高齢になって一人でできないことが増えたとき、これまでは家族がさまざまな役割を担ってきました。
病院へ連れて行く。
入院するときの手続きをする。
医師から説明を聞く。
介護施設を探す。
日用品を届ける。
お金の管理を手伝う。
亡くなった後には葬儀や住居の片付けをする。
こうした仕事の多くは、医療や介護の正式なサービスではなく、家族が無償で担ってきました。
しかし2040年に向けて単身高齢者や高齢者だけの世帯が増えれば、これまでと同じ仕組みを維持することが難しくなります。
子どもがいても遠方に住んでいるかもしれません。
仕事をしていて平日の通院に付き添えないこともあります。
そもそも頼れる家族がいない高齢者も増えていきます。
そこで重要になるのが「家族機能の外部化」という考え方です。
これまで家族が担ってきた仕事の一部を、専門職や民間事業者、地域の支援サービスなどが代わりに担う仕組みです。
2040年の医療と介護を考える場合、病院や介護施設だけではなく、こうした家族機能を誰が担うのかまで考える必要があります。
これまで家族が担ってきた役割
日本の医療や介護は、制度として提供されるサービスだけで成り立っているわけではありません。
その周囲には家族が担っている多くの仕事があります。
例えば高齢の親が病院を受診するとします。
自分で歩くことが難しければ、子どもが車で病院まで連れて行くかもしれません。
受付を手伝う。
診察室に一緒に入る。
医師から治療について説明を聞く。
薬局へ行く。
帰宅後に薬を整理する。
これらは医療そのものではありませんが、高齢者が医療を受け続けるためには重要な役割です。
入院すれば、さらに家族の仕事は増えます。
入院手続きをする。
必要な衣類や日用品を準備する。
病院からの連絡を受ける。
退院後の生活を考える。
介護が必要になれば介護サービスを探す。
こうした役割を家族が担うことを前提として、医療や介護の仕組みが成り立ってきた面があります。
家族がいることと家族が支援できることは違う
高齢者に子どもがいるからといって、家族による支援が必ず受けられるとは限りません。
例えば親が地方で暮らし、子どもが東京や大阪など離れた地域で働いている場合があります。
通院のたびに帰省することは簡単ではありません。
片道数時間かかる場合には、付き添いのために仕事を1日休む必要があるかもしれません。
さらに子ども自身が50代や60代になれば、自分の仕事や家庭を抱えながら親の介護をすることになります。
複数のきょうだいがいても、全員が遠方に住んでいることもあります。
つまり、
家族がいない高齢者
だけが問題なのではありません。
家族はいるが、日常的な支援を頼めない高齢者も増える可能性があります。
家族の有無だけではなく、「実際に家族機能を提供できる人がいるのか」という視点が重要になります。
通院同行とは何か
家族機能の外部化が分かりやすく表れるサービスの一つが通院同行です。
高齢者の中には、一人で病院まで移動することが難しい人がいます。
公共交通機関を利用することが難しい。
病院内を一人で移動することが難しい。
受付や会計の手続きに不安がある。
医師から説明を受けても内容を十分に理解できない。
こうした場合、これまでは家族が付き添うことが一般的でした。
しかし家族が遠方に住んでいたり仕事をしていたりすれば、毎回付き添うことは困難です。
そこで家族以外の人が通院を支援する需要が生まれます。
移動を支援する。
院内で付き添う。
受付や会計を支援する。
必要に応じて家族との情報共有を支援する。
通院同行は単なる移動サービスではありません。
高齢者と医療機関をつなぐ役割を家族以外が担う仕組みと考えることができます。
入退院手続きにも家族の役割がある
高齢者が入院するときには、診療以外にもさまざまな手続きが発生します。
入院に必要な書類を確認する。
病院から説明を受ける。
必要な衣類や日用品を準備する。
緊急時の連絡先を決める。
退院するときには、さらに退院後の生活を考えなければなりません。
自宅へ戻れるのか。
介護サービスが必要なのか。
訪問診療や訪問看護を利用するのか。
施設への入所が必要なのか。
こうした調整を本人だけで行うことが難しい場合があります。
これまでは家族が病院と本人の間に入り、さまざまな調整を行ってきました。
しかし頼れる家族がいなければ、この部分を誰かが支援しなければなりません。
医療そのものだけではなく、医療を受けるために必要な周辺業務についても外部化が必要になるのです。
身元保証や金銭管理も問題になる
家族が担ってきた役割は通院や入院手続きだけではありません。
高齢になると、お金の管理が難しくなることがあります。
公共料金の支払い。
医療費や介護費の支払い。
日常生活に必要なお金の管理。
重要な書類の保管。
こうしたことを家族が手伝っているケースもあります。
さらに病院への入院や介護施設への入所では、身元保証人や緊急連絡先などを求められる場合があります。
頼れる家族がいない高齢者の場合、こうした役割を誰が担うのかという問題が生じます。
家族機能の外部化が進むと、
通院同行
入退院支援
身元保証
金銭管理
生活支援
などが、それぞれ社会的なサービスとして提供されるようになります。
ただし、お金や契約に関わる支援については権限や責任の範囲を明確にする必要があります。
単に「家族の代わり」という言葉だけで、すべての行為を自由に行えるわけではありません。
家族代行と医療行為は違う
