企業活動や個人の資産運用が国際化する中で、国税庁の徴収行政も国境を越えた対応が求められています。
海外の金融機関に預金口座を開設することや、外国の証券会社を通じて有価証券を保有することは、以前より身近になりました。
また、海外に不動産を所有する個人や、外国法人を通じて事業活動を行う企業も存在します。
こうした海外資産は、適法に保有している限り、それ自体が問題になるわけではありません。
しかし、国内で国税を滞納している者が海外に財産を移転し、徴収を免れようとする場合には、国税庁による適切な対応が必要になります。
2026年11月2日付の「税のしるべ」に掲載された国税庁徴収部長・山下和博氏へのインタビューでは、国外送金等調書やCRS情報の活用、租税条約等に基づく国際徴収共助などの取組が紹介されました。
国税の徴収行政は、国内財産を中心とした対応から、海外資産も視野に入れた国際的な対応へと広がっています。
海外資産の保有と国税徴収の課題
日本の居住者や国内法人が海外に資産を保有することは、珍しいことではありません。
海外預金、外国株式、外国債券、海外不動産など、資産の種類も多様化しています。
企業の場合には、海外子会社への出資、外国企業との取引、海外金融機関への預金などもあります。
一方、国税の滞納処分は、日本の法律に基づく行政上の強制徴収手続です。
国内の預貯金や不動産などについては、国税徴収法に基づく財産調査や差押えなどを実施できます。
しかし、外国に所在する財産について、日本の税務職員が日本国内と同じ方法で直接差押えを行えるわけではありません。
外国の主権や法律との関係があるためです。
このため、海外資産に関する情報を把握する仕組みと、外国の税務当局との協力体制が重要になります。
国外送金等調書による資金移動の把握
国税庁が海外への資金移動を把握するための資料の一つが、国外送金等調書です。
国外送金等調書は、金融機関が一定の国外送金や国外からの送金の受領について、法令に基づいて税務当局に提出する資料です。
原則として、100万円を超える国外送金等が対象になります。
この制度によって、国税庁は一定の海外送金に関する情報を把握できます。
例えば、国内の金融機関から海外の金融機関へ多額の資金が送金された場合、その取引が調書の提出対象になることがあります。
ただし、国外送金が行われたという事実だけで、脱税や滞納処分逃れが認定されるわけではありません。
海外投資、留学費用、海外不動産の購入、事業上の支払いなど、国外送金には正当な目的もあります。
国税庁は、こうした情報を他の資料と組み合わせ、必要に応じて財産状況などを確認することになります。
CRSによる海外金融口座情報の交換
海外資産の把握において重要な仕組みが、CRSです。
CRSは、Common Reporting Standardの略称で、日本語では共通報告基準と呼ばれます。
経済協力開発機構(OECD)が策定した、非居住者の金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準です。
日本もCRSに基づく金融口座情報の自動的情報交換に参加しています。
CRSの枠組みでは、各国・地域の金融機関が、一定の非居住者の金融口座情報を自国の税務当局に報告します。
その後、税務当局間で対象となる情報が交換されます。
例えば、日本の税務上の居住者がCRS参加国の金融機関に口座を保有している場合、その口座に関する情報が一定の条件のもとで日本の税務当局に提供されることがあります。
交換対象となる情報には、口座名義人に関する情報、口座残高、利子や配当などの一定の金融情報が含まれます。
ただし、すべての国・地域や金融口座が一律に対象となるわけではありません。
対象となる金融機関や口座、情報交換の相手国・地域などについては、制度上の条件があります。
CRS情報と滞納整理の関係
CRSは、もともと国際的な脱税や租税回避への対応を目的として整備された仕組みです。
しかし、海外金融口座に関する情報は、一定の条件のもとで滞納整理においても重要な手掛かりとなります。
例えば、国内では納付資力が乏しいと説明している滞納者について、海外金融口座の存在が確認される場合があります。
その場合、国税庁は、口座情報の内容や財産の帰属関係などを確認する必要があります。
ただし、海外口座に残高があることだけで、直ちに滞納処分が可能になるわけではありません。
口座の名義、実質的な所有者、財産の所在国、適用される法律などを確認する必要があります。
また、CRSによって取得した情報には、租税条約等に基づく守秘義務や利用目的の制限が適用されます。
情報を取得できることと、外国に所在する財産を直接徴収できることは区別して理解する必要があります。
国外財産調書制度との違い
海外資産に関する制度として、国外財産調書制度も重要です。
国外財産調書制度は、一定の要件を満たす居住者に対して、国外財産の内容を税務当局へ報告することを求める制度です。
原則として、その年の12月31日時点で国外財産の価額の合計額が5,000万円を超える一定の居住者が対象になります。
国外財産調書は、納税者自身が提出する資料です。
