生命保険会社の資産運用では、単純に最も利回りの高い金融商品を選べばよいわけではありません。
生命保険会社には、将来、契約者に保険金や給付金を支払うという大きな約束があります。
そのため、いつ、どれくらいのお金を支払う必要があるのかを考えながら、国債や社債などの資産を運用する必要があります。
この資産と負債を一体として管理する考え方がALMです。
ALMとは何か
ALMはAsset Liability Managementの略で、日本語では資産負債管理と呼ばれます。
Assetは資産、Liabilityは負債、Managementは管理という意味です。
生命保険会社の場合、契約者から受け取った保険料を国債や社債などで運用します。
これらは生保にとって資産です。
一方、将来契約者に支払う保険金や給付金は負債になります。
ALMでは、資産だけを見て運用するのではなく、将来支払う負債とセットで考えます。
生保の負債とは何か
一般の人にとって生命保険は資産形成や保障の商品ですが、生命保険会社から見ると少し違います。
例えば、契約者が死亡したときに3,000万円を支払う終身保険があるとします。
生命保険会社には将来3,000万円を支払う義務があります。
会計上、生保はこうした将来の保険金や給付金の支払いに備えて責任準備金などを負債として計上します。
したがって生命保険会社には、将来いつ、どれくらいのお金が流出するのかという負債側のキャッシュフローがあります。
ALMでは、まずこの負債の性質を把握することが重要になります。
資産だけを考えると何が起こるのか
仮に生命保険会社が利回りだけを考えて資産運用したとします。
30年国債の利回りが高いからといって、運用資金の大部分を30年国債に投資したとします。
ところが、実際には10年程度で多額の保険金を支払わなければならないとします。
10年後には30年国債はまだ満期を迎えていません。
保険金を支払うためには、保有している国債を途中で売却する必要が生じる可能性があります。
そのとき金利が上昇して国債価格が下落していれば、損失を抱えた状態で売却することになります。
反対に20年後や30年後に多額の保険金を支払うのに、5年国債ばかり保有している場合も問題があります。
5年後に満期を迎えた資金を再び運用しなければならないからです。
その時点で金利が大幅に低下していれば、必要な運用収益を確保できない可能性があります。
ALMでは資産と負債の期間を合わせる
そこで重要になるのが、資産と負債の期間をできるだけ近づけることです。
例えば平均して20年後に保険金を支払うのであれば、資産側にも20年程度の期間を持つ国債などを組み入れます。
平均して10年程度で給付金などを支払うのであれば、10年程度の資産を増やすことが考えられます。
前回取り上げたデュレーションは、この期間を管理するための重要な指標です。
資産デュレーションと負債デュレーションの差を小さくすることで、金利変動による財務への影響を抑えやすくなります。
これが生保ALMの基本的な考え方です。
金利上昇時にもALMが重要になる
金利が上昇すると、一般的には国債価格が下落します。
特に残存期間の長い国債ほど価格変動が大きくなりやすいため、超長期国債を大量に保有する生命保険会社では大きな影響が生じる可能性があります。
しかし生命保険会社の場合、資産価格の下落だけを見て財務状況を判断することはできません。
金利が上昇すれば、将来支払う保険金などの負債の現在価値にも影響が及ぶからです。
つまり、資産だけを見るのではなく、負債側も含めて金利変動の影響を考える必要があります。
この点でもALMが重要になります。
生保が超長期国債を買ってきた理由
生命保険会社は長年、20年国債や30年国債などの超長期国債の主要な買い手でした。
これは単に超長期国債の利回りが高かったからではありません。
終身保険などでは契約から保険金支払いまで数十年になることがあります。
つまり、生保は非常に長い負債を抱えていました。
長い負債に対応するためには、資産側にも長い国債が必要になります。
超長期国債は、生保のALMを行ううえで重要な金融商品だったのです。
負債が短くなれば運用も変わる
ところが、生保の負債構造に変化が起きています。
国内生保の負債デュレーションは、2003年度の20.1年から2025年度には16.3年まで短くなったとの試算があります。
背景には若年層の生命保険離れや契約者の高齢化があります。
さらに死亡保険から医療保険などへ販売商品の構成が変化したことも影響しています。
負債デュレーションが短くなれば、ALMの観点から資産側も短くすることができます。
これが、生保が10年以下の中長期国債へ資金を振り向け始めている大きな理由です。
金利上昇で短い国債の魅力も高まった
現在は金利環境そのものも変わっています。
10年国債利回りは足元で3%台となっています。
低金利時代には、十分な利回りを確保するために長い国債を保有する必要性がありました。
しかし中長期国債でも相応の利回りを確保できるようになれば、無理に超長期国債を大量に保有する必要性は低下します。
負債の短期化と中長期国債の利回り上昇。
この2つが同時に起きたことで、生保のALM戦略が変わり始めています。
ALMを見ると国債市場の変化も分かる
ALMは生命保険会社内部の資産運用の話に見えます。
しかし、その影響は国債市場全体に及びます。
生命保険会社は巨大な資金を運用する機関投資家だからです。
生保がALMのために10年以下の国債を増やせば、中長期国債の需要が増えます。
反対に20年や30年などの超長期国債への需要が減れば、超長期債市場では新しい買い手が必要になります。
つまり、保険契約の変化がALMを通じて日本国債の需給構造まで変えていく可能性があります。
結論
ALMとは、生命保険会社が資産と負債を一体として管理する仕組みです。
生保にとって重要なのは、単純に高い利回りを得ることではありません。
将来いつ保険金や給付金を支払うのかを予測し、その時期に合わせて資産から資金を回収できるように運用する必要があります。
そのため、長い負債を抱えていた時代には20年国債や30年国債などの超長期国債が重要でした。
ところが、若年層の生保離れや契約者の高齢化、保険商品の変化によって負債デュレーションが短くなっています。
さらに金利上昇によって10年程度の国債でも相応の利回りを得られるようになりました。
生保が短い国債へ資金を移し始めている背景を理解するには、金利だけでなくALMという資産と負債を一体で考える視点が重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日 朝刊 生保運用、「短い国債」に食指