶養手当の所得判定では、受け取った養育費の80%相当額が所得に算入されます。
例えば、年間60万円の養育費を受け取った場合には、原則として48万円が所得判定に反映される計算になります。
もっとも、児童扶養手当の支給額は、他の所得や扶養親族の状況などによっても変わります。
養育費を受け取れば、その分だけ児童扶養手当が減るという単純な仕組みではありません。
また、養育費の増加によって手当が減額される場合でも、世帯全体の可処分所得がどのように変化するかは、個別に確認する必要があります。
自治体が養育費の確保を支援する際には、児童扶養手当との関係も含め、利用者に分かりやすく説明することが重要です。
法定養育費制度がもたらす変化
2026年4月施行の改正民法では、法定養育費制度が導入されました。
離婚時に養育費の取り決めをしていない場合でも、一定の要件のもとで、子供1人につき月額2万円の法定養育費を請求できる仕組みです。
例えば、対象となる子供が2人いる場合には、月額4万円が基本となります。
ただし、法定養育費は、すべての家庭にとって適正な養育費を月額2万円と定める制度ではありません。
父母が具体的な養育費を取り決めるまでの間などに、子供の生活を支えるための暫定的な制度です。
また、一定の場合には支払義務の全部または一部について免除などが認められる余地があります。
重要なのは、制度によって請求権が認められても、実際に支払われるとは限らないことです。
相手方が支払いに応じない場合には、必要に応じて法的な手続きを検討しなければなりません。
自治体には、制度の周知だけでなく、利用者が具体的な請求や合意形成につなげられるよう支援する役割が期待されます。
ODRによって養育費の協議を支援する
ODRは、インターネットを利用して紛争解決を進める仕組みです。
養育費問題では、スマートフォンを通じて必要な情報を提出し、父母間の協議や調停を進める方法が考えられます。
例えば、父母それぞれの収入や子供の人数、生活費などの情報を整理し、養育費の金額について話し合うことができます。
中立的な調停人が関与すれば、当事者だけでは難しい合意形成を支援できる可能性があります。
チャイルドサポートは、2025年4月からLINEなどを利用した離婚の合意形成支援サービスを提供しています。
また、2026年10月には法定養育費の請求に特化したODRサービスを開始しました。
こうした仕組みの利点は、利用者が自宅などから手続きを進められることです。
仕事や育児のために外出が難しい人にとって、時間的な負担を軽減できる可能性があります。
ただし、家庭内暴力や虐待などの事情がある場合には、オンラインであっても相手方との協議が適切とは限りません。
利用者の安全を最優先に考え、必要に応じて弁護士や公的な相談機関、家庭裁判所などにつなぐ仕組みが重要です。
自治体による費用補助の意義
ODRを利用する場合には、サービスによって利用料金が発生します。
チャイルドサポートが提供する離婚の合意形成支援サービスでは、申し立て手数料が6万9,800円からとされています。
この金額は、経済的に余裕のないひとり親家庭にとって、決して小さな負担ではありません。
そこで、自治体による費用補助が重要になります。
報道によれば、チャイルドサポートは沖縄県うるま市、大阪府守口市、埼玉県戸田市など、複数の自治体と連携しています。
ODRや公正証書作成などの費用負担を軽減する取り組みが進められています。
ただし、具体的な補助対象や上限額、申請要件は自治体によって異なります。
自治体が費用を補助することによって、法律サービスを利用しにくかった家庭にも支援が届く可能性があります。
一方、公費を投入する以上、支援によってどのような成果が得られたかを検証する必要があります。
利用件数だけでなく、合意成立率や養育費の継続受給率などを確認することが重要です。
公正証書作成支援との組み合わせ
養育費の支払いを確保するためには、合意内容を適切な書面に残すことが重要です。
例えば、父母が月額5万円の養育費を支払うことで合意した場合、その内容を離婚協議書などに記載することが考えられます。
さらに、一定の要件を満たす強制執行認諾文言付きの公正証書を作成すれば、支払いが滞った際に強制執行を申し立てられる場合があります。
ただし、公正証書を作成しただけで、相手方の財産を自動的に差し押さえられるわけではありません。
強制執行には所定の手続きが必要であり、相手方の財産や勤務先などに関する情報が重要になる場合があります。
自治体では、公正証書の作成費用や家庭裁判所での手続きに必要な費用などを補助する事業が実施されています。
ODRによる合意形成と、公正証書作成支援を組み合わせれば、取り決めから履行確保までを一体的に支援できる可能性があります。
ただし、民間ODRで成立した合意と、強制執行に利用できる公正証書や家庭裁判所の調停調書は、法的な効力が異なります。
利用者には、それぞれの違いを正確に説明する必要があります。
行政コストの削減につながるか
自治体がODRを支援する場合、財政面での効果も重要な検討事項になります。
例えば、養育費の支払いが継続されれば、ひとり親家庭の家計が安定する可能性があります。
その結果、生活相談や経済的支援の必要性が変化することも考えられます。
ただし、養育費の確保によって自治体の行政コストが必ず減少するとは限りません。
児童扶養手当などの支給額は所得や世帯状況に応じて決まり、国と地方の費用負担にも制度上のルールがあります。
また、養育費を受け取れるようになっても、就労支援や子育て支援などが引き続き必要な家庭もあります。
そのため、ODRへの補助金額と児童扶養手当の減少額を単純に比較することは適切ではありません。
自治体が評価すべきなのは、財政支出の削減だけではなく、子供の生活の安定や家庭の経済的自立への効果です。