これに対して、CRSは金融機関から税務当局への報告と、税務当局間の情報交換を基礎とする仕組みです。
また、国外送金等調書は、一定の国外送金等について金融機関が提出する資料です。
これらは、それぞれ目的や対象となる情報が異なります。
国税庁は、複数の情報を組み合わせることで、海外資産や国際的な資金移動の状況を把握しやすくなります。
国際徴収共助の基本的な仕組み
海外資産に対する国税徴収で重要になるのが、国際徴収共助です。
国際徴収共助とは、租税条約等に基づいて、一方の国の税務当局が他方の国の税務当局に対し、租税債権の徴収について協力を求める仕組みです。
例えば、日本で国税を滞納している者が外国に財産を保有している場合、一定の要件のもとで、日本の税務当局が外国の税務当局に徴収の協力を要請することがあります。
要請を受けた外国の税務当局は、適用される条約や自国の法律に従って対応します。
ただし、すべての国との間で国際徴収共助を利用できるわけではありません。
適用される租税条約等に徴収共助に関する規定があることや、条約上の条件を満たすことなどが必要です。
また、徴収共助には対象となる租税債権や手続上の制限があります。
海外に財産があるという理由だけで、外国の税務当局が当然に日本の国税を徴収するわけではありません。
国際徴収共助と情報交換の違い
国際的な税務協力には、情報交換と徴収共助という異なる仕組みがあります。
情報交換は、税務当局間で課税や徴収に必要な情報を提供する仕組みです。
CRSによる金融口座情報の自動的情報交換は、その代表例です。
一方、徴収共助は、一定の租税債権について、外国の税務当局に徴収の協力を求める仕組みです。
例えば、海外金融口座の存在を把握することと、その口座にある資金から国税を徴収することは、別の段階の問題になります。
海外資産に関する情報が得られたとしても、実際に徴収するためには、財産の所在国や適用される条約などを確認する必要があります。
国際徴収共助は、こうした国境を越える徴収上の課題に対応するための制度です。
海外への財産移転と悪質滞納への対応
国税庁が特に重視しているのは、海外資産を利用して滞納処分を免れようとする悪質な事案です。
例えば、国税を滞納している者が、徴収を免れる目的で国内財産を海外に移転する場合があります。
また、外国法人や第三者名義の口座などを利用して、財産の帰属関係を複雑にすることも考えられます。
ただし、海外への財産移転や外国法人の利用が、直ちに違法になるわけではありません。
問題となるのは、取引の実態や目的、財産の帰属関係、法令上の要件などです。
滞納処分の執行を免れる目的で財産を隠蔽するなど、法律に定められた行為が行われた場合には、滞納処分免脱罪が問題となる可能性があります。
また、財産処分の内容によっては、詐害行為取消訴訟などの法的手段が検討されることもあります。
国税庁は、国内外の情報を活用しながら、悪質な滞納事案に厳正に対応する方針です。
企業経理と税理士に求められる海外資産管理
海外に資産を保有する企業や個人にとって、重要なのは適切な記録管理と税務申告です。
企業では、海外預金、外国子会社への貸付金、海外取引に係る債権債務などについて、正確な会計処理と管理が必要です。
また、海外への送金や外国からの入金については、取引目的や契約内容を確認できる資料を保存することが望まれます。
個人についても、海外金融口座や国外財産の保有状況を把握し、必要に応じて国外財産調書などの提出義務を確認することが重要です。
税理士には、海外資産の保有状況を適切に確認し、所得税、法人税、相続税などの申告に反映させる役割が求められます。
さらに、海外資産を保有する納税者が国税を滞納した場合には、国内財産だけでなく、海外資産も含めた実態を正確に把握する必要があります。
海外に財産を保有していることを理由に、国税の納付義務がなくなるわけではありません。
結論
国税庁は、国外送金等調書やCRS情報などを活用し、海外資産や国際的な資金移動の把握を進めています。
また、租税条約等に基づく国際徴収共助を活用し、外国に所在する財産についても、一定の条件のもとで徴収の協力を求めることができます。
ただし、情報交換と徴収共助は異なる制度であり、海外資産が存在することだけで直ちに差押えが可能になるわけではありません。
適用される条約、財産の所在国、法律上の要件などを確認する必要があります。
一方、海外への財産移転を利用して意図的に納税を回避する行為については、厳正な対応が求められます。
これからの徴収行政では、国内外の情報を適切に活用し、国境を越える財産移転にも対応しながら、納税者間の公平性を確保することが重要になります。
企業や個人にとっても、海外資産を適切に管理し、必要な申告や納税を確実に行うことが、国際化する税務環境への基本的な対応となります。
参考
税のしるべ 2026年11月2日「令和8年国税庁の幹部に聞く/徴収部長・山下 和博」
国税庁「CRSに基づく自動的情報交換」
国税庁「国外送金等調書制度」
国税庁「国外財産調書制度」
国税庁「租税条約等に基づく情報交換」
国税庁「国際的な徴収共助」