高齢化が進む日本では、介護サービスを必要とする人が今後さらに増えていきます。その介護を支える重要な存在の一つが、ケアマネジャーです。
ところが、ケアマネジャーが利用者や家族から暴言や威圧的な言動などのカスタマーハラスメントを受ける問題が深刻になっています。
介護サービスを持続可能なものにするためには、利用者を守るだけではなく、介護を支える人を守る仕組みも必要です。
ケアマネジャーは利用者と介護サービスをつなぐ存在
ケアマネジャーは、正式には介護支援専門員と呼ばれます。
介護保険サービスを利用する本人や家族から相談を受け、必要なサービスを組み合わせたケアプランを作成します。
訪問介護やデイサービス、福祉用具など、さまざまなサービスを調整する役割も担っています。
いわば、介護サービス全体をコーディネートする存在です。
その仕事の特徴の一つが、利用者の自宅を訪問することです。
事業所や病院などと違い、利用者宅では第三者の目が届きにくくなります。
そのため、暴言や威圧的な言動などがあった場合、ケアマネジャーが一人で対応しなければならないことがあります。
約8割がカスハラを経験したという調査もある
東京都介護支援専門員研究協議会がケアマネジャー709人を対象に実施した調査では、カスタマーハラスメントを受けた経験があると回答した人が約8割に上りました。
具体的には、威圧的な言動や精神的な攻撃、長時間拘束されるといった問題が多くみられます。
介護の現場では、一般的なサービス業とは異なる難しさもあります。
介護を必要とする本人だけではなく、その家族との関係も長期間続くことがあります。
さらに、ケアマネジャーは本人や家族からさまざまな相談を受ける立場です。
介護保険制度では対応できない要求まで持ち込まれることも考えられます。
こうした状況が積み重なると、担当者だけでは対応できなくなる可能性があります。
複数人で訪問する仕組みが広がっている
対策の一つとして進められているのが、危険性が高い利用者宅などを複数人で訪問する仕組みです。
厚生労働省は、複数人で利用者宅を訪問する場合の経費について、補助事業の対象になることを自治体に示しています。
自治体独自の支援も始まっています。
東京都では、一定の条件を満たした複数人訪問について給与相当額を補助する仕組みを設けています。
埼玉県でも複数人訪問への補助に加え、防犯ブザーやICレコーダーなどの防犯機器の購入支援が進められています。
一人で訪問すること自体を当然とするのではなく、リスクに応じて複数人で対応する考え方への転換です。
最大の問題は人手不足
ただし、複数人訪問には大きな問題があります。
介護現場そのものが人手不足だからです。
厚生労働省によると、2024年10月時点のケアマネジャーの従事者数は約18万6000人です。
一方、高齢化によってケアマネジャーへの需要は今後さらに増えると予想されています。
日本総合研究所の報告では、2022年度から2040年度にかけて需要が最大8万3000人増える可能性が示されています。
人手が足りないところへ、すべての訪問を二人体制にすれば、さらに人員が必要になります。
したがって、単純に複数人訪問を増やせば解決する問題ではありません。
危険を職員個人に判断させないことが重要
重要なのは、危険な利用者への対応を担当者個人の判断に任せないことです。
過去に暴言や暴力があったのか、長時間拘束されたことがあるのか、担当者が恐怖を感じているのかなどを組織として共有する必要があります。
そして、一定以上のリスクがある場合には、複数人訪問へ切り替える仕組みをあらかじめ決めておくことが重要です。
さらに深刻なケースでは、介護事業者だけで対応するのではなく、自治体や警察などにつなぐ必要があります。
ケアマネジャーだからといって、あらゆる要求や暴言を受け止めなければならないわけではありません。
介護サービスを受ける権利と、介護従事者が安全に働く権利は両立させる必要があります。
カスハラ対策は人材確保対策でもある
介護現場のカスハラ問題を考える際に見落としてはいけないのが、人材確保との関係です。
暴言や威圧的な言動を受け続ける職場では、職員が疲弊します。
離職者が増えれば、残された職員の負担がさらに重くなります。
人手不足が深刻になるほど一人で訪問する機会が増え、それが安全面のリスクを高めるという悪循環にもなりかねません。
反対に、危険を感じたときに相談できる、担当を変更できる、複数人で訪問できる、行政などに支援を求められるという仕組みがあれば、職員は働き続けやすくなります。
カスハラ対策は単なる職場環境改善ではありません。
介護人材を確保する政策の一部として考える必要があります。
訪問介護にも共通する問題
この問題はケアマネジャーだけのものではありません。
訪問介護や訪問看護など、自宅に出向いてサービスを提供する職種には共通する問題があります。
2024年度には訪問介護の利用者が初めて160万人を超えました。
今後、在宅介護の重要性が高まれば、自宅を訪問してサービスを提供する人もますます必要になります。
だからこそ、危険を感じた場合の対応方法やハラスメント研修、情報共有、複数人訪問、行政や警察との連携などを一体的に整備することが重要です。
結論
介護制度を考えるとき、どうしても利用者側のサービスを充実させることに目が向きがちです。
しかし、サービスを提供する人が安心して働けなければ、制度そのものを維持できません。
ケアマネジャーの約8割がカスハラを経験したという調査結果は、個々の職員の対応力だけでは解決できない問題であることを示しています。
複数人訪問や防犯機器への補助は重要ですが、人手不足のなかではそれだけにも限界があります。
必要なのは、危険情報を組織で共有し、一定の基準を超えれば複数人で対応し、さらに深刻なケースでは行政や警察が早期に関与する仕組みです。
高齢化によって介護需要が増えていく日本では、利用者を支える人を誰が支えるのかという視点がますます重要になります。
介護従事者の安全を守ることは、結果として利用者が将来も安定した介護サービスを受けられる環境を守ることにつながるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月10日 朝刊 ケアマネ8割に「カスハラ」