公的支援の目的は、行政コストを減らすことだけではありません。
必要な支援を必要な家庭に届けることが重要です。
費用対効果を具体的に考える
自治体がODRの導入を検討する場合には、費用対効果を試算することが考えられます。
例えば、年間100世帯を対象に、1世帯当たり5万円の利用費用を補助すると仮定します。
この場合、年間の補助金額は500万円になります。
仮に、そのうち30世帯で新たに月額3万円の養育費の支払いが始まり、12カ月間継続したとします。
この場合、年間の養育費受給額は、30世帯に3万円と12カ月を掛けた1,080万円になります。
500万円の公費負担によって、対象家庭に年間1,080万円の養育費が支払われた計算です。
ただし、これは制度の効果を考えるための仮定であり、実際の自治体の成果を示すものではありません。
また、1,080万円は家庭が受け取る養育費であり、自治体の財政収入ではありません。
この金額をそのまま行政コストの削減効果と考えることはできません。
さらに、ODRを利用しなくても養育費が支払われた可能性や、翌年以降の支払い継続率なども考慮する必要があります。
自治体には、こうした点を踏まえた客観的な政策評価が求められます。
相談から履行確保までの一体的な支援
養育費問題を改善するためには、単発の相談だけでは不十分な場合があります。
例えば、離婚前に養育費の取り決めについて相談しても、その後の手続きにつながらなければ、実際の支払いを確保できない可能性があります。
また、合意が成立しても、数年後に支払いが止まる場合があります。
そこで重要になるのが、相談から合意形成、書面作成、履行確認までを一体的に支援する仕組みです。
自治体の相談窓口が利用者の状況を把握し、必要に応じてODRや法律専門家につなぐことが考えられます。
合意が成立した後には、公正証書の作成や家庭裁判所の手続きについて案内します。
さらに、支払いが滞った場合には、適切な相談先を紹介することが重要です。
ただし、自治体がすべての法律問題について代理交渉や債権回収を行えるわけではありません。
自治体の役割は、利用者が適切な制度や専門家にアクセスできるよう支援することにあります。
個人情報の保護と安全確保
ODRを自治体の支援制度に組み込む場合には、個人情報の取り扱いにも注意が必要です。
養育費の協議では、父母の収入や勤務先、住所、子供の生活状況など、機微性の高い情報を取り扱うことがあります。
これらの情報が不適切に共有されれば、利用者の安全やプライバシーに重大な影響が生じる可能性があります。
特に家庭内暴力などの事情がある場合には、住所や連絡先などの情報管理が重要です。
自治体が民間事業者と連携する際には、情報の利用目的、保存期間、アクセス権限、委託先の管理などを確認する必要があります。
また、利用者がスマートフォンの操作に不慣れな場合には、適切な支援を提供することも重要です。
デジタル化によって新しい支援の機会が生まれる一方で、デジタル機器を利用できない人が排除されることがあってはなりません。
オンラインと対面の支援を適切に組み合わせることが求められます。
子供の利益を最優先に考える
養育費問題を考える際には、父母の対立や行政コストだけに注目するべきではありません。
最も重要なのは、子供の利益です。
養育費が継続して支払われれば、子供の生活や教育の選択肢が広がる可能性があります。
一方、養育費の請求が父母間の対立を激化させたり、利用者の安全を脅かしたりする場合には、慎重な対応が必要です。
また、養育費を支払う側の収入や生活状況についても、適切に考慮する必要があります。
支払能力を超える取り決めをしても、長期的な履行につながらない可能性があります。
父母双方の状況を踏まえ、子供の生活を安定させるための現実的な合意を目指すことが重要です。
自治体によるODR支援も、単に合意件数を増やすことではなく、子供の生活に実際の改善をもたらすことを目的とする必要があります。
結論
養育費の未払い問題は、ひとり親家庭の生活や子供の教育機会に影響する重要な社会課題です。
2026年4月の民法改正によって法定養育費制度が導入されましたが、制度上の請求権が認められることと、実際に支払いを受けられることは別の問題です。
ODRは、養育費の協議や調停に必要な時間的、地理的、心理的な負担を軽減する可能性を持っています。
自治体が利用費用を補助し、公正証書作成支援などと組み合わせれば、これまで法律サービスを利用しにくかった家庭にも支援を届けられる可能性があります。
一方、公費を投入する以上、合意成立率や継続受給率などを確認し、政策効果を客観的に検証することが必要です。
また、個人情報の保護や利用者の安全確保、デジタル格差への対応も欠かせません。
重要なのは、行政コストの削減を目的とするのではなく、子供の生活を安定させるために公的支援を効果的に活用することです。
今後は、自治体、法律専門家、民間ODR事業者が適切に連携し、相談から合意形成、履行確保までを支援する仕組みが求められます。
養育費を受け取れないために子供の生活が不安定になる状況を改善することは、社会全体で取り組むべき課題です。
ODRと自治体の支援制度を組み合わせる取り組みは、その解決に向けた重要な選択肢になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月 スマホで民事トラブル解決 代金未払いや養育費の泣き寝入り改善期待
厚生労働省 2022年12月 令和3年度全国ひとり親世帯等調査結果報告
こども家庭庁 児童扶養手当制度に関する説明資料
法務省 2024年5月 民法等の一部を改正する法律の概要
法務省 2026年 離婚後の子の養育に関する民法等改正の説明資料
法務省 2022年3月 ODRの推進に関する基本方針
こども家庭庁 養育費確保支援に関する事業資料