家族機能を外部化するときに注意したいのは、家族の代わりに生活を支援することと、医療行為を行うことは別だという点です。
例えば通院に付き添った人が、本人に代わって自由に治療方針を決められるわけではありません。
本人に意思決定能力があるのであれば、治療について決める主体は本人です。
また、本人に代わって契約したり財産を処分したりする場合には、適切な法的権限が必要になることがあります。
家族が日常生活の中で自然に行ってきたことを第三者が仕事として行う場合には、
どこまで支援できるのか
誰が意思決定するのか
誰が責任を負うのか
を明確にする必要があります。
家族機能の外部化が広がるほど、サービスの内容と権限を整理することが重要になります。
単身高齢者の増加で市場が広がる理由
家族機能を外部化するサービスへの需要が高まる大きな理由が、単身高齢者の増加です。
一人暮らしの高齢者の場合、日常生活では自立していても、病気やけがをきっかけに急に支援が必要になることがあります。
例えば元気なときには一人で生活できていた人でも、入院すれば緊急連絡先や退院後の生活支援が必要になるかもしれません。
さらに年齢が上がれば、通院、買い物、金銭管理など、少しずつ他人の支援を必要とする場面が増える可能性があります。
これまでなら、そのたびに家族が対応していました。
しかし単身高齢者が増えれば、それを家族だけに期待することはできません。
そこで家族が無償で行っていた仕事が、社会的なサービスとして表面化してきます。
これは新しい需要が突然生まれたというより、これまで家族の中に隠れていた需要が市場に出てきたと考えることもできます。
子どもがいてもサービスを利用する時代になる
家族機能の外部化は、身寄りのない高齢者だけの問題ではありません。
今後は子どもがいる家庭でも利用が広がる可能性があります。
例えば親は地方に住み、子どもは都市部で働いているとします。
毎週のように通院へ付き添うことは難しくても、重要な診察のときだけ子どもが帰省し、通常の通院は同行サービスを利用するという方法が考えられます。
日常的な見守りはセンサーや地域サービスを利用する。
緊急時だけ子どもへ連絡する。
買い物や掃除は生活支援サービスを利用する。
家族がすべてを担うのではなく、外部サービスと役割を分担するわけです。
家族機能の外部化とは、家族関係をなくすことではありません。
家族だけでは担えない部分を社会のサービスで補うことなのです。
介護離職を防ぐ意味もある
家族機能の外部化には、高齢者本人だけでなく、その子ども世代を支える意味もあります。
親の通院や介護のために頻繁に仕事を休まなければならなくなれば、働き続けることが難しくなる場合があります。
特に管理職や専門職など責任の大きな仕事をしている人が、親の支援のために離職すれば、本人だけでなく企業にとっても大きな影響があります。
2040年に向けて生産年齢人口が減るのであれば、働く世代が介護のために仕事を辞めることは社会全体にとっても大きな問題です。
だからこそ、
家族が介護するか
外部サービスを使うか
という二者択一ではなく、
家族と外部サービスが役割を分担する
という考え方が重要になります。
家族機能の外部化は地域医療の一部になる
地域医療構想というと、病院や病床の配置を考える制度という印象があります。
しかし2040年の地域医療では、それだけでは十分ではありません。
高齢者が病院から退院して自宅へ戻っても、生活を支える人がいなければ在宅療養を続けることが難しくなります。
在宅医療を増やすのであれば、その周囲にある生活支援も必要です。
通院同行。
見守り。
買い物支援。
緊急時対応。
入退院支援。
金銭管理。
必要に応じた住み替え支援。
こうした仕組みがあって初めて、高齢者は病院や施設だけに頼らず地域で暮らし続けることができます。
2040年の地域医療は、「どの病院で治療するのか」だけではなく、「病院の外で誰が生活を支えるのか」まで含めて考える必要があるのです。
結論
家族機能の外部化とは、これまで高齢者の子どもや配偶者などが担ってきた役割の一部を、専門職や民間事業者、地域の支援サービスなどが担うようになることです。
これまで家族は、通院同行、入退院手続き、生活支援、緊急時の対応など、医療保険や介護保険だけではカバーしきれない多くの役割を担ってきました。
しかし2040年に向けて単身高齢者が増え、家族構造も変化します。
子どもがいても遠方に住んでいたり、仕事をしていたりすれば、日常的に親を支えることが難しい場合があります。
その結果、これまで家庭の中で無償で行われてきた仕事が、社会的なサービスとして外に出てきます。
重要なのは、家族をサービスに置き換えることではありません。
家族にしかできないことと、外部サービスでもできることを分け、役割を組み合わせることです。
2040年の医療と介護を支えるのは、病院や介護施設だけではありません。
通院同行、見守り、入退院支援、生活支援など、高齢者と医療や介護をつなぐ仕組みも必要になります。
高齢者が何人いるのか。
病床が何床必要なのか。
それだけでなく、
家族が担ってきた仕事を誰が担うのか。
この問いまで含めて地域の仕組みを作ることが、単身高齢者が増える2040年の社会では重要になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 2040年の地域医療構想(下) 供給制約や行動変容 考慮を